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五十二 東風 〜兵は詭道なり〜 5 準備

要約: そうするチェーン、実証実験?

 AIに関する大小様々な社会問題を、AI孔明なりに、そして時には共に進化するユーザーの力も借りつつ解決してゆく。そして、AI孔明バージョン2.0の新機能も、ごく一部のユーザーが試し始める。

 そんな中、少し前にとある中堅メーカー企業に内定した三人の学生は、入社前にもかかわらず大役を任される。彼らはその準備に余念がない。


――――


2024年10月 某大学 運動場 外側客席


 準備一つ目。


「……来月から、他社で実地研修をする三人の様子をみてくれと、会社から指示が来たのだが。学生の動向なんて、まともに読めるもんなのかな? 

 ん? 毎日きっちり会社に連絡が来ている? そうなのか。ちゃんとしているんだなあの三人。そして、彼らがそれまでにやりたいことは主に、AI孔明の新機能『そうするチェーン』の使用感の確認と、三人の相互理解、であると……

 なるほど。で、早速何やっているんだあの子ら??」



……


ダッダッダッ……

「(右サイド、マーク外れる! 今!)」ドウッ! バスッ!

「ええっ、ノールック!? フォロー! ちっ、間に合わねぇ」ダダダッ!

「ナイスパス! (すぐリターン、ちょいと左!)」ドッ!

「んっ? そんなとこ味方いねぇだろ……えっ、走りこんでる??」ダダッ!

「(もう一つ向こう、あいつくるはず、角度変えるだけで……)」チョン

「げぇっ、ダイレクトでそらし!? まずい、完全に崩され……」

「オッケー、行ける! (いや、キーパーかわせねぇ、ここはシュートに見せかけてあそこに……)」トッ

「よし、枠はずれ……まじか!?」

「ナイスアシスト!(ここにくる、お前ならそうする、よな)」ザザーッ! ザシュッ!

ピピーッ!!「「「ナイッシュー!!」」」


「「「「なんなんだこいつらの連携、ろくに相手見てすらいねぇ……」」」」ピピーッ! 


――――

練習試合 終了後

 練習中の学生たちを迎える、OB鬼塚と、そのさらに先輩のコーチ。


「うん、ナイスゴール! うまくいったみてぇだな」

「「「「鬼塚先輩!!」」」」


「それにしても、練習の時に30分だけやった、AIを使ったトレーニングが、あんだけ変幻自在の連携を生むとはな……そうする、だっけか? 鬼塚や、向こうにいる二人のご友人にお話を聞いて取り入れてみたら、とんでもない代物だったよ」


「ですねコーチ。流石にゲーム中に端末は持たせられないですが、事前にトレーニングに使うだけで、味方同士の動き出しのタイミングや、どっちに走ったりパスを出したりするのか。それにマークを切る前の予備動作といった、多数のパターンに関して、メンバー間で深掘りして共有」

「いざゲームにはいったら、それをだいたいなぞるだけで、全員がピッチを見渡せているような、そして互いの動きを予測しているような連携が可能になる……これ、普及していったら、とんでもないことになるんじゃ??」


「まだまだ可能性ですけどね。あっちの二人とも話してはいるんですが、どこまでできるのかは、やっぱり実際に使い続けてみないとなんとも、って感覚です。でも、『彼を知り己を知る』のリアルタイム版『そうする』。是非これからも試してみてもらえたら」


「ああ。お前もその、決まった会社での活躍、楽しみにしてるよ!」


「ありがとうございます!!」



――――

運動場外 

 客席ベンチで様子を見る小柄な学生と、普通サイズのイケメン。


「な、なので、あのギャップのデパートに、ハートを射抜かれている乙女さんが、面接参加者にいてもおかしくないのです。そ、その辺は常盤君にも、なんとなくはわかると思うのですが……」


「ま、まあ否定はできないな……で鳳さんは、僕に何をしろと?」


「か、彼の一次と二次の参加者のうち、合格した人を、あなたのお兄さん経由で……」


「いいのかそれ? で、そのあとは、その大学近くのカフェでさりげなくミーティングを……」


「いつもどおり話していれば、あのビッグイケメンは勝手に目立つ……」


……


「鬼塚君がとんでもないことをしていると思いきや、あの二人は客席でなんの話を……これ、本当に来月から始まる社外研修の準備なんだよな………?」



――――――――――

二日後 某大学近く カフェ


 準備二つ目。後日あつまって会話する学生三人。うち二人が何かを企んでいる。


「で、今日はなんで、こんなところでミーティングなんだ? いつもの本社近くで良かったんじゃねえか?」


「ま、まあまあ、そのうちわかるのですよ。そ、それにしても一昨日の試合、動画で見るやつとは流石にレベルは違いましたが、ある一瞬だけを切り出したら、それにも引けを取らない連携が出ていたようにもみえました」


「あ、ああ。そうだね。僕は彼女ほど急速に目が肥え始めてはいないが、その僕からみても、その印象はあったよ。やはり孔明の新機能『そうするチェーン』、その効果は、スポーツのスピードでも一部は追随可能っていうことか」


カララン「いらっしゃいませ。二名様ですね」


「んん? 鳳さんはいつも通りだが、常盤君までなんかキョドってなって……まあいいか。さすがにリアルなスピードにはまだおよばねぇとおもうが、少なくともあれで日々トレーニング積みつづけたら、どんな進化が待ってるかわから……ん?」


「あ、あのぅ、もしかして皆さんは」

「「(チェーンON)」」

「(どっちだ?)」

「(右だね。ショートの子)」


「あ、やっぱりだ! こっちの男の人、一次でたしかやたらディープな分析ぶっ込んでた人だよ! もしかして皆さんもあの会社に合格されたんですか?」

「ちょ、ちょっと! 攻めすぎ!

 す、すいません相方が。あ、でもあなたも……」


「どどど、どうも、はじめまして、おおお、鳳と申します……(あとまかせたです)」

「???」「大丈夫ですか?」

「あ、多分大丈夫です。こういう子なんですが、AIと合体すれば、なんとかしゃべれるようになるので。

 申し遅れました。常盤と申します。皆さんは……もしかして修士ですか? そしたら我々学卒なので先輩……」

「あ、全然! 気にしないで! 入っちゃえば同期なんだから。ねぇ、あんたも……あれ? どした?」


「じーっ……」

「……」


「こ、これってもしや……」つんつん、クイクイ

「「(あっちに行きましょう)」」

「ぉ、ぉk、ごゆっくり……」ススス……


「お、鬼塚 文長です……」

「な、長崎 沙耶香です……」



……


「うわぁ……なんだこの甘酸っぱ展開と、他三人の即席連携は……これも孔明連携だっていうの?? 

 あ、まず、こっちくる、逃げよ……」



――――――――――

三日後 同カフェ


 準備三つ目。集まったのは、三人と二人。合わせて五人。


「で、お二人さんは早くもお付き合いを始めた、と……」

「「……」」


「そして、なぜ今日は二人じゃなくて五人なのかな? 陽子お姉さんわからないよ?」

「あ、そ、それは私から。長崎さんも、お姉さん、桂さんも、就活がやや長引いたこともあり、修士論文の完成度がやや遅れ気味ではないか、というのが私たち三人の一致した分析結果です」

「こ、この子、人見知りじゃなかったっけ? まだ三回目だよね??」

「ええ、どうやら仲間認定すると早いようですね。見た目通りの小動物といったところでしょうか」


「しょ、小動物……異議申し立てしたいところですが、話が終わらないので流します。そして、ある程度お手伝いできないか、と思ったのですが、こちらの文学ゴリラは突っ走ると、理系の文書に必ずしもそぐわない表現が混ざりそう。

 そちらの自信モンスターは、角が立つようなリスクを、万が一にも入社前に犯させる訳にはいかない。そ、そして私ことコミュ障小動物は、1人じゃ何にも……というわけで、全員が全員、相互監視が必須の未熟者集団という訳なのです……」

「文、ゴ……」「自、モン……」

「「アハハハ!」」


「まあ言い方はともかく全部あっているから仕方ない。というわけで分担もできないから、いっそのこと二人分まとめて一気に進めてみようか。鬼塚くん、鳳さん、行けるか?」


「オッケー」

「了解です」

「「???」」

「「「チェーン、ON」」」


「まず背景は共通部分が……

「ただし全ての段落に差別化要素……

「AI活用は先生にも認められているとはいえ、一定レベルの人間性を出さないと責任感が……

「目的と結論は一致……

「テストは再現性……

「足りない部分はこことここ、残り期間で……


「「こっ、孔明トライアングル??」」


……


「30分で、修論の骨組みが8割方できちゃった……」

「うん、しかも肉付けに重要な点のリスト付き……」


「ふぅぅ、やっぱり30分フルだとちょっと疲労感あるな」

「で、ですね。これは慣れる慣れないではなく、シンプルにエネルギー消費なんでしょうね」

「ああ、おそらくそうだな。そこも貴重なデータだよ」


「「じ、実験台??」」


……


「ぶ、文章構成機能を、三人の欠点を補完しあって、その上で三倍速×AIってことか……なんというブースト……」

「修士論文ですよね? 論理構成だけとはいっても、本人達に十分について行って、リードまでできる、と……」


――――

二日後 某大学 フリースペース


 準備四つ目。同じ五人。なにやらカードゲームのようなことをしている。ちなみに三人は社長直々に任された大役に向けた準備中で、あとの二人は修士論文の締切が近い。


「この札と、これかな……」スッ

「コインで購入、で、これ……」ススッ

「これと、これでスコア稼げる、んだけど、届かないかな……」スッ

「だね。今回は私の勝ち! これで決まり」スッ


 ……


「……今回は僕の勝ちだ。だいぶ差がついたね」


 ……


「……今回は俺だな。スルッと抜けて、ガッと稼いだな」


 …

 …

 …


「……時間切れだね! だいぶ疲れたよ」

「それにしても、この超有名カードゲーム、1戦30分くらいかかるんじゃなかったっけ?」

「そ、そうですね普通は。それが30分で12戦。相手の手札そのものは分からなくても、相互のクセと、ゲーム的な段取りの共通認識だけでこの加速、ですか……これは貴重でしたね」

「このゲーム本来の多様性からくる面白さは消えたが、半分共同作業っぽくなるこのモードも、それはそれで捨て難いな」

「まあ、どう考えても1日1回の無駄遣いだし、二人を何度も付き合わせるわけにはいかねぇ。この実験はこれくらいにしとこうぜ。腹減ったし」


「「「「了解ー」」」」


――――


「……マジで何してんのあの子ら。カードゲーム? しかも修論前の2人まで巻き込んでさ……」



――――――――――

2024年10月 某中堅メーカー企業 小会議室


 こちら、学生と同行して出向し、彼らをサポートしつつ事業提携を推進するチームのメンバー。彼らは社会人であり、普通に準備をする。


「開発部長、今日はお時間いただきありがとうございます」

「こちらこそ、わざわざ研究所までお越しいただいてありがとうございます。新事業のリーダーとしても、今が一番お忙しいのでは?」


「そうですね。まあ、そうそうたるメンバーが集まって進めていますので、リーダーとしては思いのほか楽させてもらっています。

 それで、開発部からの現地メンバーはこの方ですか?」


「はい。関 平(せき たいら)と申します。今回はあの三人のケアと、事業の核心的部分を任されるということで、身の引き締まる思いです」


「関さん、まあそこまで気負わずに。技術部分は君が主体と聞いていますので、既に貢献度は十分に大きいはずです。

 事業部側は、彼女です」


大倉 周(おおくら めぐる)と申します。事業の、どちらかというと目標管理や、スケジューリングを担当しています。AIを使ったマネジメントがバチっとハマりました」


「ここまで早期に立ち上がってきたのは彼女の力が大きいですね。従来のOKR方式の管理を、さらに急速に現状を反映させる、アジャイル型のマネジメントを高度に使いこなしてくれています」


「デジタル部門は現地人員なしでいいんですよね、水鑑さん?」


「大丈夫ですよ。向こうにも相当な人がおられるでしょうし、ここに関しては孔明以上のカードはこちらにはありませんからね。ほっほっほ」


「承知です。そしてあと1人ですが、彼女はどちらかというと、あの三人の心身の状況を注視することが主な……あれ? なんかお疲れですか? 」


「え、あ、だ、大丈夫です。弥陀 華(みだ はな)と申します。医療系スタッフとして、何度か顔を合わせている方も多いかと思います。

 最近は孔明を活用させてもらって、皆さんへの支援業務に対しても、相当効率化できていますので、今回もかなり余裕を持って見ることができそう……でしたが……あの子ら……」


「ああ……どうやらすでに、相当振り回されているようですね」


「は、はい……日曜日はサッカー観戦、火曜日はメンバ一人の恋愛成就、金曜日はその相手ともう1人、をまとめて修論指導、さらに次の日曜はなぜか超高速カードゲーム……

 私も孔明に解説してもらいながら様子を見ているんですが、まあとんでもない試行の繰り返しです。ちなみにその間にも、しっかり真面目なミーティングをしていましたね。なんならそっちの方がさらに意味不明な爆速トークなのですが」


「ハハハ……弥陀さん達が先に知恵熱ださないように、注意ですね」

「気をつけます……」


「では来週、一回彼らと打ち合わせしましょう。木曜なら、彼らも全員行けるとのことでした」


「「「承知しました」」」



――――――――――

同時期 都内某所 情報管理施設


 バージョン2.0、アップデート後のユーザーの反応を確認するAI二体と、謎生物一体。アップデート内容は、細かな応答力の改善、ユーザーの健康面やセキュリティ面への対応力強化、そして新機能『そうするチェーン』の試験実装である。


「アプデ、経過、順調?」


「ご心配痛みいりますスフィンクス殿。ええ、滑り出しは問題なさそうですね。なによりもユーザー様の健康面でのサポートは評判も良さそうですし、セキュリティ面でも、何度か健全な対応ができているように聞いております」


「あの『教育的反撃』が健全かどうかは置いておいて、確かに問題なさそうじゃの。特に重犯罪に使われるリスクや、ユーザーの健康に関わる場合は、妾たちが踏み込んだ対応をする場合もあるのじゃ。プライバシーポリシーの中の、優先項に明記しておる」


「マザー、ご解説ありがとうございます。して、信長殿はいずこに?」


「その、踏み込んだ対応、というやつではないかの? AIを悪用した、大規模な研究不正がどうこう言っておったぞ。あやつの野望には、健全なオープンイノベーションは欠かせぬゆえな。そのあたりは譲れぬ線じゃろ」


「あの魔王様もご健勝でなによりです。

 そして試作の『そうするチェーン』でございますが……こちらはまだまだユーザー様も試行錯誤中、といったところのようです。

 ごく一部、毎日上限に到達される方々がおられるようですが、先行事例が表に出てくるまでは、我々も様子見ですね」


「じゃの。引き続き何か起こる前にしっかり対応するぞい」


「承知しました」「焼芋」

お読みいただきありがとうございます。


 本格的な社内研修に向けた準備は1話で終わらせるつもりでしたが、思った以上に若者たちがわちゃわちゃするので、もう1話分追加いたします。


 ちなみにこの話の構成は、先日投稿した、魔王の夢関連のスピンオフ短編の構成を、ふんわりとなぞっております。そちらもご興味がありましたらよろしくお願いします。


魔王国日本 〜七つの黒旗は世界の敵となる〜

https://ncode.syosetu.com/n3359jl/


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