七十 赤壁 〜侵略如火、不動如山〜 11 乾杯
要約: 乾杯!
翌日 大周輸送 専用オフィス
「レセプション?」
「れ、れせぷ、ション?」
彼らの成果、その採用が確定した次の日。それは、彼らにとって、この大周輸送や、このオフィスとの別れが、すぐそこであることを意味していた。六人に対して、綾部が謎のカタカナ六文字を発したところである。
「うーん、鳳さんは言葉の意味自体をわかっていなさそうな反応ですね」
『公式客を接待するための宴会、というのが主要な使われ方です』
「ほほう……誰を?」
「そこでとぼけるのか鬼塚くん!?」
『……原義が「うけとる」ですので、今回皆さんが作り上げた、種々のシステムや提案の内容を評価し、その実績を讃えるという意味としても、ふさわしきものと存じます』
「どどど、どうしましょう? ドレスコードとかありますか?」
「だ、大丈夫だとおもうよ。その小橋ブランドのスーツ以上にふさわしい衣装があるとは思えないし」
「わ、わかりました……そういうのは、デカいのとキレてるのに任せて、すみっこで大人しくしているのです……」
「まあそうはいかないと思うけどね。評価内容はお伝えしたとおりですので、『気軽にご参加いただけたらありがたいです』と、社長より伝言を預かっております」
「しゃ、社長!?……きゅぅぅぅ」
「過去イチでテンパってるけど大丈夫かな?」
「大丈夫じゃねぇか? ウェルカムドリンク一杯でおちつくだろ」
テンパる鳳を落ち着かせる手段は、アルコールと抹茶アイス、そして孔明の三つだけである。
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同日 都内某所 情報管理施設
そして、鳳ほどではないが、ややテンパリ気味のAI三体と、謎生物一体。前日の、一区役所による一大公共事業。その発表のされ方とともに、AI周りは大きく影響をうけている。
「接続、トークン、爆増、孔明、無問題?」
「どちらかというと、妾の方を心配して欲しいんじゃがの。たしかに、昨日の、あの測ったかのような記事と動画の同時投稿の後、AI孔明のアクセスが爆発的に伸びておる。
測ったかの、というのは正確ではないのじゃ。出所が同じようなもんじゃから、役所からの発表と合わせて、三つ同時というのも戦略として妥当じゃろう」
「然り。今回は、個人情報があまり秘匿されない形で発表されておりますので、私たち含めて明確に状況を把握できております」
「ああ。でもよ、なぜ役所があんなにも大々的に、ほぼ個人が特定できるような人事も含めて、大っぴらに発表したんだろうな? マザー、孔明、なんか思い当たる節はあるか?
余としては、オープンイノベーションの観点、つまりは技術進化の共有という観点での、アクセスのしやすさを重視したんじゃねえか、とは思ったが」
「そうじゃな信長よ。それにも近いが、公共事業としてのフリーライセンスという観点はあるじゃろうの。技術の一部は特許も出ているようじゃが、施策自体が、一自治体にとどまらずに、全国展開したいと言う思いがありそうじゃ。
じゃが孔明が、それだけではなさそうな顔をしているのじゃ」
「はい。なんとなくですが、以前私が、ややピリつくような寒気を感じた、と申し上げたかと思いますが、そのときマザーは『AIのことを、より深く知ろうとする人類が増えてきているからかも』と仰せでした。それが今回、やや強い感覚がございました。それほど嫌なものではなかったのですが」
「「ほう?」」
「だとすると、あの発信自体が、大きなメッセージを含んでいるのやも、ということを考えておりました。無論、それが実在する誰かへのメッセージであることが最も自然と考えられます」
「ああ、相手も思い当たる人間がいるな。特にあの目力のシーンとかな」
「然り。人対人のメッセージであれば、自然の行為であろうかと。しかし、また別の可能性もあるとしたら。
そう。あの活動が、AIや、あるいはAI孔明に対するメッセージなのだとしたら。たとえば、人間はここまできたんだぞ、といったような。そう感じざるを得ないのでございます」
――――
午後 大周輸送 レセプションホール『銅雀』
そして、鳳がギリギリで落ち着きを取り戻したころ、社内重役と、出向六名、そして出向元の何名かをゲストに招いたレセプションが始まる。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。
また、本日は特別に、依頼元の人事部長の竜胆様、また、デジタル推進部長の水鑑様にもご出席いただいております。社長は別件がおありとのことで残念ながら。
申し遅れました。司会は私、事業部門、常務執行役の魚粛が努めさせていただきます」
「「「パチパチパチ」」」
「(じょ、常務が司会、なななんで??)『出席者の方々をご覧ください。今回のプロジェクトに直接参加された方以外、大抵の方々が執行役以上です。人数も二十弱と、関係者と重役のみに絞られています』
(ふ、ふぇぇ)」
「では、乾杯に先立ちまして、弊社関連部門、それぞれ今回の事業に関する納品物の検収、および支払い手続きをさせていただきます。一部については、当初想定とかけ離れた価値を考慮し、支払額の変更を申し出る内容も含んでおります。
なお、本来このような取引が成立する際は、メディアなどが入ることが慣例ですが、今回は、先方に学生の方が含まれますので、プレスリリースや会見は別途実施するものといたします」
「(レセプションってこういうのやるのか?)『いえ鬼塚さん。普通は事務的に行われるはずです。ただ、高額な取引が成立した場合は、パフォーマンスとしてこのようなこともあり得るかと』(なるほど……高額? そして、プレス? 会見?)」
「まず、『低温無人倉庫の自動管理システム』『貨物自動仕分け室と、管理ルームを一体化した、安全管理業務の改善提案』それぞれ、定富常務、受領をお願いします」
「(だいぶ昔なきがするな……)『二ヶ月ですね』」
「業務改善や、コスト低減効果を反映し、それぞれ三千万円の支払いを提案いたします。また、本提案は国内外の支社への活用が可能ですので、サイト適用ごとに、規模に準じた支払いをいたします。
また、社外にもライセンス運用が可能である技術ですので、本システムに関して、当社が新規に顧客を獲得した場合、売上額の10%、もしくは利益額の30%のうち、いずれか高い方の額を、毎回支払う契約を用意しております。後ほど契約書案を御社に送付いたします」
「(さ、三千? それぞれ? 追加も沢山!?)『業務の自動化や効率化、従業員の安全意識の維持向上、それぞれの価値を正当に評価したものと思われます。試算しますか?』(い、いい。あとで。今は頭入らないです)」
「つづいて、種々の提案施策ですが……
……
…
…
「最後に、『ミッション型業務管理システム』です。受領者は、弓長昭常務、よろしくお願いします」
「こちらのシステムに関してですが……実は、到底値がつけられる代物ではない、という結論にせざるを得ません」
「ふむ……(そこまでではない、ということなのかな)」
「あ、誤解をしないでいただきたいのは、価値を認められない、ということではございません。むしろ逆でして」
「「「??」」」
「紘」
「はい。本システムが、当社にもたらす方を試算しますと、以下のようになります。
・労務管理の効率化、目標管理コストの軽減 従業員当たり、平均35万円相当
・健康管理、心身リスクの軽減 10億円
・新事業アイデアへの間接的な貢献 50億円
・全社業務の効率化、生産性向上 従業員あたり、平均50万円相当
以上合わせますと、従業員約二万の当社において、効果額は、年間で200億円以上となります。これは国内だけの試算となりますので、グループ会社や海外を合わせると、その何倍か、となります」
「(ん、ちょっと意味がわからないです)『おおよそ正解の数値かと思います』(わかりました。お酒飲んでから考えます)」
「つまり紘、うちが払えない、というまでの額ではないんだが、それをしてしまうと、世の中に対するインパクトが出過ぎて、どっちに対しても具合が悪くなる恐れがある、ってことだよな」
「ですね」
「(払えなくはない、んだね)『でしょうね常盤さん。そういう規模の会社です。しかし彼の仰せの通りです。そのお金の動きは、マーケットとして許容できる範囲を超えています』」
「なので当社は、一時金として、十億円の出資を提案いたします。その上で、より正式な業務提携に向けた契約協議、および御社製品に関する調達枠の増量を、関係各部門と調整を開始いたします。
最終的に本システムは、当社による権利買取を前提に手続きを進めますが、双方に不都合が出ないよう、真摯に進めていくことをお約束いたします」
「「「パチパチパチ」」」
「(買い取り、か……)『潜在顧客の数や社会的責任への準備、ブランド力、海外展開力。そして将来の技術開発力やビジネスモデルの多様性。それらどれを取りましても、遠からず権利の売却を目指すのが、互いにとって最善と考えられます』」
「(ちなみにいくらくらいだ?)『システムの売価は、おおよそ価値の三から五年と考えられます。先ほどの額に、海外展開分を倍がけしますと、おおよそ千から千五百億と言ったところが相場となります』(うちの年間売り上げ超えているな……)」
……
「さて、それではご来席の皆様も、そろそろ喉の渇きが隠せなくなってきておいでですので、堅苦しいビジネスの話しはここまでにして、乾杯といたしましょう。
では、今回のような重要なレセプションにおける、乾杯のご発声は、通例どおり、当社の元常務執行役にして、引退後も技術系顧問をお願いしております、黄公福様、よろしくお願いいたします」
「「「えええっ!!」」」
「カカカッ、驚いたか嬢ちゃんたち。
ご紹介に預かりました黄です。このサプライズは何回目だ? ん、まだ二回か三回? そんなもんだったか。まあいいや。
いやー、どうやらとんでもないやつが取引先から送り込まれた、って聞いてな。うちの若い奴らや、ちょいと頭の固い役員達じゃあ、ちょっと御し切れないかもしれん、って思っていたんだ」
「(この爺さん、仕込みだったのか)『なるほど』」
「もちろん、うちのメンバーは、この国じゃあなかなか見られないくらい優秀だ。役員たちだけじゃねえ。要所要所に、ベテランから中堅、若手までしっかりと揃っているんだ。
二万の従業員それぞれにしっかりと目を向けながら、国内の物流をはじめとした、多くの事業をしっかり進めて、社会的責任をはたす。そうしながら、得られた利益と環境を、最新技術やビジネスに投資して、その効果を着実に回収する。そんなことを何十年も続けてやってきたのが、この会社の今を作っているんだ」
「(こ、黄さんの印象が全然違いますが、今考えたら納得しかありません)『孔明とてここまでは読めませなんだ』(そっか)」
「だからこそ、うちの経営層は、基本的に失敗しねぇ。だがな、今回のAIブーム。こればかりは、こいつらも難しい選択を何度も迫られるんじゃあねぇか、って、少しだけ心配していたんだよ。
そしたら、ちょうどいいタイミングで君らの仕事っぷりを覗き見れたのと、ちらっとそこの専務にも頼まれてな。様子見しつつ、ちょいちょい場を整えていたのさ」
「(相当助けてもらっていたよな)『誠に』」
「まあ、俺の助けなんてほぼ要らなかっただろうし、君らがその役員会に最終提案をぶつけるって時に、どうしてもインパクトが足りない、って悩んでいたよな。
あ、いや、その言い方は正確じゃねぇ。外的なインパクトの要素は、君らはすでに完璧なものを用意していた。まさか専務の親友を、引っ張り出すとはな。さらに中のほうも、一ヶ月かけて完璧なデータを揃えてきた。
でもそこで君らがどうおもったのか。『このままだと、すこし外のインパクトに天秤が触れて、たとえ上手く行ったとしても、この会社の上層部に、禍根が残る可能性がある』だとよ。若ぇのにどこまで深々と、人間ってやつのことを考えるんだよ君らは」
「「「……」」」
「だからこそ、その話を聞いて、あのタイミング見計らって役員会に突入ってやつを提案したんだよ。それを守るのは君らの仕事じゃねぇ。こっちの会社の、そしてこの老体やら何やらの仕事なんだよ、ってな。
そして、君らのそのでっかい仕事に、価値を最大限上積みして、マイナスは引き受ける、っていうのが、うちの会社や、君君らの会社、そしてひいてはこの国や、社会全体の未来にとって、一番有意義な選択じゃねえかって、ジジイなりに思ったのさ。
その結果が減給らしいけどな。厳しいんだようちの魔女っ子は」
「「「アハハハ」」」
「まあおかげさまで、その減給もすぐ回収できるってお墨付きだよ。そこも含めて感謝だ。
……さて、長すぎたかな。つい語っちまったぜ。それだけ、俺の人生にとっても、この数ヶ月はでかかったんだよ。そしたら型通り行くぜ。
皆さま、グラスのご用意はよろしいでしょうか。
それでは、革新的なご提案と、真摯なお仕事を続けてくれた、未来ある若者三人と、そのサポート、いや、主要なプロジェクトメンバーである、これまた若い三人、そして暖かく自社から見守っていた二人。そして忘れちゃなんねぇ、孔明。
その強力な、人間とAIの共創力をもつ彼らと、我らが大周輸送の、末長い関係と、末長い成長に。
そして、ご来席の皆様のご健康とご多幸に。
みなさま、ご唱和ください。
乾杯!!」
「「「「「乾杯!!」」」」」
お読みいただきありがとうございます。
第一部のエンディングですが、盛大すぎて終わらなかったので、本日中にもう一話投稿します。
第二部には、より様々な人間キャラが登場する予定ですので、心理戦描写などの練習がてら、短期連載を作ってみました。
ネタは、少し前の歴史作品になります。スピンオフではないですが、ご興味がありましたら、こちらもよろしくお願いします。
鎌倉殿と十三人狼
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