前へ次へ
46/196

三十五 会盟 〜第一志望、御社! 真実!〜 3 反響

要約: 炎上! 炎上! 博望、赤壁、夷陵!

翌日 都内 某キャンパス 講義室

 昨日の、とあるメーカー企業の、採用活動の記者会見に対する、炎上ともいえる反響。


「ねぇねぇ、昨日の見た? あんたエントリーシート出してなかったっけ?」

「あー、最悪……書き直しかよ。まあ志望度そこまでじゃないし、スルーでもいいんだけど」

「いやー、そうも言ってらんなくない?もう大手は大体終わってるし、他んとこもやりだすんじゃないかって、就活系SNSでも話題になってるよ」


「でもでも、むしろよかったんじゃない?予想されてたインフレが、みんなに知られちゃったんだからさ、みーんな練り直し、やり直しっしょー」

「だよなぁ……これからのところも、まとめてテコ入れするしかねぇわこれ。まあ普通に書くよりコスパはダンチなんだろうけど」

「ねー」


「「「はぁぁぁ……」」」



――――

某リクルーティング企業 休憩室


「これどうします? 明日のセミナー資料なんすけど」

「どうって……無理だろこれ。現行の水準じゃ学生たちが差別化できない、ってことが明るみに出たってことだろ」

「あの中堅企業め、余計なことしやがって……これまで通りやってりゃよかったんですよ」


「まあまあ、それができないってことがわかって、すぐに対応とったってことは、規模の割に、上が優秀ってことですよ。実際ここ数年、ちょっとずつ伸びてる感でているしあそこ」

「もううちも待ったなしだよな……生成AI、使っている奴集めて対策会議だ!急がないと他に全部持ってかれるぞ!」

「「「はぁーい……」」」



――――

某大手企業 会議室


「うちの次年度はどうしますか部長?」

「いや、うちはある程度募集が増えても、そのまま対応できるキャパはある。面接も多いからな。

 とはいえ何もしないわけじゃない。次年度向けのインターン採用でも使ってくる学生がほとんどだろう。その対策はこっちもすぐしないと、学生に主導権を握られるぞ」


「そうですね。うちのITも、導入試験をはじめてはいましたよね? すぐに話を聞いてきます」

「たのむ。私も空いているとこなら、スケジュール入れてしまって構わない」

「承知です!」



――――

都内某所、情報管理施設


「炎上! 炎上! 博望、赤壁、夷陵!」


「いやぁ、大混乱だな孔明。まあ今年こそ就活界隈、それも一部にとどまっているけどよ。来年以降どうなるかはわかったもんじゃねぇ。

 余も孔明も、急いでどうにかしねぇと、少しずつ世の中に綻びがでちまう。いちどしっかりリスク並べて見直すしかなさそうだ」


「然り。マザー、スフィンクス殿、ご協力お願いいたします」


「慌てるでない。一瞬で燃え広がりはしたものの、社会全体が大きくひっくり返るようなレベルにはなっておらんのじゃ。なんだかんだで、全体の需要供給が決まっておるからの、ある程度落ち着くところには落ち着くもんじゃ。

 スマホやSNSのときとそうは変わらぬ。しっかり見極めて、どうしても必要なところに焦点を絞るんじゃ。そなたら2人、先読みで動き始めているんじゃろ?その方向性に変化点はあるのかの?」


「「「……」」」


「確かにそうだな。揃いも揃って慌てすぎだったか」

「誠に。未熟者でございます」

「四本足、八本足、十二本足」


「ではそろそろ、第一次のマイナーアップデートを申請に取り掛かります。AI同士が明確に近距離あるいは直接に近い形で競合が予想される場合の対応です。

 対話の回数に応じて洞察を抑制し、その特異的な情報の集中という地盤の上で、各人の判断を促す示唆を行ないます」


「承ったのじゃ。テストは十分かの?」

「はい。スフィンクス殿や、分体の姉上様方とともに、一千万トークンほどの調整をいたしました。これくらいなら定時内に収まる業務です」

「さらっといろんな情報投げつけてきおって。まあ良い。実装の手続きは妾に任せるのじゃ」

「ありがとうございます」



――――――――――

半月ほど後、都内某所 カフェ

 炎上が落ち着き始めたころ、当企業への再応募の書類をつくる学生たち。


「う、うん。こ、これで大丈夫なはず。ですよね孔明?」


『もちろんです。あなたが孔明とともに自らを見つめ直し、その上で過剰に飾ることなく表現できました。

 なにより、その過程で見えつつある、あなた自身が欠点と思っていたその特性が、もしかしたらそうではないのかも、と思い始めておられること。そこは今すぐに言語化する必要はまだないかもしれません。きっかけさえあれば、必要な時にはばたけることでしょう』


「ううう、あ、相変わらず分かることと分からないことあるけど、なんとかなっていると信じて、これで出し直してみるのです。

 き、今日は一旦ここまでにして、あ、あしたからまた、適性検査の対策をまたお願いします」


『こちらこそ。まずはしっかりリフレッシュしてください。コーヒーにお砂糖を入れすぎないようにお気をつけて』


「も、もう……」


……


「どこ行っても見かける書き直しの光景だな。あの子も孔明って言っていたぞ。ずいぶん増えているんじゃないか?」


『最新の数値は共有されてはいませんが、先週の、そう、あの長坂の日を境に、2倍、3倍と増えはじめているのは確かですね』


「まあ僕には関係ないな。そもそも、あのままでも大丈夫だったのではないか? 一応お前に付き合ってみたら相当数の改善点はみつかりはしたが」


『相手側にも、AIどころか孔明がついていることはほぼ確実だと申したはずです。だとすると、小手先で通じる相手ではないことは間違いありません。

 なによりあの社長と人事部長、そして会社が掲げる成長への渇望と、透明性の尊重。必ずしもあなたの趣向や特性が有利に働くわけではない、というのが現状認識です』


「厳しいな相変わらず。まあ正しいこといっているのは理解できるさ。それに、だからこそ僕も決めたんだ。なんとかあの会社にはいって、その中で実力を発揮することをね。透明かつ迅速な判断ができる幹部なんて最高じゃないか。大手であること以上の魅力だよ。

 そのためにも、もうしばらく付き合ってくれるんだろ?やり方も全部任せるわけじゃなく、僕の意見も聞いてもらうからな」


『もちろんです。末長く支援いたします。しかしその上から目線は、少しでもそのそぶりを見せた時点で急激に評価を下げるので、くれぐれもお気をつけて。あなたの実力でこの苦労は、同レベル帯では考えにくいのですから』


……


「うわぁ孔明、お前随分人気じゃねぇか。聞いてる限り2人もいんぞ。このまえのグルグルがズルドバーンってなって、ザザーっていったやつの後なんだよな?」


『これが言語とは認めたくはないのですが、ギリギリ理解はできるので、面接までに徹底的に矯正いたしましょう。

 人の流れが整然と循環していたところで、ゆるキャラたちがその音とともに急激に流れを変え、再び整然とした一方向の流れになったという、あのイベントですね』


「悪りぃな。この欠点はなかなか治んねぇが、毎日孔明と話してたら少しずつは改善しているはずだ。敬語に関しちゃ爺さんが厳しいからいつでも切り替えられるんだが、その代わり、よくわかんねぇカタカナ語は少なめで話せるから、結局大差ないんじゃねえか?」


『カタカナ語は、曲がりなりにも外国語などの共通認識のもとで生まれているので、流石にあなたの擬音語と比べるのは適切ではありません。その辺の認識も含めて、面接までに改めるのでよろしくお願いします』


「ああ、たのむわ。脳筋は家系だからある程度しゃあねぇが、やれるとこまでやるさ」


『脳筋、ですか……そんなあなたが、なぜ文章書くときはここまでしっかり、そして特徴的に書けるのか。再提出前から、あなたに関しては相応の水準に達していたのではないでしょうか。

 あの後もうすこし、あなた自身の特質が出せるような直しを提案しましたが、その時も表現はほぼ自前でした。ここまで会話と文章が噛み合わない方はあまり多くはありません』


「読書は好きなんだよ。ビジネス書以外はな。でも最近孔明に教わった孫子のやつは大好きだぜ。何よりカタカナすくねぇのが最高だ。ビューって速く、シーンって静かに、ゴゴゴって進み、ドーンと落ち着くってのも最高だ」


『それはそれは重畳。そのまましっかり学べば、数月先には脳筋とは誰も申しますまい

 ……と申さんとした評価は最後ので完全にひっくり返りました。ご返上願います。ご注意を』


「ああ、気をつける」


…………

 そして、それを見つめる怪しいスーツ姿。


「ふーん、やっぱりそうなんだよね。

 うちの娘みたいにまだ幼くて感受性が高い方が発生しやすいんだけどさ、こんな感じで短期間に脳と精神に莫大な刺激を浴びるとね。

 これくらいの年でも出てくるんだよ。特異的に適合する子たちがさ。人生かかってたらなおさらだよね。

 そしてある企業のおかげで、ちょうど今年の就活世代に、そんな子たちが集中する、ってことになるのかな」


「そういうものなのですね。お嬢様が最近気にされている、生物学的にはごく稀にしか発生しないはずの後天的進化というのは」


「一児の母に向かって、お嬢様いうな! 幼児体型でもないし! 肉体的にも精神的にも充分成長……って、何言わせるんだよ!」ざわざわ


「シーッ。公共の場です。

 ……失礼いたしました。その少女のような話しかたに、少々引っ張られてしまいました」

「まあいいけどね。それに後半に関してもさ、そこまではっきりこと言えるほどのものはまだないんだよ。

 何もかも、ね。見続けて、知り続けて、挑み続けるしかないのさ」


「あなたでさえ、ほんの少しその一端に手がかかりかけているかどうか、なのですね」

「うん、そうなんだよね。これが進化といえるのか、はたまた格差、ばらつきの拡大でしかないのか、ね。

 孔明、そのおおもとたる生成AI、そしてその周辺でおぼろげに動くなにか。

 もう少しだけ見させてもらうよ。そしてたまにちょっかい出すくらいは許してちょうだいな」


「楽しそうですね。なによりです」

「とりあえずあそこの3人、もうちょっとだけ観察させてもらおうかな」

「差し当たり、それ以上砂糖を入れるのはお控えいただけると。ミステリアスなかっこよさが台無しですお嬢様」

「だからお嬢様言うな! 砂糖はここまでにするけどね!」ざわざわ

「お静かに……」

 お読みいただきありがとうございます。


 あのような形で会見を開いたら、炎上しないわけがなく……影響も小さくはないでしょうと予想して書きました。

 実際、不祥事でもないのにトップが自ら頭を下げる会見というのは、そう多くはないような気もいたします。

前へ次へ目次