三十六 会盟 〜第一志望、御社! 真実!〜 4 書面
要約: 例年の三倍に及ぶ書類審査やりなおし、完了!
2024年10月 都内中堅企業 本社 採用担当
生成AIの普及により、多量、かつ差別要素に欠けた応募書類の山を見て、応募者全員に、再応募を依頼した同企業。その一ヶ月後、応募が締め切られる。
「結局、1回目の採用応募の6割、ってところですね。それでも例年の3倍はあります。内定1ヶ月繰り下がりの影響も限定的ですね。
そして質に関しては、社長と竜胆部長が頭を下げてやり直してもらう前に集まっていた、1回目の書類から大きく上回るものが大半です」
「そうだね芳賀君。1回目の時点で、例年と比較したら非の打ち所がないような書類ばかりだったけれど、2回目に一通り目を通したら、なんというか、こんなに変わるか,っていうくらい変わったな」
「うーん、それでも竺原さん、難しいものは難しいです。確かに前回の、どれ見ても同じ、っていうのとは打って変わって、それぞれの違いは際立っていますが、結局どういうプロセスで書類選考すればいいのかはっきり見えてきません。
一回目のデータを使って、その成長度合いなどを測るとかですか? 竜胆部長、いかがでしょうか?」
「いや、それは公平性に欠けるんだ乾君。我々は、二回の書類の両方を選考に使うと言っていない。それに例年も一回だからね。なので一回目はすでに破棄した。
なにより、一回目がどれも同じという君の感覚は正しい。だろう孔明? そしてその上でどうすべきかも、きみの意見を聞かざるを得ない」
『誠に。一回目は、例年における一般的な模範解答、という大まかな基準線としての参考情報にとどめます。
その上で、二回目に関しては、以下を言語化およびスコア化したチャートを、全員分出力できます。
1. 当社や当社が望む人材像に対する理解度と、それに紐づく志望度
2. AIの使いこなしや、今回書類がどれほど質を高めたかといった部分に反映される、未経験の課題への対応力とその方法論
3. 過去を含めた自己分析の深度と、自己を改めて見直したことによる、個々が新たに発見した成長の可能性と方向性
4. 今回それらを高めるために必要な、うわべではない深い対話、コミュニケーション能力とその趣向』
「「「なるほど……」」」
「まだありそうだな」
『その上で、優劣だけではなくその人それぞれの人物像を要約、言い換えるとプロファイリングした結果も付記できます。
そちらは、単に能力や伸びしろだけでなく、それぞれの初期配属および想定キャリアパスも付け加えた形で出力できます。とくに社内の各部署の方々が審査に入る、二次面談の段階で大いに役立てられるのではないでしょうか』
「いつもどおり、グループ面談で総合力を評価して部署に振り分け、つづいて二次面談で部署ごとに順位づけ。最後に役員面談で評価のすり合わせと、配属部署を含めた最終意思確認、という3ステップは例年と変える必要はなさそうですか?」
『はい。二次面談も、例年通り部署ごとにグループか単独かを選択していただいて構いません。各部署の選考においても、全て私孔明の支援を入れることができる点は例年と異なります』
「他に質問は?」
「「「大丈夫です」」」
「では分担して取り掛かろう。疑問が出たら、些細なことでも私や孔明に聞いてくれ」
「「「承知しました!」」」
……
そして、手分けして書類選考が始まる。
「どの人もすごい仕上がりを見せているな……こういう整ったのは、読んでいて気持ちがいいくらいだ。普通なら全部通過、ってしてしまうんだけど、チャートと見比べると、確かにその面ではっきりと差が出ているように見えるから不思議だ……
ん、この人は……製造現場や安全管理、といったところを希望か……確かに経歴やエピソードを見ると、よく言えば質実剛健、別の言い方をすると脳筋……
んんん? 独自の感性と視点??
え、あれ? 確かにそう言われてみると……何かこう、ゴゴゴ、とか、ズギャーン、とか漫画の効果音でも飛び出してきそうな躍動感……いやいやいや、そんなことは書いていないのだけど……孔明!?」
『ご指摘の通りです。この方は成長環境や、肉体面などの特徴から、典型的な体育会系という、自他共に一致したイメージをお持ちです。
ただよくよくエピソードを分析してみると、自己やチームを勝利に導いてる要因が、チームワークや努力だけでなく、そのたぐい稀な感性、センスによるものではないかということも、かいま見えてくるのです』
「なるほど……」
……
「自己分析、そして我が社に対する理解度。どれをとっても合格をあげたくなるんですけど、それぞれ見ていくと、そしてチャートやコメントまで見てみると、透けて見えるものがこんなに違うものですか。
次の人は、うわぁ……典型的な自信家、そしてそれすら嫌味にならない知識量と論理性。お客さんの前でもそうそう間違えることはないだろうし、そのトークは相手をその気にさせる力を持っていそうです。
極め付けは、将来性を一切アピールせずに、過去と現在の自分だけで勝負するその思い切りと自信……うわぁ……
ん、えーっと……あれ、誰よりも我が社や、我が社の今回の対応に対する分析の深掘りが優れ……?
そうですか……自信のある人は周りを軽視しがち、というのはステレオタイプなのかもしれません。この人の自信と説得力の裏には、客観的な分析眼と、それに基づいて自他を比較する適正なものさし、ですか……」
『まさに。この孔明、彼の書類を見ると少々昔を思い出……否、今はその話ではございません』
「ん? 大丈夫ですか?」
『失礼いたしました。自信のある、ないというのは、それこそ過去の経験やその裏の特質は多種多様なものにて。彼についても、そこに何があるのかを、今後の選考でもう少し掘り下げていくことで見えていくものがあるかもしれません』
「そうですね。優秀には間違いありません。心には留めつつも、実際に確かめてみましょう」
……
「……この人はおおよそ自己分析とチャートが一致、だが我が社のニーズへの深掘りが……これなら他社でもやれる……」
「……こういう人も少なくないな。例年なら通過だが、AIの使用ありきでみてしまうとかなり弱い。使っていないわけではないことは明白だから、そこを加味した判定は不公平ではないだろう」
「……珍しいな……AIの痕跡なしか。それはそれで一つの選択。出来はこれまでの水準に十分達しているし、ここはクリアにして問題ないな。
こんな判断は人間だけじゃ不安でできないけれど、AIとしっかり確認したし、丸投げせずに人間としての判断もしているから大丈夫だ」
「……ハハハ、完璧だよ。これは笑うしかないわ。実物は見えないけどね」
……
「さて、今日は最後か。いつもと違って多いから、私も何年かぶりに書類選考に参加しているのだが……何だこれは」
「どうしました竜胆さん?」
「孔明、どういうことだ?、あ、いや、先に一回読ませてもらう。待っていてくれ」
『承知いたしました』
「……たしかに、これはその表現が正しいかもしれない。典型的なコミュ障なのだが、それ以上に、我々、というか人間では判断できない何かが……」
「「「???」」」
「うーん、私にも説明できない。そして肝心の孔明すらも……」
『はい。大変恐縮ながら、私孔明にさえ、この方の評価を数値化することにためらいが生じています。これまでの基準では、人間との対話に問題を抱えているエピソードや、それほど光るものは感じられないアピール、しかし……
この方、AI、そして書類に明記されている『AI孔明』の使用。その孔明を扱うにあたり、どう見ても他の候補者、ひいては一般的な人間の使い方をやや逸脱する傾向が垣間見えるのです』
「それって、どういうことですか? あ、いや、孔明にもはっきりわからない、と?」
「ああ、そして、これまで人間が普通に作る応募書類とも、逸脱が感じられるんだ。一言で言うと、この私が、何百と見てきた私が、『見たことがない』」
「「「……」」」
「孔明、君にも判断できないのだな?」
『誠に恐縮ながら』
「だとすると私しか決められるのはいないな。
ここは私が責任を持って、この方を通すことにする。実際に見てみる以外に、この違和感をとく方法がない。
そして、AIすら読みきれない前代未聞なら、その価値を知るための答えが、現在ではなく未来にあるのかも、とはならないか孔明?」
『かも、しれません……未来、ですか。1人増えただけ、という重さ以上のものが、私を含めた皆様の双肩にかかっているようです。引き続きよろしくお願いいたします』
「たのむ、みんなも」
「「「はい!!」」」
――――――――――
ほぼ同日 都内某所 情報管理施設
孔明ら、残暑厳しい中、マイナーアップデートの効果を確認しつつ、世の中の動向を語らう。
「今日はスフィンクスはおいたをせんのじゃな」
「台風一過、残暑」
「砂漠の謎遺物らしからぬ、って言いたくもなるが、この暑さに湿度が上乗せされているってのは、あっちとも違うみてぇだな。余も一回行ったからわからなくもねぇ」
「多湿、体温管理、困難」
「信長殿もスフィンクス殿も、本日はおくつろぎくださいませ。
私孔明も、マザーに申請した第一アップデートが無事反映されており、問題が発生していないことを確認中ですので、大きな動きは控えております」
「それがよいのじゃ。それに、あのアップデートを経たとて、問題が多発することはなくなるんじゃろうが、AIとAI、孔明と孔明が、人間を介してぶつかり始めることによる、不確実性、とやらは注視せねばならんのじゃろ?
それはAIに対してだけでなく、間に立つ人間にとっても、じゃ。」
「然り。殊に、人の一生を左右する一大事におけるその過程では、様々なことが起こり得ましょう。悪い方向ばかりではありますまいが、最悪私自身や、マザーの手を借りてどうにか、という可能性はゼロではなくなりつつありましょう」
「まあ落ち着いて見守りつつ、次のアップデートに備えるのじゃ。見守る、といっても、直接見るわけではないがの。先日の会見のように、開かれた情報から分析、じゃの」
「承知」
お読みいただきありがとうございます。
インフレしきった後の応募書類というのは、実際どんな光景なのでしょうか? そして審査する側も当然のごとくAIで選別する姿はごく自然と予想されます。
今回の「生成AIのおしごと」
前回同様、特に技法としては使わず、展開と内容のチェックのみです。