2 馬を助けましょう
「――すみません。これは一体なんの騒ぎですか?」
肩にかけていたケープのフードを敢えて被り、髪と顔を隠してから話しかけた私に、騎士と思しき男たちが目を見合わせる。数秒の間の後、その中でも一番屈強な身体つきをした男がこちらに近づいてきた。
「ああ、驚かせてすみません。馬がいきなり動かなくなってしまったもので……」
柔和な笑みを浮かべて表向きは朗らかに話しかけてくる男。しかし私は見逃さなかった。男が一度だけ、鋭い視線を後ろに投げかける。すると、後ろにいた男達が一斉に動き出した。
腰にある剣に手をつける様子はなくとも、互いに目配せをしながらさり気なく位置を移動し、後ろの馬車を守るような体勢になる。あくまで自然に見える動作だが、無駄も隙もない洗練された動き。
この無駄のない動作は見慣れていた。ティナダリヤの近衛騎士の動きによく似ていたのだ。『地味姫』と揶揄されていようと、私は腐っても王女。日頃は護衛騎士と共に行動していた。彼の剣技と身のこなしは確かに一流であったので、それと同等の動きをする彼らは恐らく騎士の中でも相当な腕を持つ精鋭部隊だろう。
「まぁ、馬が? それは大変ですね。それでしたら何かお手伝いできるかもしれません。よろしければ、その馬を診させて頂いても?」
相手が警戒心を与えないようにしている以上、こちらも刺激しないようにしなければ。そう思って微笑みかけると、男は少し迷う素振りをして口を開いた。
「失礼ですが、貴方は医術の心得がおありで……?」
そこで初めてフードを下ろした。途端に赤みが強い紫の髪がフワリと舞い、肩にかかる。その髪を背にはらい、自分から名乗り出た。
「あぁ、申し遅れました。私は薬師のシャルと申します。こちらの猫は相棒のルツ。私は各地を回りながら医療活動をしている旅の薬師です」
優しげな笑みを意識して口元に浮かべながら名乗ると、男は「ほぉ、その若さで薬師なのですか!」と目を丸くして声を上げた。後ろの男たちも感心したように頷いている。この様子を見ると、少なくとも警戒心は解いてくれたらしい。
「馬が動かないとしたら原因があるはずです。旅の間には牛などの家畜の治療も行いましたので、多少の心得はありますわ。相棒の治療もよくしますし、もしかしたらお力添えできるかもしれません」
『ねえ、ボクは猫妖精であって猫じゃないんだけどー?』
しれっと普通の猫扱いすると、猫妖精であることを何よりの誇りとしている相棒がジロリと横からこちらを見上げてきた。そこはかとない圧を感じるけれど今は全力で無視させてもらうことにする。
『ねぇ聞いてるの?』
ペシペシと足に尻尾を叩きつけてくる相棒を無視して返答を待っていると、男は頷いた。
「それは心強いな。是非診てもらいたい。こちらも原因が分からず困っていたところなのだ」
シャンスと名乗った男に連れられて馬の元に案内される。
その光景を見て、私は「まぁ……」と声を漏らした。
鞍をつけられた馬も、馬車に繋がれた馬も、男たちが押しても引いても頑として動こうとしない。
そればかりか何かを恐れるように馬たちは震え、その一部は泡を吹いて失神しているではないか。
「これは確かに異常ですね……」
「そうでしょう? もう何が何やら……」
騎士が乗る馬はよく調教されており、多少のことでは怖がらないように躾がされているはずである。
だと言うのにこの状況。普通の人ならば、訳が分からず途方に暮れてしまうだろう。
「お任せ下さい。これなら大丈夫です」
「おお! 治るのですか!?」
「はい。少し時間を下されば」
「ぜひお願いします!!」
藁をもすがる思いらしく、必死に頭を下げたシャンスさんに安心するように笑いかけてから私は馬に向き直った。未だに怯える馬たちの背を優しく撫でて、スっと視線を前方に向ける。
馬が何かを恐れて動こうとしないその先に、その原因たちがいたからだ。
「少し怖い思いをするかもしれないけれど、大丈夫だからね」
そう優しく声をかけてもうひと撫でしてから、再び妖精眼を向ける。
『――さて、何故馬を怯えさせているのか理由を聞こうじゃないの?』
周囲に聞かれないようにティナダリヤに伝わる古い妖精の言葉で話しかけると、彼らは驚いて目を丸くした。
『妖精女王サマ? ナゼココニ?』
『ココはセインブルク。なのニ、何故アナタがここにいらっしゃルの?』
人では決して出すことのできない、空気を震わせるような独特の発音は妖精特有のもの。
全ての妖精を映し出す春色の眼で見据えた先には、炎を体に宿した火蜥蜴の火の妖精と、背から羽を伸ばし、少女の姿をした水の妖精がキョトンとした表情でこちらを見返していた。
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