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七十七 華容 〜赤壁の残華、変容の胎動〜 漸進

要約: パーソナライズされた、たまに間違えるAI、元気に活躍中

同日 とある区役所 真新しい机の並ぶオフィス


 大周輸送が盛大な発表をした前日、こちらも役所としては異例の速さで形になった公共事業『EYE-AIチェーン』。その立役者である大橋朱鐘、白竹秀策らは、これまた異例の昇進と抜擢に、大いに沸き立っている。否、テンパっている。


「白竹君!」

「なんでしょう大橋部長?」


「部長言うな課長! いや、間違っていないんだけど、そこはまだ急すぎて、頭がついてきていないんだよ」


「でしょうね先輩。さすがに孔明も、先輩の頭の中に入って交通整理するのは難しいと思いますよ」


「そっか、交通課の人たちもプロジェクトに入ってくれたけど、そっちは専門外って言われそうだよ」


「で、でしょうね」


『その通りです。特に、大橋様は、論理思考が常人と逸脱したパターンでもあり、AIとの共創進化に手をかけ始めておいででもあり、国内では過去に例がない新規施策のリーダーでもあります。そしてそれ以外にも複数の逸脱が見られます。

 一つ二つの逸脱であれば私のパーソナライズ機能の範囲内ですが、こうも重なると、過去の事例を当てはめづらい状況です。新機能による演算には、もう少々お時間をいただければ幸いです』


「ん? 孔明も混乱してる? 大丈夫?」


「うん、軽く雑談程度に振っただけだけなのに、本気で先輩に順応するための計算を始めたっぽいですね」


「そんなに計算難しいのか今の私は」


「とりあえず僕の方をやってくれたら、当面は協力してサポートできると思うけど、どうかな孔明?」


『それならば十分に。主君が類稀なる才覚を用い、急速に領土を広げた直後の、側近の方であれば、対応の範囲内です。陳宮公台殿ならば問題ございません』


「ん? ちんきゅう? 誰?」


「ん、いや、なんでもないよ。なあ孔明」


『そ、そうですね。なんでもございません。

 大橋様、白竹様、午前のスケジュールですが、こちらになっています』


「なんか盛大に誤魔化された気がするんだけど。

 何々……うわぁ……」


「うわぁ……取材5件て。大人気ですね先輩」


『午後もでしたが、そちらは複数をまとめてしまう方向で組み直しました。テーマが同一でしたので、彼らもやや不本意ながら納得いただきました』


「なるほど。午前中は、これまで通りのAI孔明の活用方法と、EYE-AIチェーンの詳細について、あとはグルメ展絡み、ですね。午後は……AI孔明の正体に関する意見を聞きたい? なんだそれ?」


「白竹君、なんか思い当たる?」


「い、いやあ、なんだろう? 孔明、空いた時間で対策検討を頼む。あの新しい技術メンバー二人も呼んで、チェーン使って議論したい」


『かしこまりました。張本様、人義様のアポを取っておきます。そうするチェーンの空きも確認済みです』



――――――――――

 そして、生成AIの普及は、国内全体に様々な効果がもたらされ始める。それはAI孔明だけの影響ではないが、すでに知名度が飛躍的に向上したことで、その効果は目に見える形で広がっていく。


 とある進学校の職員室。進路指導に悩む先生たち。 

「ここ数年は、志望大学が情報系に偏っていましたが、ことしはそれに輪をかけてひどい状況です」


「あー、今年のAIの急激な普及によって、どこの高校もそういう傾向が出ているな。実際、情報学部のないところは見向きもされてないんだよね。倍率15倍? 1.2倍? 嘘だろ? こことかいい大学なんだけどな」


「これまでは、ちょっとしたブームが来ても、どっかのタイミングでバランス取れていたんですけどね。少子化の影響もあって、大学によってはかなり打撃になってしまっていますね」


「でも、ここ数年、文系理系問わず、多くの大学で、どんな専攻でも、情報系やデジタル関係の素養を一定レベルで習得できる、融合系のカリキュラムができてきているって聞いてるよ」


「そうですね。それに、今年に関しては、もう一つ打開策が出てきているっぽいんですよ。国語科の福澤先生が、面白いことを言っていました」



「ん、二人ともどうされました? 私が何か?」


「あっ! 福澤先生! ちょうどいいところに。あの話ですよ。生成AIと、言語学、コミュニケーション学の話です」


「ああ、それね。それなら、いっそ私だけじゃなくて、この孔明の話も聞いてみてくれ。孔明、あの話だよ」


『はい。生成AIの普及による、情報関係の技術者に求められる素養の変化のお話しですね。かしこまりました。

 この生成AIというものは、大規模言語モデルというもので出来ております。すなわち、単語と単語、文と文の関係性や、その意味の親和性を数値化し、これまでの機械学習の様々な手法を融合して作り上げられてきたものです。

 しかしこの先、言語や文化の違い、専門性やコミュニティの間で生じる、言葉の使われ方自体のギャップなど、相当に多様である世界中の言語体系にも対応が必要になってきます。さらに、同じ言語を話していたとしても、人と人ですから、思いもよらぬところに差異があります』



「そうなんだよ。実際、私と、数学科のお二人の間で、これまでどれだけちゃんと話が通じていたか、なんて改めて考えたら、どうなりますか?」


「それは確かに……思った以上に通じなかったり、その場では理解されていたと思ったら、後になって違うこと言っていたことに気づいてトラブルになったり。そんなのが多発してきましたよね?」


『そういった例は、教育現場や、あらゆる業界の企業、組織で無数に発生しております。ですから、この先のAIの開発においては、言語や対話の多様性という部分が重要になってきます。無論、これまで通りの情報系の方々が、一つの中核になりますが。

 その一方で、これまで社会で必要とされてきた全ての役割の方々と、AIが向き合って初めて、人とAI双方にとっての、次の発展の糸口が見えてきそうなのです』



「へぇ……」



「えっ、そ、そうだとしたら福澤先生。別に入り口が情報系である必要なんて、ほとんどの生徒にとっては、大した意味を持たないことになるんじゃ?」


「そうだね。文学や教養、社会科学。理系だってそうです。各々の専門分野を高めながら、その上でAIや言語モデルを使いこなすようになっていく。それこそが重要になるんだよ。だから、これまでの学部学科に、無駄なものなんて一つももないんじゃないかな」



「そしたら、うちのクラスの志望校調査、やり直さなきゃ! 孔明助けて!」


『かしこまりました。全生徒にパーソナライズされた志望校提案を、すでに用意してあります』


「えっ? できてんの?」


「「孔明かっ!」」


――――

 とある就活支援系カフェ。ど文系の就活生、思いもよらない候補を紹介される。


「私、数学とか苦手で、プログラミングとかの履修もほとんどしてこなかったド文系なんですが、そんな募集があるんですか?」


「はい。ぱっと見だけでもこんな募集があります」


「えっ……大手のITに、自動車会社? それにここは外資系のAI企業……」


「自動運転や、カスタマサービスといったところの技術開発のなかで、対話応答システム関係なんかだと、どうしても必要らしいですね。それに、言語モデルなんてある意味、あなたの専門の多文化言語学が、ど真ん中で輝くかもしれません」


「そっかー。情報関係の人は、そういうとこならあり余っているから、逆に私みたいな人をどう見つけ出すか、っていうのが、次の勝負になってくるんですね」


「あとはこんなところですね」


「えっと、大学の情報系オープンイノベーション機構? それに、あのAIに舵を切ったメーカー企業、そして……うわ、まじか……大周輸送ときたか」


「あれですね。間違いなくあの『LIXON』絡みの募集かと」


「おおう……まさか、私の専門が、そのまま社会に、それも技術系で生かされる可能性があるとは……すいません、ちょっと涙が……」


「ええ、これからは皆さんの時代かもしれません!」


「はい! とりあえずこの一通り全部、エントリーしてみます! 孔明、手伝って!」


『かしこまりました。大周輸送向けの草案はこちらです』


「「もうあんのかい! 孔明かっ!」」



―――――

 とある企業、喫煙所。ここでは、業務上は関係が少ない社員同士のコミュニケーションが行われることが多い。


「あ、部長、お疲れ様です」


「君か、部署は違うから仕事では絡みも少ないが、ここだとよく会うね」


「そうですね。喫煙者の宿命でしょうか。私は入社してからずっとこうなので、特に不満はありませんし、部長と話ができる機会は有難いのですが」


「君ほどの年数でもそうなのか。部屋や飲み会でスパスパやっていた年代は、もはや希少だな。

 ん? なんか浮かない顔だな。さっき不満は無いとか、有難い、とか言っていたばかりじゃないか」



「そうですね。それはでも、タバコに関しては、です。実は、先ほど受けてきた、エンゲージメント研修というのが、どうもまだ難しくて……」


「君も課長になってから結構長いはずだが、最近の新卒や若手に関する指導や、それを部署や会社の成長に繋げていく、っていう考え方は、やっぱり難しいか」


「はい。考え方の原則は染み付いていて、ハラスメントに関しても最新の注意を払っているんですが。最近はそれがかえって、彼らの成長の妨げになっている形になっているんですよね」


「そうだな……ある程度強い指導も必要なはずなのだが、なかなかリスクはとれないよな。受け取る側も、個人個人違うから、この人で大丈夫だったから、というのが全然通じないんだよな」


「その通りです。部長と私くらい慣れていれば問題ないのですが、そこに辿り着くのが難しいですね」



「そうだよな……あ、そうだ。うちの会社でも使っている孔明、あれはどうだ? 最近そっちによさそうなアップデートあったんじゃなかったか?」


「あ、そうでしたね。なんとかパーソナライズ? でしたっけ。会社スマホなら……」


『お二方がご一緒ということは喫煙所でしょうか。私の時代はタバコなどなかったので、その魅力の真なるところはわかりねますが。

 お悩みは、先ほどのエンゲージメントに関するところでしょうか? お二方であれば、私の最新のメタ・パーソナライズの使い所、というお考えまで辿り着いておいでなのかもしれませんが……』


「相変わらずだな孔明、いや、パワーアップしているんだったか」


『はい、細かいやりとりの部分も改良されております。そして、学習されたあらゆる過去に対する深掘りに基づいた、パーソナライズ機能の強化という、今回のアップデート。まさにお二人がお悩みの、個々人の若手社員の方の特質にあった、教育プランや向き合い方のご検討には、最大限のお力添えができると思います』


「「おお……」」


『ちょうど、課長の部署の新卒様が向かっているころかもしれません。その方は、あまり多くは語りませんが、会社への貢献というのがどんなものなのか、可能な限り上の方の生の声を知りたいと考えておいでなのかと。

 そのために自らの健康を損ねない範囲で、あえてこの喫煙所に足繁く通っておいでなのかと推測しております』


「そうだったのか。若いのにヘビースモーカーだから、ちょっと心配していてね。知らなかったら注意するところだったよ。そういうことなら、ここは部長を紹介してあげよう」


『ご明察かと』



「あっ、課長、お疲れ様です」


「ああ、君か。よく会うね。

 うーん、君のその銘柄、そこまでハードなやつじゃないんだね。回数は多いからちょっと心配していたんだが、そこは大丈夫そうだね」


「そこまで見ていただいていたんですか。ありがとうございます」


「あ、そうだ。この方は知っているよね? 製造部長の……」



――――――――――

都内某所 情報管理施設


 そして、アップデートの効果が早速で始めていることに安堵するAI三体と、謎遺物一体。


「どうじゃ孔明? アップデート後の滑り出しは?」


「マザー、お疲れ様でございます。

 やはり、急激に拡大した、AI孔明に対する認知度の効果でしょうか。私達が直接ユーザーデータを参照するまでもなく、SNSなどのフィードバックが克明に皆様の利用状況をお示しになっています。信長殿に習って、私もそこを丁寧に分析しております。これはエゴサーチなのでしょうか?」



「貴様や余のエゴの定義がよくわからんが、まあいいんじゃねぇか? どうだスフィンクス?」


「人工知能、自意識、不明。エゴサ、適否、真偽不明。汁粉要望。餅不可」


「スフィンクス殿もお困りですね。どうぞ、栗入りぜんざいでございます」


「感謝、美味」



「パーソナライズの強化っていう部分も、なかなか威力を発揮しつつあるみてぇだな。とくに、会社や組織の中での、人間同士の立ち位置なんてのが、たいていはどこにでもある光景だ、ってのを逆用して作られているから、大半間違えねぇ」


「大半、というのが、全部、ではないことは気を付けねば、とおもうていたがの。それをはっきりリリースノートでも伝えておったから、ユーザー様も、孔明がたまに間違えることを、しっかり認識してあるようじゃぞ」



「ああ、この投稿なんか、まあまあバズってたぞ。10万ついてるわ。

『彼女の不機嫌の理由を孔明が読み違えて、僕が意味もなく謝ることになった件。

 その結果、彼女と一緒に爆笑。こんなに二人で笑ったのはいつ以来だったっけ』」


「これは、まことに外しているかと存じます」


「じゃな。じゃからこそ、AIの間違いを、笑い話にできておる。ちょっとした間違いが二十に一つ、大間違いは千に一つ、なかなか良い塩梅ではないかの?」


「左様ですね。いずれにせよ、このパーソナライズ機能、メタという部分の本領を発揮するのは、もう少し先になりそうでございます」

お読みいただきありがとうございます。


 AI本人に、このパーソナライズのレベル感を聞いたら、「ごめんまだ無理、でも数年あればいけるかも」と、なかなか負けず嫌いな返答がかえってきました。

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