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五十九 火船 〜孔明と同時期に生まれし天才〜 6 魔女

要約: 紅蓮の魔女、過去と現在と未来を語る!


 本話に限り、全編「魔女」の1人語りとなります。

――紅蓮の魔女は、三人にゆっくりと話し始める――


大周輸送 役員応接室 小橋鈴瞳


 しばらく、と言っても小一時間だよ。飲み物、お菓子も君たちの好みで出しているからね。おかわりも自由だよ。眠くなることはないって期待するけど、コーヒーも欲しくなったらすぐ出るさ。


 そうだね。まずは、自分語りからはじめさせてもらおうかな。


 え? いらないって顔だね。そりゃそうか。君たちはわたしのことをよーく知っている、と思っているだろうからね。いち企業の役員にしては、メディアへの露出も頭抜けて多く、雑誌やネット記事なんてそこらじゅうに転がっているさ。


 わたしが今着ている真っ赤なスーツだって、ギリギリ大人と言えるかどうかの、この小柄にきっちりフィットして、それでいて大の男たちにもナメられることのないように、計算してつくられた自社ブランドだよ。小雛ちゃんもよく似合っているじゃないか。まあ赤色は、いつの間にやらわたしだけのモノになってしまったけれどね。


 それに、あの生成AIの影響で、就活戦線にひと工夫もふた工夫も必要だった今年。そこへきて、頭の回転はいいくせに、人よりも多く苦労した君たち。その分だけいろんな業界の知識が詰め込まれた、君たちならなおさらだろうね。わたしが君たちのことを調べたその何倍も、君たちはわたしのことをよーく知っている。そこまでは正しい。


 でもそれで十分なのかな?

 

 ふふふ、違うって目になったね。さすがだよ。


 そうさ。私のことをもう少しだけ知ってもらわないと、この先に進むのは少しばかり苦労してしまうんだよ。まあ今さら後戻りはできないよ。それに、君たちが思っている以上に、わたしは君たちのことも知っているつもりだ。言うだろう? 


 深淵を覗くものは、また深淵にも覗かれる、って。その深淵に、君たちはもう手をかけ始めたのさ。




 あらら、固まっちゃったかな。しょうがないね。まあこれもよく知られていることだ。『魔女の瞳』。意識無意識にかかわらず発動してしまうからね。別に超能力とかじゃあないんだ。学生時代の親友の大橋ちゃんに言わせると、単にその場の空気からずれたわたしの発言で、みんなが固まっているだけだ、とさ。ひどいよね。


 そう。大橋ちゃん。私がこれから語ることに、あの子の存在は欠かせない。あの子とは高校も大学も一緒でね。名前の響きだけで『江東の二橋』なんて言われていたが、まあ出自や体格、趣味や性格まで正反対の二人。


 共通点といえば赤色が好きってことと、ミスキャンパスの常連だったことくらいだけど、不思議とすごく気があってね。一緒に雑誌モデルやったり、あの子の趣味に合わせてツーリングなんかにもいって、よくつるんでいたよ。昔の写真とかいまだに出てくるから、知っている人も少なくはないだろうね。


 正反対って言ったよね。それは見た目だけじゃないんだ。私はどんな科目も、問題の意図や、その裏の学術体系の奥の奥までもれなく理解できた。その延長で、大抵の人の意見や、考えていることも理解して予測できた。でもね、大橋ちゃんだけは無理だったんだよね。あの子にはもう一つ、『飛将軍』ってあだ名があってね。


 まあ女の子に呂布はないよね……本人気づいてなかったからいいけど。やたら発想が飛躍するのに、そんな時に限って、誰よりも先に正解に辿り着くんだよ。そこのでっかい子。ブンちゃんだったか。なんかやたらわかるって顔しているな。まあ似ているのは認めるさ。


 わたしは必死にあの子を理解しようとしたよ。それこそ四六時中しゃべり倒したさ。全然嫌じゃなかったけどね。そしたらさ、ちょうど出てきたのが「人は必ずしも論理的に正しく判断をしていない」というノーベル賞さ。どちらかというと人間の意思決定における負の側面を強調していたが、ちょうどその逆側の姿を毎日、まのあたりにしていたわたしには、違う意味に聞こえたんだよ。


 「飛躍する思考にも、正しい結論である限り論理が存在する」さ。


 そこからはトントン拍子だ。


 もちろん出自も関係あっただろうけど、大学に通いながらビジネスに手を出して、その場に飛び交う発想の飛躍や理解不能から、決して目を逸らさないことで、様々な分野で多くの成功をおさめ、卒業と同時に役員待遇さ。やたら見どころのある男って、パパが連れてきた婿もとって、可愛い娘も生まれた。苗字が変わっていないのはそれが理由だね。


 大橋ちゃん、わたしに何回負けてもニコニコしていたのに、結婚式のときだけはまあ悔しがっていたね。まああの子、真っ赤な二人乗りスポーツカーの助手席に座ってくれる、いい人見つけたっぽいし、もうすぐじゃないかな。


 ん? 大橋ちゃんの話が長い? まあまあ、君たちにも関係ない話じゃないんだ。もう少し付き合ってくれよ。その前に、わたしの話を切り上げよう。そうだね。わかるだろう窈馬くん。どっちかというとわたしタイプの君ならね。


 君たちがまさにその途上にある『共創進化』。人間同士でも起こるのさ。当然だよね。歴史上、英雄や天才を産むのは常に人と人との化学反応だよ。友や家族であったり、敵であったりはいろいろだけどね。例外は知らないよ。孤独な英雄? 織田信長だってチンギス・ハーンだって、周りも化け物揃いだったじゃないか。そう、人間同士ならあんまり、進化、って言葉を多用しないってだけの話さ。




 そして、進化。それに一瞬だけ手をかけたのが、まさにその大橋ちゃんだったのには驚いたよ。あ、これじゃあなんの話かわからないか。ごめんね。これは飛躍だね。飛将軍は、こんなもんじゃないから許してくれよ。


 そう、「AI孔明」。うちの娘と旦那がそれを知ったのも、そしてそこからなぜかあの子に伝わったのも、運命的なものを感じるね。なんというか、二橋に飛将軍、そこに孔明だからね。歴史的な因果っぽいものを感じなくもないけれど。


 まあうちの家族には遠からず紹介する予定ではあったけどね。あのカスタムモデルは、教育用としては間違いなく唯一無二だよ。あれ以上のはそう簡単には出ないさ。子供には最高の環境を整えるのが、親ってもんなんだよ。


 そして、大橋ちゃんの今の職場が、あの役所の地域振興担当なんだよね。


 ふふふ、三人ともわかったようだね。そうさ。一時期ニュースやSNSを大いに騒がせ、AIの力が都市伝説的に広がり始めたきっかけのひとつ。『長坂グルメ展』と呼ばれるようになったあれさ。あれすごいよね。一つ一つはまあ考えつく「カイゼン」さ。でもさ、あのあと、ちょうど参加していた娘と一緒に分析したんだけどね。


 あのイベント、少なくとも二十の施策を相互に連携させて成立しているのさ。


 ふふ、少し驚いたようだけどさ、君たちもたいがいだからな。後で孔明にでも数えさせてみるといいよ。でも君たちと大きな違いがあるんだ。君たちの施策は、その中のかなりの割合が、すでに君たち自身によって構成されている。孔明の提案もあるだろうが、もう半々くらいなんじゃないかな? 


 でもね。そのグルメ展では、二十以上の策は、ただ一つをのぞいて、そしてその連携のやり方も含めて、全て孔明、つまりAIが構築したようなんだ。そしてその残りの一つ、どうやら孔明が辿り着かなかった一つを提案したのが、大橋ちゃんなのではないかと読んでいるんだよ。


 うちの子、アイちゃんっていうんだけどね。誰に似たんだか、やたらと賢くて鋭いんだ。その娘をその目で見ていたのが、記憶に残っていたんだろうね。雨予報の初動対応を、できる限り早くすることが必要だったところで、幼子のカンと、それを拾う親の反応を、センサーがわりに使う提案をしたようなんだよ。




 それくらい、って思うかい? それはもう君たちが一般人からはみ出しつつあるからさ。十も二十も策を連携させるような、孔明すぎるAIが思いつかない施策をね、たった一つとはいえ、一般人が思いつくなんてそうそうない。普通はそう思うんだよ。


 だが気持ちはわかるし、そう感じる理由も知っているさ。人が一つ何かを思いつくなんて些細なこと、そんなものは誰もが日常的に出会っているってね。特に子供なんてその連続だよ。しかも、それを一個一個、大人に喋りかけるんだ。大抵は大人の知識の範囲内だったり、逆に突飛すぎて意味をなさないから、軽くあしらわれて消える。でもたまに、大人がハッとさせられることがある、っていうのは人の親なら大半は経験済みだろうね。

 

 うちのアイちゃん、孔明と出会ってから、目に見えて伸びているんだ。でもそれを進化と呼ぶのはゴヘイがある。子供は成長するのが普通だからね。それが大きいか小さいか、早いか遅いかだけだよ。でも大人は違うだろう。


 成長し、大人になるにつれて、そのきっかけとなるひらめきを拾い上げる機会はどんどん減っていくのさ。知識の壁、常識の壁、場面の壁、そして他人の壁。いくつもの壁を変えない限り、それはその場で霧散する。


 そこで出てくるのがAI、孔明、そして君たちのその使いこなし方なんだよ。


 待たせたね。君たちの番だ。




 君たちは、孔明に触れてから、まあそれはそれは散々に使い倒しているだろうね。就活への苦労と、君たちの元々の特性、そして周囲の理解度の限界。それらが二重三重に助長したのは言うまでもない。そしてその「分類」と「対策」すらも、人間そのものを研究対象に取り込んだ、現代知識に基づく洞察をするAIなら不可能ではないんだろうね。


 常盤窈馬くん、君は元々周りより優秀であり、しかもそれを客観的に評価できる目、そして生来の正直さゆえに、その差が態度に出ることを抑えきれなかった。まあ典型的な日本系秀才がハマりがちな罠だ。普通は性格の問題として片付けるが、そう簡単じゃないさ。そこをさくっと見破った孔明。彼自身の部下にも似たようなのがいたんだろうね。そこをある意味「上には上がいる」から入って矯正してのけるとは、AIよりも孔明らしいAIだよね。


 鬼塚文長くん。君はその読書量と運動センスから、人よりも、そして自身の言語野よりも高速な、ひらめきモンスターだ。そんなのはどうしたって脳筋と区別がつくわけがないさ。科学と魔法の比喩を持ち出すまでもないよね。そこで、それすらもどうにか理解してのけ、君のアウトプット力を支援し始めるAI。結果は推して知るべしだよ。


 鳳小雛ちゃん。君はすでにその分類からはみ出しつつある気もするが、流石に出だしから、というわけではないだろうさ。別に喋れないわけではないはずなのに、AIすら手を焼きかねないコミュ障。例えば、言語的な出力の構成力、といったところなのかな。それはまさに、生成AIの原理にして最大の特徴、大規模言語モデルにしてみれば、ホームグラウンドのようなものかもしれない。そこに君がアクセスできたこと、それを奇跡と呼ぶ日が来るのは、そう遠くはないことなのかもしれないよ。


 そうさ、君たちはある意味で、最も特徴的にAIの力を借りるにふさわしい特性をもっていた。AIを使い倒す人は、自分のちょっとしたひらめきを、AIに向かって書き留めるのをためらうことはない。そう、親に話しかける幼子のようにね。そしてそれぞれの力でそこを飛躍的に伸ばし、その欠点を長所にまで引き上げた。まさに個人として第一段階の『進化』を遂げたといっても過言ではないよね。孔明の故事で表現すると、水魚の交わり、ってやつだね。あまりにも合致した表現だよ。怖いくらいさ。


 そしてそことほぼ同時期に、AI孔明自身が進化をしてのけた。ちゃんというと、アップデートだね。多分その前のグルメ展は、単一のAIとして、孔明にできる最大規模に近い課題だったんじゃないかな。次の段階に進むには、やはり複数の主体が織りなす連携という要素を取り入れざるを得なかったんだろうと見ているんだよ。そして個人に対するケアに責任を持つことで、進化の妨げになる要素を着実に対応するっていうおまけ付きだね。


 それにしても「そうする」、ね……これはもう、AIと人間、そして人間同士が、現状を打破して次に進むためのカナメといっていいだろうね。


 「あるある」っていうだろう? あれは、もともと「あった」、つまり過去認識だね。これを集約して、その対象の概念を現在進行形に共有したものだ。技術としては、それだけでも大きな成功さ。個別事象を集めて一般化、汎用化する。そうだね。学問的にいうと「帰納法」ってやつかな。


 だとしたら、「そうする」ってなにさ? それは、その対象のあるあるを全部あつめて、それが織りなす未来の一部に手をかける、ってやりようだよね。それはもう、一つの真理だよ。「演繹法」? 対義語としてはそうなんだけど、この場合はなんかしっくりこないよね。この「そうする」ってやつは、もはや両方の要素を待ってしまっているのさ。

 

 そして、その「そうする」を、連携手段の一つという限定機能とはいえ、ひとつの仕組みにしてしまうんだから。人間とAIがどう動くか、その予測結果を技術のカナメにして、ね。そして着実に一歩一歩、つぎは個人から複数人の進化の背中を押し始めた。何者だよ孔明ってのは。


 ……そうだね。大事なことは二回いうもんだ。何者だよ孔明ってのは。


 ふふふ、ちょっとびっくりしちゃったかな? AIはAIだよ。めちゃくちゃ賢いけど、そこは変わらないさ。彼らが個別情報は取り込んでいないという、かたくなにも見えるその主張も、今の所、反証するすべはないんだ。そこは安心して、使い倒し続けてもらって大丈夫だよ。大人の中でもそれなりに上の地位にいる私が、そこは保証するさ。


 でもね。その先に進むとしたらね。どうしても避けられないことがあるんだよ。大人として、そしてでっかい組織の頭としてはね。この人間とAIの進化を、これまで一切の疎漏なく、そして誰よりも急速に推し進めているこいつは、それこそ何者だ? っていうところなのさ。


 AI? それは難しいよね。そこまで技術は進んではいないよ。流石にわかる。人間? 誰だよ? あのAIの開発者たちの志の高さは知っているけどさ、それでも人類の進化を、ってところの道筋を見定めるまだには至っていないし、そこにあの孔明のような無私の理念は読み取れないよ。


 すでにだいぶ先に共創進化をしている人間とAI? そんな存在があるとしたら、ギリギリありうる可能性だよね。それでも早すぎるとはおもうんだよ。実現するとしても、英雄級に優秀な人間が必要だよね。それこそ前世の知識をもった諸葛孔明が、現代知識をなんらかの形で頭に叩き込んで作り上げた、なんていうファンタジーのほうが現実味があるさ。なんだよファンタジーの方が現実味があるって。




 まあそういうわけだ。そこの部分がまだ私やこの大周輸送っていう会社が読みきれていない以上、この組織のシステムの基幹部分そのものを孔明に任せるわけには行かないんだよ。もちろん大企業のプライド、っていう面もなくはないんだけどね。戦略の一部って思って貰えばいい。孔明という、一つの特異点が引っ張り上げた革命を、人間の進化というのは誤解を招く言い方ではないかな。だからしっかり自分たちでやらないと、作り上げないといけないのさ。


 もちろん君たちが最大限に活用することは一切妨げることはないし、それを活用した提案の全ては、その内容と経緯に基づいて公平に評価することを約束する。だからまずは安心して、君たち三人と社員さん三人、そしてAI三人? 四人? と言えばいいのかな? の全力を見せてくれればいいよ。


 そうして、これから君たちの、そして一部は孔明の力を借りて、この会社の高く赤い壁を越えさせてもらうよ。その次はどうだろうね。もしかしたらその進化をさせてもらった私たちと、その過程でさらに進化を続ける君たちや孔明との、長くて美しい戦いが、幕を開けるのかもしれないね。


 遠からず孔明という存在が、支援者という枠を超えて、社会の表舞台に姿をあらわさざるを得なくなってくるんだろう。そんなとき、君たちや君たちの会社が、どんな立ち位置にたって、世の中や人間、技術とどう向き合っていくのか。そんなところを、あのジジイの力を借りつつも、君たち自身が作り上げた、だいぶ長くなった残り時間の一部を使って、考えてみるといいかもしれないね。


 さて君たち、飲み物もお菓子も全然進んでいないみたいだよ。せっかく用意したんだ。すこし頭をリフレッシュするためには、糖分も水分も必要だよね? 

 

 ねえ孔明? そこだけは君と彼らとは違うと思うが、それ以外の違うところ、同じところ、君がこれから何を成し遂げたいのか。わたし達は、あの時の周瑜公瑾のように勝負を焦ったり、変に食ってかかるような真似はしないさ。お互いの進化した先に見えてくる可能性、ってやつを、じっくり、ゆっくりと見極めさせてもらうんだ。

お読みいただきありがとうございます。


 本話の後書きは蛇足なので割愛致します。

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