1 婚約者は妹に恋をする
「――シャルル、すまない。僕との婚約を破棄して欲しいんだ」
「まぁ、それはどういうことかしらアルバート」
カチャリとソーサーにカップを戻して、婚約者のアルバートへ再度視線を向ければ、彼はなんとも苦しげな表情で語り出した。
「僕は君の婚約者だ。もちろん君との婚約を前向きに考えて今まで過ごしてきた。恋愛感情は互いに湧かなかったけれど、将来を共に過ごす仲としてより良い関係を築いていこうと。……でも僕は、出会ってしまったんだ。僕は、恋をしてしまった。運命の人に出会ったんだ」
そこでアルバートは頬を紅潮させ、瞳を潤ませる。
まるで恋する乙女のようなその仕草は、確かに誰かに恋していると言わんばかりの姿だ。想い人とやらに思いを馳せ一人の世界に浸るアルバートに、私はそのまま続きを促した。
「……そう。それでその方はどなたなのかしら」
その問いに、途端にアルバートはバツが悪そうに視線を泳がせながら返答する。
「それは……。君の妹だよ……」
「……そう」
アルバートの言葉に、私はなんの言葉を返すこともできなかった。
――エルルカ・ロザンヌ・ティナダリヤ。
ここティナダリヤ王国の第三王女で、第二王女である私、シャルル・ロゼッタ・ティナダリヤの
緩やかにウェーブした淡い菫色の髪と、クリッとした
ティナダリヤの王族は誰もが美貌を誇る一族。
その例にもれず妹も誰もが振り向かずにはいられない可憐さと愛らしさを備えた美少女だった。
――例外は、私だけ。
くすんだ赤茶の髪は鉄錆色と揶揄され、ごく平凡な顔立ちに、切れ長気味のアーモンド型の瞳。
春と美の女神に愛されたティナダリヤの一族の生まれながら、私はその平凡な容姿から『地味姫』と呼ばれていた。
魔力も妖精との交流も人並み程度。突出した才能は何一つなく、加えて冴えない容姿。辛うじてティナダリヤの王族に名を連ねているだけの、実質のお荷物だった。
そんな私の婚約者であるアルバートは、優しげな口元と、柔らかな目元が特徴のある端正な顔立ちをした好青年である。
何かと疎外されがちだった私をよく構ってくれて、婚約者と言うよりは、面倒見のいいお兄さんといった印象だった。
互いに恋愛感情を抱くことはなかった。
けれど、彼となら幸せな家庭を築いていけるかもしれない。そう、思っていたのに。
色んな思いが溢れてくるのを全て胸に押しとどめて、私はアルバートに向かって笑みを浮かべた。全てを諦めるための笑顔を。
「……分かったわ。婚約破棄しましょう」
こうして私とアルバートの婚約は、正式に破棄されることになった。
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