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1 マクスター領への道中にて

「うーん、日差しが気持ちいいわねー」


 妖精王オベロンが繋いでくれた道を渡り終えた私は、長いトンネルを抜けた瞬間差し込んできた光に目を細め、鞄を地面に置いてから身体をほぐすために大きく伸びをした。


『ティナダリヤと違って文字通り刺すような日差しの強さだけどね』


 その横でルツがいつもの猫姿でこちらも身体をぐぐーっと伸ばす。口ではこう言いつつも満足気に目を細めている様子からすると、南国の日差しはお気に召したらしい。


 腕をぐるぐる回して疲れを取ってから、再び鞄を手にして歩き始める。妖精王オベロンの粋な計らいによりマクスター領までかかるはずだった二週間程の道のりを一気に短縮できた。


 とはいえかの妖精王は割と大雑把に繋がる先を指定したらしく、トンネルを抜けた先は自然溢れる山道の中だった。


 整備された砂利道が広がっているのでマクスター領に入る手前の道中だとは思うのだけれど、ここがどこかを把握しなければならない。私は腰のポーチから地図を取り出して、山道の大まかな位置を調べることにした。


 数分地図とにらめっこして、ここがマクスター領へ抜ける山道であることを突き止めた。地図を辿るとこのまま道沿いに沿って歩き、橋を渡ればマクスター領へ入れるらしい。

 歩いて移動するとなると小一時間かかりそうだ。


「まぁ入国の手続きとかあるし、領地の中にいきなり出現するのも色々と問題だけど、もうちょっと近いところに転移させられなかったのかしら」

『仕方ないよ。あのヒト割と適当だからきちんと目的地に繋がる道に出ただけで奇跡だと思うよ』

「え、そんなに大雑把なの!?」

『うん割と』

「ええー……」


 冗談かと思ってルツを見れば横をててて、と歩く相棒は至極真面目な表情で語っている。

 もし万が一変な道に出たらと思うと……。


 首を振ってその考えを追い出し、代わりにルツと他愛のない会話を続けながら砂利道を歩くこと数十分。

 視界一面の緑が開け、涼やかに水が流れる音と重厚な石造りの真っ直ぐな橋が見えてきた。


「ん、見えてきた。あそこを渡ればいよいよマクスター領ね!」

『そうみたいだね』


 マクスター領は豊富な資源を蓄える鉱山地帯と、その鉱石を加工し、流通させるための船が並んだ港に挟まれた場所だ。

 山と海という自然に囲まれつつも、流通の要所としての役目も併せ持つ、セインブルク王国の王都シーリャンの次に発展した『第二の都』とも呼ばれているという。


 鉱石の街としても名高いこの地を象徴するようにかかるこの橋は当時随一の腕を持つと言われた名匠のドワーフであるオルドフがその生涯をかけて制作したと言われる最高傑作である。


 石を削って部品(パーツ)を作り、パズルのように嵌め込むオルク様式と呼ばれる独自の技術で建てられ、緻密な計算と技術により造形された橋はとても頑丈で今まで一度も崩れたことはなく、また補修を必要としたこともないらしい。


「俺の親父オルドフが作った傑作品だ。マクスター領を通るなら是非この橋も見てってくれ! 一見の価値はあるぞ! そりゃもう見事な橋でな……」


 と誇らしげに語っていたグスタフを思い出してふふ、と笑みを零して段々と見えてくる橋を眺めて歩いていると。


『なんか騒がしくない?』


 いつの間にか前を歩いていたルツが耳をピクピクと動かして立ち止まった。


「……騒がしい?」


 ルツの言葉に私も立ち止まり、耳を澄ます。

 すると、橋へと続く山道の前方からガヤガヤと人の声が響いてきた。


 目を凝らして見れば一台の馬車が立ち止まり、往生しているように見える。その後ろには騎乗した人達が群がるように集まっているために視界が遮られそれ以上のことは分からなかった。

 何かあったのだろうか。


「どうかしたのかしら」

『さぁ?』


 首を捻りつつ、歩いてその場に段々と近づいていく。

 自然と人の話し声も聞こえてきて、困惑している様子が伝わってくる。私は気になって話し声に耳を傾けた。


 マントで覆われているために詳しくは確認できないが、帯剣していることと、皆同じような格好をしていることから騎士と思しき男達が馬を見つめる。


「おい、どうするよ」

「どうするも何も馬が動かないしなぁ……」

「一体どうしたってんだ? 急に馬車が止まったと思ったら怯えるように震えだして……」

「馬車だけじゃなくこの馬たちもここから一向に動こうとしないのはおかしいだろ?」

「ここで往生するわけもいかないしな……」


 なるほど、馬が急に動かなくなった……ってことね。

 何気なく妖精眼(グラムサイト)を起動して()()()()を感じとった私はにこやかな笑顔を浮かべつつ男達に近づいて話しかける。


「――すみません。これは一体なんの騒ぎですか?」


 私という突然の闖入者に、男達は困ったように目を見合せた。



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