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六十四 赤壁 〜其疾如風、其徐如林〜 5 残業

要約: 会社って大変!

 他者から出向してきた六人が、常人では考えられない速度でプロジェクトの目標設定を議論する中、大周輸送では、デジタル部門や管理部門などあらゆる部門において、日常的にある問題が取り沙汰されていた。デジタル部門の綾部、管理部門の甘利、人財戦略部門の太慈らだけでなく、部門や立場を超えて、多くの社員が直面する課題である。


――――

翌日 本社 大規模オフィス


「皆さん、お疲れ様です」


「あ、デジタル部門の綾部くん、お疲れ様。この前導入された、AIを使った業務管理システム、めっちゃ便利だよ。流石にみんな、慣れるまでには少し時間がかかりそうだけどね」


「あっ、運輸部門の泰原(やすはら)部長。ご無沙汰です。そうですよね……最近現場の方々にとっては、システムがコロコロ変わってしまっているので、いつも申し訳ないと思っているんですが」


「まあそこは仕方ないよね。リモートが増えて発送が分散したり、2024年問題に備えないといけなかったり、君たちがいなかったら逆にどうなっていたことか。それに今回はね、現場としても正直、これまでとは全然違う手応えではあるんだよ」


「手応え、ですか」


「そうだね。今までの改善は、間違いなく改善はされていたのだけど、今のままでも別にいいんじゃないか? という変更も少なくはなかった。

 だが今回は違うんだよ。基本的に仕組みの上では、誰がどう見ても明らかに良くなっているんだ」


「ありがとうございます。でも、引っかかる言い方でもありますね」


「ばれたか。さすがだね。

 ……そうだよ。間違いなく余計な仕事が減ったからね。残業も減るし、だいぶ時間を使えるようになった。だが現場ではそこに、それ自体に不安の声が上がっているんだ。

 ……俺たち、残業減らしていいのか? ってね」



――――

小会議室 全国各支店の運輸管理者が出席する、オンライン説明会


「……以上が、今回のAIを用いた管理システムの概要です。先週時点で皆さん、お使いできるようになっていますので、ある程度使用感もご理解いただいていそうですね。

 ではご質問のある方、挙手ボタンをお願いします」


『今回は試用版ということですが、正確な変更はいつからですか? それまでどっち使っても大丈夫なんですか?』


「はい。正式には年明け最初の営業日に合わせます。二ヶ月切ってはいますが、旧システムは一応残しておきます。

 旧システムに関しても、内部で全て新システムに統合されているので、使い分けやコピペなどの、現場での移行作業は不要です」


『それは助かります。それにしても、今回はこれまでと違って、フォーマットを全部埋めなくても、入力した項目からAIが判断して補完する、ということですね。実際その精度は9割以上。となると、最低限埋めれば問題無く手続きがすすむ、と……』


「ご認識の通りです。もちろん、確認が必須な項目にはチェックボタンがついていますので、そこは必ず確認をお願いします」


『だとすると、今回のシステム更新によって、われわれ現場管理者は、相当部分で業務が効率化されます。また、作業者も確認待ちや、入力作業が相当に軽減されるのでだいぶ助かります』


「そうですね。それぞれ30%程度の業務軽減が見込まれます。また、本システムによって確実にデータ収集の効率が向上するため、継続的な業務改善効果が期待できます」


『それは大変ありがたいですね。残業時間もかなり減りますね。ただそうすると問題は、残業時間を見越して業務を調整している従業員たちですね。彼らをどう扱うのが正解か……』


――――

大規模オフィス


「あ、綾部君! ちょうどよかった、こっちこっち」


「総務部門の皆さん、どうされましたか? 新システムに何か問題ですか?」


「ああ、システム自体は大丈夫、あれはすごく助かっているんだ。ただその……」

「全然関係ない、というわけじゃないですよね先輩……」


「??」


「そうなんだよね。今期の人事評価のまとめ、そろそろみんな作り始めているんだけどさ、今年の分はまだ大丈夫なんだ。効率化が始まった分だけ、みんな軒並みいい感じの評価をつけられそうだし」


「それはよさそうですね。

 ……もしかして、来年の話ですか?」


「さすが、察しがいいな。

 ……そうなんだよ。今期の評価が挙がったとすると、来期はそこが標準になるだろ? しかも、その数字が本人たちの頑張りだという面があまり多くない、という評価は間違っていないってことになるんだよな……

 そうすると、どうしても人事側の言い分をある程度は受け入れざるを得ないんだよ」


「うわぁ、ないわ……って一方的に文句言える立場でもないですね。ですが、我々の業務改善が、そこに跳ね返ってしまうのは素直に受け入れがたいところですね。ちょっと上に相談してみますね。太慈さんなら何とか……」


「ああ、頼む。君ならなんとかできるかもしれないって思っている」


「うわぁ……」



――――――――――

午後 専用オフィス


 そしてもやもやを抱え込んだ綾部、駆け込みぎみに出向者用の専用オフィスを訪れる。すると、中にいるのは社員の三人のみ。


「失礼します」


「綾部さん、こんにちは」

「あ、あれ? 大倉さん? 社員の方しかいない?」


「はい。今日はちょっと学生たちは外ですね。何か思いついたみたいですよ」

「?? 社外ですか。ふむ、確かに予定入っていますね。用件は……」

「ふふふ、内緒です」


「内緒、かー。承知しました大倉さん。

 それで、皆さんは昨日今日といかがお過ごしで?」


「目標設定ですね。OKR式が、AIとの相性がよく、今回のアジャイル型かつ多方面型のプロジェクトにも合致度がたかいので。なにより、あの三人がまだ成長途上でもあり、流動的な設定ができるのがありがたいのですよね」


「そうですね。あの形式とAIの組み合わせなら、そういうやり方がいいのですね」


「はい。孔明ではなくてもできるやり方なので、おすすめです。しかし……その過程で、一つの壁にぶつかったというのが現状です」


「壁、ですか……ここまで驚異的な突破力で、あの小橋専務まで最速でたどり着いた皆さんが、ですか?」



「そうですね。そして綾部さんが、今日ここにこられた理由と、おおよそ同じかもしれません」


「えっ……弥陀さん!? 何を一体……」


「ふふふ、さすがですね。綾部さんの疲れのご様子を察して、ですか。弥陀さんも少しずつ、学生三人に染まりはじめましたか……

 中身は孔明に任せてしまいましょうか。半分みせられる?」



『承知いたしました大倉様。昨日作成したOKRの現バージョン、連携に関連する内容を綾部様に共有いたします。


目標A 大周輸送の真のニーズは、2024年問題に対する、現場と上層部のギャップの解消であると仮定し、その解決を提案する


主要な成果

 1.役員との対話のステージに上がるため、その材料として有効な六個の提案を、一ヶ月以内に提出する(提案済み二つを含む)

 2.そのうち三個について、現場担当と段取りをつけて実証試験を開始する(提案済み二つを含む)

 3.人財戦略部門、技術部門、管理部門の執行役と対話し、問題解決の戦略を共有する(事業部門、営業部門は任意)

 4.人事総務部門、財務部門の執行役の翻意を勝ち取る』



「これ……うちの上司や、魚粛常務が、そこまで皆さんに情報をご提供……ではないですね。

 あの二人が今の段階でそこまで開示するはずがありません。てことはこれはすべて推測ですか?」


「ですね。まあ最速に多少ぶれがあっても、進める内容に大きな変わりはありません」


「たしかにこれは、私が持ち込もうとした困りごとを、的確に指摘した内容を、その解決策つきで示しています。これらを完遂できれば、あとはおおよそ社内の技術力で強力に推し進めることができます。しかし、これをどう進めていく、というのが……」


「そこも、問題の部分を除いて、おおよそ詰めてきています」



『先ほどの目標設定は昨日の午後に完了しておりました。綾部様かどなたかが、そろそろお顔をお出しになる頃合いと予測し、本日の午前中は、その残課題を解決するための技術的なツールの提案骨子を作成しておりました』



「えっ……それって、私の動きが読まれている、ということでしょうか?」


『あくまで頃合いと、優先度の設定、でございます。ご訪問が後ろにずれる分には、他にできることは多くありますので』


「なるほど……なんというか、六人のチーム全体が、孔明じみて見えてきました」


『誠に。AIとの共創というのはそういうことなのやもしれません。

 そして、こちらがその提案内容と、システム使用のたたき台となります』



「ありがとうございます。拝見いたします。

 ん? 『AI連動型、流動型目標管理、兼、人事評価システム』? 漢字が多いけど、わからなくはないですね……」


『左様。今回の課題について、技術面に関してのみですが、おおよそ解決の見込みを用意できる提案内容となっております。関様、お願いいたします』



「ここは孔明よりも人間の方がふさわしい、ってことだな。了解だ。

 今回の問題は、『デジタル化が進んで、個別の業務が効率化しても、それが人事評価とかみ合っていない限り、現場が不安を覚えて導入を推進できない』ですね。

 人事評価側は、おそらく現状、その評価手法の見直しに積極的ではありません。主な理由は、既存の評価手法で十分にやれていることへの自負、でしょう。しかし、そもそも、その『見直し先のシステム』が魅力的なものではない限り、決して前には進めません」


「!! 確かにその通りです。上層部の人と人との問題なので、どうやって深入りできるのか、まったく手掛かりがつかめなかったところです。現場の皆さんの不安も、もっぱらその評価の部分と、残業時間を調整することによる報酬の変化の部分です。

 そこに対してしっかりと寄り添った上で、十分に魅力があるシステムを提案できない限り、保守的な上層部の考え方を、ひっくり返しようがないということですね」


「ですね。つけ加えるならば、『だれがどう見ても』『圧倒的に優れている』ことが『明確に証明できる』手法でない限り、どこかにケチがつきます。そして、結局彼らが決断に踏み切ることはない。あっても相当に先延ばしになり、現場の不安は消えないでしょう」



「圧倒的、ですか……

 では内容の方を確認させていただきます。

 ......

 ...

 ...

 残念ながら、今回お見せいただいたものは、まだその域には達していない、ですね」



「その通りです。この先、数日あれば、我々だけでもこの提案を、一般的には十分に通用するレベルまで作りこむことは可能です。

 しかし、御社はどう転んでも『一般的な』企業ではなく、『超一流の、大企業』です。であれば私たちが到達できるレベルでは到底及ぶべくもありません」


「関さん、ということはつまり……」


「この先は、御社の方々のお力添えが必要です。綾部さんだけでなく、役員レベルか、それに準じる方のご意見を伺いたいところになります。

 人財戦略部門の太慈さんと、管理部門の甘利さん。甘利さんは役員ではありませんが、安全部門の孫常務のもとで、意思決定の役割を実質的に担っているという認識です。

 また、面識がありませんが、技術部門の定富常務。現場全体の従業員の教育の統括責任者として、甘利さんと連携しておいでと聞き及んでおります。

 しいて言えば事業部門の魚粛常務もなのですが、あの方は、根回しを必要としない洞察力がありますので、逆に必須とは考えておりません。

 この方々と、仔細を詰める段取りを組んでいただくことはできますか? いっぺんに行うのがいいのか、個別にお伺いするのがいいかは、ご判断をお任せします」



「わかりました。となれば、まずは定富さんにお声掛けして、関連する運輸部門の泰原部長、管理部門の甘利部長も都合がつく日を決めてみます。太慈さんは、業務の毛色が違いますので別日にしましょう」


「ありがとうございます。三人も基本的にはこちらにいるはずなのでいつでも」


「では、今週中に一度どうにかできると思いますので。

 ……ちなみに、大目標の設定の一つはお見せいただいたのですが、もう片方に関してはどのような?」

 

「ふふふ、そっちも内緒です」

お読みいただきありがとうございます。


 この話はどうしても、会社の中の話になるので、尖らせるのに少々苦慮しました。あえて学生たち本人がいないほうが、と、おでかけしてもらいました。

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