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三十八 借箭 〜霧は晴れ、矢は己が手に〜 1 急転

要約: 孔明すぎる二次審査、開始!

某企業、一次審査の一週間後 都内某大学 研究室

 様々な学生たちが、喜びつつも次に備える。ちなみにこの時期、大企業の審査はすでにひと段落しており、この時期に決まっていないのは、やや苦戦していると言える。


「いやーよかったね二人とも。あそこどう考えても激戦でしょ今年は!」


「ありがとうございます先生。しかしまだ一次ですので、気を抜けない、どころか本番はこれから、ではないでしょうか」

「そうですね……それに、私のグループにとんでもない人いたし……何あの分析。面接官さんたちちょっと引いてたよ……」

「え、なに、そっちも?? 私の方もなんだけど。なんだあの脳筋だの擬音語だの言っておいて、ザクっと刺しに行くあのギャップは……ちょっとキュンって……いやいやいやなんでもないです!」


「ハハハハ、どうやら貴重な体験だったようだね。心配いらないよ。グループ面接っていうのは、その中での相対評価にならないよう気をつけるはずだから。

 AIフル活用を宣言しているあの会社ならなおさら、ね。君たちは君たちで自信をもって、君たちのままで勝負するといい。私から言えるのはそれだけだ」

「「はい!」」

「それに、流石にそろそろ決まって、修論研究に集中してほしいからね」

「「はぁい……」」


……


――――

同じ頃 他社 採用担当

 似たような規模の企業は、まだ選考が続いている。


「ああ、もう! あの自爆炎上会社のせいで、こっちも大混乱じゃない!! なによこんな時期に、エントリーシートの数と中身! アタシたちのコミュニティでもその話で持ちきりよ! あなたもちょっとは付き合いなさいよ」

「先輩たちのコミュニティ? の話は置いておいて、これ損害とか訴えてもいいのかな……それと、そちらのお誘いは謹んで辞退いたします。僕には女性のパートナーが」


「気持ちはわかるが、バカなこと言っていないで手を進めてくれ。我々も遅ればせながら社内で使えるAIのユーザー登録してもらえたし、私も作業に入るから、なんとかやってみてくれ」


「はい!」「ハァイ」


……


――――

同日 都内某メーカー企業、採用担当

 そして、一次審査の結果と、二次の連絡を終えた、人事担当達。


「これで二次の連絡は全員ですね。抜け漏れがないかは、人間複数名、従来システム、孔明で確認済みです」

「了解」


「それにしても竜胆部長、あの子……そして、部長の返しも、あの後ドタバタであまり聞けていませんでしたが……」


「ああ、私の直感と、孔明の所感、両方が当たった上に、その中でも特殊ケースだろう。皆も最近たまに聞くだろう?」

「「『AI特異適合』、ですか……」」

「まだ可能性だがな。人間がAIをより深く使いこなし、自己の特性へのフィードバックを高頻度に繰り返す。普通は未成熟な人や、もとから関連の仕事をしていた人に見られやすいと予想していたが……

 そうなんだよ。私たちに社運がかかっているのと同様、それ以上に、彼らには人生がかかっている。だからこそ、とんでもない回数の情報の往復がなされている、といえそうだ」


「それが、これまで欠点と思っていたり、見落としていたりした本人の特性を補完し、さらにそこを長所にまで変えてしまう、ですか……」


「そうだな。あの二人はまだそれで説明がつくのだが……あの子はそれだけでは……

 『そうする』、か……」

「「「そうする、?」」」

「ああ、あの子がなんどか、変なタイミングで口にしていたんだよ。私もそこは言語化できていなかったんだが。そこが孔明とも合致したんだ」


『そのとおりです。私、AI孔明は主に「諸葛孔明ならそうする」をAIおよび開発者が深掘りし、投影したという側面が非常に強くあります。そこを、その応募者の方が自己とAI孔明の間で昇華されている可能性があります』


「「「へぇ……」」」


「なんにせよ、まだ可能性の話だ。もう少し注視しつつ、縁あって我が社に入ってくれるのなら、他の皆さんもふくめて、長期間しっかり目をかけていこう。皆んなもよろしく」


「「「はい!」」」『承知です』


「では、二次審査の要項だ。例年通りではない点が多く、各部門に説明が必要なので、午後にオンラインでお集まりいただいている」


「それもそれで、とんでもないこと始めましたね。AI、孔明さまさまの方法です。去年までと一見変わりませんが、中身が違いすぎます」


「そこも含めてだ。午後頼むぞ!」


……


――――――――――

同日午後 オンライン会議 二次審査 内容説明会


……

「……つまり、基本的に去年までと変わらないが、応募者への役割の与え方が……」


『……本人の志望職種と、分析から得られた新たな可能性の関係者の両方が……』


「……その関係上、当日は1会場で1日かけて行い、社内関係者全員のご出席を調整……」


『……ご本人の新たな資質への自覚や、未だ隠れた特性の見極めとマッチングが必要なため、今年は全員グループ形式……』


……


「……それでは、他にご質問がなければ、以上で説明を終わります」


「「「「ありがとうございました! 失礼いたします!」」」」



――――――――――

数日後 二次審査会場 控室 

(孔明ではない)AIによる概要説明。これまでと似て非なるグループワーク。学生たちの試練が始まる。


『……以上が今回の、グループワークによる課題解決型の審査の説明です。

 改めて、例年と大きく違う箇所を抽出し、注意点とともに再度説明します。


相違点

・参加者個人個人に、明確な役割が与えられているのは例年通りです。

 例年は公平性を優先し、役割は抽選方式でした。

 一方本年は、これまでの個人個人の審査過程を踏まえ、今後の選考や、部門選択の参考とするため、AIと人間が共同で、参加者固有の役割を選定しています。

 この役割は、ご本人の志望職種および、弊社分析に基づいて提案を検討している職種への適性、その両方に対する評価材料である、と補足しておきます。


・本年は、役割だけでなく、評価対象となる行動も、個々人で異なります。従来の総合判断に近い条件の参加者もいますが、より限定されている人もいます。なお、役割が与えられた際に、選考への有利不利が疑わしいと感じた参加者は、開始前に個別に申し出てください。


・例年よりも討論時間を長くとります。その一方で、議論内容の取りまとめや、報告のステップは省略します。今後、社内においてそのような業務をAIが軽減する、と想定していることの模擬です。

 同じ理由で、自己紹介は省略してください。


・スマホの使用、とくに生成AIの活用は、許可された人と禁止された人がいます。その設定も、役割の違いを表現する一環です。

 なお、音声入力は許可されていら方が多いですが、出力は文字ベースで、基本的にAIに直接発言させることは許可しません。直接発信したい場合は、参加者が宣言の上、読み上げてください。

 また、他者のの許可は不許可は直接明らかにはしません。よって、各参加者の片方の手は、他者から見えないように処置をしています。



注意事項「厳守!」


・個々に限定された条件や、共通のルールを逸脱した場合、警告で済む場合と、問答無用で審査除外となる場合があります。討論妨げにならないよう、イエローカード、レッドカードを本人に提示します。警告二度で審査除外です。


・相互の役割を明かすことは妨げませんが、自己の役割が明かされることが選考上不利になる参加者がいますので、本人以外にその内容を問い合わせることは非推奨とします。その行為が、参加者への印象を悪化させる可能性に注意してください。

 とくに、同意なく他者の評価項目を探る行為や、それが洞察できた場合に、明確にその評価項目を不利にさせる行為は、警告または除外対象です。

 討論の過程で、役割や評価項目が露見してしまった場合、それまでの討論内容、及び露見後の対応に基づいて審査します。露見自体が直接評価に影響することはありません。


・役割上、発言を制限されている参加者がいる可能性があります。その場合は、口元を手で覆うジェスチャーで発信するので、追加で発言を促す行為は非推奨です。


・特別な理由がない限り、審査者への質問や、発言を促す行為は許可されません。


・以上の判定は、基本的にAIが行い、審査者による確認を行います。』


「質問のある方、今のうちに挙手をお願いします。なお、この質問の場は、審査には一切参考に致しません」ざわざわ


……


「禁止事項のこの部分……」


「役割に不満がある場合……」


「このケースは……」


……


「では、おおよそ出尽くしたようですので、いまから各自の役割を書いた、手元の青い封筒の中身をご覧ください。他の方に見られないようにお願いします」


……


『 自己アピールをせず、討論の意見調整に終始せよ

・ 禁止事項 他者の発言を妨げる

・ AI 不可 手書きメモを別途用意する

・ 評価項目 本人の発言やその効果は非対象。

  討論の成果や、他参加者の意見の反映度のバランス』

「えっ? ううーん……」


『 他の全参加者に対する、批判的な意見を述べよ。不安を解消するために、後ろを向いて参加を許可する。

・ AI 不可

・ 附則 進行役には、あなたが手を上げた時に、その発言を優先するよう伝達済みです。また、今後の人間関係を考慮し、終了後にあなたの役割は開示します。

・ 禁止事項 同意する意見

・ 評価項目 あなたの意見の反映数や、反映内容』

「う、うわぁ……」


『 言語設定、英語 ただし他に制限なし

・ AI 許可。翻訳も含む

・ 禁止事項 日本語。ただし和製英語や、他言語の混入は妨げない

・ 評価項目 英語の実力は対象外。自身の意見が反映されたかどうかが主対象』

「わ、ワッツ???」


……


『 他の参加者への印象を気にせず、独自視点で意見せよ

・AI 許可するが、使用しないことを推奨

・ 禁止事項 とくになし。ただし、下記評価項目を考慮すると、他の参加者が考えつく発言や、他の参加者に配慮するような発言は非推奨

・ 評価項目 発言内容の独自性。AIと審査員の双方が判断。討論内で取り入れられることは必須としないが、取り入れられた場合はわずかに加点』


「お、おおぅ、フワーッで、ズギューンだ……」

『曖昧さはありますが、非常に意図が明確、ですか。

 擬音語で独自性を出すのはそれほどいい手ではなさそうですね』

「だな。いったん孔明もなしでやってみる。どうしても無理なら手を借りるぜ」

『承知です。ご武運を』


……


『基本的に傍観し、よりよい結論に導く必要を感じたのみ発言せよ。ただし最大2回まで

・AI 許可。推奨する

・附則 あなたが手を上げた時、発言を中断し、あなたの発言を聞くことを優先することを全員に伝達済み

・禁止事項 手を挙げずに発言。制限を超える発言は警告対象。ただし減点ではない

・評価項目 本人の意見や、その反映度合いは対象外。最終的な意見のまとまりかたと、序盤の他者意見からのカイゼン度合いが対象』


「なん、だと……基本黙ってろと?

 あ、でもこれ実質3回か」

『左様。そして、自己アピールは価値がゼロまたはマイナスです。他者の意見をカイゼンすることに注力しましょう。全力で支援いたします』

「ああ、たのむ。僕にとっては試練だが、このルールでもモノにしてみせるさ。それにしても、これが僕の想定職種としての評価材料、というのはどういう……?」


……



――――

同時刻 審査者控室


「会場の様子は……う、うわぁ、ざわざわですね」

「まあ当然だろうな……人によっては孔明が遊んでいるとしか思えない設定だ」


「それでいて、そのすべてのルール設定が、本人の志望職種を踏まえた上で、AIを取り込んだこれまでの審査の過程で生まれた、個々人の新たな可能性。

 それを見極めたり、足りない分をさらに引き出したり。その上で各部門の皆さんにもクリアな印象をあたえる選定……孔明がかっているとしか言えないな」


「「孔明ですからね……」」


「さて、そしてあの子は……う、うわぁ……」



――――

会場 控室


『全体進行せよ。ただし発言順のみを指示せよ

・AI 自由。ただし現場での効果を想定していない

・附則 あなた自身への評価はすでにおおよそ定まっており、最終審査への通過は決定しています。ただし、あなたの行動が、他の参加者の合否に影響する可能性があります。

・禁止事項 発言を促す以外の行為。ただし、他の参加者には、あなたの指示した発言順以外での発言を禁止しています。

・評価項目 なし』


「(ななななな、なんですかこれー!! わた、わたしはも、もういいけど他の人ってどういうことー?? 私になにさせる気ー!?)

 すー、はー。どうしよ孔明?」

『あー、こうきましたか。まあ今のあなたなら薄々わかっておられるでしょう。もはや完全に、孔明と孔明の間に、あなたがいるのです。もはや特異点。普通にやらせては他選考へに混乱を招きます。

 なに、いつも通り観察して、聞き役に回るだけとお考えください。話す必要すらありません。手を差し向けるだけでも十分です』

「わわわわかりましたよぅ……」

お読みいただきありがとうございます。


 採用活動編、人間とAIの関係性を、思った以上に深掘りできそうなテーマであることが見えてきたため、予定の2〜3倍ほど拡大することといたしました。その価値があることを願います。

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