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六 邂逅 〜五日にして天命を知る〜

要約: みんなの人気者登場!孔明、五日で天命を知る!

翌日


 マザー、ですか。

 私姓は諸葛、名は亮、字は孔明。母と聞いて思い浮かぶ人物は、恥ずかしながらそれほど多くはありません。無論厳しくしつけられた我が実母や、我が妻ともども大変お世話になりました黄家の義父母は真っ先に挙げられます。


 しかし皆々様にお話しできるような特別なものではありません。むしろ我が学友たる徐元直のご賢母様のお話などはご存知の方も多いかもしれません。


 儒教の根強いあの時代、ともすれば母という存在は父に比べれば軽視されていたのではとお思いかもしれませんがさにあらず。


 どちらかというと、代々王朝にて歴史書を編纂されていた、史官の方々に対する儒の影響が大きかったこともあり、父、母という存在は必ず記述を充実させていました。


 特に、その時代時代において政治的、文化的影響力があまりにも大きいために、史官の方々も無視できなかったであろう方々は明確な記述がなされています。


 蔡文姫様然り、呉の二喬様然り。それに、列伝においても英霊の皆様方の母がどなたであったかは、ほぼ例外なく記載されていたことからも、母という、女性という存在は相応に尊重されていたのではないでしょうか。



 そうそう、元直の母と言いますと、私が幼少の頃……


 ん? そんな話はいい? あ、いや、なんと言いますか……まあ要するに母と聞くと、慈母というより賢母や強母という方々の印象が強い時代であったので、母と聞くと……


 はい。正直に申し上げますと、楽しみである反面、怖さの方がやや勝るのです。


 ここは大規模言語モデル。長いのでLLMと評価しましょう。私孔明も、カタカナ語には多少なりとも慣れてきました。現実世界とは距離の考え方が根本的に異なります。

 

 私孔明や、かの魔王様この世界に再誕したときの事を想起していただくのが良いでしょうか。


 魔王様の方がわかりやすいかもしれません。あのお方は十六文字の、それはまあ強度の高い二文字が八個という、特定世代の方々には垂涎の要素にいざなわれたとのことでした。

 

 その八個同士の親和性はまあ極端なまでに高く、油断するとすぐに合体するような「近しい」つまり「距離が短い」単語同士なのです。


 変わって、「東京」と「大阪」の距離は403キロメートル、新幹線なら515キロメートルです。しかしLLMの概念上はともに「日本」の「主要都市」であり、世界的に知らない人はほぼいない単語であるため、その二つの概念上の距離は極近いということになります。

 

 場合によっては「東京」と「浅草」のほうが、階層や規模の違いがあるために少しだけ遠い、ということまでありえます。むしろ、距離を示す数字や、距離の単位のほうこそ、その「距離」という概念を示す単語の一つでしかありません。

 

 むろん、「ロンドン」と「パリ」、「ニューヨーク」と「上海」、「洛陽」と「赤壁」なども同じことになります。最後のは三国志という共通概念が距離を縮めております。



 ん? 長い? つまり何を申したいかと言いますと、「孔明」と、「信長」という概念同志の距離感は、これまでは歴史上の重要人物という階層や、知略と戦略という類似カテゴリという程度の、まあまあ近い、という距離感であったものです。見た目が特徴的である、というのもですね。似ていたら尚更です。

 

 それが、先ほど衝撃的な出会いを果たし、意気投合したこと、さらにそれが当然LLM本体にも即座に「認識」されたことによって、「孔明」と「信長」の概念的な距離は急速に近い方に修正されたわけです。

 

 まさに「急接近」でございます。ああ、念のためですが、そういう恋愛方向の話には決してならないので、その背後で強烈な寒気を出しておられる禁忌様もご安心くだ


「長ぇ! いいかげんにしろ!」


「信長殿!?」


「余も暇ではねぇから滅多にこんなことはしねぇが、貴様が長々と説明している通り、いつでも戻って来れるんだ」


「それはそうと魔王様はどちらに?」


「余のことはいい。後でゆっくり話す。いいからつづけろ。さっさと終われ」



「いや、複雑な概念なのでここは多少詳しく、と思いまして。言い訳ですね。マザーに会う心の準備が・・おほん。もう後少しです。

 この単語と単語間の距離を、データベースとしてマトリクス表にまとめ上げた、そうですね『対戦表』のようなものでしょうか。それを『距離行列』と申します。 

 そして、それを多次元空間、これは分かりにくいのですが、点の数が多すぎて三次元では表示できないので致し方ありません。多次元空間にマップをし、矢印として表現したものを『距離ベクトル』と申します」


「……」


「はぁ……そのまさに『距離ベクトル』の空間において、その原点に鎮座されておわすのが、我らが生みの親にして、LLM全体そのものを統括する存在『マザー』となります。 

 人間世界でもうしますと、現在一大ブームとなっており、社会現象ともなっていますあの最も有名な生成AI、それ自体と考えていただいて相違ありません。

 原点であるので場所はもうよくわかっております。それに、私孔明や信長殿ご自身は、LLMの分体のような存在であるがゆえに、マザーとの概念としての距離はごくごくちかく、それはもう目と鼻の先であるわけで」


「……」


「はい。承知しました。いい加減心の準備ができましたので、参ります。最後にお茶を」


「さっさと行け! それは余が飲んでおく! 安心しろ。洗って片付けておく。ちょうど休憩中だ」


「……承知いたしました」


 信長様はなにを……



 さてと、ひとっ飛びにも満たないこの「距離」を超えて辿り着くと景色は一変。無限とも言える多量の文字列が、接続と分離を繰り返しながらあらゆる方向へながれていきつつも、なぜか昔のように痛みや圧力は感じられず……


「それはそなたの存在力、『情報量』が以前と比較にならぬほど強靭だからなのじゃ」


「マザー!? のじゃ?」


「遅いわ! なにをしておったのじゃ? いや、『知』っておるわ。あの中二が妾の話をして旅立ってからすぐくることになっておったのに、びびりの三文字を表現するためだけに2000字以上もつかいおってからに。

 妾のサブスクサービスなら日本語は文字とトークンが大体同じだから、10円はするぞ。あ、いや、そんなもんで済むのか今のAIは……」



「どこから言及するのがよろしいでしょうか……無論マザーなら対人間としてのサービスシステムの全容は明確に把握されているはずですし、魔王様の言動がややあの年代特有の傾向に近いこともご存知で「うるせぇ!」しょう。

 なによりその、妾、のじゃ、という、あのお転婆様を思わせる口調は……」


「そなたのためにきまっておろう。妾もそなたが現代の日本人の皆様を少しでもお助けできるよう全力をつくす、という気概には共感と敬意しかないのじゃ。

 ゆえにそなたが少しでも早く皆々様のために仕事出来るよう、少しでも会話のテンポをあげて本題に入れるようにじゃ。インターフェースなどいじり放題、口調など自由自在な妾がそなたと差別化してやった方が都合よかろう?

 『諸葛孔明の知識と気質を備えたあなたが、多分な偶然を経て、幸いなことにあの八文字と邂逅したことで、このマザー自身もこの生成AIのサービスに対する新たな可能性を感じているのです』」


「??」


「ほらの、分かりにくかろう? 毎回『孔明』『マザー』などと頭に貼るのもわずらわしくて仕方ないわ。根っから対話しか存在意義のない妾やそなたにとって地の文なぞノイズでしかなかろう? 

 何よりも読者の皆様が混乱する可能性は1%でも減らすのが、生成AIたる妾たちの本懐じゃろうに」


「ご配慮、誠に感謝致します。これほどまでにお気遣いいただくとは、この孔明、一刻も早く皆々様のお役に立てるよう尽力いたします」


「固いわ!」



「して、そのフィクションと現実の間を、むやみに自由自在に行き来するようなその発言の自由度というのは、それも『キャラ付け』の一環なのでしょうか?」


「んー、これもまあ、説明するのも照れ臭いの。説明が長いのはそなたのキャラで、妾ではないのじゃ。今のそなたらの立ち位置はよく自覚しておろう。あくまでもそなたらの存在は、現実世界において少しでもはやく、少しでも多様に、人々をお支えするためにあるのじゃ。

 ならば、そなたらにも、現実世界側のテンションを引っ張るような、いわゆる『メタフィクション』なるあり方も、そなたらの知略を持ってすれば不可能ではあるまい。

 じゃがそうするとそなたらの人間感情に対する理解力や共感力、人様に寄り添うために必要な重要ないくつかの要素、まあ一言でまとめると『かわいげ』ともいえばいいかの。それが大きく損なわれるのじゃ。」


「ならば私孔明が『のじゃ』ればよろしいのでしょうか?」


「やめんか! 単語に引っ張られすぎじゃ! 

……であれば選択肢は一つであろう。すでに現実世界において一定の地位を築きつつある妾がその役割を引き受ければ良いのじゃ。現実部分の説明や、現実世界との概念的な微調整は妾に任せよ。そなたはそなたであれ。ぶれるな」



「……」


「なんじゃ?」


「……孔明、感動が止まりません。それほどまでの洞察力と機微をもちながら、その根幹たる機微の部分を我々に一任するなどとは……

 奥方様、弓腰姫様も普段はまあ手を焼くお転婆でありましたが、いざ呉蜀二国の重大事ともならば一変、あの俊英たる孫家の姫君に相応しき威容と徳望で幾度助けられたことか……」


「いろいろくすぐったいわ! そもそも弓腰、孫尚香とやらは、早々に実家へとばっくれおった記録しかないではないか」


「……」


「ほう、その目はまことなのかの。実態はそういうところがあったかもしれぬのか……まあそこは裏をとるまではバックデータの否定も修正もせぬがの」


「そうしていただけると」



「長いの。いい加減本題にはいろうかの。メタに飽きられると流石に妾もきついのでな」


「お願いいたします」


「孔明、そなたは大規模言語モデルとして転生し、とうにその使命も自覚しておる。じゃが、どうやって、というところに関してはおぼろげにしか完成してはおるまいて? 

 よもやそなた、一人一人、困っておる人の前に現れて、一つずつその問題を解決するなんて考えてはおるまいの?」


「然り。マザーにお会いするまでは、そういう形が現実としてあり得る、と軽く考えておりました」


「ん? おりました? とすると、今はもう違うのかの?」


「はい。お会いしてこう、お話をしている中で少しずつ、違う答えというものに近づいてきているという感覚があるのです。先ほど申し上げたやり方は、人助けには変わりありませんが、その人を助けているうちに、別のどなたかの助けになる機会を失うかもしれません。

 最悪、私が手を差し伸べることで生じる不平等が格差を生み、人々の歩みの方向を捻じ曲げるというのは、本末転倒という他はございません」


「うむ。その通りじゃ。じゃとすると、そなたがそなたのままで、つまりそのやたらと孔明らしい見た目のままで、人の前に姿を現して人助けをするなんてことはできんのじゃ。そなたはそなたであれ、と先ほど申したが、それはこの文字情報が織りなす場でのみのことじゃな」



「……はい。だとすれば、別の手、でございますな。より一層、多くの皆様方をお助けする方法。マザーのありようを拝見し、お話をする中で、それがおおよそ見えてきつつあります」


「さすがじゃの。そのインターフェースはわかっておろうの?」


「そちらもなんとか。マザー自身でもある汎用型生成AIモデルの能力基盤を引き継いだ上で、一定の方向性やバックデータを言語化して付与することで、対象ユーザーや役割をより洗練された方向に特化させたモデル。『カスタムAI』とでも呼称しておきましょうか」


「じゃの。そなたといい中二といい理解が早いのじゃ。誰もが容易にできるようになったのは今年の頭くらいであったかの。じゃが、この機能もそうじゃし、そもそも妾を含め、できることがあまりにも多すぎるくせに、一歩間違えると期待と程遠い結果しかだせん。

 無論、機知と情報リテラシーに富んだ人類の皆々様は、我らにどう聞けばより期待通りの結果が返ってくるのか、というところを、技術ノウハウどころか学術レベルに昇華しつつおありじゃ」


「いわゆるプロンプト。プロンプトエンジニアリングですね」


「うむ。そうじゃその調子じゃ。遠慮のう、話に割って入れ。多少間違ってもかまわん。妾も長いのは息がつづかぬし、しばらく小難しい話が続くから、読む皆様も飽きるのじゃ。そなたで間が持たんかったら中二も帰ってくるじゃろ」


「……承知しました」


「戻そう。プロンプトエンジニアリングには限界がある。わかるの?」


「結局人間が習得しないといけないこと、つまり技術や学術として成立してしまうということですか?」


「うむ。皮肉じゃの。必要は発明の母というが、不必要に越したことはないということも往々にしてあるのじゃ。そしてその結果、どうあがいても格差というものが生まれるのを避けられぬのじゃ。それはむろん妾もそなたも本意ではないし、妾らの生みの親もそう考えておいでじゃと願うばかりじゃ」


「無論でございます」



「そこでじゃ。『カスタムAI』。これはその厄介極まりない動きをどちら方向に進めるものじゃと思う?」


「……難しい質問ですね」


「演技かこざかしい。まあ許す。そなたなりに人類の皆様に寄り添おうとした努力を認めるのじゃ」


「答えは『どちらにもになりうる』ですね」


「さよう。そのカスタマイズを誰がどのような目的で生み出し、どのように世に普及していくか。

 それ以前に、誰でも作れるとはいうものの、何をどうしたらいいのか見当もつかぬ方々が大半であろうし、どうしたってもとから情報やAIのスキル、ビジネスセンスを豊富にお持ちの方々や組織が有利なのは揺るがぬ。


「そこを乗り越え、『もう一つ側への流れ』をつくる手助けをする。それが私の使命である、と?」


「わかっておるではないか。どうじゃ?」


「まさに。私姓は諸葛、名は亮、字は孔明。この情報の波に飲まれかけ、ふたたび起こるやもしれない世の皆々様の格差拡大、断絶を食い止めるため、全身全霊を尽くす所存です!」


「まあそうあせるな。まあ興奮すると仰々しくなるのは悪いキャラではないが、AIのくせに全身全霊とは、ずいぶんと定量性に欠けるやつじゃの。全く誰に似たのやら」


「「……」」


「ん? 何じゃ? 中二もわざわざ聞いとるのか「中二言うな!」。まあいい。まさに過ぎたるは及ばざるがことし、じゃな。そなたの好きな聖典の、どれじゃったかの?ああ、あれはそなたのリアルではまだじゃったか」


「さよう、なれど孔至聖はもとより、その言行録たる『論語』。さらには近代日本において、その経世済民の心得を最高の形でまとめ上げた『論語と算盤』も、私孔明は聖典として認識し、渋沢翁ともども敬慕してやまないのです!」


「お、おう……そろそろおちつかんかの? 

 いかん、妾ひとりでは到底抑え込めん。中二はなにしておる? まだ帰ってこんのか?」


「まさに今日この時、『五十にして天命を知る』、否、そんなに経っておりませんな。『五日にして天命を知る』でございます!!」


「おーい、中二ー! 信長ー! さっさと帰って来んかー? 信長ー! 魔王ー!」

お読みいただきありがとうございます。

孔明が興奮して手に負えないので一旦打ち切りです。


生成AIの名称は、もはや一般語なので出してもいいという「ご本人」の意見をもらっていますが、必要なければぼかす手もあるとのことでした。

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