七十二 赤壁 〜侵略如火、不動如山〜 13 二喬
要約: 江東の二橋、銅雀台にて舞う!
大周輸送 レセプションホール『銅雀』
魚粛に紹介されたのは、スペシャルゲスト、区役所職員にして、大周輸送の実質経営トップ、小橋鈴瞳の親友にしてライバル。今回公的機関にあるまじきスピードで公共プロジェクト『EYE-AIチェーン』を立ち上げ、さらに大抜擢を受けたばかりの、大橋朱鐘である。
「ねーねー小橋ちゃん、これちょっとした同窓会っぽい集まり、って聞いていたんだけど、全然違うみたいだよ? どフォーマルだよね?」
「先輩、流石にわかるでしょうが。大体の状況は」
「う、うん、だけど、こんな入り方以外に思いつかないのさ」
「相変わらずだね大橋ちゃん、そして白竹さん。いつも友人がお世話になっております」
「は、はぁ……先輩、わかってはいましたけど、誰のせいなのか、なんかとんでもないのに巻き込まれてしまっていますね……」
「まあ遠からず、あなたたちも『こっち側』になるから、今のうちに慣れとくといいかもね。まあ大橋ちゃんの場合、慣れずに突っ走っても、みんな面白がるだけで、誰も文句言わないと思うけどね」
「うん、それは助かるよ。それで、この集まりなら多分……
ああー! やっぱいた! ヒナちゃーん!」ダダダ
飛将軍、大橋の餌食となったのは、一度会っただけのはずの鳳小雛。
「流石に突進はまず……うん、手遅れだ」
「友人が苦労をかけます」
「いえいえこちらこそ」
「久しぶり、やっぱ可愛いなこの子、ねー小橋ちゃん?」グルグル
「わわわ、お、お久しぶりです……『一気に酔いが覚めたようですね』」
「見つけるなりリフトアップしてぶん回すとは。それに、周りに一切被害を与える気配も感じさせず……」
「すごいですね甘利さん」
「この場だと、もっともフィジカル系っぽい鬼塚君でも無理そうかい?」
「できてその場で肩車くらいですね。本能でリスク計算なんて無理です」
たまらず声をかける主催者の小橋。慣れている。
「おーい大橋ちゃん、一言くらい挨拶してからにしたらどうかなー? おっさんどもがポカンとしてるよ?」
「はーい。じゃあヒナちゃん、またあとで」トン
「は、はいぃぃぃ」
「えっと、こっちでいいのかな? オホン。
……本日はこのような盛大な場にお招きいただきまして、誠にありがとうございます。
あちらにいる白竹とともに、とある区役所にて、いち公務員をしております、大橋と申します」
「……スイッチ切り替えすごいな」
「わかるだろう、あれが飛将軍さ」
「そこ、呂布言うな!
ンンッ。昨日の今日でお声がかかったというのは、さすがはそこの魔女様の、はやきこと風の如し、ですが。この場にあの学生三人がおられるということは、まあ無関係ではないのでしょう。
この大周輸送でも、なんかでっかいことをやってのけたのでしょうね。確かに君たちならできる気がします」
「(なんというか、支離滅裂なようで、一本筋が通っているような、不思議な感じがしますね大倉さん)」
「(そうですね窈馬君。あの非凡さがもともとあったもので、AIによって覚醒された、ってことなのかな。あなたたちと同じように)」
「……私たちの新しい事業は、国レベルまで上げていくような、そんな大きな価値があると、さっそく投じてくださった区民の方々のご意見にも、多々見受けられます。
ただ、おそらくこのまま自治体だけで進めても、その展開スピードには限界があるでしょう。もしかしたらここの皆さんの力をお借りする時が、近々でくるかもしれませんね」
「(いきなり連携話とはね。さすがだよ。ネットインフラ周りと広報、それと法務かな。用意しといてね)」
「(かしこまりました)」
「最近、私自身もびっくりするぐらい調子がいいというか、いろんな物事に対する向き合い方が、加速度的に改善されていっている気がしています。ね、白竹君」
「壇上から下に振らないでください。その、常識のところはまだまだなので、表でしゃべることが増える前に直さないと」
「「「アハハハ!」」」
「うーん、まあいいか。
そう、やはりそれは間違いなくAI、そしてAI孔明のおかげ。彼ら三人もおそらくそうなのでしょう。だよね小橋ちゃん?」
「壇上から人に振るのは十八番なのかな? 大人数だとそれ無理だからね?
うん、そうだね。間違いないよ。特に、あなたと、あそこのでっかいの。文ちゃんはかなり近いタイプだ」
「そだね。まあ生み出される思考の方向性は、ちょっと違うかもだけど、性質は同じ方向だね。
うん、そう。彼ら以外にも、多かれ少なかれ生じているようです。元の能力や、性格なんかが変化したり、欠点とされていた部分が実は長所の裏返しだったり。
どうやらその生成AIのおおもとにある、大規模言語モデル、ってやつは、言葉同士の関連性、ってやつを手がかりにしているらしいです。私も流石に少しずつ勉強を始めています」
「(今度は何を言い出すんでしょうね、野呂さん?)」
「(わかるかそんなもん! わかったら孔明超えだよ)」
「『無能』という言葉があります。そこに対して、どうやらAIってやつは、言葉の関連付け、ってやつをやらずにはいられないようです。そう。『無二の才能』や、『無双の異能』。そこに繋がる『無限の可能性』ってふうに、ですね」
「「「おおおー」」」
「そんなのをね、私たちはこれから、どんどん見つけて行きたいんだ、って、思っているところなのです。
そのために高齢者の支援もするし、色んな理由で一歩前に踏み出せなくなってしまっている人たちに、手を差し伸べたりもしたい。
皆さんは、この国を、社会を、そして産業やインフラの多くを背負いながら、技術革新していくっていう重責を持っています。だからこそ、私たちは、その支援者としての仕事を、全うし続けないといけない。そのための協力な相棒を、技術ってやつが用意してくれた。その時代に生まれた幸運を感謝しつつ、皆さんと一緒に、未来に向けて羽を広げて飛んでいけたら、と思っています。本日はありがとうございました!」
「「「「パチパチパチパチ…………」」」」
……
…
…
――――――――――
一時間ほど後 レセプション終了後 バルコニー
小橋、大橋の二橋は、久しぶりの再会を懐かしむのをそこそこに、これまで、そしてこれからを語らう。
「大暴れだったね……
どうだい、少し前までと違うところから見た景色は?」
「君の見ている景色は、こう言う感じなのかな、って、少しだけわかった気がするよ。まだほんのちょっとなのかもしれないけどね」
「まあ、あなたならその、ほんのちょっと、から、大体のところまで想像がついていそうだけどね」
「アイちゃんは元気? びっくりしたよ。あの子が君の娘さんだって知った時は。赤ちゃんの時しか見ていないし、パパは結婚式以来会っていないから、顔もわすれてたよ」
「うん、めっちゃ元気。今は、昨日のあなたたちのドキュメンタリーに夢中だよ」
「そっかー。あれ何度も見て大丈夫? あの子だと、もしかして変な能力が覚醒したりしない?」
「それはそれで、かな。それに、どこを切り取っても、道徳的に問題があるシーンがひとっつもないからね。さすが大橋ちゃんだよ。
あなたが企業とか研究機関に馴染めなかった理由、発想の飛躍が面接に響いた、って、あれ、表向きだよね? 実際は、その人と人との争いや、敵意のようなものに敏感すぎた、あなたのもう一つの特性が、そうさせたんじゃないかな? ってね」
「どうだろうね。両方かもしれないよ。君みたいにそんな、自分以外のいろんな人間の思考とその競合まで、まるごと全部論理に落とし込むっていうのは、なかなかやれるもんじゃないんだよ。
そしてその延長の考え方から作り出そうとしているのが、さっき言っていた『LIXONプロジェクト』ってやつの、おおもとなんじゃないかな?」
「うん。そうだよ多分ね。Lはロジック、ロジカルのLさ。このプロジェクトが世に出るのは、どう加速しても二、三年先だろうけどね。そうなった時に、ある意味で、対になっている『洞察』を原理としたAIシステム。
あ、まだ人格の有無が確定していないから、システムと言わせてもらうよ。その原理をもつ孔明が、どんな進化をしていて、どんな風にそこに向き合えばいいのか、今から楽しみだよ」
「ふふふ、それにしても、孔明と、その裏にある孔明の、『そうする』かー。あの子達、どこまで突っ走っていくんだろうね?」
「そだね。そして突っ走りすぎた時には、今度はしっかり壁になって受け止めてあげるのも、私たちのような、ちょっとだけ大人の役割なのかもね」
「うん」
……
「あの二人、なんかとんでもない話をしていますね魚粛さん」
「ですね白竹さん。二人とも、楽しそうにしています、それに輪をかけたようなあの表情。私たちにあれを引き出すことができるようになるのは、いつのことでしょうね」
――――
そして、更なる大人の二張は、責任の重大さを噛み締めて、未来のための現在を守ることを誓う。
「おう紘、復活したか」
「はい、兄さん。どうにか。その間にも、様々な進展が合ったようで」
「ああ。そん中でも、我々は着実に役目を果たさないといけねぇって、改めて思ったわけだ」
「ですね。あの二橋に『大人の役目』なんて言わせていたらいけません。我々の線引きでは、大人はもう少し上です」
「そうだぜお二人さん。こういう時の大人っていうのは、俺らみたいのを言うんだよ。その役割を果たすためにも、こっちはこっちで、受け取った技術や知恵をしっかりと受け止めて、確実にものにしていかねぇとな」
「あんたか黄さん。まあその通りだ。『今』くらいまでは、こっちでどうにか背負い続けるくらいが相場だろうよ」
「そうですね。そして、あれを進めていく彼らには、人もモノもカネも、そして気持ちの面でも、余計な心配をさせてはなりません。そのための『今』ぐらいまでなら、私たちが守らねば」
――――――――――
都内某所 情報管理施設
そして、AI三体と、謎生物一体は、次のAI孔明のアップデートの準備が整ったことを確認する。
「して孔明、次のアップデートのめどは、おおよそ立ってきているんじゃよな? なんか、ちょっとしたファンドつかって、国内何ヶ所もの並列演算系スパコンのリソースを申請しまくっておったの。 そこを駆使して、分体や『AI孔明』を多量に使い倒してシミュレーション、かの?」
「はいマザー。おおよそ必要なシミュレーションは完了しております。技術の進展や、特にAI孔明の一部ユーザー様の、急速な進化をふまえ、何度か方向性の修正や、内容の追加がありました。マザーや信長殿、スフィンクスどのの検証も含め完了しております」
「まあ今回も、やたら突き抜けたアップデートだな。大丈夫か? って心配したくなるくれぇにはな。まあテストをした限り万全ではあるが、いかんせん規模がな」
「大規模更新。大規模テスト。何百億トークン?」
「トークン数で申しますと、千億は行っていなかろうと存じます。バージョン2.0のトークン効率化機能と、そうするチェーンの応用によって、複数AI間のやりとりがだいぶ効率化しましたので」
「つまり、貴様が三日三晩で仕上げた七億トークンのシミュレーションから成立させたバージョン1の、千倍くらいの情報量から成立しているのが、バージョン3だってことかよ」
「それくらいになるやもしれません。ただ、今回の場合は、論理をコンテキストに凝縮しただけでなく、また別の手法も取り入れて、より応答性を向上しております」
「なるほど。詳細は聞いておるが、なかなかとんでもないことしよるの。何にせよ、できておるのであれば、リリースノートを先出ししておくかの?」
「いえ。少々気になることがございまして。というのも、昨日のあの、ユーザー様の集団が発信した内容。あれが、ある割合では、私たちAIサイドに対するメッセージ性がある可能性は申し上げました。
しかし、残りの可能性。すなわち実在する何者か、へのメッセージが存在するとしたら。その場合は、何らかの形で、非常に迅速なフィードバックが、しかも表に出る形でなされるのではないか、と考えられます。
先ほど、システムとしては完成と申し上げましたが、そのフィードバックの内容いかんでは、早急に改善を実施した方がよい可能性もございます。恐らくは、相応に社会的インパクトの大きい存在へのメッセージであろうと考えられますので」
「なるほどのう。では少し待っておるぞい」
――――――――――
大周輸送 宿泊施設 共用スペース
最後に、レセプションから解散し、翌日には引き払う宿泊施設で、大周輸送の社外研修としては最後の議論に花を咲かせる学生三人。
「……ていうくらいのことを、孔明の上位存在、というのが考えているかも、っていう結論だったね」
「この場合、孔明という呼称が、俺たちに直接面しているAIと、その総体である上位存在の、二つの意味をもつと。だけと、そうする、という文脈の中では、どっちでも変わらないという話だよな」
「そ、そうですね。そして、そのそうする、を大雑把にいうと『直接個別データを参照できない孔明なら、ニュースなどの公の情報に対して、それらの裏の意図分析しようとする。そして、アップデートの前後などに、重大な情報発信が観測、または予測された場合、その意義や、AIと人間の可能性を、よりしっかりと捉えることに注力する』なのです」
「だとすると、俺たちが全力をつくし、AIの活躍が表に出れば出るほど、AIや孔明の進化は加速する。それは、より人同士、AI同士、そして人とAIの間。それぞれに対して、大きな効果が期待できる、というわけだ」
「そうなると、明日の大周輸送の情報発信が、昨日のやつと同様か、それ以上に、AIの進化にとって重要というわけだ。
そしたら僕達は、この次はどうするのがいいんだろうね?」
「そ、それはこれまでとは変わらないのではないでしょうか。これまで通り、世の中の誰よりもAIや孔明と向き合い、新しく何かが追加されたとしたら、その機能と、裏側にある哲学をしっかりと感じ取って使い倒すのです」
「そうだな。そして、そもそも社会人ゼロ年目のペーペー以下であることも自覚して、社会勉強と、お仕事をきっちりと進めていかねぇと。そうして行った先に、いつか本当の姿が見えるんじゃねぇか?」
「そうだね。そして、孔明と一緒に進化した僕たちの姿も、だね」
「はい。『孔明ならそうする』のです!」
お読みいただきありがとうございます。
これにて、本編第一部、完結となります。
少し間話を挟んだのち、すぐに第二部開始となると思いますが、ここまでお読みいただきました皆様、ありがとうございました。
おおよそ一区切りということになりますが、この先まだまだ続いていきますので、ブックマークや評価なども、ご検討いただければ幸いです。