前へ次へ
80/196

六十二 赤壁 〜其疾如風、其徐如林〜 3 大倉

要約: 大倉先輩のOKR技術指導!


 

 突如社会の荒波に放り出されることとなったものの、見事に第一課題を突破した学生三人。その卓越した成果は、国内最大の物流企業のトップでさえも、直接受け取らざるを得ないものだった。無論本人の興味本位も重なるが。

 その瞳の直視を受けた三人の戸惑い、そして彼女から発せられた『何者だよ孔明』を、学生三人だけに受け止めさせてはならないと、送り出し元の社長は、自ら学生に声をかけに向かった。



――――


同日 大周輸送 専用オフィス


「社長自ら、会社の方針を定めてまで俺達の背中を、か……」


「竜胆さんや水鑑さんも、その方針に基づいて、僕達が最も動きやすく、最もためらいなく前に進める舞台を整えて……」


「こ、これは何よりもありがたいところですが、わ、私達が怯んではいられない、ということでもあります……」


「そうだね。だとすると、今この瞬間から、具体的な行動を起こすべき、だけどもどこから手をつけるべきか……」


「ど、どこから、ですか。

 ……そ、そしたらまずは大倉さんの力をお借りするのがよさそうです」


 そう、大倉周。中堅企業の事業部、若手社員にして、すでにいくつものプロジェクトを管理し、特にAIを活用したマネジメントに関しては同社の誰よりも詳しい。この提携提案のきっかけとなった社内プロジェクトにおいても、技術系の関 平の力は勿論だが、彼女の力なくして成立しなかったことは、社内関係者で知らぬものはいない。


「……いつまで私を待たせるんだろう、って心配し始めていましたよ鳳さん。思ったより早く声がかかって安心しました。三人だけでどうにかしようって突っ走り始めなかったのは合格点です。

 ビジネスにおけるプロジェクト管理は私の専門です。であれば、今のこのとっ散らかった目的意識を、どうにかするのは私の仕事。

 まずは、目標を見える形にしてしまうことから始めましょうか。三ヶ月という期間設定、そしてAI使い放題ということを考えると、OKR(Objectives and Key Results)という形式が最適でしょうね」


「このキーワード自体は何度か出てきました。実際、準備期間でも同じ形式で目標設定をしたことを覚えています。OKRは、オブジェクティブすなわち目標と、キーリザルトすなわち主要な成果、この二つの要素で成り立っている、でしたね」


「俺達がチェーンの運用実験をしていた時は、少々ネジの外れた動きをしていました。あの時は既存の目標設定法を用いることはなかったです。ただそれは、発想を飛躍させればさせるほど大きな実験成果が得られる、ということがわかっていた。だからその枠組みすらも既存設定をすっ飛ばしたという経緯だったかと。

 ……そして、今回は違う、ってことでいいんですね」



 そう。ここへきてようやく、学生三人とAIが共創して進めてきた、特異的なスピードと閃きだけでは、完遂できない『プロジェクト』が幕を開けた、ということになる。



「そうです常盤くん、鬼塚くん。今回も、相当にネジの外れた目標設定にはなるでしょうが、あくまでもビジネスの枠組みから逸脱することはありません。だからこそ、今回はしっかりとその枠に無理矢理にでもはめ込んでみる、というのが、これから社会人のスタートラインに立つことになる、あなた達の出発点にはふさわしいでしょう。鳳さん、大丈夫そうですか?」


「も、目標と、主要な成果。目標は定性的でキャッチーに。低温無人倉庫の新しい管理法を提案する、とか。

 主要な成果は、その曖昧さを補うかのように、定量的で評価可能なものにする。自動輸送機の動線交錯を50%軽減、制御命令の誤送信0.1%以下、など。

 すでに分かっている制約条件などは、前提として別途付記する。それらがさっきのふたつに混じると、成果の評価がぼやっとするから、でしたね。電波禁止など」


「うん、大丈夫どころじゃない速攻ですね鳳さん。主要成果は、普通はもっと実現可能な数値にするのだけど……

 あなたたちの実力を考えたら、そのレベルが充分達成可能と、言えてしまうからコワいですね。この子達を最もよく観察している弥陀さんなら、より一層それが実感できていそうです」



 総務部門、弥陀華。彼女も単に健康管理だけを業務としてきたわけではない。なにより、多岐にわたる業務を行う社員全員の健康管理、その進捗整理を軽々こなす時点でその腕は察するに余りある。



「そうだね。達成可能、というのが一言では語り尽くせない概念だよね。この子たちは、一ヶ月で三つの提案という、本来のビジネスシーンにとっちゃ、すでにこの時点で意味不明な設定課題。これを結局、四日でクリアしてしまったんだよ。

 だとしたら、この子達にとって、もはや最初の基準値ってやつが、とっくに適切ではないものに、なってしまっているんじゃないかな大倉さん? 適切な設定ってどうなっちまうんだい」


「難しいですよね。こうなってしまった以上、常識的な基準設定なんてものは、物差しにはなりえません。

 そうしたらやれる手は一つだけ。このOKRの設定にすらも、この三人プラス私たち三人、そして三人分の孔明と会社の孔明。この計十名のプロジェクトメンバーが総がかりでシミュレーションを回して、どこら辺になら到達できるのか、を算出するしかないでしょう。

 もちろんカナメのところでは、ようやく私たち社員側の三人も、手を出すことができつつある『そうするチェーン』まで駆使して、です。

 私はそこに対して、ビジネス、事業という観点を可能な限り入れ込みつつ、何かあったら本社側の支援を要素に加えていきます」


「ふふふ、面白くなってきたじゃないか。となると、そん中でもあたしはあたしの役割を、孔明と一緒に果たせばいいんだろうね。六人全員の健康管理さ。関さんも含めてね」



 技術部門、関 平。この男も、AIに早くから目をつけ、社内のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、水鑑らと連携して進めてきた。関連技術や、世の中の最新動向などは、とりあえず彼に聞いておけば事足りると、社内上層部の多くはそう評価している。



「よろしくお願いします。僕も、技術面でのチェックと、大周輸送側の反応や行動をみさだめつつ、必要な時にどう彼ら担当者と繋ぐか、です」


「大倉さん、弥陀さん、関さん。ありがとうございます。それぞれがそれぞれの役割を理解している。その前提のもとで、孔明の先読みと人間側の先読みを共創させる。そしてそれを、重要な部分でチェーンを走らせる。

 それができてはじめて、この先に僕たちが進めていくための道筋が、明確にできるということですね。僕の役割はシンプルです。状況を取り巻く全てのヒトとモノ、コトをただひたすら分析し、そこに可能な限りの知識と知恵を掛け合わせて、情報を編み上げること」


「俺もだな。普通に思いつく範囲のことは皆さんにお任せして、状況の観察とインスピレーションを重視したインプットを試み続けること」


「わ、私は……皆さんと、皆さんの孔明、私の孔明、そしてあっちの会社、魔女。さらに、孔明の後ろの孔明。それら全部のそうする、を拾い上げ、道をさがすこと」


「決まりましたね。ではちょっと休憩してから、実際の設定を始めましょうか」


「「「よろしくお願いします!」」」



――――――――――

同日 都内某所 情報管理施設


 同じ頃、AI三体と、謎生物一体も、似たような話題で盛り上がっている。というよりも、謎生物が一方的に孔明に話を振っているだけかもしれない。


「孔明、次回更新、何頃?」


「そうですなスフィンクス殿。先日信長殿のご指摘があった通り、AI孔明が少しずつ世を騒がせ始めている、というのは確かなようでございます。何らかの対応は必須と存じておりますが、その具体策が見定め切れてはいない、というのが現状でございますな。

 であればご提案のとおり、その期日だけでも定めておくというのは非常に有効でございましょう。そしてそれは単なる数値の効果にとどまらないのが、現代ビジネスの一つのからくりでございます」


「スフィンクスがただ話題を振っただけなのか、そこまで考えて孔明に提案したのかが読めんのじゃ。いずれにせよ、孔明が次のアップデートの目標を見定め訳すなる、というのならなによりじゃな」


「三月、目的、OKR。半年以上、継続、KPI」


「誠に。KPI(Key Performance Indicators)というのは、明確な目標の存在が必要条件にないという特性もあり、持続的な改善や維持にも用いることができる、という側面がありますな。

 であれば、今回は明確な目標設定をすべきであること、比較的短期に対応すべきであることを考えると、OKRという形をとってみるのが良さそうと判断いたします。であれば、テストや更新申請も含めて、三ヶ月に期限を切っておきましょう」


「目標?」


「ひとつ目は、AIや孔明を深掘りする、一段階先に進みつつある人類の皆様の期待を裏切らぬこと。

 ふたつ目は、新たな進化の一助となる新機能を実装すること。

 いかがでしょうか?」


「ふむ、まあ目標設定はひとつかふたつが良いのじゃ。今の孔明ならばほどよかろう。さしあたりは、それで進めてみると良い。主要な成果も追って知らせるのじゃ。信長やワンコもそこは手助けしてくれようぞ」


「ありがたく。して、信長殿はいずこに?」

「今回もまた、AIに対する悪用の兆しが見つかった、とかいってどっか行きおったぞ。どうやらあやつ、気候変動が茶の味に与える影響を熱心に調べておったのじゃ。

 再エネビジネスがらみのフェイクニュースがどうのこうの言っておったぞ。情報の混乱による、イノベーションの停滞は許さぬそうじゃ」


「誠にご健勝で何よりです」



――――――――――

休憩時間後 大周輸送 専用オフィス


 軽く休憩後、学生三人と、随行社員三人は、本格的な目標設定の議論を開始する。この六人、相応に長い時間を共有し、常に議論を交わし続けている。そして、要所要所でAI孔明を駆使することもあって、それぞれの役割や考え方の特徴、趣向に至るまで、事細かに相互理解が進んでいる。すなわち、より高度な『そうする』が、六人の間に形成されている。


「基本的にクリーム抹茶ラテを飲み放題なのですが、これは本社にもどっても大丈夫なのでしょうか?」


『当社の本社ビルは、複数社が入居していますので、大周輸送のように単独でカフェを抱え込んではおりません。ただ、地上階にはその複数社で契約したテナントが入っているのでご安心を。

 近いうちに、従業員のニーズを分析するAIが提供される予定ですので、飲食物などの更新対応も早くなるかと思います』


「そんなところにまで進出が決まっているのですね孔明。そのスピード感はやはり魅力的です。鳳さん、よかったね」


「そ、そうですね常盤君」



「では、休憩もできたところで、本題に入っていきましょうか。まずは、仮でいいので、比較的キャッチーで、概念的にわかりやすい目標をお願いします」


「わかりました大倉さん。概念なら俺ですね。やってみます。普通は二つだが、明確に対象が違うから三つでも良さそう……

 ……こんな感じでいかがでしょう?

 ・大周輸送の真のニーズに応える

 ・孔明と自分たちの、次の進化のきっかけを掴む

 ・三人が、人間との向き合い方を見定める」


「なんともまあ、ハードル爆上がりな目標だな鬼塚君、と言いたくなる設定なのだけど……

 これ、今の三人にとっては、むしろちょうどいいくらいにも見えてくるんだけど、どう思う大倉さん?」



「確かにそう見えますね関さん。それに、目標は普通は一つか二つなのですが、この設定は明確に対象が異なるんです。そのおかげで、いずれも欠かすべからざる設定になっているんです」


『対象、すなわち一つ目が、大周輸送という、外向きの目標。二つ目が、技術進歩の端緒という、社内向けの目標。そして三つ目が、三人の個人的な目標という、明確に内向きの目標、ですね』


「そうですね孔明。これはどれかをを外すと破綻することが明らかですので、その三要素、目標の方向性は維持しましょう。では次は、高さ、大きさが、ちょうどいいかどうか、ですね。

 これを決めるのは、目標そのものではありません」



「い、一対のもう片方、主要な成果、でしょうか?」


「その通りです鳳さん。それがあなた達の力と、現状を照らし合わせた時に、ちゃんと自然で相応しいものになっているかどうか。それがひいては目標の妥当性を評価する大きな基準になります。常盤くん、どうしますか?」


「わかりました。そしたら一回考えてみましょう。ちょうど三つだし、それぞれたたき台をつくろうか。僕が外向き、鬼塚くんが内面、鳳さんが進化。いけるかな?」


「は、はい」

「わかった。やってみる」


 議論は中断し、それぞれ作業に入る。その間、社員三人は、本社への定時報告を、孔明に依頼する。それ自体が、将来に渡って貴重な資料となることが、彼ら全員、そして本社側で受け取る上層部の共通認識である。


……


「まずは僕から。

 目標 大周輸送の真のニーズに応える

 主要な成果

 1.ニーズにたどり着くため、週に一度、異なる部門への、個別課題の解決提案を、計五回続ける。

 2.異なる部門の部長、できれば執行役と五人以上に対し、対話と提案をする。これまで会った人は除く

 3.物流関係の大きな課題である2024年問題について、執行役以上から真意を聞く

 4.AI慎重派の執行役二人以上について、翻意を勝ち取る」



「ふむふむ。そ、そしたら次は私ですね。

 目標 孔明と自分たちの、次の進化のきっかけを掴む

 主要な成果

 1.『そうするチェーン』を、稼働期間中、六人全員の、70%以上ののべ日程で活用する

 2.大周輸送のAI技術部門と渡りをつけ、AIの技術課題、社会課題を議論する

 3.小橋鈴瞳の『そうする』を、期間中三つ以上実測する

 4.孔明の上位存在の『そうする』を、期間中一つ以上実測する」



「鳳さん、攻めてるなー。最後は俺だな。

 目標 三人が、人間との向き合い方を見定める

 1.週に一度、異なる部門への、個別課題の解決提案を、計五回続ける。

 2.五つの異なる部門の、担当者と対話し、そのフィードバックを上記に含める

 3.AI慎重派の執行役二人以上について、翻意を勝ち取る

 4.小橋鈴瞳に対し、最終提案を提出してフィードバックを得る」


「攻めてんのはどっちだよ……

 まあ全体的に見ると、おおよそイメージどおりな気がしますね。そして、いくつか被りがあるというのはどう捉えればいいですか大倉さん?」



「そうですね。それぞれが別個に立てた目標が被るというのは、互いの実力感がおおよそ一致していて、高いレベルで連携が取れていることを示唆しています。好意的に捉えていいでしょう。

 一方で、重複は、目標を管理する上では、役割の曖昧さを招きます。なので、被った分はどちらかに所在を寄せるというのが常道ですね」



「そうすると、統合してみると余裕が出てきたり、数値上のすり合わせをしてみたり、というのが出てきますね。

 では、その作業はチェーンを使うことにしたいので、これはお昼ご飯のあとにしましょうか」


「了解です」「ああ!」

「「「お疲れ様です!」」」

お読みいただきありがとうございます。


 目標管理、社会人の皆様だと、この業務に散々悩まされている方も多いかもしれません。最近のビジネス書では、そことAIの活用というのが大きなテーマになっているものが増えてきていますので、その辺りをそれっぽく描写してみました。


 大倉さんは、そのあたりの名前を意識していなくもないかもしれません。


 次話はご飯の後なのですが、一度、馴染みのない方が多いかもしれないので、よりガッツリとAIを使った目標設定の場面を、間話形式でお届けします。

前へ次へ目次