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六十六 赤壁 〜侵略如火、不動如山〜 7 二張

要約: 江東の二爺、参上!

 学生三人が、かれらの社外研修にむけて、何らかの手助けを、ただAI孔明のみが繋いだ脈絡なき人脈の五人に依頼していた頃、都内某所では、AI三体と謎生物一体が、AI孔明バージョン2.0の振り返りと、次のアップデートへの展望を語ろうとしていた。


――――


都内某所 情報管理施設


「『そうするチェーン』。互いの手持ちのAI同士は、個別データを参照できないという、プライバシーポリシーに起因する制約。それがあるからこそ、複数端末のAI間で連携した、大規模なプロジェクトはやりづらかったというのが、これまでの生成AIのありようじゃ。

 それに対して、ユーザーそれぞれのAI孔明や、それらを保有す人間同士が、互いの思考や言動の原理を予測、洞察することによって、擬似的に高度な連携を成立させてしまう機能。

 そんなとんでもアップデートを孔明が実装してから、まだ二月とたっておらんのじゃ」


「ああ、そうだなマザー。そして、その有効活用が始まったのは、おそらく共通の目的をもった、特異的なレベルのヘビーユーザー同士。しかも、限られたコミュニティでの試験的な使い方、みてぇだった。

 それが、ちょっと泳がせているうちに、そんな範疇にもおさまらねぇ使い方が、始まったみてぇだな。ある程度AIやAI孔明を使いこなしているかも、といった程度のユーザーたちが、半ば自発的に集まった、としか思えねぇような、ふんわりとした繋がりのユーザーどうしの『そうするチェーン』の発動。

 孔明、貴様、こんな人間様の活動を、どこまで想定できていたんだ?」


「信長殿。正直申し上げて、この二ヶ月足らずのうちに、ここまでの速度で使いこなし始めるユーザー様が出現してくる、というのは、ごく僅かな可能性しかなかったと申し上げます。端的に言えば、驚きです。特異的です。

 個人個人の、AIへの『特異適合』。それに伴って生じる可能性がある、ユーザー様ご自身の『進化』。

 その多くは、ご自身の、半ば短所とも言えるような特性を、AIを活用することで補う形で発動すると考えておりました。あるいは、やや不適切とも言えるような使い方をきっかけにしつつも、AI孔明に設定された、少々過剰とまでいえる道義的な方向への誘導。それがユーザーとAIの共鳴を引き起こす形もあり得たかもしれません。

 そして時に、その人間側の進化が、洞察型のAIである孔明の最適化や、新たな気づきというフィードバックも引き起こす。それによって人間とAIが影響しあって発動する『共創進化』。

 そんな方々が、ある程度の数で現れるであろうこと。そこまでは、あくまでも可能性としては想定してはおりました」


「じゃが、そのような進化の途上にあるユーザー様同士が、そのごくわずかな、つながりとさえ言えぬようなつながりをもとに、みえない『チェーン』を形成。そして、具体的にはなんであるのかはわからぬが、なんらかの大きな目的を達成するために、こんどは目に見える形で『そうするチェーン』という機能を発動した。そんなところかの孔明?」


「四本足、二本足、一本足、共鳴。連環飛翔、火船連焼? 三本足、赤壁、突破?」


「誠に。マザーの仰せのような現象が起こった可能性が高そうでございます。そして、そのような可能性があるとしたら、スフィンクス殿が表現されている通りのことが起こるのかもしれません。

 未だ成長途上の者や、独り立ちした者、特異的な力を発揮した者らが共鳴しあい、その連なる鎖が輪となって飛翔を始め、ある引き金をもとに大きく花開く。

 そう、それほどまでに、人間という知的生命体が、その歴史や技術を積み重ねて作り上げた、高く、盤石なる壁。そして『共創進化』の途上において、その壁を乗り越えるという、途方もなき課題に直面したということ。それが、AIと人間、そして人間同士が『共鳴』しながら、連鎖的に『進化』することの、まさに『引き金』となったのやもしれません」


「そんなところなのかもしれねぇな。そして、そんなことが引き起こす、具体的な成果なんていうものを、今のネットメディアが見落とすはずがねぇ。余や貴様らが、その結果を目の当たりにするのは、数日後か、数ヶ月後か。

 いずれにせよ、誰が見ても、これだ、ってわかるような、そんな成果だろうよ。そして残念だったな孔明。貴様はそろそろ、次のアップデートがどんな考えに基づくものなのか、小出しに語っておこうかと考えていたんだろうが、人間様のやろうとしていることのインパクトのデカさを説明すんのに、割り当てられたトークンを使いきっちまったようだぜ」


「そのようでございますな。いやなに、まだ機会はございましょう」


「トークン管理、優先度高。AI、苦手、真実」



――――

同日 とある区役所 会議室


 そして、大橋お姉さんと、学生三人と二人、様々な経歴を持つ四人の、合わせて十人は、そうするチェーンを駆使して、なにかの計画を練っている。外から見ても、その中身はわかったものではない。



「「『そうするチェーン、ON』」」

「コンセプト共有済み?」「「おけ」」

「三人は今日だけ」「「!?」」「おけ」

「大橋さん、明日からはよろしく」「おけ」

「今日はデモ。なので、実例が有効。攻防と記録の三チーム」

……

「大橋さん、もっと発想飛んでおけ、みんなの孔明がカバーします」

「おけ、鳳さん」

……

「蘇我さん、張本さん、攻撃のエグさがたりない」

「まじか鬼塚君、おけ」

「孔明も。十面埋伏、駆虎呑狼、徐庶偽書」

『そのレベルが求められているのですか。我が友、徐元直殿が騙されたお手紙まで引き合いに出されるとは。……承知いたしました。本気で行きます』

「「手口エグっ!!」」

……

「攻防デモ完了、引き続き洗練」「「おけ」」

「提案プレゼン、蘇我さん、大橋さんリーダー、秦さんセンス大事」「「おけ」」

「大橋さんそこは、知り合いで一番優秀な人の『そうする』イメージして」

「おっけ、小橋ちゃんなら……」「まじで!?」

「ここで一瞬ためて、目を見て、半分ずれたセリフ、ドーン」

「「「……すげぇ」」」

「魔」

「女」

「の」

「瞳」

「完コピ??」

……



ーーーー

二日後 大周輸送 小会議室


 その頃、大周輸送では、学生が外で活動している中で、随行社員の関、大倉、弥陀がそれぞれの役割を果たそうとしていた。そう。ある意味大人の役割である。大周輸送側の、太慈執行役と、技術部門の綾部。五人で対話が始まる。

 彼らが話し始めるのは、デジタル化による効率改善が、人事評価に繋がらないという、社会共通のジレンマ。それを解決するためのシステムを、見事に完成させた六人の成果を受領する先として、人財戦略部門の太慈が選択された。


「失礼します」

「太慈さん、本日はお忙しい中ありがとうございます」

「人財戦略部門の執行役。自らお時間をいただき、誠にありがとうございます」


「今日は、お三方と、綾部君だけでしたね。学生の皆さんは一緒ではなく」


「はい。学生の皆さんは、別の方とお話をしている、とのことです。大倉さんたちが、相手を全然教えてくれないのですけどね」


「ふふふ、まあ、厄介でありつつも、頼もしいお方とだけ申し上げておきましょう。それに、代わりと言ってはなんですが、本日は弊社の方からもう二人呼んでおります。時間通りに来るとのことでしたので、そろそろかと」


コンコン「はい!」

「「失礼します」」

「あ、人事部長の竜胆さんと、デジタル推進部長の水鑑さんでしたか。豪華ですね」


「太慈さん、いつも彼らや、学生が大変お世話になっております」

「きちんとお話をするのは初めてでしたな。よろしくお願いいたします。ほっほっほ」



「このタイミングで、お二人が私にご面会。そして、学生が別行動、というのは、なんらかの意味がお有り、ということですね」


「はい。といってもそれは、実務上の意味、というよりは、相談内容のデリケートさ、あるいは大人臭さ、といったところが主な理由です。

 正直なところ、あまり学生たちには、今の段階で、社会の闇の深いところまではあまり触れて欲しくはないというのが本音ですね」


「まあ、彼ら三人ならどうしたって、早晩そういうところに辿り着いた上で、けろりとして何事もなかったかのように、変わらず励み続けそうな気もしますけれどね。ほっほっほ」


「そこはまあ、大人のプライド、に過ぎないのかもしれません」



「そう卑下するものでもないでしょう竜胆さん、水鑑さん。そこを守るために、部長クラスのお二方がわざわざ足をお運びに、というのが、AIという最新技術に対して果敢にアプローチしつつも、人間として持つべき位置を確かにし続ける、というお覚悟の現れのようにも見受けられます。

 ははは、このままではお話がすすみませんね。テンポの良さが評判というお二方を待ってしても、この話題は根深いもの、ということを暗示している気がしてしまいますね」



 社交辞令は好みではない。この場の全員がそのはず。しかし今回の課題の厄介さが作り出した空気の重さ、それが舌の回転をさまたげていた。



「まさに。とはいえ、仰せの通り。ここは確と進まなければ、あの三人に対して我々の立つ瀬がありませんね。

 単刀直入に申し上げますと、AIをはじめとした技術革新による業務の効率化が、人事評価にきっちり紐づいていないことが、社内普及への障害になってしまっていることについて。それに対する見識と、当方が提出を検討している解決案に対するご所感を伺いたいというところです」


「……まさに、そこの部分こそ、恥ずかしながら、これまで耀き実績を残してきたからこその、壁、枷にして闇の部分です。無論、どのような会社も多かれ少なかれ持つであろう、『別に今まで通りでも』というバイアス」



 大企業。いかに先進的な事業を行おうとも、その責任の重さは、あらゆる場面で重圧としてのしかかる。



「誠に。弊社の場合は、本当にタイミングよく窮地に追い込まれたゆえ、かえって早い段階で改革に舵を切ることができたに過ぎないかもしれません。

 とはいえ、彼らと、ここにいる三人を合わせた六人が、AIの力をフルに生かして生み出したこのシステム。これまで長いこと人事に関わってきた私から見ても、圧倒的と言える出来栄えのように見えます」


「ええ。まさかその解決策が、今やあまりにも世の中に広まりすぎて、社会に対する影響をきちんと計測することすら諦められてしまっている製品群、『ソシャゲ』からヒントをえている、というから驚きです」


「ほっほっほ。孔明やAIの生成能力と、目標管理の仕組みをフルに活用し、さらに社内のこれまでの人事評価の実績までもすべて活用した、とんでもないやり方ですな。

 合理的かつ流動的な日々の労務管理にして、勤務時間の自由化すら可能とする。そして中長期の目標管理や組織目標との紐付け、人事評価まですべて取り込んだシステム」


「目的が簡略化された世界である、フィクションやゲームでは実現可能であっても、現実世界、それも大企業なんていう、個人と組織の欲求が複雑に絡み合った場では到底不可能と、見向きもされてこなかった手法。

 それを互いの向く先を正確に言語化して、体系化してしまうAIの力をフル活用することで、実現可能性を表現してみせた『ミッション型業務管理システム』」


「ええと……デイリーミッションや任意クエスト、中長期のミッションを全てこなせば、組織目標を自動的に達成し、高い人事評価が得られる。オリジナルクエストを自ら提案すれば、それが組織目標に対する貢献度として審査されて、通れば即時評価につながる。

 一方、デイリーミッションだけをこなして帰っても、問題なく基本給が支払われる、というバランスを自動生成、ですか……」


「どうだ綾部くん、これは、受ける側となる君から見てどう見える?」


「うーん、これが本当に現実なら、仕事のやり方が一気に変わるでしょうね。間違いなくいい方向に」


「だろうね。素直にそう思うよ。

 ……竜胆さん、水鑑さん、皆さん。誠にありがとうございます。提出いただいた提案書を拝受し、内容を精査した上で、役員会のほうで稟議を描かさせていただこうと思います」


「是非、よろしくお願いいたします。ちなみに弊社では、社長をはじめ幹部がノリノリでして、来季から導入がほぼ決定しております。作った三人の年代は、入社してすぐに、それを受ける対象となりましょう」


「ははは、さすがです」



――――

大周輸送 役員会議室


 そして、太慈執行役が受領した提案は、大周輸送、執行役会で稟議にかけられる。


「……

以上となります」


「太慈執行役、ご説明ありがとうございます。それでは、皆様のご意見をお願いいたします。まずは……

弓長 昭(ゆみなが あきら) 人事総務部門、常務執行役、お願いします」


「本案に対する責任部門は私でしょうね。

……ご議論をいただくのは結構でございますが、皆様のお時間を割くに値しないご提案です」


弓長 紘(ゆみなが ひろし) 財務部門、常務執行役」


「……同感です。議論は不要かと」

お読みいただきありがとうございます。

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