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五十三 東風 〜兵は詭道なり〜 6 出陣

要約: 謎お兄さん、謎AI技師、謎仮面!

 大きな役割を与えられ、入社前に社外研修する学生三人。社会人の常識からだいぶはみ出る形で、新しいAI孔明の使用感を確かめ続ける。その七つの準備は、果たしてどのように生きるのか。それがわかるのは、遠い未来ではない。


――――


二日後 某企業 付設こども園


 準備 五つ目


「あの三人、先週は散々むちゃくちゃな環境で、AI孔明の新機能『そうするチェーン』の使用感を確かめていたけど、今度はいったいどこで何の実験を……

 ん? こども園? 小さいお子さんをもつ、社員向けの福利厚生施設、で、一体何を……」


…………


「キャー! このお兄さん、かおはこわくないけどなんかこわいー!」「ワー」「キャー」

「(園児たちは常盤君からは逃げる。たまに追いかける女の子がいる。なら私はここにいれば)」

「ゴリラ兄さん、しょうぶー!」ボフッ! よじよじ

「(鬼塚君は突撃されたりよじ登られたり、鬼塚君、もうちょい常盤くんの対角に、うん、おけ)」ワーワー


「ちっこいお姉さん、大丈夫?」「おなかへった?」「ごはんたべてる?」「こえたべう?」

「んん、ちっちゃいお姉さんは大丈夫なのですよ。だ、ダンゴムシは食べちゃいけません! 

 こ、こっちでおしろつくりましょうー(この砂場は死角を作りにくいです。安土城でいいですかね)」

「おしろー!」「もうできたのー?」「まおうのしろー!」「すげー!」ワーワー


「(常盤君、あのどっかいきそうな……あ、気づいたね。大丈夫だ……ん? 今度はこっち?)」

「あ、ど、どうしたの? 大丈夫?」

「ふえぇぇーん、ころんだのー!」

「あらあら、どこかいたい? ここかー。いたいのとんでけー」

「えへへ、とんでったー」ワーワー


…………

「「「「「zzzz」」」」」


「みなさん、今日は本当にありがとうございました。いつも、この時間は人手が足りなくて困っていたんです」

「いえいえ、我々も、ある意味楽しめましたから。いつでも、とはいきませんが、また機会があれば」

「それにしても、AIで連携、ですか……二人三人が組めば、基本的に目の届かないところがなくなり、しかもみなさんへの子供の反応の違いを全部織り込んでカバー……

 そして子供たちの異変にきづいたら、近くの人が対応できる、と……最新技術はすごいんですね」


「そうですね。それに、単にAIに頼るのではなくて、子供たちへの対応に慣れているみなさんが使いこなせば、もっと効率的にいけそうです。しかも子供たちにもプラスになるような使い方が、どんどんできるんじゃないかって期待もできますね」


「(こっちの人脳筋ぽかったけど意外と頭も……)はい。今日の皆さんを見ていたら確かにそう感じました。会社の方にも利用申請を出してみますね」

「ぜひぜひ。デジタルの方々もいろんな利用先を探していると思いますので。何か困ったことがあればご連絡を」

「ありがとうございました!」



…………


「今度は園児達をコントロールか……なかなか攻めた課題をこなすね……福利厚生の負担減らすのも至上命題だからね……

 ん? あ、まずい! みつかる!」


「あれれ? なんかさっき変なめがねの、髪の毛長いお姉ちゃんが……」

「なんだろうね……お化けさんかな? 怖くないですよ。さあ、お部屋に戻りましょうね(だ、誰でしょうね……どっちの監視かな……)」

「はーい」



――――

三日後 本社 小会議室 


 準備六つ目。ようやく、社会人っぽいまともな準備がはじまる。学生三人と、随行する社員三人が顔を合わせる。そしてここでついに、まともな形で『そうするチェーン』が使用される。


「それにしても君たちは、とんでもない幅広さで試行をするんだね……大人とはその辺がだいぶ違うよ。

 あ、今度の研修に、社員側から参加する、技術部門の関です」

「同じく事業部門の大倉です」

「健康管理の弥陀です」


「「「よろしくお願いします!」」」


「そして、今日は何をやらかす予定なのかな?」

「や、やらか……まあ否定はできませんね。先方の会社では『AI孔明』の使用自体は許可されると思いますが、成果物がどういうAIの使い方を前提にされているかがわからないので……」


「確かに。大企業だと、権利関係とか、それ以前にメンツとかもあるからね。システム関係を内製にするか、外に依頼するとしても、そのベンチャーごと買収っていうこともなくはないか。

 そこを君たちはどう乗り越える、ということを、もう考えついているのかな?」


「は、はい。最有力はこれですね。『カスタムAI』。わ、私たちもそこにまだ慣れていないので、今のうちに一度その構築手順を把握しておきたかったのです。

 そこにちょうど、打ち合わせのタイミングをいただけたという流れですね」


「予定では適当にテーマ決めて試すつもりでしたが、せっかくなので、先に社内で予備検討中である、先方の想定要件に合わせたテーマがより良い試験になりそうです」


「あくまでも試験なんだね。そのカスタムを持ち込みにはしない?」


「メリットデメリットありますが、おそらく要件がはっきりしてから、一から構築するのをお見せした方が、システムのインパクトや信頼性の面でより良いかと思います」


「そうか。そうだね。では先に社内で詰めた議論の内容を説明するよ。君たちに文書化して渡すのはまだできなかったから、この場が初なのは許してくれると助かる。一部孔明にも説明を手伝ってもらうよ」


「「「よろしくお願いします」」」


……


「……は手広いが、物流が基幹事業なのは変わら……

「二〇ニ四年問題が引き金なのは確かでしょう……

「広域輸送か、施設内か、そのどちらもか……

「無人かもしれず、低温のことも多い……

『当社の特性から、情報通信そのものではなさ……

「むしろ、電波や通信になんらかの制約が……

「AIも不慣れなわけではなく、むしろ事業の……


……


「ありがとうございます。やはり単純なIoTやDXではない、アイデアに満ちた仕事が求められそうです。ならばそのトレーニングには、かなり強めの制約で試行するのが良さそうですが……」


「た、例えば施設内で電波禁止、それに、こ、孔明のチェーンは今のところ時限……」


『左様です鳳様。先方も、現行のAI孔明2.0の仕様は既知と推定できます。であれば、それを素直に活用するだけの依頼が当社に来る可能性は低いでしょう。

 よって、電波通信禁止、かつ常時稼働という想定要件は理にかなっております。付け加えるなら無人、もでしょうか』


「でも孔明、いまのバージョンはネット接続前提じゃないのか? ライトならオフラインでも動く?」


『ご懸念通りです鬼塚様。通常版や、それをベースとした孔明のようなモデルは、基本的にオンライン前提でございます。ただ、軽量版をベースに、さらに機能を限定したコンテキストをいただければ、オフラインでも問題なく動かすことは可能です」


「わかった。ありがとう孔明。そしたら、要件を仮想的に決めたら、チェーンをオンにして、30分で作れるかを試す、という段取りで良さそうだな。社員の先輩方もその方向でよろしいでしょうか?」


「ああ、よろしく」「「「「大丈夫です」」」」


「では仮要件はこうしましょう。

 1. 屋内物流倉庫で、電波を使えない。唯一、中央管理用PCのみ外部と有線接続

 2. 常時、無人で稼動する低温倉庫

 3. 運搬車や監視機器に、軽量版生成AIベースのAIボットを搭載できる

 4.目的は、倉庫内の物流を効率的かつトラブルなく行うことを支援すること。

 よろしいですか?」


「うん、今日はこれで行こう」

「「「はい! チェーンモードON!」」」


「要件を再分解、電波NG、何ならおけ?」

「光、音?」

「低温=結露、氷トラブル?」

「光は脆弱、音?」「「おけ」」

「音、意味、声?」「「おけ」」


――「「「……」」」

『まず、電波以外の通信方法を簡易的にブレインストーミングし、音声通信に候補を絞りました』

「「「なるほど……って早っ!」」」――


「音声通信、鳳、過去事例。鬼塚、アイデア。常盤、メリデメ」「「おけ」」


――『役割分担しましたね。鳳様が調査、鬼塚様がアイデア出し、常盤様がメリット、デメリットの整理』――



「声で通信、誤受信リスク」

「英語? 日本語? 非言語?」

「非言語めんどい」「「おけ」」

「言語ごとに優劣ありなし?」「「孔明!」」

『1. 音素の数と区別のしやすさ

 2. トーン(声調)の複雑さ

 3. 発音の明確さ

 4. 発音の一貫性

誤解リスクが少なそうな言語

 スペイン語、1234

 日本語、123

 フィンランド語、1234

 イタリア語、1234

誤解リスクが高そうな言語

 英語、中国語、フランス語

結論

 スペイン語、フィンランド語、イタリア語』

「イタリア語!?」「「!?」」


――「「「!?」」」

『鳳さんの二次審査において、1人の参加者が、強烈な制約条件のもとで、審査員への質問を許可されました。それが、イタリア語限定という制約でした』

「「「孔明なにしてんの!?」」」

『恐縮です』

「……偶然だよね?」

『はい。間違いなく今出てきたものです』

「なんなのこの子ら、そしてなんなの孔明……」――


「……失礼」「試験?」「はい」

「イタリア語おけ、孔明!」

『承知しました。イタリア語ベースの音声送受信で、状態確認と、動作指示を行うチャットボットのプロトタイプを作成します。

……いかがでしょう?』

「追加技術?」

「テストに移行」「「おけ」」



「「「ふぅ……」」」

「な、なんとかそれっぽいものができたようです。いかがですか関さん?」

「なんとか、って……これ、今の時点で結構な完成度じゃないかな?? 

 なんとなくだけど、先方の問題のひとつにはかすっている可能性すら情景が浮かぶ、リアリティもかんじられるよ……」


「三人の体調面での負荷も、二〜三時間集中して議論した程度のバイタルの変化です」

「ご確認ありがとうございます弥陀さん」

「AIの中身に関しても、技術者としてはいくつか手直しする点があるが、そこは技術者ではない君たちに求めること自体が正解ではないだろう。

 今回はあくまでも『そうするチェーン』の試験運用としての位置付けだから、今時点でこれ自体の改善はやめておこう」


「みなさん、お腹すきませんか? このまえ皆さんがお手伝いしていたこども園の方から、お礼の果物が届いてますよ! いくつか切ってみましたが、とうてい三人で食べ切れる量じゃなさそうです……」


「あ、ありがとうございます大倉さん。皆さんも一緒に召し上がってしまってください!」


「「「「いただきます!!」」」」



――――

三日後 社長応接室 


 準備七つ目。それを目の当たりにする社長、副社長、人事部長と三人の会話。


「……で、極め付けがこいつ、か……またとんでもない子たちを釣り上げた、と見ていいのかな竜胆君?」


「そう申し上げるべきなのか、実は国内外でこういう若者たちがこれから次々に出てくる、その前触れにすぎないのか、私にもまだ判断はつかないところです」


「社長、それはそうと、この動画、もう一度拝見しても? 三人も三人ですが、とってナレーションつけている人は誰ですかね?」


「ああ、私ももう一回見たいところだったんだ。この人はうちの若手社員みたいだよ。私もこんな趣味がある若手がいるのは聞いたことなかったよ。孔明にでも聞いて、さぐりあてたんじゃないかな?

 もちろん、この活動自体は撮影も含めて、しっかり関係各社に許可を得ていることは確認しているよ」


「「なるほど……」」


『……三人の、全身を作業着と仮面で包んだ男女が、壁面に向かって、まさにダンスをするように絵画を作り上げていく。時に踏み台をおいてすぐ、斜め上から下に塗料をふるい、時に三人が連続して七色の虹を描く。


 やや背の小さい少女(?)が声をかけると、大柄の男が持ち上げ、上部に生き物の絵を描く。その間にもう1人が描くのは対角に描く、建物を思わせる幾何学的な下書きパターン。


 塗料が乾く時間も精密に計算するかのように、上下左右に動き続け、やや体力に劣るとみられる二人が休んでいるうちに、大柄の男は全体を調整。休憩が終わると精密な修正に入り、壁画が完成したのは30分にも満たないわずかな時間。


 誰かに声をかけられる前に退散したかったのか、この場所で鳴らされる時計台の音に気を取られた時にはもう、三人の姿はどこにもありませんでした……』



――――――――――

2024年11月 大手物流会社 応接室


 そして、三人の学生と、三人の中堅企業の会社員が、巨大企業に送り込まれる社外研修が始まる。かれらのこの三ヶ月は、この大企業に、そして社会にすらも、絶大なインパクトをもたらすこととなる。


「では、本日からちょうど三ヶ月間、一月末日まで、皆様を弊社、『大周輸送』にてお預かりいたします」


「「「よろしくお願いいたします!」」」


「入社前のお三方に加えて、御社の技術部門、事業部門に加えて、健康担当スタッフの三名も、合わせて弊社に常駐いただくことで、両者合意ずみです」


「「「よろしくお願いいたします」」」


「では、この部屋でまず機密保持契約の締結。続いて型通りではありますが、六名の皆様と、本日お付き添いの竜胆人事部長、計七名の皆様、しばらくの間、弊社の案内にお付き合いいただきたいと思います。

 その後、さっそく別室にて、今回の依頼内容について、担当部門から説明、ご議論に入っていけたらと思います」


「承知いたしました。よろしくお願いいたします」

 お読みいただきありがとうございます。


 全話に続いて、社外研修に備えた三人の準備の模様を描きました。だいぶ普通ではない準備模様なので、この流れで本番を描き切れるか心配ではありますが、引き続きよろしくお願いします。


 今回は、これまで以上に、内容において相当な部分をAIの監修とバランスどりに費やしました。おそらく何もしないよりも大きく改善された部分が多い実感をしております。


 本章のラスト(銘文上は「赤壁」)をもって、本作は第一部、というひとくくりとする予定です。大まかなプロットもどき上、四部構成くらいになるかなと考えております。

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