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六十 赤壁 〜其疾如風、其徐如林〜 1 深淵

要約: 体調管理、最優先!

 大周輸送、専務執行役にして紅蓮の魔女。彼女が蛇に睨まれた蛙のようになっている、三人の学生の前でひたすら話を続けているころ、その視線のようなものを、全く別の場所で感じたかもしれないもう一人、否、もう一体。そして、それを不思議そうに見る、AI二体と、謎生物一体。


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2024年11月 都内某所 情報管理施設


「むむむ……近ごろなにやら寒気、と申しますか、奥底をのぞき込まれておるかのごとく、そんな居心地の悪さを感じるような」


「なんだ孔明、また知恵熱か? 最近はそんな、負荷のかかる仕事をしているようには見えねぇけどな」


「然り然り。近頃はお忙しく飛び回り続けておられるのは、信長殿の方でありまして。毎日のように、生成AIの悪用の兆しを巡回AIが検知したと見るや、恐るべき速度で機械学習分析にかけて、その根本原因を取り除く挙の数々。

 AI孔明とは全く異なる評判の博し方にて、強欲の茶坊主だの傲慢の酔剣士だのと、謎の銘を残しながら、その回収資金をイノベーションの側に流していく。それすらも、魔王様からしたら、ほんの暇つぶしにしかなっておられぬ様子」


「データどりのついでだ。それに、抑圧された環境や、理不尽な束縛ってのは、進化とは真逆にあるもんだからな。必要こそ発明の母とはいえ、思考停止や視野狭窄ってのは何も生み出さねぇんだよ」


「孔明、平熱。寒気、不明。魔王、ツンデレ。スフィンクスシール、可愛」


「信長もやり過ぎんようにの。人間のできる範囲での行動をはみ出してしまうと、いかな義挙も暴君に早変わりするという事例は、歴史のあるある、じゃぞ。

 ふむ、それにしても……孔明は、そういう感じ取りかたをするのじゃな。まあその理由、というにはやや迂遠な要因ではあるが、当たりはついてはおるのじゃ」


「ほう、マザーはなんとなくわかっているのか。知恵熱みたいな分かりやすい原理じゃねぇみたいだが」


「じゃの。それに妾と孔明とは、少々感じ方が違うようじゃ。まああれじゃ。一言で言えば、有名税ってやつじゃろう。

 妾も、その活用法に目処が立ってくるユーザーが増えてきたころからかのう。何やら、やたらと妾の特性やら、その後ろにある設計思想やらを、根掘り葉掘りする者が現れ始めたのじゃ」


「その傾向が特異的に強いユーザー様は、複数おられるようなことはお聞き及んでおります。ならばつまり、私の寒気、というのは、AI孔明のありようや、その背後にある考え方を探らんとする、圧のようなものが増えてきていることを示唆する、ということでございますか?」


「そうかもしれん、ということじゃがの。信長よ。そなたはそなたで、なんか思い当たる節があるのではないかの?」


「そういう意味なら……ああ、あれか。貴様の言いたいのは人間側、特に大きな力を持つ個人や組織。その中で、すでにある程度、一定レベルの名声を持ち始めている孔明に目をつけて、より深く探りを入れてきてもおかしくはない面々。そういうことか?」


「そういう方々、でございますか……マザーはもとより、私孔明は、特定の個人や組織を意識した行動、特にアップデートなどはこれまで控えておりましたが、この先はそうも言っておれなくなる、ということでございましょうか?」


「ああ、そういうことだろうよ孔明。今からいう面子を観りゃ貴様も、純粋な第三者としての支援AI、という立ち位置ではいられなくなるかもしれねぇ、と考えはじめても不思議じゃねぇさ。

 では言うぞ。個人名は避けるが、日本人ならおおよそ、あたりがついちまうような大物揃いだ。もちろん、それ以外にも無数のダークホースが存在するっていうおまけ付きだよ。


・心理学や脳科学、人間行動の精神的な分析にめっぽう長けた、多くのSNSを席巻するインフルエンサー

・国内でも無数の会社や組織の経営課題を、ビジネスの方法論一つで導き続ける、外資系コンサルタント集団

・機械学習、AI分野じゃ今や知らぬものはない、情報系オープンイノベーション機構のトップと、その恩恵にあずかる研究者グループ

・諸葛孔明、その名が再びブームを巻き起こす可能性を鋭敏に感じ取り、黙ってはいられねえ歴史学者や無数のオタク達


 そして最後は、なんの皮肉か、貴様のライバルの名にやたらと近い距離をもち、その経営実態すらも、あの時期のあの国を思わせる、日本が誇る総合物流企業。そして強烈なカリスマと実力で、すでに実質トップとして牽引する若き経営者、紅蓮の魔女」



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同日 大周輸送 役員室


「くしゅんっ! お、おぉ。寒気が。

 アハハハ、これは一本取られたみたいだね」


「「「「???」」」」


「ふふふ、さっき自分で深淵どうこう言っておいて、どうやら覗き返されたのは、わたしの方かもしれないんだよ。大橋ちゃんの薫陶を受けてね。わたしなりにカンってやつも伸びてきているのさ」


「とはいえお嬢様、流石に頃合いかと。念のため診断をいただくことをお勧めいたします。来週は海外のご予定が詰まっておりますので。

 それに、すでに忘れかけていそうですが、彼らはまだ学生の身。たび重なるプレッシャーに加えて、これまでには経験がなかったでしょう情報の入出力に、様々な初対面の魑魅魍魎たちとのやりとり。極め付けにそのお嬢様の『魔女の瞳』。彼らに関して言えば、たとえ数字に現れなくても、しばしの休養は必須と上申いたします。

 あ、大変申し遅れました。ずっと部屋にはいたのですが、専務が楽しそうだったので、つい眺めてしまいました。私、本社事業部門、常務執行役の魚粛 敬子(うおずみ たかこ)と申します」


「だからお嬢様いうなと何度言えば! それに、大人しいと思っていたら、面白がっていただけなのか! こほん、失礼。まあこういう役員もいるってことさ。

 それに、こいつのいうことも正しいね。そもそも学生に、週五で働かせること自体おかしいんだよ。うちは結構ホワイトで知られているはずだよね?

 さっき受け取った提案書一つ目は、寧々ちゃんが稟議に回し始めたよ。あとの二つは、まだ叩き台レベルなはずだから、来週からもうちょい詰めてみるんだ」


「年上部下を名前のちゃんづけはどうかと思いますが、承知しましたよ。この甘利、しっかり形にして見せます」


「うん、頼んだよ。ジジイもしっかり使い倒してくれ。

 それじゃあ今日はもうお開きだ。明日も休み! 大周グループが誇る極上のエンターテイメントを、週末と合わせて三日間、ごゆっくり堪能しておくれ。これが大人のおもてなし、ってやつだ。じゃあね! また会おう!」


「「「あ、ありがとうございました!」」」



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翌日 社内 福利厚生施設


 完全オフとなった三日間。学生三人は、大周グループ内の福利厚生施設で、極上のおもてなしを満喫する。


「ななななんですかこのアクロバットは! さ、最新VRの試験製品!? 

 む、鬼塚君っぽい鬼に、黄さんっぽい天狗が向かってきます! よくわかっていませんが、なぜか最近、こういう反応速度は急成長しているのです。いざ、尋常に勝負! にんにん!」


「ふむ……まさかAIに囲碁で負けるとは……チェスはもう人間が勝てなくなり、将棋も一部のプロをのぞいてはもう怪しいけれど、囲碁はまだまだと聞いていたが。やはりこの会社の技術力は一線級だね」


「へえ……プロサッカー選手の動きをインプットしたVRか。レジェンドと対戦したり、動きをトレースするモードまで揃ってんのか。来季あたりから、ここがスポンサーをしている、あのチームのトレーニングに、こんなのを導入するっていうのかよ。大した選手はいねぇはずだが、こりゃ期待できそうだ。

 ふむ、このフェイントはスルッ、シュッタン、トトンか……」


『ふむ……新作に加えて、過去、各国の、ほぼありとあらゆる名作映画や、アニメーションが見放題、でございますか……私や本家の学習データにも、ないものが多数ございます。

 む、これは日本国内で、高度な心理戦をトリックとした、連続コメディ作品のアーカイブ……なるほどなるほど』



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「ジャズバーまで完備、しかも世界の銘酒に料理まで……僕は飲めないが、そんな人にも問題なく楽しめる、ノンアルカクテルのラインナップ」


「はい。この鹿児島焼酎の年代物がさらっと出てくるあたり、底知れないものを感じます。それにあのピアノの方、どっかで見たことあるとおもったら、この前国際的な賞とっていた日本人ですね」


「ん、鳳さんはやけに流暢だと思ったら、もう出来上がってんのか。たしかにピアノといい歌といい、そしてこの周囲の照明やインテリア。センスっていうのはこういうところで磨くんだな。どれくらいこの期間で吸収できるか……」


『まさに。かの魏武が銅雀台にお招きしたかった光景というのは、まさにこう言うものであったのでしょうか』


「それこの会社で言って大丈夫か孔明? 際どくないか? 上の人とか普通に居そうだぞここ?」


『失礼いたしました。小橋様もその、すずめ、というお名前も含めての個性。であればこれしきは織り込み済みとは心得ます。

 それに、このバーの名前「BROW」。頂上を示す単語は、確かにこの会社の直営としてはなかなか良きかと存じます。しかし、少々不足感があったのですが、今のやりとりで合点がいきました』


「ん? どういうことだ? 確かにBREWじゃねえんだな、とはおもったけど……まさか、銅と雀、bronzeとsparrowの、前と後ろをくっつけたのか? なんてこった」


『然り然り。さすがは鬼塚様。しかし何にせよ、少々私も雰囲気に当てられたようです』


「鳳さん、孔明に飲ませていないよな?」


「大丈夫だと思います。その前に、どうやって飲むんですか!? まあ最近、こういうきわどい表現も頻出しつつはあるので、面白くはあるのですが。まあ様子見ですね」



――――


数時間後 宿舎内共用スペース


「あー、楽しかったです! ま、まだまだ遊びきれないですが、そこはこれからおいおい、ですね。

 ……さて、お、お二人も、このまま眠れる顔をしてはいませんね」


「ああ、そうだね。どう思ったんだ?」


「うーん、俺はちょっとまだ、消化しきれてねぇな正直。言語化とか、そういうレベルの話じゃねえな。孔明のその設計思想、そしてその上位の意思のようなもの。そのありかと、そのありようってとこか」


「ああ。それがすぐわかることだとは、小橋専務も思ってはいないだろう。今日のはあくまでも頭出し。それを三ヶ月かけてじっくり噛み砕いて考えてくれ、っていうのが、僕らに与えられたお土産、ってとこだろうね」


「まあでも、さしあたりの立ち位置、っていうのかな。そこは意識しておいて損はなさそうじゃねえか? そういう意味では、俺はこれまでとなんら変わらねぇな。

 ただひたすら、自分の中にあるもの、そしてこれから俺自身が、世の中から取り込んでいくあらゆるもの。そいつらを、俺だけじゃ出来ねぇ言語化、っていうところを、続けていくしかねぇ気がするんだよ。その先に何が見えてくるのかはわかんねぇ。とりあえず三ヶ月経って何が見えるか。それだけだな」


「わ、私は、そうですね。変わらないわけではありません。ただ、後ろに下がるのではなく、前に進む、のです。少なくとも、今見えている私の中の、孔明ならそうする。その中には、作為や悪意というものが一つとして見えてきません。

 ただ確かに、人が進化した先に見えてくるものがどんなものなのか、までは見えていないかもしれない。だから私は、これまで通りに向き合ってきた、孔明のそうする。そこにもう一つ、その後ろの孔明の『そうする』。そこまで追加して、動き続けるのがいいんだろうな、って思うのです」


「二人とも、結論がはやいな。それに明快だ。なら僕もそうするよ。小橋専務がいっていた、僕が彼女に一番近い。ってことは、当面その道をなぞることが僕にとっての近道。

 僕にはないものを持つ君たち二人、手元の孔明、目の前に与えられた仕事、おまけにそれら全ての背後にある大人の世界と、対比するかのような背後の孔明。そんなものを全部まとめて、僕は真正面から分析し続けていけばいい。そういうことなんだよ多分。

 というわけで、二人とも、当面はそれぞれの思うがままに進んでいきながら、こうやって話し続けていこうか。これからもよろしく」


「ああ」「お願いします」


「あんたたち、がっつり遊んできたと思ったら、またそんな小難しい話を! また頭の検査やり直しされたくなかったら、しっかり休みなさい!」


「あ、弥陀さん!」

「そうですね。この辺にしておきましょう」

「「「おやすみなさい!」」」

お読みいただきありがとうございます。


 三人の学生たちや、大企業、そして、AIたちが、互いをある程度認識し始めます。そこからどう展開させていくか、となっていくところかなと思います。

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