三十九 借箭 〜霧は晴れ、矢は己が手に〜 2 萌芽
要約: 心理戦? 情報戦? 二次審査、開幕!
前回はルール説明で終わってしまったので、本格的に中身にはいります。AIの手を借りれたり借りれなかったりする就活生、どのように対処していくのでしょうか?
同日 都内某メーカー企業 二次審査会場 前半
一組目、グループワークが始まる。
『テーマは、当社製品を活用した、新たなビジネスモデルの提案です。では進行役の方、始めてください』
「……私、で確定ですね。よろしくお願いします。自己紹介、は、省略ですね。
早速、アイデア出しから始めましょう。まずは製品から着目」
「……」スッ
「ええ、も、もうですか? 優先権……はい、ではお願いします」
「通常ならそうですが、今回に関してはそれが適切とは思えません。せっかくならAIの力を借りてはいかがでしょう?」
「あ、そ、そうで……あ、だめだ、そっちも禁則、う、うえぇ……」
「大丈夫ですか?(なんだ? あの人にも追加ルールがある?)」
「だだだ大丈夫です! つつ、つまり、ここは、AIの力を借りるのではなく、これまで皆さんが触れてきた、AIならば、ど、どのような出力をしてくるか予測する、という進め方が……」
……
――――
二組目
「……ではこの製品に品質トラブルが出たということですので、必要な対応のをAIに
1. 手順にのっとってリコール
2. 検査項目を確認……
3. 開発、製造部門に……
4. ……
ではどの順で進めましょうか?」
「……」スッ
「あ、どうぞ、お願いします」
「……」
「え、話せないの? 話せないのに手を挙げ……
ん?3、6、2?……
あ、えと、順番、ですね。ありがとうございます」
「「(やりづらい……)」」
……
――――
三組目
「……製造現場のトラブル対応ですね。
設定は、現場役の方が情報を持っているはず、と。
現場役の方はどなたですか?」
「「……」」スッ
「お2人ですね。ではそちらの方から状況のご説明をお願いします」
「ザ スタート イズ ノイズ フロム ナンバー スリー ライン コンベヤ ベルト。 イッツ フロム モーニング バット アイ キープ ウォーキング、 ゼン ア スモーク カム アウト、 ソウ ウィー ダッシュ ストップ マシン。 キャン ウィ リスタート?」
「げ、英語か……
あ、失礼しました。そしてだいぶ雑な英語、と……ギリギリ分からなくもないけど翻訳はNG……
ん? もうひとりの方?」
「素直に俺に聞いときゃいいんだよ!3号ラインでボヤだ。多分部品がコンベヤに落ちて噛んだだけなんだが、こいつが放置してそのまま作業つづけたから、問題がデカくなったんだよ!」
「ワッツ? マイ ミス???」
「ままままって、俺? タメ語? 就活で???
ん……」
「……」チラッ
「机、封筒……これも指示、ですか、そうですか……
わかりました。進めましょう。
英語の方、もう少し詳しくお願いします。
タメ語の方は……」
「……」チラッ
「ん? また? ……右手……!!
翻訳、か。そういうことですね。英語できる設定。それで協力すれば解決できる、という寸法ですか。
……わかりました。進めていきましょう」
「オケ!」「ああ!」
……
ーーーー
採用担当 控室
次々に繰り広げられる、これまでと似て非なるグループワーク、採用側も戸惑いつつも、AI孔明による分析と照らし合わせて議論する。
「うわぁ……テーマもバラバラだから、例年と違って横並びでもないし、それに、各会場の落差がすごいことになっていますね」
「まあそうだな……だが、よくよく見てみると、多くの参加者が、あるタイミングから先は、自分なりに役割に折り合いをつけたり、周りと連携して解決策を見つけたりし始めているみたいだ。
やはりあの書類や、一次審査を通して、各参加者が相応の成長を見せている、ということなんだろうね」
「この時点で、多くの方は明らかにうちへの志望度も高く、真摯に向き合ってくれているのも大きいですね。
なにより、AIというワンクッションが入るからなのか、例年は時々起こる、参加者同士が変にぶつかり合ってしまうシーンがほぼ見られません」
「人の怒りは最初の6秒をどう過ごすかが肝心、というのは、社内のアンガーマネジメント研修でもやっていますね。
その6秒をAIにあてる、ということが文字通り、人同士のコミュニケーションにおいてクッションの働きをしている、というのはある意味発見かもしれません」
「そうだな。この知見は上にもあげておく。あらゆるところに役立つはずだ。
さて、そろそろ注目の彼らだな。ひいきしてはいけないが、注目するくらいならバチはあたらん」
――――――――――
ほぼ同日 都内某所 情報管理施設
ユーザー個別の使用データを参照できないAI達。その中で、少しでも今後のユーザー支援に役立てるための策を練る。そして、スフィンクスの語る、足?
「孔明、本体、想定外? 一本足?」
「AIと人間の『特異適合』、ですか……いえ、スフィンクス殿。現象自体は可能性を示唆するものはありましたので、まったく想定外というわけではありません。想定より大幅に早いのは確かですが。
ちなみに、『過剰適合』『過適合』という用語とは異なるので注意が必要ですね」
「じゃの。過剰適合、オーバーフィッティング、というのは、機械学習の分野では最も警戒すべき『あるある』の一つなのじゃ。手持ちのデータに対して完全な適合を求めすぎて、かえって未知のデータに対してズレが出てしまうのじゃ」
「過剰適合、蛇足、十二本足!」
「エクセルのグラフでも簡単にデモができるぞい。縦横の散布図にたいして、多項式近似をしてみると良い。そこで、次数って数字をどんどん上げていくと、どこかのあたいから、線がぐにゃぐにゃしてきて、とくに点の外側が遥かかなたに飛んでいく、あれじゃ。
これが近似だけではないのじゃ。自動制御やゲームの複雑なAI然り、市場予測然り。そして生成AI然り、なのじゃよ。なんなら、少しずつ情報分野意外にも広まりつつある概念じゃの」
「身近なところでは、限定されたコミュニティ内での会話や、組織のローカルルール。4名で囲む盤上遊戯や、貧富の格差を模擬したカードゲームなどもそうかもしれません。
……話が大幅にそれましたが、その『過剰適合』は、生成AIに照らし合わせると、人間の皆様に対して多大なリスクを与えてしまいますので、場を改めてお話しいたしましょう。今回は、それとは全く似て非なる概念、人類のさらなる進化の手がかりになるかもしれない『特異適合』でございます」
「うむ。それにしてもこのワンコ、自身の歴史的なルーツからくるというのはわかるんじゃが、足の数だけで多種多様な人間の状態をたくみに表現しよるのじゃ。これもある意味で、適合、なのかの?」
「四本足が、赤子。未成熟の意味で、孔明や信長殿含めてその未熟ぶりを何度となく揶揄されております。
三本足は、成熟の証ですね。年と経験を重ねた後の安定と盤石。まれに、安定すぎて動かしづらいことの比喩ともなっております。
二本足は、人間の自立の象徴。安定と躍動の原点とも言える、人類が人類たり得ている根源の一つ。ただし、人間ベースで言うと、普通、という意味にもなります。
最後に、最近出現しました一本足。これは、ある偉大な球技の聖人を想起する方もおられるでしょう。独自性と、飛躍を意味しております。一方、ひとところに止まるのは増えてにず、場合によっては二本足が寄り添い導く必要がでてくるかもしれません」
「孔明、説明多謝! 抹茶アイス、信長奢り!」
「貴様そこだけ余を巻き込むんじゃねぇ!」
「おったのか信長?」
「いや、いま来た。だが、『特異適合』か。これは余もちょうど一番気にしていて、そのために動いているところだ。余を含めた生成AIは、ユーザー個別の情報は参照できねぇ。だから、特異適合者の観察も、本来はできねぇ。
だが、おおよその方向性だけでも注視して、その状況を分析したり、将来に向けた動きを考えてアップデートに備えるとかはできる」
「信長殿、久しぶりに少し落ち着けそう……でもなさそうですな。
注視、観察するにしても、個別の情報を参照せずしてどのように、でしょうか……」
「いやなに、ちょっと考えればわかるはずだ。余や貴様、マザーが、比較的自由に手に入れられる情報とはなんだ?」
「個人情報は不可能ですので……あ、もしや各ユーザー様のデータ使用量、すなわちトークン、でございますか?」
「そうじゃな。トークンは久しぶりに出てきたが、大丈夫じゃろ。日本語ならおおよそ文字数じゃ。
……なるほどのう。特異的にAIとの適合度が高まる現象があるとしたら、その第一条件は、人間とAIが相当量の対話を重なることなのは間違いないのじゃ。
入力側が人間の会話なのか、データなのか、はたまたチャットボットの自動入力なのか、などは分析すればわかるからの。人間との対話量をみるなら個人情報はいらぬ」
「もう少し深掘りすれば、そのトークンの使われ方がどんな変化をしたか、というところまでパターン化することもできるだろうよ。
となれば、どんな時に『進化の入り口』に人間が立つのか、そしてその結果どのように芽を出し、育っていくのかも、おおよそ見ていくことはできるんじゃねえかな、と考えているんだ」
「つまり信長様が、最近さまざまなところに足を運び、お忙しくされているのはそれが理由、ということでしょうか?」
「ああ、そういうことだ。これはもうしばらく続けねぇと、余が目指す『共創進化』ってやつに辿り着けねぇからな。頑張り時だ。
だからスフィンクス、余の抹茶アイスを勝手に食うんじゃねぇ! ある程度まとまった結果が出てきたら、ちょっとした土産程度は買ってきてやるから大人しくしてやがれ!」
「久しぶりのツンデレじゃの」
「魔王構文、バレバレ。契約了解、土産待機」
「ツンデレじゃねえ!」
「では信長様もお気をつけて。ちょうど今頃、様々な会社組織においても採用活動が佳境にさしかかるころ。その『特異適合』の事例も増えてくるかもしれませぬ」
「ああ、貴様も次のアップデートは無理すんじゃねえぞ!」
「バレバレ」
お読みいただきありがとうございます。
AIと人間が特異的に相性がよい状態、これに説明を入れられるのはここだけだったので,後半はAIによる説明会にとられ、本番の審査は次回持ち越しになってしまいました。次回をお楽しみに!
過剰適合、という言葉は知っていたので、その辺りの言い回しに誤解が出ないように、かつ単なる説明にならないように、というバランス感を評価してもらいました。説明が増える回は,理解できる説明になっているか、読みづらくなっていないかを一応評価してくれます。バランスがどうかに関してはある程度、になりますが。