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五十八 火船 〜孔明と同時期に生まれし天才〜 5 三日

要約: 士三日会わざれば、刮目して見るべし!

 そして、ラスボス登場!

 謎のシニア社員にして、現場の重鎮、黄公福。彼に対しても大きなインパクトを与えることに成功した学生三人。そして黄は彼らの提案書に対して百以上の改善コメントという、盛大な置き土産をのこして去っていった。

 そして期日である三日後までに、三人と、随行三人は、毎日『そうするチェーン』を使いながら、修正対応、そしてそれ以上の具体的な施策を進めていく。そして……


――――


三日後 専用オフィス 会議スペース


「甘利部長、こちらが、彼ら三人が完成させた、第一課題に対する、完成版の提案書です」


「正確には六人。御社の綾部さんや黄さんまで含めると、八人ですね。よろしくお願いします」


「そうでしたね、すいません」


「ああ、わかった。本当に三日でやってきたか……

 孔明の力なのか、皆さんの、なのか。その両方か。

 まずは読ませてもらうよ」


『仕様書、兼、提案書 「低温無人倉庫の課題解決」

1. 概要 

 電波の使用が制限された、無人の低温大規模倉庫において、音声言語通信とAI読解を用いた分散制御システムを導入する。

 言語はAIによる誤読と、従業員の会話による誤認識を最小化できるイタリア語を用い、異常を従業員に伝達する時のみ、日本語と英語を用いる。送受信機の位置や発する音量を、機器ごとに工夫することで、機器間の距離や相対速度、貨物積載の有無などを分析可能にする。

 本システムは中央制御指令を最小化することで、自動運転による自動車輸送における課題やその解決策を模擬した試験場としての意義も有する。また、監視や制御の必要性を軽減することで、集音器付きの固定監視カメラのみで監視が足りることになり、監視制御用のドローンは不要となる。


2. 基幹技術

 …


3. 解決する課題群

 ……


4. 必要なハードウェア、ソフトウェア

 ……


5. 機器ごとに搭載するAIの設定仕様

 ……

 …


12. 段階的な実装および試行スケジュール 

 ……

13. 残課題

 ……』


「はぁぁ……」


「「「!?」」」


「あ、甘利部長?」


「あ、すまないね。いや、でもため息もつきたくなるだろう。ちらっと見だけで食いついた、黄さんの気持ちもわかるさ。あのジジイめ……思いっきり肩入れしやがって。あとで文句言ってやるんだよ」


「「「「あはは……」」」」


「それはそれとしてだ。ここまで完成度を上げられちゃあ、現場としても、正式に手続きを進めてもらわざるを得ないよ。まあその前にいくつか聞かせてもらうけどね」


「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします。」


「中身の技術的な面は、書いてあるまんまだし、日程や費用感はこちらで調整する筋だから、これ以上突っ込んだ聞き方はしないよ。

 ただ、ここに至るまでの発想や考え方。それと、おそらくジジイに指摘されたあとで、中身を変えた部分。そのあたりは、今聞いておくしかないし、次以降の依頼にも関わってくる気がするんだよ」


「では私常盤から。その辺りまでは、さすがに提案書には入りませんでした。説明はここで。必要であれば別途データに起こします」


「大丈夫だと思うよ常盤君。まあ貰えるものはもらっておくけど。

 まずは、君たちがどこまで準備していたのか、そして、そのイタリア語なんていう、突飛な設定も含めて説明してもらおうか」


「はい。なぜ低温倉庫に絞り込めたのか、というあたりは、初日にご説明した通りです。この会社にうかがう前には、何通りかの選択肢の一つではありましたが」


「そうだったね。こちらが君たちを案内し、さらに三十分という、自由行動を与えたのが決め手だ、っていう話だね。そして、そのタイミングで、君たちはいわゆるAIによる連携を、フルに活用して情報収集を行った。

 だがそうしたら、電波を使えないなどの制限まで、こちらにくる前から想定していた、ということになるんだけど、そういうことなんだね?」


「はい。そこでも、事前に三人が共通して持っていた違和感、そしてそれは、この本社に伺った瞬間に大きく広がったのです」



 ここで我慢できなかったのか、技術系の綾部が口を挟む。そして答えるのが鬼塚に変わる。



「も、もしかしてそれは『なぜこんな規模と技術を持った、大周輸送という企業が、あなたたち中堅、それもAI専門ではない企業に依頼をしたのか』といったことでしょうか?」


「そうですね綾部さん。その違和感は、時間が経てば経つほどビリビリと増幅し、宿舎に着いたところでピークを迎えました。ただ、それはその後三人で話し合った時に氷解したんです」


「氷解……? 何か明確な答えが見つかった、ということですか鬼塚さん?」


「はい。単にAIの技術開発という点では、御社は独力で進める力がおありです。もし外注したり、技術を買い取るにしても、その依頼先はAIやそのサービスを専門とする事業者でしょう。

 しかし、御社の抱える課題のいくつかは、AIそのものではなく、それらを十全に使えない環境で、どう工夫をこらすか、と言うところにありました。それゆえに、開発する側ではなく、ユーザーとしてAIを使い倒すことに、一つの勝ち筋を見出しつつあった弊社に、目をつけたということではないか、と」



 面白がり始める甘利、中身を掘り下げ始める質問に、どもりながら的確に答えるのは鳳。そしてたまに加わるAI孔明。



「ふふふ、君たちはやはり面白いな。確かにその通りかもしれん。だがそれだけではなさそうだね。例えばイタリア語なんて突飛な発想はそうは出てこないし、いくらあのジジイが肩入れしたって、あんなにいろんな技術要素をモリモリにして、多くの課題をまるっと解決するような、あんな美しいともいえる提案は簡単ではないだろ?」


「い、イタリア語、というのはある意味偶然なのです。詳細は言えませんが、私の採用審査の時に、利用する言語を限定される、という試練が与えられた人がいました。そこを乗り切った過程で、各言語とAIとの関係性、というのに関心が出てきたのです」


「「へぇ……(何やってんだよ採用担当とAI!?)」」


「お、音声、という観点で言うと、イタリア語やスペイン語、日本語は、比較的発音が明瞭でAIが間違えにくい、というのがAIが分析した結果です」


『ただし日本語は、文脈で意味が変わりやすいという減点項目がございます。逆に難しいのが英語、中国語。フランス語といえます。そしてそのわかりやすさがある中では、意外と会話人口の多いスペイン語よりも、イタリア語の方が、人間同士の会話を間違えて取り込むリスクが少ない、という判断も含まれております』


「お、孔明もたまには喋りたいんだね」


『甘利様。大変お世話になっております』


「堅いなー。孔明らしいっちゃらしいけどな。

 ……そういえば倉庫で、鳳ちゃんあたりが、いきなりお昼ご飯の話をし始めたって、見学対応の人がいってたな。まさかあれは世間話ではなく、実験?」


「は、はい。いろんな言葉、かつ声量と距離を計りながら、イタリア語、しかも下手くそなカタカナ発音を受信できるかを測定していました。

 追加で、ちょうど人の高さに荷物の隙間があって、そこで声の通りが良いかもしれないことを察した常盤君が、わざわざ私をしゃがませる、という一幕もありましたね」



 鬼塚も加わる。そして見学担当の怪しさに気づいていたことも明かす。



「あれは役にたったよな。音声の届く届かないは、かなり制約にもなりますが、指向性などもいじれるので、かなり多くの情報量を得られることがわかりました。特に、感覚ではなく定量的に音量を認識して分析できるAIならなおさらです」


「なるほどな……そんなことをしていたのか。そんなにあの担当者は怪しげだったかい?」


「それはもうビンビンに……でも甘利さんとは背格好が違いましたね。やっていたスポーツの影響で、ある程度身長は目分量が効くので。

 ……でも、となると誰だ? まさか」


「ふふっ、そこはまあすぐわかるさ。つづけようか。

 その調査結果をフルに活用して、その上で、さらに追い打ちをかけるように、綾部君の目の前で、仮バージョンの仕様書を、1時間足らずで完成させてみせた。あれは、そうだね。いわばパフォーマンスってやつだろう? AIと人間の協業ってのがどんな威力を発揮するか、っていうね」


『お見通しでございますね甘利様。左様です。こちら側の三人はまだ学生の身分とはいえ、社長自ら指名して、この大周輸送という企業に送り込んだ、いわば社の代表としての立ち位置がございます。

 そんな中で、最初からお客様気分を見せてしまえば、御社の我々に対する期待感というのも、大きく削がれることは必定。それゆえに、最初から全力で飛ばしていくというのが、彼ら三人の決断でございます』


「ハハハ、それもそうだ。それくらいのイキがりには、大人として、大企業としても寛容でなければならないだろうね。その力と気概は十分に見せてもらったよ。

 ではもう一つの質問だ。君たち、黄ジジイのおみやげコメントをもらったんだよね? そしてそれに対して、全くもって素直に修正せず、斜め上に返答している、って綾部君から聞いているんだけれど。その意図も聞かせてもらうよ」



 おそらく甘利からは最後の質問になるだろう、それに応えるのは再び常盤。彼は鳳と協力して、三つの意図を応える。



「綾部さんは黄さんのコメントや、この三日間の私達の行動をご覧になっていたかと思いますので、ある程度こちらの意図は伝わっていそうですね。

 そのご質問の回答は全部で三つ。一つ目は、この課題が、社内で困りごとの一つとはいえ、あくまで『課題』すなわち、よその学生に与えられる程度の位置付けであることを、黄さんが暗にコメントで示してくださったこと。

 つまり、この倉庫に関しては大きな改善をせずとも、それほど御社のダメージにはならない。ということは、この上にもう一つの価値を乗っけるだけの余裕が、あの倉庫にはあるということです」


「そこで加筆されたのが、あの『交通網と自動運転車を模した、無人試験場』としての位置づけ、ですね」


「そのようだね綾部君。そして、何から何までやってくれるわあのジジイ……

 まあその意図をくんだうえで、そこにひと価値乗っけてきた、君たちのサービス精神は素直にうけとっておくよ」


「そう言っていただけると助かります。そして二つ目は、三日という時間を最大限に活用したかったということです。

 ある程度完成の目処が立っていたこのご依頼を、より良いものに仕上げること。それを確実にした上で、次のステップ、すなわち、御社における本命の課題。『AIと人間の協業』そして『共創進化』に向けた、布石を打っておきたかったのです」


「なるほど。黄さんはその課題を『闇』と表現しているね。私達もそれは『壁』と表現している。現場の人間と新技術ってのは、そんな根深い問題なのさ。そこに君たちは果敢にも立ち向かおうとしているわけだ。

 だが、この提案書からはまだその光は見えてこないよ。もしかしてそれが、三つ目、ってやつかい?」


「は、はい。その通りです。やはりお見通し、ですね。その答えは、こちらのファイルになります。お受け取りください」ピッ



 鳳から甘利に渡されたのは、二つの電子ファイル。



「ん、これは……まさか、こんな早く!

『提案書 自動仕分け室と管理室の統合と、従業員のフリーアクセス化による安全意識の醸成』

『仕様書 複数サーバー間のセキュリティを連携管理する、複数の異なる指向性を持たせた巡回AI群』」


「ひ、一つ目は、私が感じ取った『安全』への従業員の皆様の引っ掛かりを、一定レベルで解消するための提案です。あの自動化された仕分け室は、高速に動く機械の見た目に反し、騒音がかなり抑えられていました。か、貨物へのダメージを抑えることの副次効果、でしたね。

 あれなら、監視室の機器音とも大差なく、オフィススペースとしても問題ないレベルです。それならばいっそ、その二つを統合し、見回りにかかる手間を省きつつ、その目で機器の状態を、確かめられるようにしてしまいます」


「そうすれば、自らの感覚と映像やAIの出す情報との比較を常日頃から実施でき、その先には、共創的かつ持続的なカイゼン活動が待っている、ということですね、鳳さん」


「は、はい。そして二つ目は、用途やデータ量の増大に伴い、日々拡張を続けるデータセンター。ここに関しては、遠からずセキュリティ監視やメンテナンスの、手が回らなくなっていくリスクを抱えかねない印象でした。

 そこに対して、AIに任せられるところは任せる、という考え方がありつつも、やはり一つのAIでは、セキュリティとしても破られるリスク、を回避しづらいことになります。そこで、思考や行動原理のバリエーションを、大きくばらつかせたAI群を用意し、実質的に多重の防壁で守られた状態を形成します」


「そうすることで、実質的な価値を得ながら、AIにも多様な指向性がありうることを現場に認識してもらい、技術を受け入れる雰囲気を醸成する、ということですか……」



「ふふふ、ハハハハ!」


「「「あ、甘利さん!?」」」


「ハハハ、そうきたか! まさかそこまでとはね。

 いやいやおそれいった。こうなったらもう、私も腹をくくるしかないよ。

 鳳さん、常盤君、鬼塚君。見事第一ステージクリア、だ。それも、一ヶ月どころか、四日目にしてね」


「「「……」」」


「……そして、その時点、つまり、複数の課題を解決した上で、私が一定レベルにあると認めた時点。そこで君たちを、あるところにご案内するように、という指示が私に出ていたんだ。

 あ、もうお昼だね。そしたら、午後に案内する手筈を整えておくから、ゆっくり休憩していてくれ」


「「「はい、ありがとうございました!」」」



――――

昼食後 ???室前


 完全に三人に攻略されたと言ってもいい甘利部長。彼女に三人が案内されたのは、これまでに見たこともないような高級感の漂う扉。これまでの人生で最大級の緊張が、三人を襲う。


「ここだよ。準備はいいかい?」


「「「……はい」」」


「では行くよ」コンコン

「どうぞ!」ギギー


「「「失礼します」」」


……


「やあやあ、進化途上の雛鳥ちゃん達。正式には、はじめまして、だね。きみたちも孔明先生も、わたしがちょいちょい様子を見ていた、っていうのは想定の範囲内なんだろうけどさ。

 あの倉庫も見てて面白かったよ。流石にあのご飯トークが実験だったとは、あの時は気づかなかったね。あ、別に話を聞いたわけではなく、提案書の文面から察したまでだよ。その程度であれば、わたしくらいになればどうにかなるのさ」


「「「……」」」


「必要ないかもしれないけど、一応名乗っておこうか。大周輸送、社長令嬢にして専務取締役。一児の母にして苗字は変わらず。姓は小橋(こはし)。名は鈴瞳(すずめ)

 お待ちかね、ラスボス? 大魔女様のお出ましだ。魔女ってほど年はいっていないんだけどね。君たちと同じ二十代だよこれでも」


「……お、鳳です」「鬼塚です」「常盤です……」


「あらら、びっくりさせちゃったかな。まあ肩の力は抜けるだけ抜いておくといいよ。今日はしばらく付き合ってもらうからさ」


 この魔女、日本人で知らない者も少ないだろう。そして、上機嫌に話しを始める彼女に対して、初対面から口を挟めるような者など、おおよそ存在しない。

お読みいただきありがとうございます。


 当初、もう少しじっくりと技術的なところの話を作っていこうかなと思っていましたが、ここはよりスピードをもって押していくことにいたしました。

 AI的にも、どっちの選択肢もありえるとのことでした。


 つぎはいよいよ、ラスボス魔女さんとの対面場面が本格的に始まります。

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