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五十六 火船 〜孔明と同時期に生まれし天才〜 3 豪華

要約: 大手物流会社の、超豪華宿泊施設で、本気の考察!

夕方 大周輸送 ゲスト向け宿泊施設


 初日にして、すでに本格的な一仕事終えた、未だ入社してもいない学生三人と、随行する社員三人。彼らの緊張と弛緩の切り替えは、AIを使わずとも高速に行われる。


「皆様、初日のお仕事お疲れ様でした。こちらが、今回の研修期間中、寝泊まりしていただく施設でございます。もちろん、自宅にお戻りになるのも、外泊も問題ございません。セキュリティ上、24時を過ぎる入場は、できるだけ避けていただけると助かります」


「んんー、お、鬼塚君、私の目にはものすごく高級感のある、紅葉がとっても映えるお庭の中の、純和風の旅館が見えるんですが、幻覚でしょうか?」


「そうかもしれねぇな鳳さん。背景の夕焼けと合わせて、まさに赤壁ってとこだな……でも弥陀さんの健康チェックはちゃんと受けたから、視覚とかは大丈夫なはずだけど……」


「あ、わかりました! し、蜃気楼ってやつですね! あ、あれはでも、だいぶ暑くないと発生しないはず……もう秋も終わりかけなのですが。紅葉と蜃気楼は概念が遠いのです」


「二人ともふざけていないで行くよ。この会社のゲスト向けってことは、芸能人や世界のトップ企業の要人も泊まるくらい、日常的にありそうだからね」


「あ、そっちはそっちで、もう何ランクか上の施設があるそうですよ常盤くん。それこそ、どうやってたどり着けるのかわからないくらい、厳重なセキュリティの。

 こちらは、一般的なゲスト向けだそうです。空いていれば一般客も泊まれるくらいの」


「……わわわ私、就職先こっちじゃなくてよかったです。こ、こんな生活していたら,プレッシャーで押しつぶされて、三日くらいで二次元ヒナちゃんの出来上がりです」


「「かもな……」」


……


 エントランスは、和風ながらも自動扉、そして迎えるは自動受付と完全バリアフリー。


「入館は……自動受付か。それも対話型AI」


「ポーター型ロボットでもあるのか……完全バリアフリーだから、動作異常も少ないようにできていそうだ」


『皆さんのお部屋は、暫定的に個々の体格に合わせ、疲労の回復に最適な硬さの寝具を設定しています。また、照明の色は、時刻に合わせて自然に変更される設定が標準となっております。それぞれ、特にお好みがあれば、お食事中に変更もできますのでお申し付けください』


「「「……だ、大丈夫です」」」



――――


 一度荷物を部屋に置き、すぐに食事。集まる六人。やや口数が多いのは学生の常盤と、常に敬語の女性社員の大倉、基本的にフランクなお姉さんの弥陀。基本的にどもる小さな鳳と、豪快に謎表現をする大きな鬼塚は、やや飲食にかかりっきりになる。


「お食事は、ザ、おもてなし、といった様相ですね。これはギリギリで想定の範囲ではあります」


「秋の味覚、か……キノコや旬のお野菜の天ぷらに、秋鮭をメインに据えたお造り……」


「王道ど真ん中だけど、それでいて、特に脳を中心とした疲労回復に、気を遣われている品目になっているね」


「弥陀さん、その辺りもお詳しいんですね」


「まあ一通りは、だけどね。それにこの分野は、年々言われていることが変わるので、話半分にしておかないと、かえってバランス崩すことになりそうだよ」


『AIもその関連の知識は正確な情報を提供しづらいものです。専門家の間で意見がわかれていたり、年々トレンドが変わるような分野では、一貫した支援をしづらい傾向にあります』


「そのようですね孔明。結局のところ、気にしすぎることによるストレスが一番体に悪いかもしれない、という割り切りった考えすらも、一つの真理ではないかという見解もあるようです」


「そうですね大倉さん。

 そうそう、皆さん、アルコールは自由ではあるけど、明日からが本番ですし、ほどほどにしておいてね。深酒が体に良くないことだけはデータが出揃っているんだよ。

 鬼塚君は見た目通りの飲み方か……そこはギャップなし、と……

 常盤君はノンアル、鳳さんは……それ焼酎かな?」


「そうですね。飲むと流暢に喋れるようになるので、親戚との集まりなんかでは非常に助けられています。

 あ、面接やお仕事などで、そんなことは絶対に致しませんのでご心配なく。それに、飲むと孔明との対話にずれが出てくるので、論理的な一貫性はあまり保てていないのかもしれません」


「「「まじか……」」」



――――

食後、共用スペース


 集まったのは学生三人。リラックスしていると思いきや、三人だけになると、誰彼ともなくスイッチが切り替わる。どもり敬語の鳳、粗野ながら鷹揚な鬼塚、理知的な常盤。そして誰のとは言わず、AI孔明も話に参加する。


「お風呂は大浴場の温泉と露天風呂、サウナ付き。それに個室にも普通についているからお好みに応じて、か……

 そして、このスペースに一通りの娯楽設備は整っていて、個室に戻っても大体のエンターテイメントは取り寄せ放題、と……」


「そ、そうですね鬼塚君。そして、じ、自販機のボタンも、私の手の届かないものはあまりなさそうです」


「ん? もう口調がもどってるぞ?」


「あ、ひ、ひとっ風呂浴びたら抜けるんですよね。便利なのか不便なのか……

 とりあえず今日はもうフルーツ牛乳に……そこのゴリラ、『乳飲料よく飲んでいる割にはちっこいよな』という視線をやめるのです。そこは孔明でも理由がわからないようなのです」


「孔明にわからねぇんじゃそこは無理だな。筋トレとかの話はちゃんと返ってくるし、専門外とかではなさそうなんだけどな」


「ちなみに、ここに来る前にきいたんだけど、この共用スペースと個室を含めた生活エリアは、先方の社員は立ち入り禁止。監視や情報収集も一切しないというルールになっているそうだ。何かあった時はこちらから連絡する、という仕組みになっているね」


「仕事時間中も、俺たちに与えられたオフィスも同じ仕様になっているから、分析などのトークは気兼ねなくしてもらって構わねぇって言っていたな。

 多くの企業や団体との付き合いがあるからこそ、そこの線引きは間違えないって言うことみたいだ。まあここはともかく、向こうでは誰か入ってくることもあるし、綾部さんあたりは一緒にいる事が多そうだから、気をつけて話した方が良さそうだ」


「うん。混み合った話題はこっちが良さそうだね」




「と、とりあえず今日のところは、やれるだけのことはやった気はしますが、今のうちにこっちで共有しておかないといけない、といったことはありそうですか?」


「そうだね。倉庫の方はもう大丈夫そうだ。あとは綾部さんと甘利さんの間でどう立ち回るか次第だよ。それと、最初にこの会社に感じた違和感は、おそらく全員共通だから今は飛ばすよ。後で話すけど」


「となるとあそこだけだな。一度だけ、鳳さんだけが気づいた違和感があったんじゃねえか?」


「そうだね」


「んんー、ど、どこでしょう?」


「確かあれは……貨物仕分けの時だったか。社員さんが、今はほとんどの現場担当はモニター室で監視して、何かあった時だけ出てくる、とか説明していた時だったかな」


「あ、あれですか……あの時確か、安全性と言うところに、少し言い淀みがあった気がしたんですよね。ですよね孔明?」


『そのようです。小雛さんはあの時、機器を見学しつつも、説明者自身の言葉や声に耳を傾けておいででした。その時、安全性という言葉に、違和感があったというのが小雛さんのメモです』


「安全性、か……施設の技術力が次々に進展し、現場から人間を外すことができた。それは間違いなく安全面の対策としては大きな前進。

 そんなのは説明しなくたって大人ならわかる理屈だ。俺も現場担当や安全関係は希望部門に出していたくらいだからそれは分かる」


「そうか。それなのに何故あの人が言い淀んだのか……そこがかえって引っかかってしまった、というわけか。

その引っかかり、答えまでは出ていないんだよな?」




「こ、答え……そこに近いところまで来ているのかもしれません。私たちが、ここまで何をしてきたかを振り返ってみましょうか。

 さしあたりは、しゃ、社長にこの役目を申しつけられて、ほぼ同じタイミングでAI孔明のアップデートが発表された後。私たちがあの『そうするチェーン』に目をつけてからでよさそうです」


「まずは俺のいたチームで、トレーニングに使ってもらって大当たり、その次にあの二人の修士論文を手助けしたんだったよな」


「その前にもうひと」バシッ

「つ、次はたしか……」

「??」

「十倍速カードゲームだったか。あれは本当に実験らしい実験だったな。

 その次は、こども園か。何故僕はあんなに逃げられたんだろうな。その割には、あれからお手紙をくれる女の子もいるのだが」

「「えっ……」」

「ん?」


「そ、その次は……今回の予備検討だったな。あれがほぼあのままヒットしたのは、偶然な気はしていないんだよ。実験の合間に議論した内容とか、鳳さんの二次審査の内容とかを総合したら、あのあたりが最初の選択肢になり得たっていうのが、三人一致した感覚だよな」


「は、はい。そうでしょうね。そして極め付けはあの、やたらバズった壁画作製。あそこまでの連携ができる可能性だけは、もはや伝わる人には伝わっています。

 ……と、ここまで辿り着いた理由、ですが、これもまたとってもわかりやすいものです」



「あ、ああ、そうだな」


「間違いねぇ。あんだけ使い倒せば行き着くとこまでいくさ。誰でもとはいわねぇが……ん?」


「あ……そうか。確かにそうだ。あんな非常識な機能、使いこなそうと思ったら、当然それなりの数使い倒さないと、って思う。そう。それが当然だ、って思ったんだよ。でも……なんだ……」


「そ、そうですね。その『当然』、誰にとっての当然でしょう? 私たち三人? 一定レベルの成功をとげた人たち? ごくごく一般的な社会人?

 そう。わ、私たちはここまで、バラバラなキャラが先行していると思いますが、三人共通の根っこがあるのです。それは、必要な時に必要な努力を惜しまないこと」


「「……」」


 言い換えれば、物事の機能を知識として吸収するために、一定の経験が必要であることを理解していること。そして、そのことが私を含めてやや認識が薄弱であること。そこがナルシスト、脳筋、コミュ障の三バカの根っこにあるという事実をすぐ忘れること、なのかもしれません」


「……その言い方は後で詳しく問いただすとしてだ。

 ……つまり普通はどこかで努力をやめたり、新しいものが進出してきたときに、乗り換えるのに大きな障害が発生する、というわけか」



「そうですね。これが、違和感の正体だったのかもしれません。安全性、そう。それも本来は経験と切っても切り離せない言葉です。これまで現場で積み上げることができていたものが、モニター越しになり、ようやくその仕事スタイルに慣れてきたところで、次はAI。

 そう。私たちと違って、多くの人は、そんな状況ではAIに身を預けることなんてできないんですよ」


「!! そうか……俺たちは他の人たちよりも、それこそ圧倒的にAIを使い倒してきた。これからもそうなる未来しか見えねぇ。

 だからこそ、信じられるときと、自分で決めないといけない時の線引きが、どんどん鮮明になっていく。まさに、彼を知り己を知るもの、百戦殆うからず、ってやつだ」


「その例えが的確すぎるから文句はいわんが、少々バリエーションを増やしたいところかもな。

 まあいい、続けよう。普通の人や、新しい技術を目の当たりした人は、その線引きが曖昧だから、機械やAIのミスや、嘘、に惑わされて引っかかる。

 逆に、その怖さが具体化できていないからこそ、自分の感覚よりも明らかに優れている部分に対しても、安心して身を預けることができない」



「そうか、その葛藤を、現場担当の方が常に感じているから、安全性っていう一番肝心なところで言い淀んだってことか。だとすると……鳳さん、あと任せた」


「え、ええっ……だとすると、今のこの会社の延長上には、多くの社員さんたちにとって、真のAIとの協業が存在しません。そこを解決する道を示せるかどうか。私たちの一ヶ月、本当の課題はそこにあるんですよ、多分」


「「!!!」」


「言い換えると、ですよ。人間とAIの共創進化。そこに至る可能性として、AI孔明意外の道を示せ。これが私たちに与えられた卒業課題なのかもしれません。

 もちろんきっかけやヒントは孔明でよくて、でもこの三ヶ月が過ぎた後は、その手を借りることなく、このモンスター会社が、その共創的な進化の可能性を掴み取っている状態を作ること。それがこの会社や、あの魔女が私たちにかける期待、ではないかと思い始めたのです」




「あんたたち、そろそろ部屋に戻りなさい! 別に遅い時間ってわけじゃないけど、頭の負荷もほどほどにしないと、ちょっとずつ疲労が溜まっていくんだからね!」


「み、弥陀さん!」


「大倉さんも!」


「その話は明日聞かせてもらいます。予定の描き直しは、私もしっかり参加させてもらいますからね。それじゃあ今日はゆっくり休むんですよ!」


「「「はい! お休みなさい!」」」

お読みいただきありがとうございます。


 食と健康に関するAIの応答は、やはり限界がありそうですね。意見が分かれるうえに流動的なトピックに関してはかなり曖昧にならざるを得ないのでしょう。

 お酒を飲んだ時の方がちゃんと話せる人は少なくはなさそうです。いろんなケースがありますが。

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