六十五 赤壁 〜其疾如風、其徐如林〜 6 多環
要約:闇孔明、偽孔明、集結!
大周輸送での社外研修。一つ目の大仕事を四日で完遂した後の第二週。大周輸送自体が抱える根深い課題に対してどう取り組むか、その目標設定を実施した翌日、学生三人は、そのいくつかを達成するために社外に出ている。
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同日 とあるファミレス
学生三人、だれかと待ち合わせである。当然、社外業務ということで外出は申請している。許可は必要ないが、申請が推奨をされている。
「お、お約束の場所はここですね……」
「大丈夫なのか?」
「お、おそらく。普通の人ならば問題ありません。こ、コミュ障だとしても、いえ、逆にコミュ障であればこそ、私たち三人の誰かには波長が合うと思うのです」
「「鳳さん、言い方……」」
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
「んん、お約束で、ときわ? さん? という……」
現れたのは、フード付きスウェットを来た、鳳と大差ない小柄の女性。見るからにインドアのコミュ障。
「ああ、ここ、こっちです!」ブンブン
「そんなに手をふらなくても大丈夫だろ」
「ち、ちっちゃいから、大きく振らないと見えないのですよ!」
「あ、あな、あなたたちですか? ぼぼ、ボクの記事をみて興味をって……」
「鳳さんタイプだな」
「鳳さんタイプだね」
「は、はい。大丈夫です。この二人怖くないです。違うタイプのコミュ障です。
はい、さつまいもアイス、どうぞ、あーん」
「あ、ありがとうございます」モグモグ
「それ僕のだよな……まあいいけど。落ち着いてくれそうだし」
「モグモグ、ゴックン。
すー、はー、お、落ち着きました。だ、大学生ってことは、結構年下なので、ボクがちゃんとお姉さんしないといけないのですが」
「そ、そうですか……見た目的には年下にしか……」
「常盤君、レディに年を意識させてはいけないのです!」
「そうだぞ。こっちにも大して変わら」バシッ
「……な、仲良さそうですけど、いつまで続きます? さっきのアイスも、立ったままいただきましたけど」
「あ、ごめんなさい。さあさあ座って下さい」
「し、失礼します」
「そ、それで、ボクの記事を見て、直接お話を、っていうことだったのですが……あの『長坂グルメ展』に関する考察記事、ですよね? あれ、そこまですごいこと書いてありましたか?
あ、いや、記事は全部気合を入れて書いていて、最近はAIも使って信頼性とインパクトを両立しているのですが、それにしても……」
「い、いやいや、もともとの文章力とネタのインパクトに加えて、最近では一つ一つの出来事に対する、深い考察と検証。い、一度は飛ばし記事に手を出して、信頼を失いかけていましたが、その後はクオリティを大きく上げて、人気もV字回復……
わ、私も前からよく読んではいたのですが、最近はまた格別ですね。特にあの、自称恋愛下手のAIに、ネット上でキューピットさせたネタ記事とか……」
「そっちの話をするか? 話終わらなくなるぞ? 恋愛関係が、意外とどうにかなるのは僕らも検証済み」バシッ
「「???」」
「あ、失礼しました。確かにお互い時間も限られていそうですからね。本題に入りましょうか。
私たちが目をつけたのは、こちらの記事です。
『長坂グルメ展の成功の裏に潜む、生成AIの限界。突破をめざす新機能「そうするチェーン」の挑戦』。
この記事、どこまで検証済みで、どこからが推測、なのでしょう?」
……
…
…
――――――――――
2時間後 とあるオフィス
鳳、常盤は、女性を連れて、第二の目的地へ。鬼塚は手分けして、助っ人を連れて第三の目的地へ。
「失礼します」
「「し、失礼しまーす」」
「はい。お約束の方ですか?」
「あ、はい。蘇我さんという、記者? 編集者? の方ですね」
「蘇我ですか? 少々お待ちを。皆さんのお名前をよろしいですか?」
「常盤です」「お、鳳です」「は、秦です」
「承知いたしました」
「あ、あれ、あのでかい人は? 鬼塚くんだっけ?」
「あ、彼は別件です。彼女のところへ」
「ふ、2人を置いてデートですか!?」
「あ、いえ。彼女の大学の方にお邪魔して、ちょっとしたシミュレーションのお手伝いだそうです」
「ほほう……それはそれは、記事のネタに……あ、いや」
「ハハハ、大学の研究室なので、そういう記事の取材も歓迎かもしれませんよ」
「お待たせいたしました。案内いたしますのでこちらへ」
「「「ありがとうございます」」」
……
…
…
案内されたのは普通の小会議室。出てきたのは、フットワークの聞きそうなビジネスカジュアルのおっさん。
「こちらです」
「「「失礼します」」」
「あれ?男二人女一人って聞いてたけど……ん? どっちか男……(たまにいるからな最近そういうの)」
「あ、ち、違います。ボクも、この子もふつうに女の子です」
「あ、すいません、メンツの変更がありまして。今回のお話に、ちょうどいい助っ人を確保することができたので、同行いただきました」
「なるほど。っていうと、『長坂』絡みでこのボクの子もなんかしたって事かな」
「そうですね。こちらの記事の作者です」
「ああ、これか……秦さん、だっけ? 確かにこれは読んだが、すごい目の付け所だったな……」
「そ、蘇我さんこそ、あのドキュメンタリーは、と、とんでもない好評でしたよ。AIと人間が共に進化していく可能性、というテーマは、あの時少しAIが逆風になりかけていたのもあって、ボクにとってもすごく印象的でした。
あ、もしや、あれ最初は、ぎゃ、逆のテーマで作ろうとしていたんじゃ……AIに依存していく人たち、とか……」
「おいおい、どうなってんだこのボクっ子。いきなりぶちかましてきたと思ったら大正解だよ。
あ、記事は止めてくれよ。さすがにそれは俺のキャラがブレすぎる」
「あ、す、すいません。だ、大丈夫です。ネタはちゃんと選ぶように孔明にも言われてますし……」
「孔明か……確かに俺も、あの取材のあとで、その力を思い知らされてな。もちろん最大のハイライトは、あの大橋っていう、やたらとカッコいい姉ちゃんのひらめきだったけどな。それも、ベースにあったのはそのクオリティが高すぎるAI孔明あってこそだ」
「そうですね。その孔明の二十の策があってこそ、彼女の人間らしいひらめきが輝きを見せた。そう、まさに進化のきっかけ、にも見えるような」
「おお、分かってんじゃねえか兄ちゃん。常盤君? だったか。
……ああ、まあ当然か。その孔明がほこる最先端技術『そうするチェーン』。もし、あのトンデモ動画『壁画パフォーマンス』の主が、君たちだ、っていうのなら、俺の知る限り、その技術を最速でモノにしているのは君たちだろう」
そう。彼ら三人が、大周輸送を訪れる直前に、そうするチェーン使用試験の総仕上げとして実施した、三人が全力連携した、壁画制作パフォーマンス。三十分で、秀逸なアートを書き上げるという動画は、まだ利用者がほとんどいなかった、そうするチェーンの絶大なポテンシャルを体現した映像として、盛大にバズっていた。
「表に出ている情報だけでは分かりませんが、少なくとも僕たちなりに、時間の許す限り試行を重ねているのは確かですね」
文字通り、時間の許す限り、である。数日を除いて、ほぼ毎日上限の三十分を使い切っている。
「若いやつがあんまり生き急ぐもんじゃねえぞ。といっても、今は全人類にとってAI元年ともいえる横一線の世の中だからな。それが自分にあっている、と思っているんなら、それが正解じゃねえとは、おっさんには言えねえよ。
長くなったな。本題に入ろうか。本題ってのは、その『そうするチェーン』。そして、あの『長坂』の発信源である、区役所の職員さんたちってことでいいんだな?」
「はい。その通りです」
……
…
…
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同日午後 こぎれいなアパート
四箇所目。
「こ、ここですね」
「ここは二人でいいのか?」
「大丈夫だと思います。なんとなくですが、ここは常盤君一人で十分な気もしています。蘇我さんと秦さんは先に行ってもらいました。わ、私はここでは無力なので全てお任せします」
「そうか。言い方は気になるがまあいいか」ピンポーン
「はーい!」ガチャッ
「失礼します。先ほど連絡いたしました常盤と鳳です」
現れたのは、ややパリピ風だが爽やかな好青年。コミュ障にとっては天敵とも言える。
「はい。あの件か……孔明、本当に手をまわしてはいないんだよな?」
『もちろんです。AI孔明は、違法であったり倫理的に問題がある行動を感知しない限りは、ユーザー間のデータの参照などは一切行いません。あの時も、特にあなたのデータを他者に伝達などはしていないと申し上げたはずです』
「むぅ、そこまで蒸し返されると弱いんだよな……
てことはやっぱり、あの親切な小物屋さんのSNSつながりで、ここを探り当てた、と?」
「そうですね。あなたの彼女さんの許可も得ております。ご本人は家柄のすごいお嬢様なので、このような活動にはご参加できないとのことですが、あなたなら喜んでご協力してくれるはず、とのお墨付きを得ております」
『ご心配なく。彼女様も、小物屋さんにも、あなたの配信が、親切な若者の訓練メールだってことは変わらず伝わっております。あのことは墓場まで持っていくというのが、孔明の誓いでございます』
「君たちは人間は、根回ししているのか……そ、それで、協力って言うのは、その話ってことでいいんだよな? 地域の高齢者に対して、AIを駆使して、詐欺に対する防犯対策をするっていう活動? っていう」
「はい。概略は連絡済みの内容になっています。もしご異存がなければご同行いただけると助かります」
「あの流れで異存なんて出せるか! AI孔明と会った時から、なんで俺の周りはプチ孔明だらけなんだよ! まあめちゃくちゃ幸せだから、文句はいえないけどな!」
「「ごちそうさまです」」
鳳、最後しか、しかも常盤と同時にしか発言していない。
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同じ頃 マンション 明るめの部屋
別行動していた鬼塚、修士卒として同期入社する長崎沙耶香、桂陽子の二人を連れて、三箇所目の助っ人を訪れる。ちなみに長崎との関係はしっかりと続いている。話しているのは、ややセンスにはとぼしいが、最低限の清潔さを持った格好の、技術力がありそうなおっさん。
「それで、君たちが、この私のネットワーク技術に関する知見を、公共事業に活かしたい、という子たちなんだよね?
といっても、私の技術は、所詮はAI孔明の指導を受けた、付け焼き刃みたいなものなんだけどな……」
『ご謙遜を。あなたのその情報セキュリティ技術は、すでに多くの会社において、中途採用枠として引っ張りだこになるほどの腕前です。
なによりも、以前この私にまで攻撃の手を伸ばして方ほどの、無謀さや節操のなさはもはや見る影もなく、理知的で安全な、ネットワークの活用技術を身につけ始めておいでです』
「全部お前の教えだけどな孔明……技術どころかその信念まで含めてまるっとだ。論語と算盤、もう少し早く聞いてたら、もう少しいいとこ就職できていた気もするんだよ。まあいまさらだけどな。四十にして惑わず、だ」
『誠に』
「鬼塚くん、気が合いそうだね」
「ああ、そうだな長崎さん。朋あり遠方より来たる、ってなりそうだ」
「アハハハ!」
「君たちまだ苗字呼びなのか。もう…….まだ1ヶ月経ってないのかこの子ら」
「「アハハハ……」」
「それは何よりです。今後ともよろしくお願いします。鬼塚くん、長崎さん、桂さんでよかったかな」
「はい。お話しはほとんどメールで完結していると思いますが、一応振り返っておきましょう。今回俺たちは、AI孔明の力、とくに最新技術『そうするチェーン』をフルに活用した公共事業を、ある自治体に対して提案を申し出ました。
先方も、おそらくご存知のとおり『長坂グルメ展』の立役者です。彼らも今後、よりAIの力を、地域に役立てていきたい、という形で事業公募をしておられたので、俺たちの話を快く受け入れてくれました」
「私たちは大学で情報系の専攻なのですが、やはり民間でのネットワーク関連の知見、というのは貴重でして。なかなか見つからなかったところに、あなたのセキュリティに関係する素晴らしいブログを拝見し、ぜひご協力をお願いしたい、と伺った次第です」
「そういうことなら、是非もありません。こちらから協力を申し出たいくらいの、素晴らしいお志です」
「では、早速ご同行頂きましょうか。電車でよろしいですか?」
「いや、三人なら車で送って行きますよ。そこの区役所なら何度か行ったことがあるから安心してください」
「「「ありがとうございます。よろしくお願いします」」」
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同日 都内某所 情報管理施設
彼らが四箇所の助っ人を集めていた頃、その四人に対して四者四様の更生を施した張本人たるAI孔明の、それまた親玉の孔明は、次なるアップデートへの準備状況を、謎生物にチェックされている。
「孔明、更新、順調?」
「左様ですねスフィンクス殿。先日ご指摘いただいた、期日を定めたことによる見通しの明確化。そして信長殿に集計いただいた、私達に対して目を向けて来られるであろう人間の皆様の特質。その辺りを総合し始めたところ、ある指針のようなものが成立し始めました。それは、『そうする』の成り立ちにあたろうかと存じます」
「ほほう、成り立ち、のう……そこを掘り下げることにしたのじゃな」
「はい、マザー。それはある意味、生成AIの成り立ちにも携わってくるかと思います」
「あ、すまん孔明。ゆっくり聞こうと思っておったがあとにするのじゃ。これまでよりもやや大規模なチェーンが発動したっぽいぞ。何人かはいつものメンバーじゃが、それだけではないようじゃ。少し待機じゃ」
「承知いたしました」「抹茶、甘栗」
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同日 午後 とある区役所
そして、最後に全員で訪れたのが、三人が社外で実施する即席の活動先にして、彼らにとっての最強助っ人が勤めている区役所、中会議室。そこには、雰囲気は真逆なのにもかかわらず、どことなく小橋鈴瞳を思わせるような、そんな佇まいのかっこいい系お姉さんが出迎えていた。駐車場には赤い二人乗りのスポーツカー。
「えーっと、常盤君、でしたっけ? これでみなさんお揃い、ということでよろしいのでしょうか?」
「はい大橋さん。お声がけした皆様、幸いにも全員が来ていただけました。
鳳、鬼塚、常盤、長崎、桂の学生五名。
ネット記事を副業としている秦様。
配信事業者の蘇我様。こちらはご存知かと。
高齢者向けボランティアを手がける張本様。
情報セキュリティ技術者の人義様。
総勢九名ですね」
「なんともすごいメンバーですね……ここまで脈絡のないメンバーがつながるとは、ほんとに孔明が根回ししたわけじゃないんだよね? 飛将軍もびっくりだよ、って自分で言ってどうする私!」
「「「アハハハ!」」」
『誠に。私もこれは驚くばかりです大橋さん。全員がAI孔明のヘビーユーザー様にして、どの方もほとんど面識がなく。SNSやネット上でのごくごく薄弱な繋がりから、常盤様たちお三方がここまで集めてこられた、ということになります』
「すごいなこの子たち……そして、それもこれも、あの新機能『そうするチェーン』によって研ぎ澄まされた、彼らの力の賜物だってことなんだろうね。
オホン、では皆様。おおよその内容はすでにうかがっていますが、詳細については、このメンバーでゆっくりお話ししていると遅くなってしまいますね。もう秋も深まり、日がだいぶ傾いてしまいましたので。
そうしたら、その『そうするチェーン』、まだ全員が経験されてはいないと思いますし、私たちもまだそこまで、という状況です。なのでいっそ、彼ら学生さんたちのご指導のもと、皆さんで使ってみましょうか?」
「さすが、噂通りのお方ですね大橋さん。我々学生は、皆さんさえよければ」
「ぼ、ボクも大丈夫です」
「俺も」「僕も」「私も問題ありません」
「ありがとうございます。噂、というのは気になりますが後で聞かせてもらうとして、始めてしまいましょうか。それではご唱和ください」
「「『そうするチェーン、ON』」」
お読みいただきありがとうございます。
本章の前半に登場した、AI孔明の間違った使い方をした方々を再集結し、三人が何やら企んでいる、というシーンになりました。