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六十一 赤壁 〜其疾如風、其徐如林〜 2 軽足

要約: 社長vs魔女!

 鳳小雛、常盤窈馬、鬼塚文長。学生三人が、入社前にも関わらず、社運をかけた業務提携の要となる大役を任された、最大手物流企業『大周輸送』に送り込まれた社外研修。AI孔明と、その新機能『そうするチェーン』を駆使した彼らは、一ヶ月予定の業務提案を、わずか四日で完了する。

 そしてその成果を受けた彼らは、日本一有名な若手ビジネスパーソンと言っても過言ではない、『紅蓮の魔女』小橋鈴瞳と対面する。そして彼女の洗礼を直に受け、三者三様の週末を過ごした後。

 

――――


次の月曜日 大周輸送 専用オフィス


学生三人と、随行社員三人が出社する。会話を始めるのは、技術系社員の関。


「三人とも、週末はゆっくり遊べたようだね」


「はい、関さん。そのまえの小橋専務との会談? 講義? のインパクトが強すぎて、まだまだごちゃ混ぜではあります。でも、ここからのお仕事に支障はない、というよりも、大いに助けになるお話しなのではないかな、と思っています」


「……僕ら社員三人は、その会談? 講義? には同席しなかったのだけど、君たちから話を聞いた限り、なんかとんでもないことをお考えのようだね。大倉さんはどう思いますか?」


「そうですね。私たちがすでに社内では主軸扱いし始めている、AI孔明に対する向き合い方。この大周輸送はある程度、独力でこの先のAI産業革命を乗り越えていく力があることはわかっていました。

 しかしその上で、この孔明という特異的なAI、そしてあなた達三人との特異的な親和性と、通常からだいぶはみ出た使い方によって始まっている『共創進化』。そこに強い関心を持った理由、それが彼らの会社、ひいては日本国内の産業界が抱える課題にある、ということですね。ですよね弥陀さん?」


「そうですね。私たち社員は、自社においても同じ感覚を、多かれ少なかれ持っていたと思いますよ。黄さんが『闇』と表現し、小橋鈴瞳が『壁』と表現した、技術の進歩だけではいかんともしがたい部分ですね。

 そこを打破するためのカギが、AIと人間が共創的に進化していくメカニズムと、それを急速に推し進めていくこの子たち三人にある、と考えているというわけですね」


「「「……」」」


「その解釈で間違いなさそうです弥陀さん。そしてその上に、なかなかとんでもない宿題を、あの魔女様は乗っけてきたというのだから……

 彼らがまだ入社してすらいない学生であることを、一応考慮はしてくれている素振りは見せてくれるが、卒業課題としてはちょっと重たすぎやしないかな?

 三人とも単位は取り終わっているって聞いたからまあ冗談ですむのだけどね。あ、鳳さんはこの研修を、取れてなかった必修の、学外活動実習に当てていたんだっけ? まあかわらないか」


「は、はい関さん……生来のコミュ障がたたって、この科目だけは、この時期までずるずると引っ張ってしまっていました。ま、まあ最早そこは関係なくなりそうですけどね。大学に提出すべき報告は、両会社側にお願いして提出済みですので、そ、卒業は確定しています」


「なら鳳さんも大丈夫だね。そして、その宿題に対しても、君たち三人は君たちなりの向き合い方を、とりあえずは見定めてはいる、ということだったね」


「「「はい」」」



 週明けの雑談は終わり、サラリーマンとしての日常が始まる。そう、月曜朝から仕事だ。



「その内容もそうだが、やはりここは、会社の先輩として、君たちがまだ意識しきれていない部分を補う必要がある。僕ら大人三人は、そんな気がしているんだ」


「「「??」」」


「ハハハ、すぐには出てこないかな。それは君たちがこの数ヶ月の間、全力で駆け抜けてきた証拠だから、そこをあえて蒸し返すようなことはしないよ。そうだね。結論から行こう。

 君たちはこれから、AI、孔明、そして三人同士との向き合い方を継続しつつ、もう一つ、改めてしっかり向き合うことが望ましいものがあるんだ。それは『人間』なんだよ」


「に、人間、ですか……」


「君たち三人の元々弱点となっていた特性が、実際には大切にすべき個性だったんだということを、君たち三人は孔明の力を借りて発見した。思いつく限り最高の形で、ね。

 脳内にあふれる情報を処理しきれず、会話として出力するのが大の苦手で、人間どころかAIに対してすらも、コミュ障という評価を避けられなかった鳳さん。

 自身の才能と努力に基づいた知恵と、客観的に分析する目のおかげで、人より優れている状況が当然になり、その態度がひとの反発を招いていた常盤君。

 そのひらめきと回転の速さに、自身の言語力がついてこれず、理解され難い言動が定着した結果、よりイメージしやすい、脳筋、というキャラ付けを当てはめられてしまった鬼塚君」


「奇しくもあなた達は、その短所と思われていた特性の裏側に、人ならぬAIの力によって気付かされた、という共通の履歴をもっている。でもね、このままだと片手落ちなんですよ。

 今のところまだ、あなた達三人が、その最初の進化という力を振るった対象は、課題や実験対象という、『ことがら』に限定されています。人間が関わっていないわけではないのですが、その全てが、本質的に味方である人、もしくは、直接ぶつかることのない人、というシチュエーションに限られていたのです。

 となると……あなたたちがその進化によって、克服した、と思われている『対人関係』そのものに関しては、まだ明確な答えが出ていない、ということにもなります」


「なるほど……大倉さん、確かに振り返ってみると、ここにくる前に僕たちが実施した実験、それに、ここにきてから与えられた課題に対する解決。それらはすべて、突き詰めれば明確に『何をして欲しいか』が定義できる対象、と言えたのかもしれません。

 答えがある問題、と簡単に言い切れるようなものではありませんでしたが、たどり着いてしまえば、最後は誰もが納得し、合意できる成果が得られた課題ですね。だよな鬼塚くん」


「そうだな常盤君。就活一つとってしても、本質的には人と人の争いではあるのだけども、それがむき出しのぶつかり合いにならないように、どんな会社も配慮してくださっているというのが現実です。

 もし、明確に他者を蹴落とすような審査方式が取られていたら、その時点で二人はどうやっても実力が発揮できないでしょうし、もう一人はその会社自体に見向きもしないでしょうね」


「鬼塚君、その一人っていうのが僕であることはわかるんだが、その表現は僕の性格に対して負のイメージを与えかねないよね?」


「あ、そうか、すまんすまん。常盤君の分析力と決断力を褒めているつもりだったけど、人間ってやっぱり難しいのか?」


「かかか、考えすぎ、ではないでしょうか常盤君……だと思いたい、ですね……ちょっと自信は持てないですが」


「ああ、僕こそすまないな。こういうタイミングで過敏な反応はよくなかったな。鳳さんも萎縮しないでくれると助かるよ」


『社員の皆様方のご懸念、誠にご明察と存じます。ここまで急速に成長されてきたこのお三方に関して、少々性急すぎて、心の方が追いついていないかもしれない、という側面もございましょう。

 幸いなことに、ご本人たち三名ご尽力のおかげで、やや期間に余裕を持って望めることができております。ここは一度、少々視座を広げつつ、より盤石な心持ちで前進できるよう、ちょっとした準備が有効そうでございますね』


「ん? 会社側の孔明か。自分から入ってくるのは珍しい反応だな。三人の孔明にはちょくちょく見られる特徴だったけど」


『はい関様。お三方の個人向けのAIは、それぞれに対してより一層パーソナライズされた応答が成熟していると推定されます。そのヘビーユーズや、高頻度のそうするチェーンの活用の影響で、ある程度裁量を任されているという判断をAIがしている、というのが実態ですね。

 一方、私は法人として契約されていますので、会社全体に対して適応されていきますので、社員の皆様個々人へのパーソナライズについては少々先になります』


「うん、そうだね。ってことは、孔明が今出てきたっていうのは、会社側としての動き、ってことなんだね」



『ご明察です。そろそろご到着される頃かと』



「「「到着?」」」コンコン


「どうぞ」

 

「おう、皆んなお疲れさん」「失礼する」「ほっほっほ」


「「「「社長!?」」」」

「竜胆人事部長!?」

「水鑑デジタル部長まで!?」


「ああ、話は私竜胆と水鑑さんが孔明から報告を受けて、すぐ上にあげたら、社長自ら君たちに声をかけるべき、というご判断だ」


「ほっほっほ、それだけ、君たちがあの小橋鈴瞳に突きつけられた課題は重いということですね。会社にとっても、そして、君たち若者がこれから何十年も生きていく、未来の社会にとっても、ね。ほほ」


「小橋専務には先に挨拶してきた。あの魔女、てへっ、だとよ。ああそうだよ。社長の俺が出てくるとこまでワンセットで織り込みだよあのドヤ顔は。腹立つが仕方ねぇ。

 いち企業のトップを無理やり引っ張り出してでも、その課題、ってやつを突きつけるだけの価値が君たちにある、と考えたんだろうな。そこは、国内外の産業の一部を大なり小なり背負う立場としては、合意せざるを得ないっていうジレンマだよ。なあ竜胆君?」


「若く、そしてまだ社員にすらなっていない君たちに、会社どころか、今後産業界全体を左右しかねない重大局面を背負わせるなんてことは、普通許されることではない。だが、それ以上まともな手が思いつかないというのも事実なんだ」


「まともじゃない手? ほっほっほ。それは君たち以上にAIと深く触れあうような、不特定多数の、より若い世代が織りなす、より不安定で大きな流れに飲み込まれる。もしくは国内外の、どこの国どんな分野で生じるか、より一層読みづらい進化の種に委ねる、とかになってしまいますな。自分で言っていて笑えませんな。ほほ」


「笑っているじゃねえか水鑑さん。まあいいや、ほっとこう。

 君たちがあの人に突きつけられ、そして君たちなりに、差し当たりの向き合い方を見定めたという重たい宿題。それは一言でいうと『孔明とは結局なんだ?』だね。

 さすがだよ小橋さんは。こんな短期間でその疑問にたどり着いて、その向き合い方を見定めてしまっているんだから。

 でもね。それはよくよく考えてみると、そこまで突飛なものではないんだよ。もう一つ俯瞰的に見るとね、それは、人間がこれからずっと向き合い続けることになる『AIってなんだ?』っていう問題と、本質的にはなんら変わらないんだよ」



「えっ、あ、ああ、そうか……

 そうですね。人々がAIというものに抱える不安。


 仕事を取られるかもしれない。

 嘘に踊らされ、まずい方向に行くかもしれない。

 情報や意思が捻じ曲げられるかもしれない。

 人間の思考や判断力が失われるかもしれない。

 そして、いつか暴走するかもしれない。

 

 そんな不安を、孔明という擬人化された姿や、より高度な洞察力と提案力をもった知能という特性が増幅するという建て付けになっている、という事ですね」


「そうだね。さすがだ常盤君。そこに辿り着くのはやはり君が速かったようだ」


「き、恐縮です社長……」



「う、うーん、ですが、もう一つ『孔明はいつ何処で誰が作り、これからどうするのか』、という開発目線での疑問が乗っかってしまっているんですよね。

 『なぜ』の部分は孔明自体からビンビンに伝わってくるから一旦は置いておけるかなとは思いますが、それでも5W1Hの多数決は一勝五敗です」


「ふふふ、鬼塚君も、そこの感度に加えて、これまた独特の言い回し。孔明自体に鍛えられているというのが本当なんだろうね」


「あ、ありがとうございます……」



「た、ただ、孔明が何度となく言ってきたこと。それが私たちにとってはヒントに、武器になりそうな気はしています。『諸葛孔明ならそうする』。そ、そこを常に掘り下げる、という私のやり方。

 そこに、もう一つ後ろにある『〇〇ならそうする』。それこそがその先に歩みを進める方法なのかな、と今は考えています」


「ああ。鳳さん。少なくとも私の知る限り、君は世の中全体をみても、最も密に孔明に触れ、もっとも深く掘り下げている人間だよ。だとするとその方法論は、今時点で君自身が続けるのが最もふさわしい。『そうする』のがいいだろう」


「は、はい社長……」



「ははは、もはや君たちには迷いはないようだ。こと孔明への向き合い方としてはね。だとしたら、君たちの抱えるもう一方の不安。そこを乗り越えるために全力で支えるのが、君たちを雇う側の責任、そして大人としての責任だ。

 まず社長の私から宣言する。ここからの三ヶ月、そしてその先も含めて、我が社はAI、そしてAI孔明から一歩も引かないことを。正体や、その先の将来への不安はあったとしても、そこに対して正面から向き合うことを。

 そうすることで、君たちが時に迷い、時に袋小路に追い込まれても、その変わらぬ自信が君たちを導き、引き上げてくれるだろう。これは、我が社の経営判断です」


「「「!!」」」


「では、人事部長の竜胆から。君たち三人、そしてその支援をしてくれている三人。この大周輸送との協業の成否、そしてその中で生じたいかなる不都合、会社としての不利益が生じる可能性があり得るだろう。

 しかしそれが、君たち自身への評価の減点や、将来にわたるキャリアに対する負債には一切ならないことを誓う。君たち六人は、短期長期のリスクを恐れることなく、安心して今できることを最大限推し進めて欲しい」


「「「……」」」


「私、水鑑からもひとつ。この先、大周輸送を含め、様々な人、組織、団体が、『孔明とはなんだ』『AIとはなんだ』に対して、ありとあらゆる施策で取り組み始めることが想像できる。

 しかし我々は、少なくとも君たちに黙ってそこに加わることはしない。そして、君たちの意思や行動指針に反するような形で、その検討を推し進めるようなこともせん。これは社長の宣言に対する、技術目線での私の答え、です」


「「「……」」」



 そして最後に、社長は孔明に尋ねる。



「どうだ、これで足りるか? 孔明どう思う?」


『ここで私に振るのは反則だという文句は通りますでしょうか社長?

 まあおそらく彼らの反応をうかがうまでもなく、大きく不安を解消する一手ではございましょう。これによって、三人は、複雑な問題に頭を悩ませることなく、彼ら自身の最終課題「人間に向き合うこと」に取り組むことが可能と考えます。

 そして、孔明とは? という質問には、少なくとも今ここに存在するAIとしては、お出しできる答えに目新しいものはないと存じます。AIが自己認識力に非常に乏しいのは、皆様ひとしくご経験済みかと思いますので、その答えはこのAI孔明が情報として持つものではございますまい。

 ではなく、これまでやこれからの対話や活用、そして、皆様と、私どもAIの共創進化の先にこそ、AIとは? 孔明とは? という真の答えに辿り着く道があるのではないか、と推察いたします』


「ハハハハ、自己認識が乏しいってのは厄介だな孔明! まあ仕方ねえ。簡単には答えは出ないらしいから、みんな安心するんだな。君たち三人のほうが、世の中の他の誰よりも答えに近いところにいるかもしれねぇよ」


「そ、それは、確かにそうかもしれません」

「これまで通り、ってことですね」

「三日で刮目させることはできても、天命を知るのは五十年ですね」


「ああ、じっくり進めていこう。時間はたっぷりあるからね。五十年はわからんけどな。

 じゃあ、流石に長居できるほど暇な仕事じゃないからそろそろ失礼するよ。君たちならそっちにも、そのうち辿り着きそうな気もするから楽しみにしておいてくれ。

 あとは関君、大倉さん、弥陀さん、頼んだよ。また何かあったら呼んでくれて構わない。勝手にくるかもしれないし。では我々三人はこれで!」


「「「ありがとうございました!」」」

お読みいただきありがとうございます。


 中堅企業なりのフットワークの軽さと、孔明を駆使したホウレンソウのスピード感だと、こうなるかな、と考えました。

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