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11 誓いの儀式

 私が二階の階段から姿を見せると、大広間は水を打ったように静まり返った。

 誰もが私の姿に驚き、言葉を紡げないでいる中、私は悠然と微笑んで、栄えある今宵の悪戯(イベント)()()()()()に歓迎の言葉をかける。


「――ご来賓の皆様、大変お待たせいたしました。本日のこの良き日シャルル・ロゼッタ・ティナダリヤは十七歳を迎えられたこと、誠に嬉しく思います。本日は、楽しんでいってくださいね」


 口元の笑みを絶やさないまま、ゆっくりと見せつけるように階段を降りる。一つ一つの動作を意識して、優美に見えるようにドレスの裾を捌きながら階段を降りると、全ての視線が私に釘付けになっていることに気づいた。


 ――ふふん。驚いたでしょう? もう誰も私のことを『地味姫』だなんて呼ばせないわよ。この日のためにずっと準備してきたのだから。


 観客の視線は概ね満足するものだった。

 大半が今目にしている光景を信じられないといった驚愕の表情を浮かべている。

 妖精魔法を解き、公の場で本来の姿に戻った私を初めて目にしているのだから当然ではあるのだが。


 階段を降りてそのまま歩みを進めれば、恐れおののくように自然と人垣が左右に割れる。

 誓いの儀式が行われる空の玉座――『妖精王の間』へ続く道ができたのを確認してから、私はまた歩き出す。

 コツコツとヒールの音を響かせ、ゆったりとした足取りで『妖精王の間』へ近づいたその時。

 そこへ続く道を塞ぐようにして新たな人影が目の前に現れる。



「――これは一体、どういうことかしら?」


 静まり返った大広間に、凛とした声が響く。厳しい声音から伝わってくるのは怒り。静かな怒りを赤い双眸に宿らせ、こちらを見据えるのは王妃イザベラ。

 眉間に皺を寄せて、説明を求める声に私はただ一礼する。


「これは王妃殿下。私などの誕生パーティにわざわざ御足労頂くなんて、誠に光栄にございますわ」

「今そんな見え見えの世辞はどうでもいいの。私はただ、そなたにどういうつもりか、と問うているのよ。その格好はどういうこと?」


 こちらの言葉をぴしゃりと一蹴し、一段と低い声で問い返した王妃殿下に、私はただいけしゃあしゃあと答えてみせる。


「どういうつもりかと問われましても、私はしきたりに従ったまでですわ。十七歳の誕生日にティナダリヤの王族は白い服を纏って『妖精王の間』で誓いの儀式を行います。ウェディングドレス(これ)はその儀式のための正装ですわ」


 そう説明すれば、王妃殿下は忌々しそうに顔を歪めた。


 ――ティナダリヤにはこんな古い伝承がある。


 その昔、全てが死に絶えた地でたった一人生き残った少女が春と美の女神から祝福を受けた。全ての生命を芽吹かせる春の息吹の祝福を受けた少女は、その力を使い、死に絶えた大地を復活させた。


 復活した大地からは新たな生命が生まれ、芽吹き、やがて様々な生命が復活し、その大地で新たな繁栄を始めた。女神の祝福を受けた少女はある時、植物の蔓に横たわって今にも絶命しそうになっている金の蝶に出会った。


 可哀想に思った少女は春の息吹の力を使い、蝶を助けた。すると蝶は輝き、この世のものとは思えないほどの美貌を持つ人の姿へ変わった。


『ありがとう。あなたのおかげで私は本来の姿に戻ることができた。女神の祝福を持つ人間の少女よ、私はその恩に報いて、君の守護者となろう』


 少女が助けた金の蝶は、妖精を統べる王だったのだ。

 守護者となった妖精王は少女と一緒に過ごすうちにその人柄に惹かれ、やがて恋仲となった。

 そして少女が十七歳を迎えた日、二人は誓いを交わし、夫婦となった。


 妖精王は結婚の契約を交わす際、少女に一つの祝福を与えた。道を共にあゆむ限り、妖精は人間に加護を授け、善き隣人であり続けると。妖精王の祝福を受け、少女は淡い菫色の髪に、春色の瞳を持つ妖精女王(ティータニア)となった。

 こうして妖精王と妖精女王を主とし、人間と妖精が共存する永久(とこしえ)の春の国は生まれたのである――。


 ティナダリヤでは有名なおとぎ話である建国史。

 王家の十七歳の誕生日に行われる誓いの儀式は、初代妖精女王(ティータニア)と妖精王の交わした夫婦の契約が元になったものだ。


 そしてこの時、初代妖精女王は煌びやかな白のドレスを纏っていたという。これを元にして『誓いの儀式』では白い服を身につけるという規則が生まれ、そこから派生し、ティナダリヤでは結婚する際に新婦は白のドレスを着用するという文化が生まれた。


「伝承に(のっと)った正式な格好です。何か問題がありますでしょうか?」


 何も後暗いことはない。堂々と問い返せば、今度は王妃殿下が口を閉じた。相変わらず眉間の皺は取れないけれど、分が悪いと思ったらしい。

 勿論、問いの内容に私の容姿に関することが混じっていたのは分かっていたが、敢えて無視させてもらった。


 渋々といった様子で横にずれた王妃殿下に「ありがとうございます」と微笑んで通り過ぎ、今度こそ『妖精王の間』へとたどり着く。


 今は空の玉座となったここはかつて妖精王が座っていた場所であり、彼への敬意と尊厳を示すため、ここには誰も座ることを許されない妖精王のための空間となった。今は玉座にはかつて妖精王が愛用し、愛する妻のために残したと言われる宝剣が収められ、厳重な封印を施されている。


 その玉座の手前に立ち、結界に封印された宝剣を前に両手を合わせて目を閉じ、私はただ祈った。


「かつて妖精女王を守護し、この地に根付く妖精王よ。未だその契約が続くのであれば、この地に御加護をお与え下さい――」


 ――どうか、その姿をお見せ下さい。


 祈りを捧げ、目を開けたその瞬間、封印を施されていたはずの結界が音を立てて砕け、中から宝剣が飛び出す。

 まるで意志を持ったそれは突然輝きだし、そして。


「――おぉ、久しぶりの人間界。俺を呼び出せる存在がまだいたとは驚いた。呼び出したのはお前か、我が遠き末裔、ティナダリヤの王女よ」


 宝剣を片手に持ち、背に美しい()()()()()。濃い紫の髪に、およそこの世のものとは思えない美貌を持つ男。その金の目がこちらを見つめる。

 伝承にある通りの姿で現れた妖精王オベロンに、私は歓迎の意を示すために笑顔を浮かべた。


「ようこそおいでくださいました。妖精王オベロン。あなたが私の誓いに応えてくださるということは、契約は途絶えていないということですね」

「ああ、それは勿論。俺はティータニアの子孫の行く末を見届ける義務がある。だからこうして呼び出しに応じたんだ」


 良かった。それだけがこの悪戯(イベント)の問題だったのだが、妖精王は私の誓いに反応して姿を現した。ならば、この地で妖精王はまだ()()()()()()()()()()()ということだ。


 ――そこは一安心ね。これで盛大に暴けるもの。


 私は事態を飲み込めずにいる()()()()を振り返って、両手をあげた。

 さぁ、盛大に始めましょう。本日のメインイベントを。


「それではお待たせ致しました。本日のメインイベントに際して特別来賓者(ゲスト)の妖精王オベロン様をお迎えして、一つの余興をはじめましょうか。何がいいですかねぇ……」


 考えるように頬に手を当てて、悩む振りをした後、思いついた! と手をぽんと叩く。我ながら実に白々しい演技だ。


「では、私の婚約破棄が本当に正当なものだったのか。そこに動いていた一つの悪意を暴くことに致しましょう。――私とアルバートの婚約破棄は、宰相ルドガス・ミュランが仕組んだ王家への叛逆の意思だったと言うことを!」


 これぞ、私の仕組んだメインイベント。この一言に、今度こそ大広間はざわついた。



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