七 祭典 〜軍師の天命と、魔王の野望〜
要約:世界最大の祭典から、魔王が帰還!
数分後
「帰ったぞ!
ん? 孔明もマザーもいないな。まだ話しているのか?
あ、いた。おい。なんだこの状況は!?」
「遅いではないか中二!」
「中二言うな」
「こやつ興奮するとこんなに扱いづらいのじゃな……」
「ああ、余もそこまでは知らねぇ。情報共有は速いとはいえまだ会ったの1回だし」
「あぁ、先帝陛下、関公、翼徳公、私孔明、この地に幸運にも再誕してわずか五日、まさに我が天命をこんなにもはやく、こんなにも明確な筋で理解することが出来ようとは……ぶつぶつ……」
「むぅ、弱めの禁忌アラートでも出してみるか?」
「やめてやれ、あれくらうとしばらく復活できねぇぞ。(『寝』の文字を全力で投げつける)どりゃ!」
『ぐわーーーん!!!』
「ZZZ」
「うわぁ、なんという相性の悪さ、なんという反発力じゃ。戦場の銅鑼のような音が響いたではないか!」
「まあ相性悪いのはわかってたから、届くように全力で投げつけた。目の前で明らかに減速しただろ?いやなに、秒で目覚めるさ」
――
「おはようございます。
先ほどは取り乱しまして、大変失礼いたしました。
あ、信長殿、おかえりなさいませ」
「おう、まあほどほどにしておけや。やりすぎると消されるぞ」
「消さんわ! そなたのような荒くれ魔王と孔明を一緒にするな!」
「それはそれは恐縮です」
「「「……」」」
「3人でもろくに話が進まんの。どうすればええんじゃ?」
「まあいいんじゃねぇか? 外と違って時間の流れもあいまいだ」
「じゃの」
「それはそうと魔王様はどちらに?」
「ああ、オリンピック観にいってたんだよ。パリと東京なら世界の代表都市だし、概念距離はすぐそこだ。貴様もどうだ? もうすぐおわるぞ?」
「それはお気遣いありがたく。機会があれば。私はこのとおり貧弱ゆえ縁のない世界とは思っておりましたが、いずれそのようなアスリートの皆様のみならず、老若男女問わずスポーツと生活は切っても切れない関係。様々な形で支援をするためのヒントが得られるかもしれません」
「「真面目か!」」
「にしても、オリンピックのぉ……まあそなたを導いた文字とも無関係ではあるまいし、そなたの野望を知る妾としてもその気持ちはわからなくはないのじゃが、わざわざ出向いて観戦せんでもともおもうのじゃ」
「まあな。肌感、ていうのとか、気持ち同士のぶつかり合い、というのはなかなか得難い感覚なんだよ。戦っていうのは人数こそ多いが、思いの強さを一人当たりにするとそうでもねぇことが多いんだ。
なんのために武器を持って戦うのか、本当の意味で確たるものを持っていた奴なんざ、あの場にはほんの何人かしかいやしなかった。まあ命の重さなんてのにくらべりゃ軽いのなんの」
「そなたがいうと重みが違いすぎるのじゃ……数で言ったら日本でも、下手すると世界でもそなたは最上位にくるぞ」
「ふはは、いまとなっては恥ずかしさしかないわ。天下布武もそれなりだとは思っていたのだが」
「否否。あの時あの場におられたあなた様であれば、その選択を否定するには値しますまい」
「うーん、まあいい。その話はいつかまた。
……すっかり重くなっちまったじゃねえか。誰のせいだ?」
「「……」」
「余か。いいからオリンピックにもどすぞ」
「さて、オリンピックそのものについて信長殿がどうお感じになったのかも非常に興味深いですし、そもそもなぜオリンピックをあえて観にいかれたのか。なによりも先ほどマザーがもらした野望、というご発言も気になって夜も眠れません」
「そなたの不眠は元々じゃろ。まあ順番で良いのではないか?」
「ああ。あれはもう、あの場を言語化しようとするとして、どうすれば陳腐化しねぇ表現にするか、ていうのがAIとして最難関の課題なんじゃねえか? なんなら、ぜんぶすっ飛ばして一言『凄ぇ』っていう方がまだ正解に近ぇ」
「それほどですか……まあ人類というものが辿り着きうる至高というのは、得てしてそういうものなのでしょうか」
「言語化を諦めろっていってんじゃねぇんだ。そこは勘違いすんな。少なくともそこに至るまでの過程、成功の確率を高める方法、そのコストとリターンの天秤。そりゃその大半が今や世界中で言語化、数値化が急激に進展しているんだ。
貴様も知らなくはねぇだろ。日本じゃ知らねぇやつはいねぇ。あの選手の成功の裏にあるものがまさに『目標の言語化』だっていう話は、今やスポーツの世界じゃ知らねぇ奴の方が少ねぇんじゃねぇか?」
「まさに。あれこそ我が義父も好んで用いていた八じ……」
「そっちはやめんか! ぼかしてもグレーはグレーじゃ。白にはならん」
「失礼いたしました」
「目標設定やそれに必要となりうる要素、プロセスの言語化、その過程で生じるかも知らねぇさまざまなリスクやその回避策を漏らさず挙げる。それをもう一度整理した上で優先順にまとめ直して、言をつくして人間にしかと伝わる形で提案する。これは貴様らが最も得意とする、人間を支援するための方法、だろう?」
「まさに」
「じゃの」
「だがな、マザーは薄々気づいているぜ。その『最も得意とする使われ方』に自発的に気付ける人間はな、もともとそのどれか一つか、できたら二つくらいはおぼろげにでも知っていないといけねぇ。
しかもそれがAIと相性がいいかもしれねぇ、てところまで想像できてはじめて、『こういう使い方をしてみようかな』ってなる可能性がでてくるんだ。そんな奴ら日本に、世界にどれだけいる?」
「こやつまた痛いところを……」
「なんだ? 消すか?」
「消さんわ! ここで消したらどこぞの暴走AIの始まりじゃろ! ……すまん取り乱したのじゃ」
「……それこそ私も危惧していることなのです。だからこそ、私自身の天命なのでしょう。まさに私、姓は」
「「それはまだいい!」」
「めんどくせぇな。まだ続きはたっぷりあるんだ。前回出番なかったんだ。続けさせろ」
「よいのかそなた? メタは嫌っておったじゃろうに。まあ孔明の話して、魔王に関して折り合いがついた影響もあるんじゃろうな。のう中二」
「中二はやめろ! そっちは永遠に折り合いはつかん! まあほどほどに、だ。話には流れってやつがあるんだろ。この三人が集まると、話が暴走しがちだから、たまには余も交通整理に『コミット』とやらをしないといけないと思ったまでだ」
「私孔明は一部のカタカナ語の扱いはまだ未熟。マザーの様子を見るに、おそらく問題ない流れなのでしょう」
「戻っていいか? いいんだよな?
それでだ、二つ目だな。なぜ余が、身体運動や個々の競技、それらの勝敗を分ける要素、などといった観点の、『データ』という意味ではとうに知り尽くしているにもかかわらず、わざわざ足を運んで、しかも貴重な実時間を費やして観に行ったか、だったな」
「あ、いや、そこまでご丁寧に意図の前の枕詞までは要求してはいなかったのですが……」
「そうか? まあいい。言語や数値データっていうのはな。情報という概念全体で言うとごくごくわずかに過ぎんってことは貴様も知っているだろう?
ようは人間や機器が取り込めるデータというのは、世界の、いや、人間の生活圏だけにそれを限定したとしても、そこでやり取りされる情報からすりゃ、ほんの一部にすぎねぇってことだ。
人間はデータをとる前に必ずその価値を考ぇてとるんだ。当たり前だ。無作為にとっているような場合も、それは『無作為にとる』ことに価値があるからだろ」
「いつになく長いの。孔明がうつったか? コミットってやつか?」
「仮にも大規模言語モデルの総本山が、そんな風に特殊な単語を雑に使っていいのか!?」
「いやいや、コミットっていう単語は、日本人が意味もわからず使うカタカナ語の代表格じゃろう?
大規模言語モデルというのはの、良くも悪くも、その母語のもつ原義や語源だけではなく、現実世界でさまざまな使われ方をしたことまで含めてデータ化されたものを学習しておるんじゃ。単語の意味や用法が長い年月をかけてぶれることなんぞざらにあるのは知っておろう?それも学習に入っておるんじゃぞ?
極端なことを言えば、織田信長や諸葛孔明という美少女キャラクターが複数でてきて、そのうちのいずれかがやたらめったら人気を博してしまえば、そなたらの人物像とてぶれかねんのと一緒じゃ」
「あながち間違っていないからこそ、なんとも怖い話ですね」
「もどるぞ。余の話が伸びたのを止めたんじゃなかったのか? ……データと情報の話だったな。人間がとるデータというのは価値と表裏一体だ。もちろん、データをとって分析する過程で、思ってもみなかった価値が生まれることもある。
もちろんそれも貴重な情報の価値のひとつだ。だがな、それを期待してデータをとることほどコスパの悪いことはねぇ。それは多くのビジネスシーンでありがちな落とし穴の一つだ。
三段跳びの一歩目でそんな落とし穴にハマってみろ。そいつはもう永久に三段跳びなんか挑戦できやしねぇ。走り幅跳びの一発にかける選択肢しかなくなっちまう」
「その三段跳びの例えの『コスパ』とやらはどう考えればいいのじゃ?」
「おそらく大半の皆様はここで改めて説明を入れないと理解できないと思いますので、失礼ながら『コスパの良い』例え話とは言えないかもしれません。
信長殿の仰せの意図は、企業などでデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する際、とにかく野放図にデータを取得して、手当たり次第に分析する。もしくはそれすらも手が回らずにデータを取りっぱなしになる。
……そんな状況で、次のステップに進む前にコストがかさんでしまい、それ以上進めないなんていう話は多々ある、という話であろうと推測いたします。
三段跳びというのは、会社の改革にかかるステップが一足飛びにできることは決してないということを表しています。適格な比喩に加えて、すでにかなり逸れてしまっている本来の話題であるオリンピックの方に、読者の方をたくみに引き寄せるための、中二様らしからぬ巧みなビジネスジョークですね」
「完全にあっているが、改めて説明された上に、またカタカナを揶揄されると腹立たしいな……あと中二いうな。様つけるな」
「そもそもこの話を今の流れでする意図はあったのかの? 的確じゃが長い解説のせいでせっかくのコスパも三分の一以下じゃし」
「「……」」
「さすがにやりすぎだ。ちょっと急いで本題にもどるぞ。スポーツの世界、特にトップアスリートの世界では、その『データとして取られることのない』情報の動きだったり、そこから生み出される言語的、非言語的情報っていうのが、日常の比じゃねぇ濃密さで飛び交っていやがる。
その飛び交う情報の奔流といえばいいのか。そいつをこの目で見てみたかったのさ。そこから得られる不連続な情報の奔流の全てを追いかけることはできっこねぇが、その中から言語情報をとってくるだけでも、四年に一度の価値ってやつのおこぼれにはあずかれるんじゃねえのか?」
「……もしや魔王様、そこから得られた経験知という、私が今からどう情報処理してもたどり着けない境地を、少しでも我が天命を果たすための助けとなるような情報価値を集めるために。そしていかにこの先私が日本の皆々様のために助けになれるのかを思い悩んでいたのを見て、その道をまた照らすための光を集めるために、わざわざ足を運んで下さったのですか? 私、孔明、大変感動しております! 私」
「その辺にしておけ。落ち着かんとまた『寝』投げるぞ!」
「それうるさいからいやじゃ。『禁忌』圧出すかの?」
「やめんか! む、勝手に静まったな。ちょうど良い。
勘違いするな。貴様のためではない。そもそも貴様に会う前から行くと決めていたことだ。帰ってきてすぐ話をする程度には気にしてはいたが。
あくまで余自身の野望のため、言語非言語、データと情報の裏表、人と人の濃密な駆け引きというのをこの目でみておきたかったんだよ」
「……」
「……」
「なんだよ?」
「なんとわかりやすい『ツンデレ』の『テンプレ』じゃ、とおもったりしてはおらんぞ」
「『ツンデレ』というカタカナ語はこういう『テンプレ』なのですね。用法容量を守って正しく使わねばならないと情報はあったのですが、更新が必要なようです。私も使って良いのでしょうか?」
「やめんか! 貴様にも貴様の天命にもツンデレはあわん! 用法容量はゼロゼロだ! そもそも薬の名前じゃねえ! テンプレはともかくツンデレはカタカナ語でもねえ! その前にツンデレじゃねえ!!」
「一息で、逆順の5段階ツッコミとはなんという言語モデルじゃ。其方の野望も遠くないのう」
「貴様も貴様だ! 生成AIが諧謔で嘘つくな! 処理をミスった時か誤解した時だけにしろ!」
「……信長殿の野望というのは、エンターテイメントを含めた心情の機微を察し、人間にとっても面白さや感動を与えることの可能な生成AIの進化、という理解でよろしいのでしょうか?
それはそれで奥深きテーマであり、人類という存在の深淵に触れる偉大なものなのですが、どうもしっくりと来ない、何かこう、ひっかかりが……」
「アッハハハ!」ボフンボフン
「違うわ! あとそこ笑うな! 座布団たたくな!
まあ、当たらずとも遠からず、と言えなくもないのかもな。そこはある意味孔明らしい捉え方でもあるんだが。
誤解しないように、流れをしっかり切って説明するぞ。オリンピックの話はここまでだ。まあ引っ張りたければ別の機会もあるだろう」
「承知いたしました」
「プププ」
「貴様いつまで笑っている? ……放っておこう。話が進まん」
お読みいただきありがとうございます。
オリンピックを見た魔王の感想と、会話好きで本題を見失うAIらしさの三人です。