六十七 赤壁 〜侵略如火、不動如山〜 8 苦肉
要約: 三人+三人+AI孔明の成果、運命が決まる会議がはじまる!
約二ヶ月の施策を完了した六人。三ヶ月の予定だったがそれすらも一ヶ月縮まっている。そしてすでにそれはシステムとしておおよそ完成されたプロトタイプであり、大周輸送の執行役が稟議にかけるのに耐えうる内容であった。しかし……
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2024年12月 大周輸送 専用オフィス
「……ちょうど本日のこの時間、皆さんが作り上げた、全く新しい管理システム『ミッション型業務管理システム』が、執行役会で議論されているところですね」
「綾部さん、大企業だと、意思決定機関が二つあるんでしたっけ? ガバナンスを社外取締役や監査も含めた取締役会と、具体的な事業、業務に対して委任されている執行役会がある、と」
「そうですね常盤君。今回は実務の話、それもかなり突っ込んだところまで入ってくるから、執行役会になるね。一応こっちのAIで情報出しておこうか。
皆さんの孔明は、会社の情報にそこまでアクセスできないはずだし。まあ全部わかっているだろうけど、作法として、ね。今日の執行役会は、と……」
『本日の参加者と、本件に関する所感は以下のようになります。
議決者 専務一名、常務執行役五名、独立部門執行役一名。もう一名の執行役は発議者ですので議決権はありません。多数決ではなく、責任者の人事および財務部門のご判断が優先されます。
専務
小橋 鈴瞳 様 出張帰りにより、少々遅れてご到着です。現在のAI技術で読み取れる所感はございません。
常務
人事部門 弓長 昭様 現行制度に自信を持っており、新システムには慎重です。
財務部門 弓長 紘様 同様に、新システムによる財務上の混乱を懸念しています。
技術部門 定富 徳房様 現場社員の教育も統括しており、揺れ動く従業員の声に真摯に耳を傾けておいでです。
営業部門 小諸 菫様 慎重派と推進派の部下の声を聞きつつも、新技術の業績への効果への期待を隠しきれないご様子です。
事業部門 魚粛 敬子様 小橋様ほどではありませんが、AIには読み取りづらいお方です。ただし、今回の業務提携の推進責任者というお立場でもあります。
独立部門 執行役
人財戦略部門 太慈 義史様 今回の発議者となっています。ご提案内容を精査し、採用に値すると判断しておられます。
環境安全部門 孫 諭様 事業所に出張の方が多く、今回も、例によって管理部門の甘利部長に代理委任しておいでです。
また、議決権はありませんが、技術面や現場面での参考意見を求めるために出席しているのが以下の方々です。また、事務局として別途、事業部門の渉様がおいでです。
デジタル技術部門 野呂 豪様
関西支部長 朱石 治様
社長もご出席ですが、おそらく執行役の議論を見守るにとどまるでしょう』
「ぱ、ぱっと見互角ですが、人事部門と財務部門が反対ではお話にならないですよね?」
「だよな。営業部門、事業部門も積極的に推せる立場にはなさそうだ。こりゃ四面楚歌か?」
「鳳さん、鬼塚くん、普通に考えれば二人の感覚どおりだろうね。でも二人とも、発言と表情が一致していないぞ。なんだよその自信に満ちた顔つきは」
「窈馬くん、んん、常盤くんも、どの口が、という表情ですよ。これまでの二ヶ月で、皆さんや私たちが積み上げてきたものが、その、ぱっと見、がどう覆っていくのか、楽しみって顔を、皆さんしていますね」
「(ん? 窈馬君? まあいいか)そうですね。大倉さん、皆さんも、今回のシステムの概略が決まったのは、かなり早い段階だったと思います。
その上で当社のトップをどう納得させ、従業員にも安心感を持たせるために、大半の時間を割いてこられた皆さんのご尽力の成果を、しっかり見守りましょう」
――――
大周輸送 役員会議室
「人事総務部門、財務部門ともに、太慈執行役から今回ご提案の『ミッション型業務管理システム』に関して、議論の余地なし、との評価ですね。特に今回の稟議は、両常務のご賛同は必須の案件です。
であれば、議論の前に、議決を取ることも可能です。では、今回のご提案、議論を進めることなく却下することに賛同の方は挙手をお願いいたします」スッ
「「……」」
「お二人だけですか。では、今回のご提案に賛同される執行役の方は、挙手をお願いします」スッ
「定富常務と、甘利部長、こちらもお二人。小諸さんと、魚粛さんはいかがですか?」
議決権は、この場の六人と、後から来る小橋鈴瞳を合わせて七人。だが当然、平等ではない。
「小諸です。今回の件、私も慎重に考えるべきだというのが、担当者たちの意見を聞いている限りでの感覚です。ただし、その技術的価値や、事業への効果は評価に値すると思いますので、十分な議論が必要と考えます」
「魚粛も、今回のおおもとである連携事業を、持ち込んだ事業部門としては、手放しで賛成することは避けつつ、公平な評価をするべきである、いう立場ですね」
「承知しました。では、しっかりと議論を続けるべき、という方でよろしいでしょうか。人事の弓長常務、財務の弓長常務」
「昭でいいですよ。わかりました。ただ、結論は変わらないとは考えています」
「私も紘でいいです。そうですね。では明確な事業試算と、リスクマネジメントについて、誇張なく教えてください」
ここで、即却下という選択肢がなくなった二人は、やや不満をあらわにしつつも、正当な手続きをふむことにする。説明をするのは、同社のAI関連の技術部門では最上位である野呂豪。
「ありがとうございます。数字部分は……野呂さんの方が正確でしょうか?」
「そうですね。補足資料をご覧ください。
……
…
…」
「野呂君がこういう整然とした説明するの、いまだに違和感あるんだよな……ですよね魚粛さん?」
「ですね昭常務。入ったときは、やる気と仕事の速さは並外れていましたが、まあネジの外れた報連相しかできなかったのが彼ですからね。上司の私や、手続き面で多大なサポートをしていただいた昭さんにとって、今の彼の説明には、未だに慣れることのできない何かを感じざるを得ませんね」
野呂は、博士号をもつ純理系の出身。管理職に昇進させるかすら危ぶまれたこともある。しかし魚粛のスパルタとも言える教育と、弓長昭のアドバイス、そして本人の猛勉強を受けて、ビジネスパーソンとしても一流の腕をえていた。
「二人していつの話ですか? 三日どころか、三年は前の話ですよね??
まあいいです。その部分を買われてお引き立ていただいたお二人には、感謝しかありません。
特にその、『人を見て、人を評価できるのは、最後は人間にしか出来ない』という哲学のもと、現在の業務管理と人事評価の基盤を作ってこられた、昭常務のお力添えあってこその今の私です」
「本人の猛勉強があったのも知っていますが、まあそうでしょうね」
「『全ての立場の従業員に、必ず複数人の目が当たっている』状態を作り上げたこと。それこそが、何万の従業員を守った上で、それぞれに眠る才能をも引っ張り出し、多様な連携さらも生み出してきた力。事業をここまで拡大してきた原動力の一つでもありましょう」
「褒めすぎだよ野呂君。でもまさに君の言う通りではないか? 私を始め、様々な方のご協力を得て作り上げ、会社の根幹を成してきたこの人間主体の仕組みに、今ここでメスを入れる意味の重さ、この場にはわかっていない人はいないと思うんですよ」
「……」
「紘常務?」
大きな引っ掛かりを感じている弓長紘。数字への妥協がないからこそ、このような提案に対しては、真摯に向き合わざるを得ない。
「あ、いや、うーん。確かにその、試算に間違いはなさそうではあるのですよ。当然何人ものチェックが入っているでしょうし、私も事前に目を通してはいるんです。
それに、私もAIそのものに反対しているわけではないのです。あれはそう、道具として間違いなく活用すれば、財務、調達部門において絶大な力を発揮することは、私自身が試用して実感もしています。
しかし、やはり人というのは、それにこの大企業に属する集団というのは、どうしても、どこかで遅れや滞りを生むことを回避できません。それに、AIが相当な数のミスをすることもわかっています。だからこそ私自身も、部下にも、AIの出力を最終決定とすることを厳に慎むように動いています」
「それは間違いなく正しいご判断、ご見識です」
「ですよね野呂さん。であるからこそ、この人事評価のところにまでAIの手が入るのは反対なのです。このシステム、とても良くできていると思います。おそらく単純なミスなど、そうは起こらないくらいには。しかし問題はそこではありません」
「問題……」
「あまりにもAIの提案や評価のスピードが早すぎ、人間の意思決定や行動を定める機会の数が絶大なのです。そうなると、もはや毎回毎回人がチェックするなんて、現実的ではなくなります」
「それでも、要所要所で人が確認する仕組みが確保されています」
「そのようですね。当面は大丈夫でしょう。しかし、意思決定にAIの導入が加速すればするほど、人間がちゃんと見なくなっていく可能性は高い。慣れがリスクにつながるのは、定富さん、甘利さんもご存知のはずです」
技術部門の定富、管理部門の甘利。いきなり話を振られて動じる彼らではない。
「そうですね」
「誠に」
「そうなってから、どこかに発生する小さなミスがみすごされ、大きな損失を生んでしまう可能性。このリスク評価の資料を見ても、そこに関しては懐疑的に見ざるをえません。もしこのずれが、もう少し大規模に起こる可能性を考えると……
うーん……」
「……よろしいでしょうか?」
「あ、小諸常務?」
「どうぞ」
営業部門、小諸菫。文系の仕事である印象が強い営業職だが、近年は開発部門以上にデータの活用が重要視されており、最新動向への注視も必須である。一方で、面と向かって顧客に向き合う重要性も変わらないため、より多角的なものの考え方が重要な職種である。そして結論から話し始める。
「やはりこの資料や、世の中の動きを見ていると、営業部門については、現状維持のリスクの方を大きく見積もらざるをえない、と考えました。
営業のメンバーは、マーケティングに直結するデータ集めや分析、それらの種を集めつつ、顧客体験を向上させるための、お客様と直接触れ合う機会。そういうところを可能な限り増やすことを追い求めています。
しかし、社内の複数部門とのすり合わせやそれにつかう資料作成。伝言ゲームになりがちな複数のデータの整合性チェック。優先度の低い電話対応や非効率な移動。こういうところに貴重な時間を取られることを、最大のストレスとしています。無論そこに残業代はつくのですけどね」
「就業時間がプラス評価につながる要素や、残業代の存在が、それらの効率を妨げている、と? でもそれを無くすのは法的にも不可能だし、現場も望まないでしょう?」
「それもあるんですけどね昭さん。それ以上に、そんな生産性の低い業務に時間を取られることで、自分たちが本当に『最大手企業の営業マンである』という実体を伴った自負を、食い潰してしまっているんじゃないか。こうしているうちにも、社内や社外のライバルたちに、追いつけ追い越せ、と仕掛けられているんじゃないか。
そんなプレッシャーが、大きなストレスになりはじめている、というのが、我が社が誇る営業部隊、特に若手メンバーの、正直な思いでもあるんです」
「つまり小諸さん。新システム導入によるリスクよりも、現状維持によって、現在や将来の成長や、新たなビジネスに対する機会を喪失するリスクの方に、営業の皆さんは重きを置いている、ということですか?」
「まさにその通りです紘さん」
「営業のメンバーは、今の組織チカラの維持による安心感と、生産性向上への渇望の間で揺れていると考えていましたが、現場の意思は、明確に未来に向き始めている、ということですか……」
「だが紘よ、現場は営業だけじゃないだろ? ですよね定富さん?」
技術部門、定富徳房。開発だけでなく現場従業員の教育や管理全体を統括する。よって作業者のもつ不安や懸念といったものの全てに、正面から向き合う必要がある。そして必ずしも、開発部門が常に最先端の仕事に集中できることなど多くはない。
「はい、昭さん。ご懸念の通りかと。営業の方々は、常に最新情報や、社内外の多様な人々に触れる機会があり、自然と未来に目が向くのは自然かと思います。 彼らと比較すると、現場作業者、あるいは技術系の設計部門においても、社内や部門内でおおよそ視野が完結していることもあり、やや保守的、かつ現状を脅かす状況変化に対しては慎重な気質がみられます。
研究開発部門についても、これまでの方法論に対する自負もあるからか、仕組みの刷新に関しては、保守的傾向は否定できません」
「ですよね定富さん。うちの従業員の多くはそう言う方々で構成されています。彼らの気持ちを汲み取ることが、我々執行部の責任であると考えています。であればこそ、今回の決定には慎重にならざるを得ません。
また、私の管轄である事務、総務部門に関しても大きな違いはないと考えています。なので、皆さんのご意見がある程度賛成側に傾いているという実感はありますが、ここで譲るわけには行かないというのが私の考えです」
総務部門と技術部門は、これまでの仕事の積み重ねの重要性を認識している。そういう意味では、昭と定富は感覚としては遠くないものをもっていた。だが……
「確かに、普通に考えたらそうなのですよね昭さん……しかし、どうやらそこが、私たちに上層部が、見えていなかった、見ようとしていなかった、現場とのギャップなのかもしれません。
最近の彼らの動きや、声を聞いていると、どうも大きな変化がありそうなのですよ昭さん」
「変化、ですか……しかし……」
コンコン
「えっ? 誰だ?」
「小橋専務はもう少しかかると聞いていますね」
「え、じゃあ……」
ギギ……
「失礼するぜ」
「「「黄さん!?」」」
現れたのは、人数分の資料を手に持つ、現場の全てを知る男、黄公福。
「皆さん、重大なお話の途中で申し訳ない。ちょっと預かり物が完成したので、持ち込ませてもらった。追加資料だ」ドン
「わざわざご足労を。データでもよかったんですが」
「データはデータで、指定のフォルダにアップしたよ太慈さん。
まあそれは用事の半分だ。残り半分は、そうだな、興味本位ってやつだよ」
「興味本位で乱入できる場ではないだろジジイ」
「どっちがジジイだ昭。まあ気持ちは分かるさ。誰よりも従業員のことを大事にして、誰よりも人を見守る目、ってやつを重視した仕組みを作ったお前さんのことだ。
彼らを守りたい気持ちも、会社を守りたい気持ちも人一倍強いのは重々承知だ。だがな、俺もお前も、ちょっとばかし歳を食いすぎて、その目がちょっとずつかすみ始めてきてんじゃねえか?」
「なっ……」
「それがよーくわかるデータと一緒に、それだけ言いにきてやったんだよ」
お読みいただきありがとうございます。
大企業の役員組織なんて正確にはわからなかったのですが、そこもAIにきくとしっかり返ってきますね。便利な世の中です。
幹部を含めた面子は、考えるのが難しいので、ほぼ三国志の呉軍のトレースになりました。