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2 謁見にて

 アルバートから突然の申し出により婚約を破棄して一週間後。

 私は王妃殿下に呼び出され、謁見の間にいた。


 父王亡き後代理で政務を行う王妃殿下は、優雅に玉座に座り足を組み直すと、無言で目を伏せたままの私に問いかける。


「それで、そなたはアルバートと婚約破棄をした後、どうするつもりなのか?」


 凛とした声音で語りかけてくる王妃殿下をチラリと見上げれば、その表情は険しく、私に話しかけなければならないことが酷く不満なようだ。早く用件を済ましたいという気持ちを包み隠しもしない様子に私は俯いたまま苦笑した。


 ――相変わらず、私は王妃殿下に嫌われているようね。


 それもそのはず、王妃であるイザベラ・ローズ・ティナダリヤ様と私の間に血縁関係はない。

 私は国王だった父と、平民であった母の間に生まれた望まれない王女だった。


 母は王城で下働きしていたメイドだったらしく、類まれな美貌を持っていたことで国王に見出され、私を授かったのだそうだ。


 その時既に第一王女であるルルベル様を出産なされ、お腹に第二王女となるはずのエルルカを身に宿していた王妃殿下からすれば、私と母の存在はさぞ疎ましかったことだろう。


 表向きは友好関係を築きつつも、私の母と王妃殿下の関係はかなり冷えきっていたらしい。

 その後、心労がたたって母は亡くなり、国王も後を追うように崩御した。


 王妃殿下はそれ以降、第一王女のルルベル・ロゼリア・ティナダリヤ様が即位するまでの代理として政務に関わり、ティナダリヤ王国は繁栄を続けている。


 そんな背景から、私は王妃殿下を『お母様』と呼んだことはなく、彼女も私の名前を呼んだことは一度もない。

 私と王妃殿下の関係は一種の暗黙の了解だ。これは王妃殿下なりの線引きなのかもしれない。


 そんなことを考えながら、私は顔を上げて口を開いた。


「はい。アルバートとの婚約を破棄した以上、私は王女としての責務を放棄したも同然。そんな不義理な王女(わたし)を、王城に置いておくことはなんの利にもなりません。元々私はティナダリヤ王族としては()()()でしたので。ですから私は、王女の身分を返上し、国を出たいと存じます」


 アルバートとの婚約破棄以降、考えていたことを述べると、王妃殿下が眉をぴくりとあげた。


「国を出るというのか? そなた一人で?」

「はい。願わくは、王国を出て様々な経験をしたいのです。視野を広げて世界を知れば、こんな()()()()()の私にも何かできることがあるかもしれないと、そう思ったのです」


 適度に自分を貶める言葉を使用しながら、王妃殿下に進言する。


 これは、一種の賭けだ。ティナダリヤの王族における私の立場。そして私を疎む王妃殿下。

 私の存在を排除したい彼女なら、絶対にこの提案に賛同するはず。私自ら、国を出ると言っているのだから。


 ――お願い、どうか。


 半ば祈るような心地で思案する王妃殿下の顔を見上げる。長くも短くも感じられる時間。緊張して高鳴る鼓動を抑えながら、私はひたすら返事を待った。


 王妃殿下は足を再度組み直し、頬杖をついてたっぷりと考え込んだ後、赤いルージュを引いた口をようやく開いた。


「――よかろう。そなたの望み通りにしよう。一週間の猶予の後、そなたは王女の身分を返上、国を出るがよい」

「……有難う存じます」


 良かった。これでこの国を出られる。

 嬉しさに頬が綻びそうになりながら、私はもう一度深く頭を下げた。



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