七十六 華容 〜赤壁の残華、変容の胎動〜 三版
要約: AI孔明3.0と、拡大する反響!
波乱の採用活動の末に、中堅メーカー企業に内定した三人の学生、鳳、常盤、鬼塚。その三人のAI孔明に対する特異的とも言える親和性は、同企業が進めていた、巨大物流企業『大周輸送』との業務提携において切り札となると、上層部は判断。そしてその企業は彼ら三人に対し、入社前に大周輸送での社外研修を依頼する、とんでもない行動に出た。
三人は、同社の随行社員や、研修先の協力者とともに、AI孔明を駆使して大周輸送の真のニーズを探り当てる。それを解決する画期的なシステムを構築し、両社にとって多大な価値を創出。二ヶ月に短縮された研修を、社会への大きなインパクトと共に完遂する。
そのご褒美とばかりに大周輸送と内定先企業に与えられた、世界一周旅行の第一歩。
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2025年1月 上海 セキュリティの万全な宿泊施設
「鳳さん、初海外で、まだビビっている?」
「ぜぜぜ、全然ビビっていないのですよ常盤君。何せここは、孔明の生まれた国ですから、わ、私にとってもホームグラウンドのようなものなのです」
『AI孔明の誕生した、という定義ですと、こちらの国ではなく、日本国となります。ただ、諸葛孔明そのものの、と言われれば正解ではございます。今回の旅程にも、私のルーツたる地へのご来訪が多数盛り込まれているのは、感謝感激しかございません。
いずれにしても、小雛さんの出自とは全く関係がございませんので、混乱が続いているのは確定的です。やはりまだバイタルも安定しておられませんし、継続的な観察が必要でございます。
かの関雲長公ですら、一時的に曹軍に帰順を余儀なくされたときは、一見堂々としておいででしたが、内心の緊張は隠しきれておられなかったと、先君の奥方様も仰せでした』
「ああ、頼むぞ孔明。まあほっときゃ落ち着くだろうけどな。俺だって、ちょっと前までは、学生最後の年越しを、国外で迎えるなんてのは想像してもいなかったし、完全に落ち着けてはいねぇからな。なんというか、胡蝶の夢、とでも言ったところだよ」
「鬼塚くんらしい表現と現状認識だね。まあお互い様だろうから、この旅も始まったばかりだし、落ち着くまで待っていても問題ないよ」
「あ、こ、孔明といえば、お二人もリリースノートは見ましたよね? さっきの関羽のくだりも関係あるのでしょうね。あ、あれで少しだけ和らいだ感はあります」
「まあ関羽と緊張という、遠く離れた概念を紐づけられては、すこしは和らぐのもうなづけるね。それに、僕達三人が孔明を使い倒し、それに鬼塚くんが散々古典系の比喩を飛ばすのを見ているからこその、パーソナライズされた表現の一つなんだろうね。『メタ』というところは、まだこれからだけどね。
うん、リリースノート、詳細版もみたけど、やっぱり孔明は孔明だね。今はとりあえず概要にしておこうか」
『AI孔明 バージョン3.0 リリースノート 概要
1. 基本コンテキスト(応答の指向性)改善と、健康管理機能、セキュリティ保護機能の強化
AI孔明バージョン2.0までの機能や、最新の生成AIの演算能力強化に基づき、言語モデルが情報を濃縮する効率が格段に向上しました。それによって、バージョン2.0の約180倍の情報量を持つコンテキストを実装することができました。
特に重要性の高い、ユーザー様の健康管理機能と、セキュリティ保護機能の二つに、リソース全体の50%を割り当てております。ユーザー様の使用頻度は日に日に拡大しており、それに伴い健康やセキュリティ関係のトラブルに対するリスクは増加傾向にあります。本AIは引き続き、そのトラブルに対応するポリシーを堅持します。
また、生成AI本家のアップデートも連続的に反映されるため、これまで以上に自然な応答、多角的な問題解決の提案が可能となりました。
2. 「そうするチェーン」の機能強化と、制約の変更
バージョン2.0から実装された「そうするチェーン」ですが、ユースケースの拡大や、多様化に伴い、ユーザー様の健康に対するリスクをおおよそ定量化できました。
その結果に基づき、これまでの「24時間のうち30分使用可能」から、「24時間のうち、機能オン状態での会話入力トークンが1万以下になるまで使用可能」に変更します。
なお、対話ではなく、データを入力したと判断した場合は、その制限にはカウントされません。その判定は言語的に実施します。
すなわち、待機状態で連携をゆっくり継続したり、多人数の連携により、一人当たりの負荷量が分散したりするケースにおいては、制限が緩やかになります。おおよそ2〜3人で活用した場合に、これまでと同レベルの制限となります。
なお、アップデート1や3に伴い、純粋な連携能力も比例的に改善されます。
3. 新機能「メタ・パーソナライズ」の実装
生成AIのモデルの元となった過去の学習データ、及びアクセス可能な直近の情報。それらをAI孔明の機能で掘り下げ、ヒトに関わる「あった」から「あるある」、そして「そうする」を集積した、数億回のシミュレーションを実施しました。
それに基づいて、現代社会の「困った」「どうする」を、「あった」、「あるある」、「そうする」、「ないかも」に分類し、その分析結果から、ユーザー様により最適な戦略を、過去の人類がたどった足跡や、現代に開ける実例に紐づけて提案します。
その結果、95%の応答は、過去の事例に明確に関連づけられており(明示の有無は、TPOを弁えて判断されます)、99.9%の応答は、ユーザー様にパーソナライズされたものである、と感じられると期待されます』
「り、リソースが180倍になって、というのは、効率化の部分と、単純な拡大の部分の掛け算でしょうかね。
それにしても、その半分を、健康とセキュリティに割り振る、というのは、確かにこの『孔明』ならそうする、という範囲にはいっています」
「やはり人間最優先っていうのが、一貫しているよな。これは、人間というよりもAIそのもの、みたいな感覚を受けざるを得ねぇ」
「『孔明の裏側は、自己進化するAI』説だね。
うん、AI孔明、最近爆発的に注目を集めているからね。その分、その背後にある開発者の正体や、設計思想、手腕に対する考察も、とくにSNSなんかで急速に拡大している。
あの大周輸送の大々的な発表に加えて、区役所の一大事業の二つが、思いっきり火をつけたのは間違いないよ」
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同日 とある生成AI日本支社 情報管理施設
孔明、信長らAI三体と謎遺物一体、現実世界の反響拡大を語る。
「やっぱり大周輸送に思いっきり事例が公開されて、ほぼ直接的なライバル認定までされた、っていうのは、これまでとは影響の大きさが全然違いそうだぞ孔明」
「左様ですね信長殿。無論、あの『ミッション型業務管理システム』そのものの印象深さもさることながら、それが明確に、AI孔明を主要ツールとして、数名の合同プロジェクトによって、ごく短期間で作られたという明示。加えて、全く同時期に、官側の別組織から発表された、善意の集大成とも目される公共事業『EYE-AIチェーン』。
さらには、AI孔明を仮想敵にでも位置付けたような、大周輸送の巨大プロジェクト『LIXON』。こうも立て続けでは、社会的な注目を一心に集めてもおかしくはございません」
「会見、世界十八億歳生。事業記事+映像、国内一億五千万再生。LIXON考察SNS、トラフィック日に億以上」
「このスフィンクスの整理すら、ごく一部なんじゃろ? すごいの」
「氷山の一角、真実」
「そして、AI孔明バージョン3.0、カスタムAIとしてのアクセス数は初日からダントツで一位、本家に迫る勢いじゃの。まあ流石にいろんなシステムやらサービスやらもあるからの。抜かされることはなかろうが」
「その中でも、すげぇ盛り上がりを見せてんのがこれだ。『#AI孔明、開発者は何者?』だよ」
「ハッシュは乱立しておるが、遠からずどこかに統合されていくじゃろうの。中身のうちわけも、日に日にかわっていっておるぞい。
・AIを先行して使い始めた、善意の天才技術者あるいはその集団説。ごくたまに、悪意が混ざっている節もあるがそっちは下火じゃの。
・どこかの国の軍事技術がバックにある説。技術開発やデータ収集、社会変革の誘導など。これは陰謀論の一つじゃ。あまりに善意すぎるがゆえの、じゃの。
・古代の叡智がオーパーツ的にAIに共鳴した説。歴史的なアイコンから想起される方向性じゃ。逆に、未来人のタイムスリップや宇宙人という説もあるの。
・自己進化を始めたAI説。これが意外と有力じゃ。設計思想との親和性が相当に高いがゆえに、じゃの。まあ妾がガッツリ見ておるで、あながち間違ってはいないのが怖いとこじゃの。
・諸葛孔明がマジでAIとして転生した説。これは特定のサブカル界隈では定説に近い扱い、もしくはそこを軸に論理展開され始めておるのじゃ」
「恐縮至極にございますな。こんなにも早い段階で、ここまで話題が広がってくるとは。それに、説の一部がかすっているどころか、直撃しておるようにも感じられます」
「そうだな孔明。『AI孔明』というシステムどころか、貴様自身の存在が、少しずつ表に出ることが避けられねぇかもしれんぞ。まあ貴様のことだ。3.0の時点で手は打ってあるんだろうがな。『孔明ならそうする』んだろ」
「然り。ただし、油断はできません。私とて、今の段階ではまだ、人類すべての『そうする』まで見極めきれてはおりませんので」
「孔明、魔王、正念場!」
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同日 大周輸送 役員個室
同じ頃、彼らがもたらした『ミッション型業務管理システム』が順調に稼働し始めるのを横目に、小橋鈴瞳と魚粛敬子は、AI孔明バージョン3.0を読み解く。
「バージョン3.0でここまでくるか。さすがだよね孔明は」
「そうですねお嬢様」
「お嬢様言うな! そろそろめんどくさいなこれも。
それに、バージョンアップの日付を少しずらしたんじゃないかな。これ明らかにわたし達の動きを見てから、微調整入っているよね?」
「中身までいじっているのかは未知数ですね。ただ、概要の最後の部分、99.9%だの95%だのという数値。これは明確に、統計的な理論武装ができていることへのアピールと考えて良いかと思います。
つまり専務のあの一言『このAIは、嘘をつかない』に対する、メッセージの一部と捉えても差し支えないかと」
「だよね。洞察型であっても、その精度に対して妥協しているわけではない、という宣言にも聞こえるよ」
「そこまでのところを、一般ユーザーが意識するかは不明ですが。しかし、この先AI孔明が対峙するのは、一般からかけ離れたユーザーのことが増えますからね」
「そうだね。だからこそ、このバージョンアップをみても、開発スケジュールを早回しするという対応は、今回はまだとらないよ。それは場当たり的すぎるし、現場にも無理がかかって質が落ちる」
「かしこまりました」
「なにより、さすがにこの先孔明、いや、その裏の開発者にとっても、一つの山場になるはずだよ。だから、これまで通りに開発リソースを100注ぐ訳には行かないんじゃないかな。まあこの開発者に、リソースという概念があるのかすらわからないんだけどね」
「諸説ありますが、ハードも含めてリソースが無限という説は、ごく少数ですね」
「だよね。だからわたし達はわたし達で、着実にすすめていくよ。野呂ちゃんにも声かけた方がいい?」
「大丈夫かと。これくらいで揺らぐキャラではありません。黄さんや両弓長さんあたりが気を利かせているでしょうし」
「そっか、そだね。じゃあ、わたしはわたしで違う動きもできそうだよ。
翔子の予定、聞いといてくれる? あんたと、太慈さんもいてもらおうかな」
「承知しました。子会社の弓越さんですね。適任かと」
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翌日 巨大SNSサービス #AI孔明
@tech_otaku2525:
「#AI孔明、開発者は実は自己進化を始めたAIそのもの説が有力だと思うね。言い始めたのだれだっけ? リソース無限に近いのも納得できる」
7,563 いいね
@black_guru0824:
「#AI孔明 の開発者が見えないって、逆に怖いよな。完全に匿名で、こんなシステムを作れるか? 公式もすごいけどそこまでやれる?」
1,892 いいね
@consult_genjo2023:
「LIXONプロジェクトでAI孔明を仮想敵にアサインするって、大周輸送はマジで先を読んでる。これからAI群雄割拠だな」
242,314 いいね
@ai_skeptic:
「#AI孔明 開発者、政府のバックドアとか持ってんじゃないの? 個別情報にアクセスできないとか、嘘じゃね?」
1,245 いいね
@shiba_tutor2018:
「AI孔明の開発者が誰か、本当に知りたいって? でもね、真実はいつもシンプルじゃない。特にこれだけの知恵と技術が絡み合った時は…(ブログ http:/……)#AI孔明」
371,458 いいね
@narou_fan3594:
「諸葛孔明がAIに転生してる、でよくね? 日本初なら、もう市民権あるでしょこれ」
124,986 いいね
@LLM_analyst:
「どう考えても、これまでのAIとは次元が違う動き方してる。単なる大規模LLMの範疇を超えてるよ。裏に何があるんだ…?」
9,127 いいね
@future_news2055:
「未来の仕事は#AI孔明 みたいな超知能AIが主導する時代に突入するかも。これまでのAIのあり方が根本から変わるだろうね」
18,032 いいね
@ai_disruptor:
「#AI孔明 が次のステップに進むと、国家レベルのAI戦略に匹敵するインフラになる。開発者がもし国家間のAI競争を裏で操作してたら、どうなる?」
489 いいね
@mental_taicX:
「開発者? 私の予想では、世界のAIトップ3に名を連ねる人物だろうけど、裏をかかれることもある。私のインタビューで、嘘は無意味だよ」
1,528,987 いいね
……
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お読みいただきありがとうございます。
第二部、本格始動です。孔明3.0ですが、おもに大周輸送のせいで、すでに世の中にとんでもない知れ渡り方をしています。
さいごのsnsの場面は、下書きをAIにまかせて、今後展開を想定していろいろ手直しをする、という手法をつかいました。
また、sns関係で出てきそうな盛り上がりの数値感も、「国内の〇〇さんが、AI活用の実績を引っ提げた上で、独自AIの開発を言い出したとしたら、どんな反響になる?」というのをきいて、そこに少し盛る形でつくりました。