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13 そして舞台の幕は上がる

「ルドガス・ミュラン。あなたへの審議を始めましょう」


 妖精たちが一斉に現れ、混乱が広がった大広間で静かに告げた第二王女の言葉に、ティナダリヤ王国宰相ルドガス・ミュランは咄嗟に反論した。


「異議ありだ! 大体ここは裁定をする場所ではなく、神聖な儀式を行うための場所。弁護人も、公平な裁定者もいないのに、一方的に言及されるいわれはない!!」


 声を荒らげ、いつも穏やかな微笑を称える宰相の冷静さをかいた行動に、しかしシャルルは笑って雄弁に笑って見せた。


「弁護人? 神聖な場所? おかしなことを仰いますね。宰相閣下」


 コツコツとヒール音を響かせて宰相に近づいたシャルルは冷たい視線を彼に向ける。


「先程あなたはその神聖な場所で行われ、正式な儀式で呼び出された妖精王を本物かと疑った上に、私に信じられる証拠を出せと仰ったではありませんか。それに王国の繁栄のために忠義を尽くしてきたとも。ですから、今からそれを証明しようというのではありませんか。あなたが本当に潔白ならば、今この場でそれを証明すればいいことです」


 きっぱりとそう言いきったシャルルに、再び反論しようと口を開いたルドガスはふと思いなおした。


 ――たかが()()()()()の戯言だ。これしきのことで何を慌てる必要がある。口論であればこちらに一日の長があるのだから、いつも通りに対処すればいいことだ。


 思考を切りかえ、崩れた襟を正してから、ルドガスは余裕たっぷりに頷いた。


「そういうことなら、よろしいでしょう。受けてたちますよ」


 所詮相手は世間知らずの小娘。相手にするまでもない。

 その優秀さから国王陛下直々に宰相に抜擢されたルドガスはそれこそ、自らを侮る者たちを敗北へ貶めてきたのだ。


 妖精などという古の伝承にしか登場しない不可思議な者たちを信仰する王女など、この場で完膚なきまでに叩きのめしてやる。

 その決意の元、彼は内心で第二王女を嘲笑う。


 ルドガスはティナダリヤの民でありながら、妖精を信じていなかった。唯一、彼が信じるのはお金と権力。彼にとってこの世で最も役に立つのは、富と権力なのだ。

 ルドガスはこのまま宰相の地位に甘んじるつもりはなかった。いつかこの国の頂点に立つ。それこそ彼の野望だったのである。



 今でこそミュラン家は侯爵の地位にあるが、元々彼の家は貧しい伯爵家だった。

 辛うじて上位貴族に片足を突っ込んでいるだけの名だけの貴族。領土はあれど、これといった特産品もないそんな田舎の地で、伯爵家の長男として生まれたルドガスは、幼いながらも優秀な頭脳を持っていた。


 神童と呼ばれ、もてはやされた彼は自分を取り巻く現状に満足していなかった。実力があるのに自分より格下の存在が上流階級というだけで、上へとのし上がっていく。貴族社会の『爵位』という絶対的な区分がそれを可能としている。彼はその現状が許せなかった。


 いつか自分が国を動かす立場となる。その野望を胸に王都へ来た彼は、王城の官吏となり、次々に功績を立て昇進していった。そしてある時、その活躍ぶりが国王陛下の目に止まり、宰相に迎えられた。


 長年の努力が認められたと喜び勇んだ彼は次々に政策を打ち立て、やがて王を支える立役者として王家からの信頼と権力を勝ち取ったのだった。国王は褒美としてミュラン伯爵家を陞爵(しょうしゃく)させ、ミュラン家は侯爵家となり、ルドガスは一層の富を得ることとなった。


 この頃には彼の感覚は既に麻痺していたのかもしれない。今までに前例がない出世に、王家から寄せられる全幅の信頼。手に入れた富と権力を前に彼は、自分は何をしても許される存在なのだと舞い上がっていた。


 国で最高峰の役職を与えられた彼は、いつしかこう思うようになっていた。

 自分こそ、この国の頂点にふさわしい存在であると。ティナダリヤ王家は今や自分を頼る始末。妖精などという不可思議な伝承が根付くこの国において王家はただの象徴。名だけのお飾りといっても過言ではない。

 傲慢にもそう思った彼は、ならば自分が国の頂点になればいいと考えた。


 自分の息子を利用して王族と婚約し、発言力を得る。

 国王陛下亡き後政務を行う王妃殿下を支える振りをしつつ、裏から手を回し、味方を集めた。


 少しずつ王家の権威と資金力を削ぎつつ、期待したほど第二王女に力がないと分かればすぐに切り捨て、アルバートの恋心をも利用し、第三王女との縁談を進める。


 計画は完璧だった。水面下で第三王女エルルカとの婚約を成立させ、二十歳になりもうすぐ即位するはずの第一王女ルルベルの補佐となる。そうなれば後は自分の思うとおりだ。野望はもう少しで成就される。

 


 計画は完璧な、()()()()()()()()()()()()()()



「――それでは、あなたが王家に叛逆したという証拠を手っ取り早くお見せするとしましょうか」


 第二王女はそう言ってドレスに手をかけ、何かを取り出し始めた。シルクとレースで層が作られたスカートは一部分だけスリットが入っており、そこを探ったシャルルは一冊の本を取り出す。


 黒い革で閉じられた結構な重量の本だ。見た目だけならどこにでもありそうな少し古めかしいだけの本。

 しかしその背表紙に浮かぶ紋章を目にした途端、ルドガスは目を見開き、青ざめた。


「ど、どうしてそれが……!!」


 ――どうしてそれがここに。


 最後まで言葉を紡げず、宰相は膝から崩れ落ちる。目の前にある光景が信じられなかった。

 それは絶対に見つからないようにミュラン家の地下室に厳重に封印を施したはず。それがなぜ今ここにあるのだ。


「その反応、見覚えがおありのようですね? では、説明して頂きましょうか、()()()()。何故、私とシルヴィア妃に充てられるはずだった生活費の予算金を、あなたが横領していたのかを?」


 シャルルが見せた証拠。

 それは他でもない宰相ルドガスが、国庫を横領した金額を記した裏帳簿だった。



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