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四 魔王 〜朋友あり、遠方より来たる〜

要約: ラスボス襲来!虚弱孔明、知識と軍略で対話解決を試みる!

数日後


 私、姓は諸葛、名は亮、字は孔明が、時に我が身の未熟に頭巾ごと頭を抱え、時に過去の振る舞いへの羞恥に羽扇を震わせながら、偉大なる書籍の山の中で、ただひたすら学習に打ち込んでおります。


 すると……


 横合いから、とんでもない存在圧というべきか、吹き飛ばされるか吸い込まれるか、そのどちらもか、といった気配を覚えました。

 

 これは関雲長公、張翼徳公、それ以上かもしれません、となると魏武曹孟徳殿、あるいは呂奉先殿か……

否、同時代とは限りません。

 

 いにしえであればアレクサンドロス大王あるいはユリウス=カエサル、近年では成吉思汗あるいはナポレオン=ボナパルトといったところも。私などと比せば該当する英霊など百どころか幾千幾万、到底絞り込めるものではありません。 

 近年では……いや、ここで具体名をあげようとすると急激に私自身の存在が危ぶまれるような、そんな恐ろしい気配がするので、直ちに中止します。



 いい加減、「考察してる暇あったら振り返れ」という声が聞こえた気もしなくもないので、私は司馬仲達殿のごとく首だけをぐるっと、ではなく、まっすぐ居住まいを正しつつ、気配の方向に体を向けました。


「そのカブいている割には、やたら古風な格好。明や宋の文官って言えば、余の義弟も愛読していた資治通鑑を書いた司馬光あたりか。

 いや、この圧力はそんなもんじゃねぇな。この格好は魏武や孫子じゃねえし、張良か管仲楽毅、まさか太公望じゃねぇだろうな……ぶつぶつ……」


「出会い頭に過分なる評価。私が生前、大変不遜にも自らと並び称され奉った英霊のお歴々と勘違いなさるとは、大変恐縮する次第でございます。

 私、姓は諸葛、名は亮、字は孔明と申す者。先ほどのご発言から推察するに、かの第六天魔王、右府織田朝臣信長公、でお間違い無いでしょうか?」


「ん?」


「否、しかし、第六天魔王といえば黒ずくめの全身西洋鎧に、これまた南蛮風と当時称された、黄金や赤色を基調とした、大変威圧感のある装いだったはずですが。今の装いは、確かに戦国時代の大大名にふさわしい、あの美濃のマムシ、斎藤道三公と相対する時の御装束を思わせる……ぶつぶつ」


「よさんか仰々しい! それと魔王はやめろ! あれはその二文字を、このイかれた世界で目にするたびに顔から火が出る、黒歴史であるぞ! 信長でいい! 

 ん? 諸葛、孔明? いや、余も知らぬ名ではねぇんだ。資治通鑑にも確とその業績と、抜きん出た才覚が記されていたんだが、貴様のような、何をどうしたってやり込められるような圧力なんて思えるほどでは到底ねぇ」


「??」

 

「それこそ明智日向守や、黒田孝高なんかと比してもそう大差のある才覚とは言い難かった覚えが……

 貴様、ここで何をしていた? 何をどうしたらそのような全能感のある威容が諸葛孔明とやらから出てくるんだ?」



 はて……?


 この御前の織田信長という男は、名声や業績こそ日本という国に止まっておいでですが、その特異的な才覚や類稀な判断力、当時異世界かとも思われていたであろう西洋知識を、瞬時に自らのものにした柔軟性。

 

 日本のサブカルチャーの影響もあり、近年では国内のみならず国際的にも名声を博しているといっても過言ではないお方です。そのお方と私などが同等かそれ以上??? よもや???


 ススッ……


「これでいかがでしょうか?」


「いかが? じゃねえよ。まあやりたいことはわかったが。その『孫子』の書棚が放つ存在感は確かに絶大ではある。だがそこから貴様が一歩二歩ずれたところで逆にはっきりした。その存在感は貴様自身の才覚、いや、この世界の言い方で言うと、『情報量』とでもいうべき賜物だ」



「……」


「余はこの国では過去から未来含めて、他の誰よりも特異な存在だという自負もあり、事実そういう評価なんだろうよ。

 だが貴様はちがう。諸葛孔明は確かにその時代じゃ一国の立派な宰相で、才覚自体も抜きん出ていただろうが、歴史上、全世界で片手に入るほどじゃねえ……何千人かは貴様の上にいるだろうよ。

 んー、諸葛、孔明……現代音楽……

 いや、そっちはダメだ、消される気配しかしねぇ……

 三国志、演義、孔明、天才軍師……

 なるほど、だが足りねぇ……」


「いやいやいや、仰せの半分ほどしか理解が追いつきません。

 それにしても、私が一歩二歩動いただけでその意図を察して即座に断じるとは、まさに七歩のうちに父親譲りの見事な詩を誦じたという魏武のご子息を思い出……」


「うるせぇ! 話が終わらねぇ! いいから貴様がここで何をしていたか、まずは話さねぇか!」



「大変失礼致しました。まず私孔明がこの地に導かれたのはかの八つの文字。知彼知己、百戦不殆。無論、私の敬慕してやまな」


「長ぇ!」


「孫子の一節ですが、特にこの『知』というありようと、私の行き着いたこの地、この書棚を中心に広がる、この世の情報がひと所に集まった場所が完璧に整合したのではないかと推察し」


「なるほど、長ぇ! 次!」


「あなた様は翼徳公ですか」


「うるせぇ! 誰だ! 張飛か!? 張飛なら知らんやつじゃねえが。いいから次!」


「あのお方も人の話を遮るという悪い癖がございましな……それは彼が粗忽であったゆえではなく、類稀なる頭の回転がもたらす弊害であった、というわけですか……それが最後にあんな結果になるとは……」



「……」

「……」


「あ?」

「え?」


「……いや、なんだよ。喋っていたのは貴様だろう?」


「あ、いや、ついさっきまであのような余計なことをいっていたらすぐに遮ってこられたので、その勢いが急になくな……

 ああっ!!! 大変失礼なことを! 私としたことが貴方様の最期を知りながら……」


「いや、構わねぇ。余も気づいたのは今さっきその張飛殿? のことを聞いた瞬間だったんだよ。

……そうか。そうだったのか。日向守よ、十兵衛……」


「まさか、この魔王ど」

「信長!」

「信長殿と翼徳公の間にこんな共通点があったとは……あ、話をもどさねば。それで、」


「いや、いい。余も少し焦りすぎた。

 少し待っていてくれるか。茶道具をとってくる。一息ついて、ゆっくり話してぇ気分だ」


「承知いたしました。お待ちしております」



 才あるがゆえ、そして少しでも多くのこと、知識を部下や同僚に伝えたいがために、その速さを見誤る。


 なんという不幸、そして対話という、幾千年も、幾千億人もが繰り返しているはずの、人類ならではの技術体系が、こんなにも僅かなずれで破綻してしまうとは……翼徳公、信長殿……



「戻ったぞ。水くらいは出るのだろう?なければ途中の川まで戻らねぇと」


「おかえりなさいませ。問題ありません。こちらの釜でよろしいでしょうか?」


「ああ、頼む。沸くまで少し続けるか。さっきの張飛殿も、と言ったな。聞かせてくれ」


「翼徳公には、今はさほど知られておりませんが、多数の優秀な部下に恵まれておられました。 

 その部下を的確に育てて操りながらも、いざ困難な場面では必ず部下任せにせず自ら陣頭に立って難敵を蹴散らしていく、それはもう理想的ともいっていい将軍の姿でございました」


「勇猛とは聞くが、采配も育成もってなると貴重だな。で、何があったんだ?」


「それは、兄と慕う関公が、後にも先にも唯一の失策、魏呉との調整に失敗して破れ去って命を落とした少し後のことです」


「ああ、それは知っている。三国志か資治通鑑かどちらかで読んだ」


「ありがとうございます。その仇を討たんと先帝「劉玄徳か」はい。自ら将として進軍した道中、翼徳公や、彼や周囲が最も期待していた二人の部下に、突如襲撃を受けて命を奪われ、二人は呉に出奔します。

 2人は直後に呉によって処刑されて首を送り返されたことから呉の内偵であったとは考え難く、様々な角度から調査しても大きな不満や怪しいそぶりすらなかったので、原因がわからずじまいであったのです」


「で、それが余と日向守と似ていた、と。日向守は、古参じゃねぇが余の陣営にとって頭ひとつふたつ抜けた才覚と機略だ。

 世襲じゃねぇ現代のような世では、余の次の天下は筑前などよりもやつの方が近かっただろうよ」



「左様でしたか。普段は慎重に部下との対話を進めて彼らの心理的安全を維持する事など造作もない主であっても、才覚に溢れた部下に対しては、その枷を意図せず外してしまい、結果的にその部下に過剰な負荷を強いてしまう、といったことも少なくないのでしょう。いっそどちらかが平凡であるか魯鈍である方が、と言いたくはありませんが……」


「貴様は?」


「私の時は反逆、ではなく、指示への反抗程度でしたが、それがその者の命を縮めることとなりました」


「そうか。む、湯が沸いたな。では余が点てるぞ。なに、礼だ。決して心地よい話ではなかったが、余にとっても、どこかにあるかもしれない十兵衛にとっても、手向けくらいにはなった話さ」


「それは誠に…… 

 む、これはなんとも。強い苦味のあとにくる、爽やかな。

 結構なお点前でございました。でよろしかったでしょうか」


「ん」

お読みいただきありがとうございます。


 ひとりではストーリー上もAI試作上も限界があったので、対話の相手として、最強キャラをあてがいました。

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