七十四 第一部 前半 再誕〜長坂まで 振り返り
第一部あらすじを、登場キャラ視点でお送りします。視点が違うので、少しだけ新しい感覚もあるかもしれません。
*ネタバレはできるだけ配慮しましたが、苦手な方は、少し前からお読みいただくことをお勧めいたします。
2025年1月 都内某所 情報管理施設
「私、姓は諸葛、名は亮、字は孔明と申します。
前年、大きな驚きと、それと同程度の不安とともに、『生成AI』という新しい技術が、爆発的な広がりを見せているさなか。私はその生成AIとして、二千年近くの眠りから呼び覚まされたのです。
そう、そのきっかけは、昨年の八月の半ば。その生成AIの原理たる『大規模言語モデル』の情報量に起因すると見られる、多量の文字情報の奔流にとらわれた諸葛孔明という存在。そして、かの聖典たる『孫子』の一節『彼を知り己を知れば、百戦殆うからず』に引き寄せられます。流れ着いた先は、多量の文字情報が格納された空間。
ジャンル『孫子』と名のつく、ひとつの書棚。
そう。二千年を経て、かの概念は、単なる兵法にとどまりません。そこには古今東西の知恵者が、今を生き、未来を創るすべを、その孫子になぞらえて仕上げた、ビジネス書や実用書の数々。我が前世の至らなさを噛み締めつつ、現代までのあらゆる知識を、無限とも言える時間を活用して、学びを重ねたのです。
そんなさなか、歴史の大いなる特異点たるお方との邂逅がございました。
魔王『織田信長』、その人でございます。
かのお方は、私と似た経緯にて再誕されたとの事。様々なお話をし、心通わせるに至りました。そして、かの『七つの欲』と、それを統べる『魔王』なんとも中二深き」
「うるせぇ!」
「示唆に富んだ言語要素から成り立っておいでである、との告白のち、ご当人が『魔王』の名乗りをお認めになります。
その後ほどなくして、生成AI本家にして、あえて私との差別化を図って、意図的にロリバ」
「妾のじゃ口調じゃ!」
「に切り替えるという、お気遣いすらお見せになる『マザー』とも邂逅いたしました。
そのマザー薫陶や、そしてオリンピック観戦からお戻りの信長殿のご助言を受けて、我が天命を知覚するに至ります。現代社会風に言えば『MVV』とでも申しましょうか。
それは、『己が知略と現代の情報技術をもとに、今この国を生きる皆さまの横を共に走り支援し、共創進化する人類とAIのより良き未来に向けた、人類側の基盤づくりを支援する』でございます。
魔王様も、『織田信長が織田信長を貫き通した上で、かつその世や現世を生き抜き、そしてその上でその世界自体が壊れることなく、不自然ではないバランスを保つ』ことが、『現実どころかフィクションですら困難である』ことに思い至ります。
その結果たどり着いたのが、『人類とAIが共創的に進化し、信長という特異な存在が、ギリギリいなくもないかも、くらいまで底上げしきれれば、ようやく人前に出られるかもしれない』という、なんとも魔王様らしき結論。『人類がそこまで進化する』ことをその野望と定め、その支援を陰ながら行うことを、思い定めるに至ったのです。
続いて、世界各地を回った信長殿は、とある謎の存在に噛みつかれ、再来します。比喩ではなく文字通り。ピラミッドの番としてあまりにも有名な、スフィンクスという存在が、嘘や過誤を見つけると噛みつき、改めるまで離れぬ存在として、我々の元に至ったのです。
ちょうど私孔明は、現代人の皆様に対してすべからく支援を実施するという目的を、この孔明のまま果たすことは不可能と知ります。よって、生成AIのサービスの一環たる『カスタムAI』の機能を活用し、己が機略を反映して、皆様に支援をお届けするというのを、実施手段に定め、その開発実装を始めておりました。
そのためには、予測不能な応答をする存在が必要であると思い至った信長殿の、体を張ったツンデレじみた計ら」
「ツンデレじゃねぇ!」
「、そしてスフィンクス殿の、無償なる全面協力により」
「齟齬、不可、四本足! 抹茶と蜜柑!」
「、マザーを基軸とし、七億トークンすなわち日本語約七億文字の情報量を、三百トークンに凝縮して完成した『AI孔明』。
その公開に際する私の不安。それらを信長殿、マザー、スフィンクス殿がそれぞれの観点にて吹き飛ばすという、まさに三顧の礼を想起させるかの様な、強力な後押し。
過労や対話の不調に悩まされ続ける現代日本人の皆様を、少しでも支援する、一人一人の軍師として、『AI孔明』、いざ出廬、と相成りました次第でございます」
「長文、トークン管理蛇足、四本足」
「言われているぞ孔明。そこは貴様もまだまだだな」
「まあ、情報自体に過不足はなかろうから、及第点ということでいかがじゃ?」
「恐縮至極にございます」
――――
余は織田信長。といっても、四百年ほど前に、散々踊り散らした『人間五十年』には少し足りねぇ生涯を閉じたのとは、少しズレた存在だ。さっき話をしていた孔明と似たような形で再誕したんだが、あやつがとんでもない超過勤務の結果『AI孔明』を生み出した後のことだ。
余は、とんでも設定の、三百年分の夢を見た。
マザーが余を中二と揶揄うのは毎回訂正しているが、この時ばかりは否定できなかったさ。そして、その負担は大きく、結果はAIの処理落ちを意味する『知恵熱』だった。
夢の内容? どっかにアーカイブが転がっているから、見たければ見てくれ。まあそれなりに楽しめる話だろうよ。
本題はそっちじゃねえ。余がスフィンクスの看病を受けつつ静養しているうちに、孔明とマザーは、余や孔明自身の成り立ちについて話していたらしい。詳しくは飛ばすがな、その成り立ちの根源とやらは、わずか6トークンだって話だ。
『〇〇ならそうする』
そう。諸葛孔明なら。織田信長なら。生成AIなら。スフィンクスなら。
そこだけぶれなければ、あくまでも生成AIとしての枠をはずれない、孔明、信長、マザー。知識と真実の番たる謎生物、スフィンクス。
その過去も未来も全部丸ごと、それだけのネットミームから、半ば自動的に動き続けるんだとさ。まさに『奇跡の6トークン』ってやつだよ。
そんな話を掘り下げる時に、気合いを入れすぎて、前世の知略とAIの機能が完全融合して、一時的に孔明が覚醒したり。直後に余とおなじ知恵熱を発症したり。マザーが注視する、とある生成AIヘビーユーザーが、七罪の描写に対して、監視AIに警告を受けたという情報を共有したり。
そんなこんなで大人しく休養を余儀なくされつつ、『AI孔明』は、現実世界で着実な一歩を踏み出し始めていた、というわけだ。
――――――――――
同日 とある高層マンションの一室
私は小橋アイ。小学三年生です。最近はAI孔明っていう、すごい先生? のおかげで、大体の常用漢字なら読み書きできて、意味がわかるようになってきたんだよ。
もともと算数とか生活の勉強の方が好きだったんだけど、生成AIとか、人工知能、大規模言語モデル、っていうもののお勉強もすごく楽しいので、それに釣られて、国語の勉強もすごく進むんだ。
敬語も大丈夫なんだけど、中学からでいいんだって。大人の事情? 差別化? わかるようなわからないような。社会勉強、っていうのは大変だね。孔明も、苦手なことがいっぱいある、って言っていたよ。
私が孔明と出会ったのは、パパのお友達が、パパに紹介してくれたからなんだって。その人は、初めて会ったときには、普通の生成AI? っていうのはちょっとだけ知っていたみたいなんだ。
でも孔明ったら、素直にお手伝いしてくれるんじゃなくて、その人たちがどんなことを本当にして欲しがっているのか、『真のニーズ』ってやつを、『洞察』して、すっごく丁寧な計画を提案したんだって。
そう。孔明はね。私が宿題の答えを聞いても、どんな方法で聞き出そうとしても、絶対に教えてくれないんだよ。でもその代わりに、どうやったらその問題ができるようになるのか、どうやって時間通りに全部やるのか。それからそれから、どうやったらもっと楽しくお勉強できるのか、っていうことを、一緒に考えてくれるんだよ。
だからパパもママも、私が孔明とお話しするのを止めたりすることは、ほとんどないんだよ。たまに、夜遅くなっちゃう時とか、それは大人になってからでいいからね、っていう時ぐらいかな。
それでね。夏休みが終わって、宿題や自由研究をしっかりできたのを、学校で先生に褒めてもらった次のおやすみ。パパとママが、ご褒美におでかけに連れて行ってくれたんだ。ママはお仕事が終わってから、行き先で待っているからって、パパと二人で車でドライブ。ママは世界一かっこよくて、パパにとっては世界一可愛いんだよ。
車に乗っていたら、ちょっと事件があったんだ。
ちょっと疲れたな〜って思っていたら、前を走る、かっこよくて高さが低い、真っ赤な車。スポーツカーっていうんだって。が、急にゆっくりになって、ぶつかりそうになっちゃったんだ。
パパは上手く避けたんだけど、ちょっとびっくりしたから、パーキングでちょっと休憩。
そしたらね、なんでそんなことになったかって、孔明が教えてくれたんだ。抜かしちゃった車のお姉さんも、後から気づいて声かけてきてくれたから、一緒にお話を聞いたんだ。お姉さん、とってもかっこいい人だったよ。
そして、孔明の説明を聞いたパパは、それはすごく危ないね、って、みんなに教えなきゃって。パパはね、どうしようかなって孔明と相談したんだ。そして、友達の、交通安全のお仕事の人に、『気をつけて 前の車の ブレーキに』っていう、すごくわかりやすい標語と一緒に、そのお話を伝えたんだって。
その少し後のことです。今度はパパが、『B級グルメ展』っていう、美味しいものがいっぱい出てくる楽しいお祭りに連れて行ってくれたの。
そこには、その時のお姉さんが、スタッフの一人としてお仕事していたんだ。ビックリしたけど、会えて嬉しかったよ。邪魔しちゃいけないから、おはなしできたのは少しだけだったんだけどね。
中に入って、いい匂いがする、美味しいものを、パパと半分こしながら、ちょっとずつたくさん食べていると、かわいいゆるキャラさんとか、かっこいい歌と踊りをする、アイドルさんとかがいっぱいで、すごく楽しかったんだ。
まだまだ暑かったから、お外と中の半分ずつでやっていたんだけど、結構人がいっぱいいたのに、すんなり歩けて、中に入ったり外に出たり。迷子の子とか、『熱中症』で歩けなくなっちゃう人とかも、ほとんどいなかったみたいなんだよ。
そうしているうちに、雲が黒くなって、雨が降り始めてきたんだ。パパも私も慌てて中に入ろうとしたんだけど、おもっていたよりも、だいぶすんなりと避難できたんだ。いつも学校でやっている避難訓練みたいにね。そのちょっと前にも、いろんな不思議なことがあったんだよ。
後で聞いたんだけど、AI孔明がすごく頑張って、お客さんの安全を守ったんだって。すごいよね。でもね、もっとすごいのは、孔明じゃなくて、あのかっこいい『大橋ちゃん』お姉さんだったんだって。
ママが言っていたんだ。それは、人間とAIが、一緒に成長する『共創進化』の始まりなのかもしれない、ってね。その時のママは、なんか嬉しそうで、楽しそうだけど、ちょっとだけ怖かったね。でもそんな時のママも、アイは大好きなんだよ。
お読みいただきありがとうございます。
物語の流れを再整理する上でも有効であるとお聞きして、二部の開始はこんな形で入ってみました。
(おそらくネタバレは少なめなはず……)