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六十九 赤壁 〜侵略如火、不動如山〜 10 飛将

要約: 飛将軍、降臨!

 執行役会。そこで議論されたのは、『ミッション型業務管理システム』。担当者からはソシャゲの日常任務にしか見えない業務システム。AIを最大限に活用し、そこに確実に人間の目が入るように工夫されたシステムである。

 その稟議がおおよそ承認に傾きつつあったが、決定者の弓長昭常務の懸念はまだ解けない。そこへ、最後の執行役が、会議室のドアを開けた。



――――


数分前 配信された、とあるニュース記事


 三月ほど前の、まだ残暑が厳しかった週末に、都内で開かれた一つの「B級グルメ展」が、SNSやネットで注目を集めたのを、皆さんは覚えておいでだろうか?

 その一月ほど後に、その主催者である区役所職員への、インタビューを中核とした、一つのドキュメンタリーが配信されたのを、皆さんはご覧になっただろうか?


 その立役者たる区役所において、新たな施策が、本日発表された。人の目と最新のAIが、その愛の輪で、大事な家族や地域の高齢者を見守る。その名も『EYE-AIチェーン』。うん、アイが重い。

 そして彼ら、彼女らを中心に、自治体らしからぬ異例の人事が公表された。人とAIが共創する、新たな知恵で、地域に役立つ施策を次々に生み出す。「AI施策推進部門」。何名かの大幅な昇進や、民間技術者の中途採用が行われたとか。

 

 少しだけ、あの、屋内外併用で開催されたグルメ展を振り返ってみよう。

 そのときそこにいたのは、グルメやグッズの出展者や、ご当地アイドル、ゆるキャラ、そして一般客。そして、それぞれの異なる特性や目当てを活用して、それぞれを少しずつ誘導することで作られた人の流れ。上空からとられた映像は、美しき連環を描いていたとも噂される。

 その全ての流れは、残暑厳しい中、屋内屋外の人を滞りなく入れ替えることで、熱中症となる客を最小化し、その整然とした流れは迷子をも抑制したと聞く。その流れに一役買ったアイドルまでも、年々激しさを増すそのパフォーマンスの裏で生じるはずの熱中症を、その巧みなスケジューリングと誘導でゼロにしたという報告もあった。

 極め付けは、日が落ちる前に発生した、突然の豪雨。どんな野外イベントも、被害が出れば即台無しになる厄介な気候。そこで起こったのが、そのバズりの代名詞と言える「長坂の退き口」。輪を描いていた人の流れは、自然に綺麗な一直線となり、雨が降り始めたころには、大半の客や出展者の避難が完了した。


 その舞台裏には、最近流行りの生成AI、それも、かの天才軍師、諸葛孔明の名を冠した「AI孔明」の活用があった、というのが、冒頭二つ目に紹介したドキュメンタリーである。

 まず、AIが提案した、十や二十の仕掛けの重ね合わせが、一つずつ紹介された。一つずつは、まあそこそこ気の利く人なら思いつかなくはないだろうが、状況を作り上げるための、多重に繋げていった手腕こそ、まさに孔明すぎるAIの本領発揮と言ったとこだろう。


 だが本題はそこではない。そこで語られた、孔明にも組みきれなかった、最後のアイデアが出されたのが、その企画を担当していた一人の人間からだった、というところだ。それも、不確定ながらも有効な予測を得るために、会場にいる、幼児のカンを複数拾い上げるという、なんとも人間らしい手法であった。


 AIも驚くんですね。ボクもはじめて知りましたよ。


 そうして成立した「長坂グルメ展」。その立役者たちが中心となり、さらにその裏の「AI孔明」に引き寄せられた数名の協力者。そうだ、その協力者って人たちを紹介しておこう。


 小金ほしさから、グレーな詐欺バイトに手を染めかけ、すんでのところでAIに踏みとどまらされた、恋する青年。

 AIによる人間の堕落をテーマに取材中に、人間とAIの共創という新たなテーマに魅せられた、なかなか腕のいい配信者のお兄さん。

 AI孔明に果敢にも勝負を仕掛け、教育的指導という、合法的な反撃を浴びせられて更生した、凄腕ハッカーのおっさん。

 そして、

 AIが作るニュース記事の台頭に焦り、フェイクとも言えるネタに手を出す愚行を犯し、孔明にどやされ中の愚かなネット記者。そう、ボクです。

 

 彼らが集まり、そして、AI孔明の新機能「そうするチェーン」を活用して、異例のスピードで形にした、アプリベース、主に高齢者向けの公共事業。それが「EYE-AIチェーン」。主な機能は二つからなる。


1. 定期的に配信される、詐欺対策の訓練メール。最新のトレンドを学習し、孔明らしいエグさも加わり、あらゆる手管を先取り訓練できる。

2. その対応状況を含め、家族や友人が、その人の健康状況を、最低限の情報をもとに見守る機能。洞察型連携機能「そうするチェーン」の一部を使っている。


 こんなアプリがわずか一ヶ月で、テストどころか製品版公開まで辿り着くのだから驚きだ。そりゃ、自治体のような保守的な組織だって、その施策を推し進める体制づくりに、重い腰を上げざるをえないだろう。


 今回の記事は、手前味噌の宣伝、そして便乗記事という評価は免れないだろう。それでも、皆さんにいち早く伝えるに値する、そんな内容であることを確信している。



――――

同時刻 配信されたドキュメンタリー動画


「『そうするチェーン、ON』」


『そう、これこそが、彼らプロジェクトメンバーが、とんでもない早さで施策を実現した、カナメといえる最新のAI技術です。

 この後、彼らは、毎日のように、その使用上限の三十分を使い倒し、つい先日まで初対面だったとは思えない連携で、個々のもつ技術やアイデアを次々に実体化していきます』


……


「孔明、その偽メールは古臭い! 最新の手口はそんなもんじゃねぇ!」

『ならばこちらはいかがでしょう』

「お、おう、これならころっといきそうだ……」


……


「家族は見守りたいけど、時間もないし、なによりも見られている感ってのは抵抗になるよね」

「訓練履歴とアンケから、孔明に演算させられるかも。やってみて、足りないデータがあれば補完しよう」

『かしこまりました。この後シミュレーションを回します。明日までに二千パターンほど』

「「まじか」」


……

 

「プレゼン、大丈夫?」

「問題ないです。孔明と、あの子ならそうする、を盛り込んだから、これなら慣れていない公務員でもちゃんと刺さります」


……


『そうして作り上げられたアプリケーション、そして、その施策に対するプレゼンテーションがこちらです。たった五分で、時代は変わりました』


……


「……私からは以上です。ご質問のある方はお願いします」


『この後質疑が続きますが、蛇足でしょう。視聴者の方も質問があったらコメント欄にてお願いします。チャネル登録もよろしくお願いします。これも蛇足ですね。それではまた次回』



――――

大周輸送 


「どうだい? わかったかな? わかっちゃうよね、あなた達ならこの意味が」


「「……」」


「は、はい小橋専務……こんな革新的な施策、そして、異例と言っていた大抜擢と言える人事。これが、どこかのベンチャー企業や、大学なんかであれば、純粋な賞賛に重ねて、連携に向けたアプローチを検討する、という段取りがふさわしいでしょう。

 しかし、この方々は、一自治体の公務員や、そこに共鳴した一般人。組織としても、そしてどの個人を切り出しても、突出した能力が認められていたわけではないはず。だからこそ、だからこそこの技術。この時代のスピード感。

 我らが、大企業の責任と名をつけていた重さ。それが足かせとなって、そのスピード感に乗り遅れてしまう。そんな危機感を共有するには、十分すぎるといってもよい記事と映像です……」


「大丈夫だよ昭さん。勘違いしちゃいけないのはね、その重さを取っ払うことが正義、じゃあないんだ。国内二万、海外合わせれば十万の従業員を抱え、国内の物流を支える重さ。その上さらにのしかかる、常に世界の最近を見極めて導入し続けて、時には自ら最先端を生み出さなきゃいけない、そっちの重さだってあるんだ。

 そう、この重さを重さのまんま、世の中が感じる新しい、を取り込んで、それだけじゃなくて、引っ張り続けて行かなきゃ行けないんだよ。大変だよね」


「まことに……その重さの片側を見つめすぎて、もう一方を見落としていては、天秤は大きく傾くばかり」


「そうだね。そこは、もう片っぽにドーン、ドーンって重さを二つ乗っけてくれた、そこのジジイと、あの子達、そして、どっかの誰かさんに感謝するしかないんだよ」


「では、昭さん、紘さん。本件に対する審議の方はいかが致しますか?」


「この期に及んで是非もないでしょう。承認します。太慈さん、甘利さんに加えて、総務側の責任者として、門沢(かどさわ)執行役をつけますので、実務に入ってください」

「財務も承認します。月毎に、効果の評価値を提出するように、各部門に通達してください。AI使えばできますよね野呂さん?」

「もちろんです。そちらの機能を、アプリケーションに早急に追加実装します」


「健康管理や、従業員のフィードバックもついてましたよね?」

「はい定富さん。そこはむしろこの機能の強みとして、明確に実装されています」

「ありがとうございます」




「じゃあ会社としては一件落着、だね」




「……」

「……」

「??」


「会社として? あ、まさか」


「もしや……お嬢様、あの方が」



 この場の全員が、名前だけは知っていた。小橋鈴瞳。その十年も経っていない学生時代、最高の親友にして最大のライバルの名を。



「だからお嬢様言うな、おタカ! 役員会だよ?

 ……そうだよ。あの、キレッキレにプレゼンかまして、おまけにわたしっぽい目力をぶちかましていた彼女。おそらくあの後、自治体にあるまじき人事発動で、プロジェクト型とはいえ一部門のトップに抜擢されたのだろうあの子。

 そう、あれが、わたしが時々口にしている『大橋ちゃん』だよ」


「「「……」」」


「魚粛常務、大橋ちゃん、て、あの……」


「そうです。小橋専務の学友にして、最大のライバル。性格や思考が真反対ながら、それがかえって互いを刺激しあうことで、特に専務がこの若さでビジネス界の頂点にまで上り詰めた、そのきっかけとも言える存在。皆さんも何度となくご本人からお聞きしたり、記事などで目にしていたでしょう。

 これまではあまりにも飛躍する思考に周りがついていけず、企業ではなく公務員として、それなりのお仕事をしておいでのようでした。そこへきて、かのAI孔明といち早く共鳴。これは、あの研修にきている三人に触れた方なら、容易にイメージは着くかと思います。ついにあの方が、社会の表舞台に出てこられた、ということになります」


「ああそうだよ。確かにきっかけは与えたさ。うちの娘が偶然ね。そこの上に大盛りで乗っけてきたのが、あの子達三人だよ。

 確かにわたしが調子にのって煽りすぎたんだろうね。あの子達と、孔明の本気を呼び覚ましてしまったようだよ。そしたらどうなるかって? あの子たちが何度となく口にし、機能の名前にまで使われている『そうする』。それが、このわたし、小橋鈴瞳にまで牙を向いたのさ」


「専務が彼らとの話の中で持ち出してきた『大橋ちゃん』。あの方を刺激して、専務や我々幹部の目に留まるような活躍を促したら、専務なら無視できない。まさに『そうする』。

 ……えっ、まさか、さっきのも!?」



「多分ね。わたしがどっか外回りしていた隙に、あの三人どっか行かなかった? 太慈さんわかる?」


「ええと…‥勤務表に、確かにありますね。AI機能の社外実証と」



 そう。大橋の元を三人が訪れたのは、小橋が海外に出張していたその日である。



「それだよ。多分あの子らがニュースなりSNSなりを見て、孔明が噛んでいそうな事象を集めて声かけでもしたんじゃないかな? だとしたらとんでもない連環計だよ。

 あの子らの中に、鳳小雛ちゃん、ていたね。まさにその名が共鳴し始めたのかもしれないね」


「そんなところまで彼らが……」



 そして、小橋鈴瞳。この魔女が本気を出すと、この会社はとんでもない速さで意思決定される。



「ああ、これはある意味で『AI孔明』の力ともいえるし、そうじゃないともいえる。どっちにしたって、この社会は、今のままじゃあいられないよ。

 ……おタカ、野呂ちゃん、あのプロジェクト案、どこまで詰めてきている?」


「魚粛さん、もしかして」

「そうだね野呂くん。うちが並行して推し進めてきている、独自AI技術を中核とした、巨大プロジェクトのことだね」

「はい。専務、いつでも本格始動できるように、こちらもAIをフル活用する形で、内外の状況を反映して、計画案をリアルタイムに更新しています」


「うん、よかった。ありがとう。紘さん、あの無茶な財務執行、もう一度考え直せるかな?」


「あの年間一兆円の三年分ですね。かしこまりました。再度吟味して、野呂さんや定富さんと数値をつめてみます。進める方向で」


「了解。頼んだよ。では進めさせてもらうよ。こっちの承認も得られた、てことでいいね」


「「「はい」」」


「では、論理知交換型、非電子情報網、『プロジェクトLIXON』本格始動だよ」

お読みいただきありがとうございます。


 最後に出てきたプロジェクトが本格始動するのは、おそらく第三部(本章までで第一部)になる予定です。

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