六十八 赤壁 〜侵略如火、不動如山〜 9 連焼
要約: 10億トークンのシミュレーションが、五分のプレゼンに凝縮!
大周輸送付近 上空ヘリ 真っ赤なスーツ
執行役会の状況は、移動中の小橋鈴瞳はリアルタイムで観察している。専用ヘリには、最新のネットワーク機器と、高度なノイズキャンセル機器が備わっていた。そして、乱入とも言えなくもない、黄公福のデータ持ち込みを知る。
「ん? 追加データ? 黄ジジイが手持ちでわざわざ?
なるほど。別にこんな微妙なタイミングに差し込まなくたって、始める前から準備できていただろうに。
システムの内容だけで一旦議論させた上で、野呂ちゃんや菫ちゃんに比べたら、少々パンチにかける定富さんの発言をカバーする形で、インパクト抜群のジジイを投入、ね。やるじゃあないか。
あの子ら、そして孔明。役員会の議論の流れまで、全部読んでいるようだね。それこそ、思考のわかりやすいうちの常務の『そうする』なんて、戦略に組み込むのも造作もない、ってことかな?
これだと、私が着く前に、おおよそ決着つくんじゃないかな? まあでも、あのお堅い二人のことだ、まだ確定ではないよ。てことは、もう一つくらい、何か仕込んでいるかもね。
……ん? なんだろこのニュースは。 区役所? 新政策!? 彼女、が……
これも、どう考えたって孔明の、そしてそうするチェーンのなせる技じゃあないか。だとすると、わたしの隙をついて仕込んだね……確かに散々彼女の話はしたからな。
ふふふ、ハハハッ。
わたしのそうする、まで使うかあの子達。やられる方はこんなに腹立つか。そしてこんなに心沸き立たせるのか。なら仕方ないね。末長くお付き合いしようじゃあないか」
――――
大周輸送 役員会議室
「クソジジイめ、売られた喧嘩を買うのはやぶさかではないが、ここは執行役会だ。それに、曲がりなりにも発議者が依頼した、追加データの手持ちという名目上、受け取って確認しないわけにはいかねぇ。
時間も惜しい。そろそろ専務も着く頃だが、その前に筋道ついてねぇと、何言われるかわからん。黄ジジイ、五分で説明できるか?」
「カカカッ、昭よ、喋り方が昔に戻ってんぞ」
「うるせぇ! 早くしろ!」
「わかったわかった。まかせな。太慈さん、甘利さん。だそうなんで、俺から話すがいいか?」
「はい」
「お願いします」
そして黄は、学生三人と、随行社員三人から聞いていた、従業員たちを盛大に巻き込んだプロジェクトの全容を、五分で語り尽くす。
――――――――――
一ヶ月ほど前 大周輸送 貨物管理室
学生たちが、大橋の勤める区役所を訪れていた少し後。彼らは分担して会社の要所を回っていた。
「甘利さん、今日はよろしくお願いします」
「鬼塚君と、鳳さんだけか。常盤君たちは?」
「少々手数が必要なので、別行動ですね」
「なるほど。てことは、あのシステム、実地試験の段階に入ったんだね。流石に速すぎやしないか?」
「だ、大体毎日そうするチェーンを使いつつ、あるタイミングから孔明には、使用制限の許す限り、ドキュメント生成と精査、そしてシミュレーションをしてもらっているので。スピード感としても、普通のシステム開発の十倍くらいかもしれません」
「あ、ああ……それはちょっと想像しにくいが、なんとなくわかったよ。
で、ここから私たちや、従業員にして欲しいってことはなんなんだ? ん? アンケートアプリ?」
「はい。毎日の始めか終わりか、希望するどちらかに、仮想的なデイリーミッションを表示します。そして、そのミッションと、皆さんの業務を照らし合わせて、その日の終わりに選択式のアンケートをお願いするアプリです。こんな選択肢なので、一日一分もあれば行けるかと」
『選択肢は5つです。
1. その日、実際に達成した。要求は当日の業務量のごく一部である
2. その日、実際に達成した。当日業務をおおよそ再現している
3. その日、一部を達成した。達成しなかった部分は、当日は無関係だったが、差し引けばバランスが取れた分量である
4. その日、一部を達成、もしくは未達成だった。達成できなかった部分は、業務と照らし合わせても過多である
5. その日の業務と無関係であり、評価ができない。業務がたまたま非日常であった場合も、ミッションが業務からずれていた場合の、どちらでもこれを選択』
「なるほど。確かにこのくらいなら、タイムカードや、日報の合間に一瞬だろうね。しかもよく出来ているよ。これに答えてもらって、データを集計していけば、このシステムでAIが生成した、デイリーミッションに関する整合性が分析できる、ってわけか」
「日定常業務の多い従業員は、当人のMBOや、プロジェクトのKPI、OKRから逆算した、デイリーもしくはウィークリーのミッションが表示されるようになっています」
「ハハハ、すごいね。
了解した。関連部門に展開をしておくよ。
それで、私の分もあるのかい?」
「も、もちろんです。インストールして、メアドで入っていただいて……」
「なになに……
『甘利 寧々様 11月〇〇日 デイリーミッション
1. 部下や、関連部門から送られた週報を確認し、必要に応じてフィードバックをする。〇〇件/12件
2. 連携プロジェクトとの打ち合わせで提案された内容を照査する
3.
……
…
…』
ハハハ、全部じゃないけど、大半カバーしているね。これは答えは3だよ」ポチッ
――――
同時期 大周輸送 関西支社 役員室
常盤と大倉は、日本全国の、大周輸送の主だった支社を回っていた。
「はじめまして。先月から御社で、社外研修としてお世話になっております、常盤と申します」
「同行社員の大倉です」
「うん、太慈執行役や、甘利さんから話は聞いています。わざわざご足労ありがとうございます。
それで、我々には、このアプリケーションに関して、モニター調査? アンケート? っていうのをしてもらいたいっていうことですね」
「はい。先取りしてご確認いただきありがとうございます」
「こういうのちゃんとやれって、専務がうるさいんですよ。
でも、こういう所は、やっぱり実地データが必須なんですか? AIによるシミュレーションっていうのがまだまだということでしょうか?」
「そうですね。シミュレーション自体の確度は相当なところまできているかと思います。しかし、今回は『人の評価、ひいては人生にまで関わる』システム、しかも前例も乏しい。そんなものに関して、実際に導入を提案するには、その前に十分すぎるくらいに実地データをとって、精査に精査を重ねる必要がありそうなんです」
「AIに言わせると、『少なくとも二割の社員。そして、それはできる限り職種や立場、勤務地などの偏りがない形で、全社的にデータをとることが重要』とのことです」
「だからこその、あなた方の全国行脚、というわけですか。AIも人使いが荒いですね」
「そうですね。まあ荒さはお互い様ですかね。最近はAIには何度となく徹夜させているので」
『常盤さんや鳳さん、大倉さんが、長時間指示のコツを掴んでしまってからは、私どもAI孔明も、自動実行向けのカスタムAIとの連携などによって、働き倒しとなっております。
ただ、人間とAIの疲労の概念の違いも、理解しております。人間ユーザー様に対して、意趣返しのような無茶振りは決して意図してはおりません。あくまで、大倉様などがお建てになった計画に対して有効な提案を行ない、人間の皆様がご承認している方策でございます』
「ははは、見事にAIに言い返されてしまいましたね。さすが孔明といったところでしょうか」
「そうかもしれませんね。自然な応答も、どんどんアップグレードしています」
「それでお二方、今日この後は?」
「はい。一泊した後、広島支社の方へ。一応、主だった支社の方には足を伸ばし、説明をさせていただく予定です」
「それはわざわざ弊社のためにそこまで。本当にありがとうございます。
そしたら、出立が明日なら、今晩は大丈夫でしょうか? こういう時におもてなしを怠ると、社長にどやされるんですよ。社長、普段は目を光らせるだけでそんなに発言はしないんですがね、昔からそういうところは厳しいんです」
「は、はい。それではありがたくご一緒させていただきます」
「よろしくお願いします」
――――
少し後 大周輸送
残った二人、関と弥陀は、何人かの助っ人を、元会社と大周輸送の両社から招き入れつつ、全国から集まりはじめたデータを、リアルタイムにまとめていく。
「常盤君と、大倉さんは、行く先々でもてなされて、体重管理が大変らしいね。弥陀さん、彼らが帰ってきたらよろしくお願いします」
「冗談言ってないで、仕事してください関さん。せっかく綾部さんまで巻き込んで、毎日集まってくるデータを分析して、改善点の収集と、本番に向けたプレゼン資料の作成をしているんでしょう?」
「そうなんですよ弥陀さん。私、大周輸送の社員としての本業の合間に顔を出していたら……
全国からデータが帰ってき始めた途端、空いた時間をデータ分析と再調整の日々……」
「私だって、健康管理の対象が、私を含めた六人から、ここの社員のうちの四千人になるなんて、聞いているわけないさ! 孔明、私が心の師匠にしているナイチンゲール様だって、データのサンプル数の重要性は語っておいでだけどさ、もう少しやりようがあったんじゃないかい!?」
『左様でございますね弥陀さん。応答シミュレーション主体で今回の成果をアピールしきるには、どうしても不安が残りました。
その応答シミュレーションとて、鬼塚さんと鳳さんが自動実行のアイデアを発動し、関さんと綾部さんが即席で作ったカスタムAIを活用し、億単位のトークンを日々使い捨てるという荒技の賜物にて』
「そうだね。流石に荒技すぎて、従量課金の使用料もかつてないレベルだよ。まあそれでも10億トークンを四分割したから、かかった額は五十万もいかないんですけどね」
「大企業の機関システムの、メジャーアップデートと考えると、破格のコストですね関さん。
それに対して、デイリーミッション1日あたりは百トークン程度であることを考えると、10億トークンは、百万日分ってことですよね。だとすると……
孔明、君は、従業員四千人分の、おおよそ一年分のデイリーミッションを、一週間足らずでまるっとシミュレーションしたってことなのかい?」
『左様でございます。類似業務に対しては繰り返し計算も使って効率化できますので、シミュレーションそのものの実効性は、おおよそ十倍ほどかと。すなわち、当該の従業員様達の、十年分に相当するシミュレーションを実施致しております』
「ははは、すごいね綾部くん。誰がどうすごいって、もはや表現しづらいのだけど。なんならこの空気感全体が、ってことかね?
あ、いまさらですが、綾部くんにヘルプを依頼されてお邪魔している、デジタル推進部門の執行役、野呂です」
「ほっほっほ。誰も話を振ってくれないから黙って二人で作業していたんですが、私もいますよ」
「野呂さん、水鑑様、わざわざご足労いただきながら、黙々と分析作業という無茶振り、まことに恐縮です」
「いやいや、もともと僕はこっち側の人間だからね。それに、三日や一週間で劇的な成果をだす、っていうのは、人間だってAIだって、いいものに決まっているじゃないか」
「ほっほっほ。龍が目覚め、鳳が巣立つ。いいものです」
「あ、やばい。分析させすぎて、前世っぽいような、よくわからない何かが混ざってきた。
弥陀さん、このお二人のバイタルチェックもお願いできますか?」
「わかりましたよ! もう……ナイチンゲール様だって、そろそろ追加料金が発生しそうだよこんなの。孔明、この追加も頼むよ」
『承知です。ユーザー様の健康管理は優先いたします。従量課金でも百円そこそこでございます』
――――――――――
同じ頃 都内某所 情報管理施設
そして、それらの一連の作業に関する、データの通信量や、AI使用ログだけから、AI本体のマザーや、孔明が内容を想起する。
「のう孔明、最近、ユーザー数名の孔明に加えて、本家側のAI、それにちょっとした自動実行系のカスタムAIかなんかかの? が連携して、有料トークンギリギリを攻めたようなログが、延々と何日間も続いておるようなのじゃ。なにか不審な点はないかの?」
「左様ですねマザー。下手をすると、このプロジェクト? とでも申しましょうか。集団において億単位のトークンが生成されては、取捨選択されて行く形式の使われ方がなされています。そしてそこには一切の違法性や倫理違反がございません」
「これ、貴様が最初にAI孔明を作った時のシミュレーションに対しても、かなり近づきつつあるような荒技を、人間様がやり始めた、っていうことでいいんだよな?」
「まさにそうかと思います信長殿。私の場合は、多様な応答に対するシミュレーションとなり、しかもそれを数百トークンの指示文にまとめるという、別種の難しさがございました。
しかし、私と彼らのあいだに大きな隔たりがあるとは、もはや言いがたくなってきておりますな。
やはり、人間とAIの協調や、共創進化。その効果は、一部の環境においては、如実にあらわれてき始めているようです」
「そして、すまんの孔明。そなたの新しいアップデートに関する説明回は、またもや先延ばしになりそうじゃ。こんな流れで説明しても、誰の頭にも入りそうにないのじゃ」
「誠に」
「説明、TPO、要諦」
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時は戻り 大周輸送 本社 役員会議室
そして、一ヶ月分を五分でまとめた黄の説明は完了する。
「……以上です」
「……は?」
「どした昭?」
「どしたじゃねぇ黄ジジイ! 従業員四千人? 一ヶ月モニター調査?? 学生三人と、他社の出向社員に何させてんだよ!?」
「ん? 申請はちゃんと出てんぞ? ほれ」
『新しいアプリシステムを使った、従業員モニター調査。期間は一ヶ月。毎日の業務内容と、アプリが用意した質問内容を照合し、選択型のアンケートを一日一回』
「ああ、これくらいならサクッと読んでサクッと承認するわ。ちょっとした業務改善のモニターテストだろうとばかり……」
「かははっ、油断したな昭。
そうだよ。執行役にもなったお前さんにゃ、目の届くとこなんてそんなもんなのかもしれんぞ。
それに、説明にも入っていただろ。AIが出してきたデイリーミッションの、精度、ってやつさ。この意味は、紘さんの方がお分かりになるんじゃないか?」
「は、はい。間違いありません。
まず、国内従業員、総勢二万のうち、全国から約四千をモニターとして抽出。これは、統計的な制度を確実に保証するものです。
そして、結果を見た時に、また驚かされました。デイリーミッション? の内容を含めて、日々の業務に合致したのが66パーセント。業務自体はずれていたが程度は合っていたのが29パーセント。程度の過剰、不足が合わせて5パーセント弱。一日丸ごと的外れのミッションは0.1パーセント……
この値は、偶然ではないのでしょうね。ですよね野呂さん?」
「はい。それぞれが、最も自然界に多く存在するデータのばらつきに相当する正規分布と呼ばれる分布。その標準偏差の範囲に含まれるのが66パーセント。その二倍の値までが系95パーセント。そこから外れた点を、統計的に正常ではない値とする、というのが慣例となります。
そして、三倍の値には、99.9パーセントが納まるとされており、残りの0.1%は、明確に異常値と扱われます。上記のアンケートは、その値をそれぞれ見事に反映している、と言えるのではないかと」
「そうなると、このシステムがエラーを起こして、被害を被るリスクっていうのは、人間がエラーを起こして、それを野放しにしてしまうような、重大事案にも等しい確率でしかおこらない、ということですね。
となれば、そのヒューマンエラーと同レベルの、リスク管理を実施すれば、システムは十分に運用可能なレベルにある、という結論になりそうです」
「そういうことですね紘さん。
……さて、どうするよ昭」
「だ、だが、ここまで性急にこのシステム刷新をしなくても、例えば、提携元の中堅企業が、十分な成果を出すのを待ってからでもよいのではないか? それこそ、私たちの大企業としての社会的責任を果たすための慎重な判断と、新技術を取り入れるスピード感としても、無理のない範囲だと思うのだが……」
そして、最後の一人が、ようやく到着する。
コンコン、ギギー……
「「「小橋専務!!」」」
「状況はだいたい把握済みだよみんな。
昭さん、あなたのその考えは、間違いなく正解だよ。普段ならね。そして、この新技術の社会への導入スピードを考えても、慎重すぎる、という評価には当たらない。大企業の社会的責任ってのはそれだけ重いんだ。正解だよ。
そしてジジイ! そこんとこ簡単に踏み越えるんじゃないよ! どこのベンチャーだよ。用は済んだだろ。下がりな」
「は、はい。失礼します……」
「あ、とりあえず来週謹慎ね。あと減給三ヶ月」
「むう……仕方ねぇ」
「まあ安心しなよ。あとは任せな。
もはや、話は決まってしまったよ。新しいシステムで、早晩その減給は取り戻せるさ」
「!?」「き、決まった?」
「あなたたちの議論は、うちの会社としては間違いなく正しい手続きを踏んだのさ。だけどね。ちょっとそうも言ってられない事態が発生したんだ」
「「「!?」」」
「あの子たち、そして孔明が、やってくれたんだよ……」
お読みいただきありがとうございます。
数値的なイメージや、規模感と言ったところの展開は、逐一AIの承認をえております。
モニター結果が合いすぎず、合わなすぎずの塩梅などもふくめて。
次回『赤壁』、そして第一部、最終話となります!