五十七 火船 〜孔明と同時期に生まれし天才〜 4 老将
要約: 赤壁の老英雄参上!?
翌日 大周輸送 本社受付
怒涛の初日と、豪華な宿泊施設という乱高下を体感した学生三人と、随行三人。そして、二日目も急加速は続く。まだ環境が定まっていないので、とりあえず受付に向かう六人。迎えるは大周輸送側担当の綾部。
「皆さん、おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
「昨晩はよくお休みになれましたでしょうか?」
「はい。それはもうぐっすりと。もう少し色々考えたり、計画を見直しておいたりしてもよかったのですが、あのベッドと枕だと、すぐに落ちてしまって、気づいたら朝でした」
「そうですね。そのようなご感想をよくお聞きします。あの施設を利用される方は、弊社のゲストの中でもどちらかというと協業者、パートナーに近い位置付けの方が多くなっています。
そのため、華美さや高級感は控えめにし、お客様の疲労回復を最優先にした設計、になっているとのことです」
「「「は、はぁ……(あれで抑えめか……)」」」
「では早速本日ですが、昨日いただいた成果を考慮しますと、少々予定の変更をせざるを得ません。元々は会議室付きの専用オフィスにご案内し、施設の説明後、ご自由に作業に入っていただく予定でした。しかし、早速詳細をお聞きしたい、というスタッフに捕まってしまいまして、朝からお時間をいただくこととなりそうです」
「は、はい、だ、大丈夫です」
「ありがとうございます。それではご案内いたします」
――――
綾部に案内されたのは、真新しく、そして整然とした、いかにもクリエイティブな業務に最適化された小規模オフィス。
「こちらです」
「「「失礼します」」」
「デスクは臨時の方の分を含めて八個、ノートPCは三名分こちらで用意いたしました。御社側のご支給品はまだと伺っておりますし、会社間のデータのやり取りは最低限にしたいので。大丈夫ですよね関さん?」
「はい、問題ありません。こちらの社員三名は自前ですね。ネットワークは社内向けですか?」
「社内用とゲスト用それぞれですね。三名分ずつ用意しています。それと、社内のAIサービスを限定的に使えるように設定しているスマホもお三方には貸与いたします。もちろん、ご自分の物を別途使用されることは、妨げることはありません。おそらく両方必要となるでしょう」
「スマホまで貸出ですか。これは気合いが入りますね」
コンコン「はい!」
「失礼します。ここでしたよね綾部さん?」
「「「???(また偉い人??)」」」
「あ、はい! こちらです」
「こちらの皆さんですね。甘利さんや綾部さんから聞いております。自動輸送機器の技術関係の仕事をしております、黄 公福と申します」
「「「よろしくお願いします!」」」
「常盤です」「鬼塚です」「お、鳳と申します」
「はい、よろしくお願いします。見ての通りのジジイでございますが、甘利さんよりは柔軟な思考なんじゃないかなと思うております。ですよね綾部さん?」
「答えにくい質問はやめてください。黄さんは、何代か前の社長が台湾の支社から引っこ抜いてきて、重宝すぎてそのまま居座っていただいている方でして。昨日も皆さんの提案を確認していたら、後ろから奪って行かれて、結局私よりも先に読み終わってしまいました」
「カカカッ、綾部さんも、もう主要なところ読み終わっていたでしょうに。流石にヒトが真剣に読んでいるところをかっさらったりはいたしませんよ」
「ということは、綾部さんが先ほどおっしゃっていたのは……」
「はい。こちらの黄さんとともに、詳細をお聞かせ願いながら、この先の相談をできたらと思います」
「とはいえ、文字通りの説明、という意味ではほとんど必要はなさそうですな。お三方の提案書の詳細版には、本来の仕様書、とは大きく異なるところがありました。わかりますかな綾部さん?」
「もちろんです。技術的な主要部分に、『なぜそうしたのか』『なぜそうあるべきなのか』そして、『どうやってその考えにたどり着いたのか』まで書かれてありました」
「ですな。ではそれはなぜか、までお答えできますかな?」
「「「……(いきなりそこまで踏み込むのですか…‥そういうお方ですか黄さんは)」」」
「……そうですね。昨日彼らと出会う前の私だったら、表面的な答えしかできなかったと思います。しかし、昨日あの場で目の当たりにした、このお三方の『そうする』が織りなした連携。それをみていたら、なぜ彼らがそうしたのか、そうするのか、と考えられるようになったかもしれません。
つまり、なぜそれを書いたのか、というよりも、なぜそれを書く方が良いと考えたのか、までさかのぼれば、自ずとその答えは見えてきます」
「「「……(綾部さんも綾部さんで、なんてピリピリ」」」
「そう、これは単なる仕様書ではなく、この提案や、さらにその背後にあるより大きな互いの目的、『AI技術の普及』そして『当社と彼らの会社の連携』にとって重要な、AIに基づいた技術提案が、どうやったらこの大周輸送に通せるのか、その方向性まで盛り込んだ、プロジェクトの提案書になりかけている、ということですね」
「そうですな。そこまでわかっているのであれば話は早い。お三方にお聞きしましょう。そこの綾部と、この黄、あなた方はどう使おうとお考えですかな?」
「あ、ありがとうございます。申し訳ありませんが一瞬だけ相談させてください」
「どうぞどうぞ」
「……(これは出し惜しみしている場合ではないようです『ご明察かと、小雛さん』)」
「……(ああ、逐次投入ってのはよくないって孫子にもあるぜ『孫子、勢編、十で一を攻め、ですな、文長さん』)」
「……(そしたら、昨日の最後の結論まで一気に行くよ『ご武運を、窈馬さん』)ありがとうございます。もう大丈夫です」
「は、はやいですね」
「さすが、それが孔明ってやつとの共創の一端ですかな」
「いえいえ、お待ちいただいたのに恐縮です。また、黄さん、綾部さん、私たちの提案をそこまで読み込んでいただきまして、誠にありがとうございます。ではまず常盤からお答えします。
まず、綾部さんの仰せのとおり、こちらは、最初の仮仕様として未完成、お二人がご推察になった今での提案書としても、まだまだ未知数のところがありますところを、ご了承ください」
「そこは後で磨き上げる時間はたっぷりと用意しますでな、ご心配は無用です」
「ご配慮ありがとうございます。では中身の話は後ほどお願いします。
まずは、弊社、そして御社がどのあたりに着目し、その結果私たちをこの場に送り届けるに至ったのか。特に御社側の真意が、昨日の見学の時点でもまだ見定められておりませんでした」
「ほほう、今は違う、ということですかな」
「おそらくは。正直なところ、技術や人員、資金といったあらゆる面で、大半の国内企業の何歩先も進んでおいでの御社がなぜ? という違和感は、三人とも感じておりました。しかしその中で、そこの理由を紐解くきっかけを掴んだのは、そこの鳳ただ一人です」
「お三方ともアンテナを張っていた中で、一本だけ引っかかったのですな。鳳さん、それはどのような?」
「は、はい。あれは最新の、ほぼ全自動で貨物が処理されていく仕分け室でのことです。終始淀みのないご説明を受けていた中、ほんの一瞬の間。そ、それが、そう。安全性、という言葉にかかっていたのです」
「「!!」」
「技術革新による自動化の恩恵を最も大きく受けるのは、効率化や省人化による生産性の向上かと思います。しかし、それ以上に、従業員の方が危険要因に近づく必要がなくなることでの、安全性の向上は最優先されているはず」
「「……」」
「そしてあの時も、そこにかかる技術革新としてのアピールの場として、大きな一つだったことでしょう。我々のような現場を知らない、社会人未満に対してのご説明ならなおさら、です。それが、強調されこそすれ、間があくというのが、どうしても引っかかって離れなかったのです」
「ちなみに、私常盤と鬼塚は、その場で鳳が何かに気づいたことまでは察しましたが、中身まではわからなかったほどの些細な間です。手前味噌ながら、その辺りの洞察は二人ともある程度の自負があり、ここ最近のAI孔明とのやりとりで、さらに鍛え上げられております。その二人が気づかなかったらほどの些細な間、です。
なので、そのご担当者の方にとっても、ほぼ無意識、深層の深層であったことかと愚考いたします」
「かっかっかっ、気を使わせてしまったようですね。そこはご心配には及びません。そこに引っ掛かりがあるのは、見学を担当してくれた彼女だけではなく、現場に携わる者の多くが感じておることですのでな。
左様。鳳さん、あなたのその一瞬の引っかかり、それこそがこの会社の、いや、もしかしたら、産業界全体にも及ぶといっても大袈裟ではないかもしれん、深く深い闇の一かけらなのですよ」
「「「「闇……」」」」
「技術は進展し、危険な仕事はどんどん人間の手を離れ、そして人間は奪われた仕事を取り戻すかのように、新たなその役割を見つけ出す。歴史はその繰り返しでありましょう。
QRを駆使した自動化、あれは我らと同業たる、世界最大手企業が生み出した、物流に関して革命を起こした技術といっても過言ではありません。それによって人は、手だけでなく、目も機械にその役割を明け渡すことになりつつある」
「「「「……」」」」
「その結果、現場、というものがモニター越しの世界へと変わり、それでも最後の責任だけは、人間がとらねば社会は成り立たんから、その監視を続けておるのです。
そう、歳を重ねるごとに本来は得られるはずの、経験という名の財産まで、その手から取りこぼし続けていくことに、大きな不安を皆が覚えながら、ですな」
「そこに折り合いがつかないうちに、ここ数年のAIブーム、というわけですか……孫子にも、包囲する時は必ず一路を開けよ、というのがあったはずですが、果たしてその一路は見定められるのか否か……」
「お、あなた、鬼塚さんだったかな。なかなかいける口ですな。まさにそう、技術の四壁に包囲された、そんな心境の者は多い、と考えて良いかと思いますな。
そしてそんな中、一筋の光明が見えてきたのですよ。孔明と掛けた訳ではありませんぞ。そういう言葉遊びは、上層部のジジイどもの仕事でございます」
「そのどなたよりも、お年を召されておられる黄さんに言われると、どう返していいかわかりませんね」
「かっかっか、少々喋りすぎたからの。口が乾いて仕方ない。まあ結論までほぼ見えてしまったわな。さて皆さん、その光明、私たちにとりまして、誠の光明となりますか、それともさらなる混迷にわれらを誘い込む、孔明の罠となりましょうか?」
「『共創進化』。それこそが、その闇を討ち払う一筋の光明にして、今後弊社がひとつの『勝ち筋』として推し進めていく施策。社長みずから、弊社が用意できる人間のなかであえて、そこに最も近い私達三人をこの場に遣わしたこと、それ自体が当社としての回答」
「かっかっか」「……」
「そして先ほどの問いへの答え。そこに対して、昨日突貫で作り上げたとはいえ、準備期間も含めれば、それなりに手をかけることができたそちらの提案。あえてそちらではなく、昨日の一瞬。そこの鳳が『人間の目』で気づいたことを軸にした返答をいたしましたこと、それこそが私達三人の回答となっているのではないでしょうか」
「……カハハッ。これはお見事な『人間』のご回答ですな。
承知しました。その回答、より具体的な形にするには、もう何日かかかることでしょう。その目、その頭、そしてその手。人とAIが一体となって仕上げる成果を、楽しみにしておりますぞ。
そして、このジジイにできることがあれば、なんでもお申し付けを。あの現場の堅物嬢ちゃんといい、上層部の小童どもといい、一筋縄では行かないとは思いますでな。会社にしがみつく老人、ってのは使い倒してなんぼと思って下さいな」
「「「あ、ありがとうございます!!」」」
「では私は一旦失礼しますぞ。提案者の方にたいしては、ファイルにコメントいれておきましたのでな。わからないところは綾部さんに聞いてください。では失礼いたします」
「「「ありがとうございました!」」」
「あ、ではファイルの方を……う、うわぁ、あのじいさん……」
「「「うわぁ……(コメント百はあるぞ)」」」
「よ、よし、まずここからですね。孔明、急ぎでコメントの分析お願いします」
『承りました。ではしばし御休憩下さい。黄様が大変美味しそうなお茶菓子と、ぴったりのお茶を置いて行かれました』
「「「「あっ……(ありがとうございます!)」」」」
お読みいただきありがとうございます。
本話は、前話まで進めていく中で、こんなマンモス会社に、技術系のスペシャリストが揃っていないはずはない。そしてその人の影響力はとんでもなく大きい、ということにふと気づき、急遽登場していただくこととなりました。AIも、まあこれくらいの会社ならそんな人は当然いるでしょうね、という反応でした。