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10 アルバート・ミュランの驚愕

 永久(とこしえ)の春と謳われ、妖精王と妖精女王の盟約により妖精と人間が共存する麗しの国、ティナダリヤ。


 そんな王国の中心。穏やかな日差しを浴びて鮮やかに光るオベウレム城内にて盛大なパーティが催されていた。

 今日はティナダリヤ王国の第二王女シャルル・ロゼッタ・ティナダリヤの十七歳の誕生パーティである。


 そんな記念すべき日の舞台となる城の大広間では、華やかな色彩を纏った貴族たちが優雅に流れる音樂楽と共に料理やダンスを楽しんでいた。


 王族の十七歳の誕生日は特別なもの。

 ティナダリヤ王国では十七歳からが成人とされ、大人の仲間入りを果たすことを許されるのだ。

 さらに誕生日を迎えた王族の子女は、謁見の間とは別にある空席の玉座――『妖精王の間』で祈りを捧げ、誓いを立てるという儀式が行われる。


 この儀式はティナダリヤで最も神聖な儀式のひとつとされ、ひとつの例外もなく王族ならば誰もが果たすべき義務である。

 たとえ『地味姫』と陰口を叩かれ、三人の王女の中で一番地位が低いとされる第二王女であっても、この儀式には参加しなければならない。


「内気な彼女がそんな大役をこなすことができるのかな……」


 そんな呟きを零しながら、『地味姫』をよく知る彼女の元婚約者――アルバート・ミュランは大広間を行き来しつつ警備を行っていた。


 白地の生地に金糸の刺繍が施された騎士服を着用し、腰に剣を携えたアルバートの身分は、近衛騎士だ。

 王族の警護がその主な任務であり、常に王族を守るために警戒を怠らない彼は、今は第三王女エルルカの専属護衛騎士となっている。


 一週間ほど前から着任した任務であるが、アルバートはいつになく気合いが入っていた。

 それもそのはず、彼は主となる第三王女のエルルカに懸想(けそう)していたからだ。


 第二王女シャルルに婚約破棄を申し出てから一週間後、父である宰相のミュラン侯爵直々の指名によりアルバートはエルルカの護衛に着くことになった。

 それまではシャルルの護衛に着いていたのだが、婚約破棄を機に、第二王女と第三王女の護衛を入れ替えたのだ。


 アルバートの父ミュラン侯ルドガスは非常に頭の切れる男で、今は亡き国王にその実力を買われて宰相に抜擢された実力者である。


 国王陛下を常に支え、画期的な政策を施し、王国の治世を支えた立役者として、父は王家からかなりの信頼を得ている。宰相子息でアルバートの兄であるルーカスも父の才を受け継ぎ、将来は優秀な後継者になるだろうと目されていた。


 一方の次男であるアルバートは頭脳労働はからっきし。頭を使うより体を使う方が好きな根っからの運動好きで、そんなアルバートを父は早々に見限り、兄のルーカスのみを溺愛していた。

 父に愛されなかった代わり母に愛情を注がれて育ったアルバートはその甲斐あって、ルーカスを羨むことなく、むしろ自慢に思うほど朗らかで誠実な人柄に育った。


 そんなアルバートが父から一目置かれるようになったのは近衛騎士団に入ってからだった。

 侯爵家次男でということでいつかは独り立ちしなければならなかった彼は、それなら得意だった剣を使える仕事をしたいと騎士団に入り、研鑽を積んで努力の末に近衛騎士となるまでの実力を持った。


 近衛騎士となったアルバートを父ルドガスはよくやったと褒め、宰相としての権力を利用して第二王女の専属護衛にしてくれた。この大抜擢に影で『親の七光り』と陰口を叩かれたりもしたが、アルバートは気にしなかった。

 それよりも父がようやく『自分(アルバート)』を認めてくれたことが何よりも嬉しかった。


 父に期待されている。アルバートはその期待に応えるために仕事に励み、その勤勉さが気に入られ、やがてシルヴィア妃の信用を得るに至った。

 シルヴィア妃たっての希望で第二王女シャルルの婚約者に据えられた時、父はアルバートを抱き締めさえしてくれた。


「お前は私の自慢の息子だ。王女の婚約者! これで将来は約束されたも当然だ。私の将来も明るいぞ!!」


 王族との婚約。臣下にとってそれは大変名誉なことである。

 アルバートにとって第二王女のシャルルは可愛い妹といった気持ちしかなかったが、父の嬉しそうな顔がどうしても脳裏から離れず、シャルルのことも家族として好きでいたため、彼女と結婚するつもりでいた。


 ――あの運命の出会いを果たすまでは。


 所用で遣いを頼まれ、近道だからと何気なく『空中庭園』を通った時。その真ん中にある泉の中で惜しげも無く手足を晒して遊んでいた少女。それこそ、第三王女エルルカだった。


 巷で『妖精姫』と呼ばれる愛らしく可憐な容姿に、華奢な体つき。淡い菫色の髪は緩やかにウェーブし、陽の光を受けてキラキラとなびく。

 クリクリとした(みどり)の瞳を細めて笑みを作り、泉で戯れるその姿は、まさにその呼び名に相応しいものだった。


 一瞬で見惚れてしまった。一目惚れだった。

 分不相応だとは分かっていた。婚約者がいる身で、何を望んでいるとも。けれど、どうしてもエルルカを想う心は止められなかった。


 父に望まれ婚約したというのに。父の期待を裏切ることになる。そう思いつつも、止められない恋心に悩んだ結果、アルバートはそれを父ルドガスに打ち明けた。


「父上、俺はエルルカ殿下のことを好きになってしまいました。シャルルと婚約している身でありながら、父上の期待を裏切るとわかっていながら。でもどうしてもこの想いを捨てることはできません。どうか、シャルルとの婚約をなかったことにできないでしょうか」


 怒られることを覚悟で告げれば、意外にも父は怒ることなく受け入れてくれた。


「第二王女はもう駄目だ。地位が低すぎる。なんの利益にもならない。あの王女と結婚してもお前に未来はない。だが、エルルカ殿下は違う。あの方こそお前に相応しい婚約者だよ。アルバート、よくぞ打ち明けてくれた」


 父は驚くほどあっさりとあんなに拘っていたはずの第二王女との婚約を諦め、第三王女との婚約を進めることを了承してくれたのだ。

 アルバートはそれをなんの疑問にも思わなかった。むしろ父が自分を尊重してくれるようになったと、嬉しくさえ思った。


 そして第二王女から婚約破棄させるように手回しし、シャルルが十七歳を迎える一週間前、父の助言通りに話を切り出したら、シャルルは婚約破棄を承諾した。

 その後彼は父の根回しにより第三王女の護衛騎士となったのだった。


 ――もし、ここで彼の目を覚まさせる存在がいたのなら、父の操り人形と化していることに気づかせてくれる存在がいたのなら、彼の歩む道はまた違ったのかも知れない。


 しかし第三王女への恋心で何も見えなくなった彼を止める存在はいなかった。あるいは、能ある第二王女であればそれを止めることができたかもしれない。全ては後の祭りであろう。


 なぜなら。

 大広間へと続く階段に姿を見せた第二王女は我慢をやめたからである。



 主役の登場を待ち侘びる中、大広間へと続く階段の上から満を持して姿を現した彼女を何気なく見上げたアルバートは、驚愕する。


「――ご来賓の皆様、大変お待たせいたしました。本日のこの良き日シャルル・ロゼッタ・ティナダリヤは十七歳を迎えられたこと、誠に嬉しく思います。本日は、楽しんでいってくださいね」


 そう優雅に微笑みながら階段を降り始めた彼女は、アルバートの知る彼女ではなかった。

 流麗な動作で見せつけるように一つ一つゆっくりと階段を降りる彼女の身を包むのは、白一色のシルクのドレス。


 大広間のシャンデリアの光を受けて、キラキラと輝くドレスは、華奢な鎖骨と肩を見せる大胆な作りをしたもの。幾重にも重ねられたレースとシルクの層が美しく、間に縫い付けられた宝石達がアクセントになっている。


 薔薇の刺繍が施された精緻な作りのレースの手袋を嵌めた手を振る度に揺れる首元には、ダイヤモンドをあしらった金細工のネックレス。耳元にも揃いのイヤリングが添えられ、華やかさを演出する。


 コツコツと歩く度に響くヒールは靴職人の妖精と呼ばれるレプラコーン特製のもので、妖精界にしかない素材で作られた特注品。


 優美な曲線を描く口元には真紅のルージュが引かれ、目鼻立ちのくっきりした美貌を鮮やかに印象づける。

 結い上げた髪に金のティアラをつけ、その後ろからレースのヴェールが流れるその姿は、まさに花嫁。


 白の()()()()()()()()()姿で現れた第二王女シャルルに魅了され、大広間にいた誰もが言葉を失った。


 その顔に浮かぶのは、驚愕。

 これぞシャルルの企んだ悪戯(イベント)。彼女の記念すべき晴れ舞台の、その道化の一人と化したアルバートは目を見開きながら、呆然とこう思った。


 ――今、目の前にいるシャルルは、本当に『地味姫』と呼ばれた彼女なのだろうか。

 だとしたら、今まで自分が見ていた彼女は一体、誰だったのだろうか、と。



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そして今回お知らせがございます。


今作、『能ある地味姫は正体を隠す。〜婚約破棄されたので、もう我慢しなくてもいいですよね?〜』

がマッグガーデン様にて書籍化&コミカライズ決定しました!!!!


読んで下さる読者様のおかげです。

ありがとうございます。


これからも今作にお付き合い頂ければ幸いです。


蓮宮アラタ

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