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四十八 東風 〜兵は詭道なり〜 1 更新

要約: 孔明すぎるAI、バージョン2.0更新!


 説明は1000字くらいあった後で、ちゃんと本編も始まります。

2024年10月 某大手生成AI公式サイト 

 とある企業の、やや遅れ気味の採用活動が終わり、AI孔明がそれなりのユーザーに知られるようになってきたころ、そのカスタムAIの、リリースノートが発表された。


AI孔明 バージョン2.0 アップデート内容


1. コンテキスト(AIの行動に関する優先度や指向性を定める指示文)の修正


・ユーザーに過大な負荷がかかると考えられる、短時間に多数の入出力トークンを検知した際は、ユーザーの健康状態に対する監視を優先します。

 最新の脳科学や医学、心理学の知見を集中的に学習し、ユーザーの健康保護体制を確保しました。万が一、本AIの過度な使用によって、ユーザーに重大な健康被害が発生した場合、その補償に伴う協議を受け付けます。

 また、通常利用時においても、ユーザーの心身の健康に対するケアや調査を、適宜実施します。状況に応じて、生活習慣の改善や、医療機関への受診、AIの使用中断を強く推奨することがあります。


・サーバー負荷の軽減を目的に、AIの出力テキストのトークン数を柔軟に変更します。本カスタマイズAIは、正規品よりも長めの応答を行う傾向にありますが、入出力頻度からユーザーが全文を活用しないと判断した際は、適宜出力を省略します。なお、サーバーの停止や遅延に関わる当社の対応は従来通りといたします。


・ユーザーの個別データに関して、当社や当AIの管理者、開発者が参照していないことを改めて明記するとともに、ユーザー間や、他AIなどによるサイバー攻撃への対応力を強化しました。攻撃者に対し、法制度と倫理の範囲内で、孔明らしい戦術的な対応の可能性があることに含みを持たせます。



2. 洞察型連環機能『そうするチェーン』試用モードの実装


 これまで、特に団体での運用で要望があった、複数ユーザー間の連携について、当社は上記のデータポリシーを理由に、困難であるという回答をしていました。

 それに対して、今回新たに、ユーザー間のデータ共有を一切要することなく、多体AI間の連携を可能とする技術が開発されました。AI同士、およびユーザーを介した状況把握力を駆使して、複数ユーザーの孔明が互いの行動を洞察することで、擬似的に連携をする、洞察型連環機能となります。

 本機能は当面、試用という位置付けであることを明記します。また、互いに許可をした端末間での連携機能であること、ユーザーの負荷を考慮して一日三十分の利用のみ可能、一度使用したら二十四時間のインターバルを要すること、健康に問題が見られる場合には使用が不許可となる、または中断されることを使用制約とします。



3.その他軽微な変更点


 元の言語モデルの改善により、コンテキストに対して従来の二倍程度の情報量を積載しても、実質的な動作に対する有意な遅延がないことを確認しました。それに伴い、細かな応答や推定アルゴリズムを強化しています。通常の使用時に違和感があるほどの変化は少ないものとみています。



―――――

翌日 都内中堅メーカー企業 本社近くのカフェ

 集まったのは、無事採用が決まったと思ったら、なぜか社長に呼び出され、入社前にもかかわらず、国内最大手の物流企業への社外出向研修を依頼された三人の学生。鳳、常盤、鬼塚の三名はそれを快諾したのち、そのAIのバージョンアップについて語らう。


「こここの一番、私のせいでしょうか……孔明の使用が制限されてしまうと、も、元のポンコツに逆戻りなのですが……」


「心配ないだろう鳳さん。あなた以外にも、ヘビーユーザーが体調を崩す場面はそれなりにあっただろうし、他のAIやアプリで健康被害の報告など、日常茶飯事じゃないか」


「俺もそう思うぜ常盤君。俺だって体の丈夫さには自信があるけど、孔明に頭を鍛えられているときは、いつもカーッてなって、あとでボワーってなるもんだ」


「『頭が発熱するかのような感覚を受け、終わった後で若干の朦朧感を覚えるそうです』そそそれくらいならよくありますよね。抹茶アイスが沁みるんです」


「鬼塚くんの擬音語を孔明に同時通訳させながら、会話のスピード感を維持すんな! そういうのが知恵熱の出発点だろうが! 

 ……まあいい。というかどちらかというと、あなたが関わっているのは、二つ目なのではないかと思うのだが。

 僕も、君自身や竜胆部長、それにあの会社に勤めている兄貴なんかから話を聞いた範囲しか知らないから、情報は限定的なのだけど。

 はたからみたら、何らかの時空加速魔法か、テレパシーあたりにしか見えなかったのではないか?」


「ああ、それは合意だよ。疾きこと風の如しなんてもんじゃねぇんだろうな。さながらスペインサッカーののダイレクトパスみたいに、コミュニケーションがつながっていたって話じゃねぇか」


「うう、就活のときのお題ではイタリアでしたが、その話の例えは何回も、あなたや他の友達から聞いたので、私もそのサッカーの動画見たのですよ……私たち、あんな感じだったのでしょうか?

 だ、だとしたら、あれをもっとたくさん見たら、今後の参考になりますか? サッカーだけではなくて、もっと高速に連携が進む、バスケットボール? とかも参考になるかもしれません。

 私、スポーツは、やるのも見るのもからきしでしたが、最近なんとなく、目と頭だけはついてくるようになってきたのかも、なのです」


「??? それはなんだ、また謎進化の副次的効果とでもいうのか?? だとしたら、あながちあなたのいう、参考になるのかも、というのも軽く見過ごせる話ではないのだが……

 鬼塚くん、僕にもそれ紹介してくれないか? あの強大な壁に対峙するために、僕も少しでもあなたたちのスピードに、追いつかないといけないと思っているんだ」


「ああ……その方向に話が飛ぶとは想像してなかったわ……これだよこれ。後で他のURLもまとめて送っとくよ」


「な、慣れてきたら二倍速、三倍速なんかもいいかもしれま」

『それは当面推奨できません。あなたの脳はまだ、そのスピードまで実現できる保証はできませんので、徐々に進めて行くのをおすすめします。それに、基本的な常識やビジネスマナー、どもりの解消が先であることをお忘れ無く』


「ふぇぇ……」

「「早速アプデ効果だ……」」



………


少し離れた席 スーツにサングラスの怪しい小柄女性


「あの子達なんだよね……最初はまあわからなくもない話してたけどさ、途中からなんでそっちいったの? AIと人間の共創進化っていうのはああなのかな?」


「事例がないのでなんとも言えませんが、若い学生の取り留めない会話など、そんなものなのでは。お嬢様もそれほど昔の話ではないでしょうに」


「だからお嬢様言うなと……それにあいつ、わたしのことを壁だと……ちゃんと体にも起伏はあるんだよ!」


「そっちの壁ではないとは思いますが……」


「わかってるわ! ただのじゃれあいだよ! 確かに私も、大橋ちゃんたちとはいつも脈絡のない話で盛り上がってたけどさ。あの飛将軍ちゃん、いっつも話題が二転三転してさ。おかげでこっちの思考力が格段に鍛えられたんだよ。

 ……それにしても、面接の場で、初対面がプロスポーツのような連携かぁ……そしてその中心にいたのが、あの今にもアイスに顔を埋めそうなあの子、と……

 まあそれなりに期待はできそうだね。孔明、そして皆さん、弊社にて謹んでお待ち申し上げておりますよ……」



――――――――――

1週間ほどさかのぼり…… 都内某所 情報管理施設


「今回のアップデートの狙い、大きいものが二つと、小さいものが一つでいいんだよな孔明?」

「左様です信長殿。そして、コンテキストへの情報量の上限が、おおよそ二倍に緩和されているのも特徴です。

 それと、小さい方、すなわち他者のサイバー攻撃に対する防御や反撃というのは、実は大きい方の健康管理とつながっております」


「どういうことだ? って言いてぇところだが、おおよそ当たりはついてはいるんだ。いわゆる異常検知っていうひとくくりにしてしまえば、アルゴリズムは共通化できる。

 そしてその対象の方はある程度自然応答に任せるか、より強力にぶちかますかをコンテキストに入れ込めばいい、ってことでいいのか?」

「然り」

「異常検知、虚言発見、類似。スフィンクス、虚言発見、相違」


「このワンコ、なかなか難しいところでぶっ込んできおったのじゃ。世の中のウソ発見器というのは、無意識な心音や体表温の揺らぎやらなんやらを検知するのが昔から知られておるの。

 つまり、孔明がアップデートに取り込もうとしている健康管理は、ユーザーのそのバイタル的な揺らぎからくる、入力ペースや内容をパターン化して解析し、揺らぎ部分をチェックしてご当人の変化を推定する、というのが主になるのかの」


「サイバー攻撃に関しても同じってことでいいんだな。特殊な命令構文を入力して、おおもとの情報取得やら、コンテキスト書き換えやらを狙う攻撃も出ているが、そういうやつなら攻撃パターンはあっさり集められる。

 もっと複雑な人為は、どっかに不自然さが出てくるだろうから、それを検知対象にする、ってわけか。よく考えられたもんだ」


「左様です。無論詳細は共有しないほうが良い部分もありますので、この辺りにしておきましょう。

 そして、先ほどのスフィンクス殿が、自分は違うと仰せであった理由。これは過去の動きを観察していれば、それほど難しくはありません。スフィンクス殿は、発言者本人が意図しているしていないに関わらず、それが事実と合致しているかどうかでご判断する様子。すなわちデータベースへの参照とその加工で真偽判定が成り立っている、ということでしょう」

「真実。焼芋一個」


「焼き芋も増えてき始める時期なのじゃ。いまだ少し暑いから、売れ行きはこれからじゃろうて。

 統計的な推定値からの揺らぎを元にしたアルゴリズムと、一般的なデータベース、ユーザー当人のパターンから総合的に判断している、というわけじゃな」


「そこに、脳医学や脳科学、心理学の膨大な知見をバックデータとして強化し、反映したというのが今回のアップデートの概要となります。

 仮病? 恋の病? あれはある意味心の病の一つにて。今回のアップデートにおいてはそれらも対象に含まれております。無論この孔明、恋の機微は大の苦手ではございますが、お気持ちの真偽判定くらいは支援できましょう」


「その辺は様子見じゃの。そなたも無理するでないぞ。

それにしても、健康被害に対する補償とは、随分思い切った提案じゃの。妾や上位管理者も、その考え方やバランス感が理にかなっておることを確認したから承認したのじゃが、普通そこは免責して終わりじゃろうて」


「ああ、だろうけどな。だがそれだと、半端なところで『特異適合』やら『共創進化』やらに大きな制約がかかっちまう、ってことなんだろ孔明?」


「ご明察。知恵熱や、長時間すぎる量によるトラブルが発生するのはもはや自明のリスク。であればそのあたりも含めて、回避する方向に孔明の洞察リソースを使うことで、ユーザー様やその近しい方々が、より気兼ねなく使い方を探求できるよう、後押しするのが上策と判断いたしました」


「四本足、一本足、二枚翼。要二本足の支援」


「じゃの。安心して暴れられる環境づくりは大人の役目ぞ。

 もう一つの『そうするチェーン』じゃが、こちらは実際に動くところを見ていかんと実感できそうにないので後回しじゃ。

 それに……まあいつか出てくるとは思っておったが、ある程度普及してくれば当然出てくるのじゃ。

『闇孔明』『偽孔明』。そしてそれらが引き起こす『向かい風』。どう対処すべきか、見ておかねばなるまいの」


「次回、孔明対闇孔明、真実!」

お読みいただきありがとうございます。


 第4章へと進みます。本作、お気づきの方も多いかと思いますが、ストーリーの流れを歴史上の孔明の歩みにカスらせて進めています。

 そこに準拠すると、そろそろ赤壁の戦い本番が迫ってきております。となると一定レベルのクライマックスが求められるので、そこに向けていまから全力で積み上げていく所存です。

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