16 妃殿下と第二王女
宰相ルドガスが連れていかれ静まり返った大広間で、王妃殿下に向き合う。彼女はこちらに向かって何事かを話そうと口を開きかけたが、その前に私は頭を下げた。
「王妃殿下、私の願いを聞き届けて下さりありがとうございました。そして第二王女
勝手な行動に神聖な儀式を穢す行為。なによりもティナダリヤの歴史を重んじる王妃の怒りは頂点に達しているはずである。
怒られる前に謝ってしまえと、頭を下げて許しを乞うた私に掛けられたのは、意外にも優しい声だった。
「……顔を上げなさい。
その呼び掛けに、私の頭は真っ白になった。
「………………え?」
――今、なんと言った? 妃殿下は今、私のことをなんと呼んだ?
予期していなかった事態に呆けた声を上げた私を見下ろし、王妃殿下は再び声をかけてくる。
「――シャルル・ロゼッタ・ティナダリヤ。顔を上げなさい」
「は、はいっ!」
凛とした声音に思わず顔を上げると、今までにないほど穏やかな表情をした王妃殿下と視線が合う。
最初は聞き間違いかと思ったが、そうではなかった。
――あの妃殿下が私の名前を呼んだ。二度も。これは夢ではない。でも、なんで?
疑問符が浮かんで止まらない私の目の前で、さらに仰天する光景が飛び込んできた。
戸惑う私の前まで歩いてきた王妃殿下が、突如頭を下げたのだ。
「謝るのは私の方だわ。許されるとは思っていないけれど、謝らせて頂戴。これまでのことを。あなたへ私が行ってきた数々の態度を、私は恥じているの。王族の妃でありながら、血の繋がらない王女である
「あ、頭をおあげください王妃殿下! なぜこのようなことを!」
あの王妃殿下が、こんなにしおらしくなるなんて。一体どういう心境の変化だと言うのか。もはや訳が分からない。
「あなたとシルヴィア妃は誰よりも国のことを考えていたわ。シルヴィア妃があなたの
その言葉に、私は目を見開いた。
王妃殿下は、知っていたのだ。私が
「それなのに私は、あなた達を恨んでいた。憎んでさえいた。陛下を
「……」
王妃殿下の言葉に私は押し黙った。
お母様と私の扱いは、端的に言えば最低だった。王族としてあるまじき扱いと言えただろう。お母様は少しでも周りとの軋轢を避けるために奔走したが、結果は変わらなかった。そうして心労の末に亡くなってしまったのだ。
王妃殿下は、恐らくそれを知った上で容認していた。
私たち親子の扱いを認識していながら、その手を伸ばしてはくれなかった。味方のいない王城の中で、唯一手を差し伸べてくれた西の区画の人たち。彼らの助けを借りて、なんとか今まで生きてこられたのだ。
「……謝って許してもらえるなんて都合のいいことは思っていないわ。私は本当に愚かだった。ルドガスの良い様に操られ、自ら国を破滅に導こうとしていた。……私は王妃失格よ。シャルル、あなたこそ王族の頂点として相応しいわ」
王妃殿下はそう言って、自らが頭につけていた
その冠を自ら外すと言うことは、自らその地位を降りるということだ。その意味を理解して、大広間に動揺の声があがる。
王妃殿下は自ら外したその
「どうか、あなたがこの国をこれから導いてほしい。初代
大広間のシャンデリアの光を受けて、王妃が持つスターサファイアがキラリと輝く。
私はその様子をただ黙って眺め――横に首を振った。
「いいえ、それはできません。王妃殿下には予め申し上げた通り、私は身分を返上し、この国を出ていきます。この国においての私の
その言葉と共に、後ろに立っていた
つられたように広間中の視線がそこに集まり、それにたじろいだエルルカが「ひゃあっ!?」と変な声を上げた。
「なっ……!?」
予想外の返答だったのだろうか、呆気に取られた様子の王妃殿下に私はにやりと満面の笑みを向けた。
先手必勝。ここは先に宣言してしまうのが勝ち。王妃殿下の意図がなんであれ、私は女王なんて御免なのだ。
王妃殿下を恨む気持ちが全く無いわけではない。彼女がもっと気にかけてくれていれば、私とお母様の待遇はもっと違っただろう。こんな苦労をすることもなかったはずだ。
けれど、全ては過ぎたこと。そこに恨みを抱いても何も始まらない。私は恨みに呑まれた彼女とは違うのだから。
それに何より、私は過去は振り返らない主義だ。
お母様と過ごした思い出のある王城に思い入れがないわけでは無いけれど、それ以上に国を出て色んな世界を見て回りたい。
それに、お母様の墓で誓ったのだ。
私はもう我慢をしないと。
「私は平民の血を持つ王女。堅苦しい王城より、長閑な田舎村や町の方が性に合っているのです! ですので、王妃殿下の申し出は辞退させて頂きます」
きっぱりとそう告げると、視界の端で玉座に座ったままの妖精王オベロンが何故か実に楽しそうに口元をゆるめた。
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