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18 妃殿下の失墜

 

「ノイン――ノインゼクス・ロズヴァルト・ティナダリヤ。妖精王オベロンとして、かの存在を新たな国王に据えることを望む。これを拒否すれば、今後一切我らはティナダリヤに手を貸さないだろう。妖精女王のいない国に、もはや未練などないからな」


 キッパリとそう言いきった妖精王オベロンの言葉に王妃殿下は分かりやすく青ざめ、一歩引いた。

 よろよろと後ろへ引いた彼女は、辛うじて倒れそうになる体を抑えながら震えている。

 視線を彷徨わせ、首を左右に振る姿は現実を拒否しているようにも見えた。


「嘘……うそよ……こんなことが……」


 何度もそう呟き、項垂れる。それは今まで凛々しく振る舞ってきた彼女が見せたことがない姿だった。狼狽える王妃の姿に、周囲から困惑の視線が寄せられる。

 その様子にハッと我に返った王妃殿下は、唇を噛み締めながらも毅然と顔を上げ、宣言した。


「……我らが妖精王オベロン様がそうお望みなのです。ティナダリヤの王妃として、(こた)えなければなりません」


 そうして一旦言葉を切った後、王妃殿下は一人の近衛騎士に指示を出す。


「……西の区画にいらっしゃるノインゼクス殿()()に伝令を。今すぐ左遷処分を破棄し、王城にお戻り頂くようお伝えしなさい。王妃勅命で、今すぐにです」

「はっ!」


 静かな声音に諦観(ていかん)の念が混じっているように感じたのは気の所為だろうか。

 指示を受けた近衛騎士が去っていく姿を見送ってから改めて王妃殿下は振り返る。


「これでよろしいのでしょうか。私の勅命でノインゼクス殿下の左遷処分は無効になります。彼を新たな国王陛下に迎える。……これで、貴方様はティナダリヤを今後も見守り続けてくださるのでしょうか」

「ああ、それは約束しよう。なんなら妖精魔法で契約を結んでもいいぞ?」


 そう言って笑う妖精王オベロンをぼんやりと見上げ、王妃殿下は問いかけた。


「……一つ、最後に教えてください。私は何が駄目だったのでしょうか。私には、何が足りなかったのでしょうか……?」


 答えを求めて妖精王を見上げるその表情は、まるで迷子になって帰る場所を見失った子どもだった。


 国を(うれ)う心。民を思う心。そのどちらも王妃は持っていた。

 王妃殿下は国王を亡くしたあとも悲しみにくれる事無く自ら国王代理となって国を支え続けた。


 国政などろくに関わったことがない身でありながらも一から全てを学び、せめて第一王女が成人するまでは自分が国を支えなくてはと、その一心だったはずだ。

 ある一点を除いては模範的な王妃だったかもしれない。


 しかしここは永久(とこしえ)の春の国。

 妖精と人間が共存する国において決してすべきではないことを彼女は間違えてしまった。


「それはそなたが一番自覚しているのではないのか? 自分の娘可愛さに妖精女王の眼を継ぐものを虐げ、蔑ろにしたことこそ全ての間違いだ。例え側妃の子であってもお前は第二王女を認めなければならなかった。それをしなかったからこういう結末になったのだ」


 王妃殿下はこの言葉に目を見開いて、今度は私を見つめる。


「そう、ね……。私は()()()の存在を認められなかった。認めたくなかった……! 陛下の心を奪った()()()から生まれたあなたを王女などと……!!」


 心の底からの憎悪(ぞうお)の言葉。

 真正面から向けられたそれを受け止め、私は王妃殿下を見据える。


 向けられるものに対してはもう何も思わない。王妃殿下が私を嫌っているのは最初から知っていたこと。

 それに対して何も思わなかったといえば嘘になるが、私は復讐をしたい訳ではない。全てを清算したいのだ。


「そうですね。貴女は私を嫌っていらっしゃった。だから私は母の言いつけに従い、正体と力を隠しました。母はいつも私の存在が貴女の怒りを買い、国に要らぬ争いが起こるのではと危惧していました。これからもこの国に居続ければ、貴女の私に対する憎しみは増すばかりでしょう。それは私も本意ではありません」


 しかし妖精眼(グラムサイト)を持っている以上、国を捨てることは許されない。例え平民の母を持っていても、私はティナダリヤの王族で、第二王女なのだ。

 けれどそれさえも王妃殿下にとっては憎しみの種となるのだろう。


「ですからお互いのためにも、私は国を去ることにしたのです。妖精王オベロン様とノイン様がおられるのなら春の国の繁栄はこれからも約束される。そうすれば私がここにいる必要はありません。なにより私は外の国を見て回りたいのです。ですから私は国を出ていきます」


 恨まれるのも恨み続けるのも、もううんざりだ。

 負の感情がどれだけ不毛で愚かなものか、春色の眼で見てきた私にはよく分かる。

 だからこれで打ち切り。ここで終わり。


「私は嫌われていると知っている貴女を心から信用できなかった。だから私なりのやり方で信頼できる方々に国を託します。ですから王妃殿下、貴女ももうこれで終わりにしましょう。王国をノイン様……叔父上に託して、今後は心穏やかにお過ごしください」


 私を憎しみ続けるのも恨み続けるのも自由だが、それで国が振り回されることはあってはならないことだ。

 だからこそ、王妃殿下に国を任せる訳にはいかない。ここで幕引きしてもらう。


「…………」


 実質的な引退を促す私の言葉に、王妃殿下は今度こそ力なく崩れ落ちた。



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