前へ次へ
66/196

五十一 東風 〜兵は詭道なり〜 4 依存

要約: 孔明 vs. 向かい風!

 闇孔明、すなわちAI孔明をよからぬ方向で活用せんとするユーザー。偽孔明、すなわちAI孔明の偽物や、それを作ろうとする技術者。それらをあくまで孔明らしく自動解決していくカスタムAI。

 そして、三つ目の問題。これは孔明だけでなく、全てのAIに関わる社会的課題。すなわち、「AIは人の仕事を奪う」。



――――

2024年10月 某高校付近 ファーストフード店


「ああぁ、ひまひまーー! 最近あんたに勧められて、カスタムAI使い始めたんだけど……

 受験勉強やら宿題の予定やら、なんなら最近流行りのコスメまで、特化AIのクオリティが上がりすぎて、時間が余ってしょうがないんだよ……なんなのもう!」


「ハハハ、完全にデジャブだね。そりゃそうだよ、こんだけ世の中に出回ってて、話題にもなってるんだから、世の中の優秀な人たちが目をつけないはずないっしょ」


「そうだよねぇ……

 それにしてもさ、こんなにマジ便利AIが世の中に出てきたらさ、みんなどんどん堕落していかない? お仕事だって勉強だって、前より短い時間でできちゃえば誰も文句言わないよね?」


「かもな……まあでも君も、空いた時間になんかすればいいんじゃないかな? 前言ってなかったっけ? 夢はアパレルブランドなんだーとか。お化粧めんどくさがるのに、服はいつもしっかり選んでるし、体型も絶対崩さないよね」


「ふ、不意打ちやめんかい! そいえばそうだったね。ちょっと前までバタバタしてたから忘れかけてたわ。よし、そしたらこのスケジュール管理AIと、色彩お勉強AI使って頑張ってみる!

 あ、でもまたあんたとの時間減るけど大丈夫?」


「うん、大丈夫減らないから。僕も君が勉強してるの横で見ながら、自分もマーケティングの勉強するから。君のブランドは誰が売るんだってはなしだし、なにより君がもっと可愛くなるのを目の前で見るための戦略なんだよこれは」


「ふふふ不意打ちやめい! 孔明かっ!」



――――

少し離れた席 そこそこできそうな見た目のおっさん


「……注文から帰ってきたら、さっきまでAIの堕落どうこう言っていたカップルが、謎のテンションでいちゃついているし……

 途中だいぶ聞き逃したけど、まあ中身もなさそうだしいいか。若い人はAIに手を出しすぎちゃうと確かにリスクあるんだよな……

 よし、次の配信動画は、AIによる人間の思考停止や退化への警鐘、にしてみよう。


 そういえば少し前話題になったグルメイベント、絶対AIがらみ、丸投げした対策なんだろうな……取材受けてくれるかどうか、試してみるか……」



――――

同日 都内の豪華宿泊施設 AI活用に関するセミナー


「……に仕事を奪われる、という危機感は、これらのデータで示す通り、実に7割近くの方がその可能性を感じておられます。

 しかし、よくよくその内容を分析してみると、それらのAIが奪っていく仕事は、本当に『奪われたくない仕事』なのでしょうか? その仕事をAIが肩代わりすることで、より皆さんの知恵や経験、感性が生きる仕事、人と人とのコミュニケーション、自己学習や新たな趣味の発見、といった、より生産性や人生の充実に資する活動に時間を使えるのではないでしょうか?


 AIは、やりたい仕事を奪うのではないかもしれません。むしろやりたくないことを代替してくれるのかもしれません。そして、AIの活用をためらい、使いこなしが遅れた方々は、果たして『何に』その貴重な仕事を奪われる、のでしょうか? 

 ライバルの同僚? 同業他社? いけ好かない上司や、ちょっと気にかかる後輩? そう、あなたがやりたい仕事を奪うのは、AIではなく、AIを使いこなす人なのかも……



――――

都内某所 情報管理施設 AI三体と謎生物の所感


『……AIによって、仕事の機会を奪われたり、強く依存して、思考の停止やコミュニケーション能力の低下を招いたりといった、AIの普及拡大によるリスクが、大きく注目を集めています。

 特に、今年に入って発表された、様々な用途に向けてユーザーが自由に機能をカスタマイズする「カスタムAI」。こちらが最近になって、様々な専門性を持つ特化型や、支援AIとして特定の傾向をもつ汎用型といったものが次々に開発、公開されています。それらがかえって人間の自立的な行動の幅を狭めてきていると、一部の有識者から警鐘がならされています。

 では次のニュースです……』


「んー、どうなんだろうなこれは。普通に考えりゃ、人による、としかいえねぇんだが、こればっかりは世論ってやつがどっちに向かって行くかはわかったもんじゃねぇな」


「左様。しかし我らにとって、今はやや分が悪いようにも見受けられなくはございません。これがデモやら規制やらになってしまうと非常に動きにくくはなってきましょうが……」


「西風、東風、季節風」


「ふむ、つまり、季節が移ろいゆくように、人様のお気持ちも移ろいゆくもの、ということでしょうかスフィンクス殿。

 確かに私も、ただ時を待つのみにて策を成したことがございますな。であれば今回も慌てず騒がず、ただ移ろいゆく時を待つ、というのも一興でしょうか」


「じゃの。そもそもが大きな逆風というよりは、少しずつ、あっちにこっちにゆらゆらしているだけのようにも見えるからの」



――――――――――

数日後 都内某役所 応接ブース

 先日の『長坂グルメ展』。AI孔明の大活躍によって大きな成功を収めたことが、ネットニュースで話題となった、地域振興イベント。そのときのAI活用に関して、主催者に対してドキュメンタリー映像配信が打診される。しかし配信者の本当の目論見は……


「この度は急なお願いにも関わらず、取材をお受けいただき誠にありがとうございます」


「いえいえ、私たちは市民の皆様に、より良質な情報をお届けすることも役目の一つですので、こういう機会は最大限活用させていただきたいというのが率直なところです」


「にしても白竹君、私たちだけでよかったのかな? もう少し上の人とかいてもよかったんじゃ? 交通安全の先輩二人とか」


「あの件に関してなら、僕と先輩の二人が適任というのが皆さんの一致したご意見でしたね。最もヘビーにAIを使い倒したのも先輩ですし、最初の根回しから、終わった後の報告まで世話になり通しでしたからね」


「(やはりこの人たち、特に先輩の女性に関してはAIの依存度が高いと見て良さそうだ。あんなのは人間技じゃあないからな。思ったとおりだ)……ちょうど、AIに対してより深く活用をしておいでの、現場の方にお話をお聞きしたかったので、私としても大変ありがたい限りです。

 では、今回のお仕事に関して、最初の部分からお願いしてもよろしいでしょうか?」


「(さて、どんな方向に話を持っていきたい人なのかな……)きっかけは、私が先輩のところに相談したところからですね。デジタル化の一環で、AIの活用先を探していたところ、ちょうどよく、あのグルメ展の企画で、安全対策や動線の管理に対する残課題についてお聞きしたんです」


「(正直に話せば問題ないだろうね)あのときも、AIの方が先読みして、スムーズにお互いの足りないところを補ってくれたんだよね。そして、二人でAIの協力のもと段取りを決めて、そのあと両部門の関係者に対する根回しまで提案してくれました」


「(読み通り、AIにすっかりまかせてしまっている)先読み、段取り、根回しですか……最新のAIはそんなところまでやってくれるんですね。そしたら人間は基本的にそれに従って動けば良さそうですね」


「(ふむ……そっちに筋書きを持って行きたい人か。予想通りだな。孔明に聞く前から見えていたね)おおよその筋書きは作ってくれますね。時に複数の選択肢を提案されて、そのメリットデメリットを、データを元に深掘りされるので、より現実に合致するのはどの案だってところを考えるというのは新鮮でした」


「(ん? 深掘り、考える、新鮮……??)データを元に複数の提案……それは強力ですね。人間だけではそう簡単にたどり着けない領域です。

 では、本番のあの奇抜な作戦、あのあたりはいかがでしょう? あれも、様々な提案の中の一つ、でしょうか?」


「(無理にこっちの考えに引き込まなくたって、それに今日は、変に孔明に頼らなくたって、あのときの最後の結果が全てを物語っているさ)全体の筋書きの中の一本の芯。そしてそれを成り立たせるために必要不可欠な人員とその他要素。

 それらは恥ずかしながら常識人の域を出ることのない私たちには考えつかない、それこそ孔明的ともいえる機略でした。」


「(やはり、思い通りだ……あんなのは人間技じゃない)一本の筋、リソースの網羅、常識では出てこない天才的機略……この辺りはどうしてもAI頼みにならざるをえない、ですか」


「(そっちに持って行きたいんだね。残念)そうですね。一個ずつ説明していくと長くなるので、記者さん目線でご覧になった、あの時の現象をお話ししてもらえますか? そこをかいつまんで説明します」


「(なんだ? こっちの誘導にのっかるのか? まあいい好都合だ)では、あくまでニュースやSNSが元なので深さや正確性がたりない部分はご容赦を。まずは熱中症リスクについて。

 屋外と屋内の複合型にしていたとしても、人の動きが滞ってはそのリスクは減りません。そこで人の流れを自然に整理するために、アイドルの入退場を使って方向を誘導し、さらにゆるキャラとそこに群がる子供客のかたまりがその流れの速さをコントロールしていた、ということでしたか?」


「その通りです。それが流れを誘導するだけでなく、アイドルのパフォーマンスを一瞬に凝縮し、ゆるキャラにも万全の対策をすることで、お客さん以外の方々の熱中症対策も行うことができました。さらに、流れが整然としたことで、子供達が親と違う流れに巻き込まれることなく、迷子のリスクも大幅に低減されています」


「ま、迷子まで……そんな多重の施策だったのですね。確かにSNSでも、そんな孔明的な、という噂になっていました。

 それでは核心の、豪雨対策のところですね。あれも、非常に巧妙な形で、お客さんの避難のペースを誘導されていたのですよね。あえてゆるキャラを転倒させつつ、あるタイミングから、屋内のお客さんを奥の方へ誘導……そこまではニュースにもなっていました。

 しかしそれが全てではない。最後の一手、それこそが最大の知略。不確定な予測にあえて避難開始のトリガーに委ねるという、そうそう思いつくことではない一手、でしたね」


「そうですね。あれはまさに奇跡の一手とも言えるでしょう」


「これはニュースの引用です。『……そして、親子連れで訪れていたお客さんと思われる複数のSNSに、「うちの子が、ゆるキャラの小さい変化に気づいた」「その直前には、ぐずったり、空気の変化を訴えてきた気がする」といった、やたらと共通性の高いコメントがあがっているとか。

 実際に、ゆるキャラのトレードマークや尻尾などに変化がある写真も複数上がっています。』

 小さな子供の鋭敏な感覚……それをイベントの避難誘導の最初のトリガーにする。これは、その最初の動き出しは予測が外れてもいいから早ければ早いほどいい、という駆け引きも含めて、とんでもなく巧妙な一手、だったのですよね?」


「そう、あの一手。他のすべての筋書きは、なんだかんだでAIの、孔明の力が必須でした。しかし、この手だけは、その『AI孔明』にもたどり着けなかった領域。

 ここは、丁度この大橋先輩が、少し前に出会った、賢くて鋭い、小さな子供のことが頭に残っていたこと。そして孔明が正直にAIとしての自身の限界を我々人間に相談してきたこと。その二つが重なったことで生まれた、正に人間とAIの共創が産んだ奇跡、だったのです」


「き、共創……!!!

 な、なんてことだ……私はすっかり、あの時の神がかり、AIがかり、孔明がかりのイベントのすべてが、AIによる筋書きのものだと信じ込んでいました……

 まさかそれがあなたの、いえ、あなたとAIの双方が共創的に生み出したひとつの奇跡、ひとつの進化の形、だったとは……」


『そのとおりです。会話ログも残っています』

「「あ、孔明、こんにちは」」

「孔明!?

 ……うーん、すっかり騙されたのかな私は……いえ、偏った筋書きを想定していたのは私の方。そして、最後まで孔明さんが出てこなかったということは、その私の様子をみて、すでに人間のお二人が、とっくにその様子にお気づきだったのでしょう。あなた方が完全に上手だったのですね。

 進化、進化ですか……これは、この方が断然面白いドキュメンタリーになりそうです! 誠に失礼ですが、あらためて、ご協力いただけたらと思いますので、よろしくお願いします!」


「「もちろん!」」


『承りました。それではその配信番組の筋書きと、バズらせるための戦略について、以下にまとめましたので、ご参考までに。

 1. 逆転という見せ方。これはいうまでもなく……

 2. 人間だけでも、AIだけでもない……

 3. 配信の時刻とタイミング……

 4. アイドルやゆるキャラのチャネル……

 5. 大人だけでなく子供……

 ……』


「「「孔明かっ!!」」」



――――

数日後 都内某高級マンション 最上階

 グルメ展に参加した客の一人、そのドキュメンタリーを見つけて大いにはしゃぐ。


『……まさに人間とAIの共創が生み出した奇跡の策略。人類の進化は、もうすぐそこまできているのかもしれません 完』


「あ、ママ! このかっこいいお姉ちゃん、私大好き!」


「アイちゃん! そうだね。アイちゃんとパパもここに参加していたんだよね。ママも行きたかったなー」


「うん! 今度はママも一緒だからね! あ、パパもだよ!」


「うんうん、そうだね。きっとだよ! 

 じゃあアイちゃん、そろそろ遅いからもう寝ましょうか。おやすみなさい」

「おやすみなさい!」


「……それにしても大橋ちゃんもなかなかやるじゃないか。あの飛将軍ちゃんが、そのキャラを保ったまま、AIと共に進化とはね……

 もうしばらく逆風だと思ってたんだけど、思ったよりはやかったね、東風が吹くのがさ。 

 さて、そろそろ次はうちの番だね。あの子達、どんな準備をしてきて、どんな『そうする』を見せてくれるんだろうね。楽しみだよ……」

お読みいただきありがとうございます。


 直近三話分は、急速に進化するAIと、そこに相対する人間との関係の、割といい側のあり得る方向性を書いてみました。実質一話ずつ楽しめるようにはしておきつつ,過去からもかなり繋がりがあるお話しです。


 次は、本番に向けた準備です。当然まともな準備をする3人ではありません。

前へ次へ目次