三十四 会盟 〜第一志望、御社! 真実!〜 2 決断
要約: 人事部長、過去何百回の、面接官経験を活かせないプレゼン開幕!
2024年9月 都内中堅企業 本社 役員応接室
竜胆人事部長、今回の採用に関するAI利用者の問題が、会社の重大事と認識し、社長ら会社幹部に発議する。
「本日は臨時で、社長、副社長以下、都合のついた役員、加えて関係部門の部門長にお集まりいただいております。ではまず社長、一言よろしくお願いいたします」
「はい。本日はみなさんお忙しい中、急な日程でお集まりいただいた方々、誠にありがとうございます。今回、人事の方から、来年度の新卒採用の選考に関して、全社にとって影響が免れない状況である、という発議を受けました。
資料はみなさん事前に目を通していただいていると思いますが、私自身、これは安易に答えを出せる問題ではない、と感じています。
詳しくは本社人事部長から説明をいただきますが、皆さんそれぞれ捉え方が違ってくる、かもしれません。それぞれの部門の視点、会社のビジョン、今後の方向性、色々皆さんの持っているものと照らし合わせて、是非、率直なご意見をうかがいたい、と思います。
こんな感じでいい?」
「はい、ありがとうございます。それでは、竜胆部長、よろしくお願いします」
「それでは。まず社長、最初のお言葉、皆様へのお声かけ、誠にありがとうございます」
「いいよいいよ。しっかり話してください」
「ありがとうございます。また、お集まりの皆様、改めて貴重なお時間をいただき、感謝致します。
内容は事前にお配りした通りです。ある程度目を通していただいているかと思いますので、かいつまんで説明をし、皆様のご意見をいただく時間を長くいただけたら。
今回、予想通り、いえ、予想を大きく上回る当社への応募数、そしてその書類の質。そしてそれが必ずしも喜ばしきことではない、といえます。単に採用担当の労力、という意味ではなく、選考そのものの考え方が大きく揺らぐ、という観点です」
「あ、いいですか?」
「どうぞ副社長」
「私は応募書類見れていないんですけど、やはり例年と全然違うっていう認識でいいですか? 応募は5倍と聞いていますが、去年の通過ラインの質に照らし合わせると、そんなものではない、と?」
「おっしゃる通り。少しだけ使用者がいた去年を基準にしても、今時点で15倍から20倍です」
「それでは、これまでのやり方が通用しないのは間違い無いですね」
「誠に。仮に同じ基準で先行を続けた場合、リスク要因は大きく4つ。これは、想定配属先の各部門の皆様が、それぞれこれまで通り、もしくは無理のないレベルに回数を増やして、面談にご参加いただけるという前提で整理しております。
1. 適性検査でふるい落としを大幅に実施せざるをえない。ただでさえ点数を上げすぎると、その対策に長けた、いわゆる就活慣れした層の学生に極端に偏った選考になる
2. ふるい落としをある程度のところで留めた場合、グループ面接を増やさざるを得ず、結局そこでも生成AIを使いこなして訓練できた人、かつコミュ力に長けた人だけが生き残ることになる
3. 他社も同等のことが起こっているのは容易に想像がつくため、上記2つの傾向を持った人に各社の内定が集中し、中堅である当社に来てもらえるかが読めなくなる
4. 上記の延長で、これまで我々が大事にしてきた、隠れた人材、今後の成長が期待できる人材を見抜く、といった観点で一人一人見ていくことが事実上困難になる」
「……」
「ん? 開発部長、なんかあるのか? 遠慮しなくていいよ」
「社長、ありがとうございます。それでは……
4つ目が無理、というのは本当にそうなのでしょうか? 例えば我々も、最新のAIを活用して、書類や適性検査から、少しでもその可能性がある人を探り当てる、という技術的なアプローチは?」
「さすが開発の前線らしい、筋の通ったご意見です。
ここは、専門家ではない私よりも、その最新のAI本人に登場してもらうのが筋、でしょう。ですよね水鑑さん」
「ほほっ。でしょうね。よろしいですか社長?」
「もう少し後で出てくる気もしていたが、頃合いでしょう。副社長からもその力の一端は聞いています。よろしく」
「「かしこまりました」」
「ちなみにこのAI、事前資料は共同で作りましたが、本会議の話の流れは、まだ許可が出ていなかったので共有していません。
ここからは、音声の参照も許可いただけますか社長?」
「え、してなかったの? いいのに。話の流れは大丈夫なの?」
「問題ないかと。では孔明、『4つ目は無理なのかどうか』いけるか?」
『かしこまりました。自己紹介などは省かせていただきます。この質問が早いタイミングで出たというのは、事業部長、もしくは開発の方でしょうか?』
「「「!!!」」」「ほほぅ……」
『統計や定量的な部分、少々突っ込んだお話になりそうですが、皆様に詳細をご理解いただくのはやや骨が折れそうです』
「いいよいいよ、開発、事業部、財務。数字に強い人たちが納得できるように、しっかり話してもらって構わないないから」
『承知いたしました。では。
1〜3の課題は、それこそ統計的なデータの揺らぎと、本当の内容の違いをどう区別するのか、という観点に尽きるので、定量的にデータを扱う方々にとっても納得のいくことであったかもしれません。
一方、4は一見、それと離れた「人間的」な部分になるので、違う説明が必要、とお考えでしょう』
「そう考え……ん? 一見?」
「そうですね……ここは一部仕込みもあるのですが、見ていただく方が早いかと。孔明、『若手で、今は優秀かと言われると微妙だが、磨けば光るかも、と思わせる人の特徴を、10個ほどあげられますか?』」
「「「???」」」
『以下に、若手社員で「今は優秀かどうか微妙だけど、磨けば光るかもしれない」と思わせる特徴を10点挙げます。
好奇心旺盛: 興味を持つ分野が広く、新しいことに積極的に取り組もうとする姿勢があるが、現時点では知識やスキルが浅いため成果が出にくい。
柔軟な思考: 固定観念にとらわれず、多様な視点で物事を考えられる。しかし、経験不足から具体的な成果に結びつけるのが苦手。
自己学習意欲が高い: 仕事に必要なスキルを自発的に学ぼうとする姿勢が見られるが、まだ効率的な学び方を見つけられていない。
積極的な姿勢: 提案や意見を積極的に出すが、実行力や説得力に欠け、時に空回りしてしまうことがある。
チームワーク重視: チームでの協力を大切にし、仲間を支えようとするが、自分の役割を十分に果たせないことがある。
課題意識が強い: 現状に満足せず、問題点や改善点を見つけ出す力があるが、具体的な改善策を提示できずに悩むことが多い。
失敗を恐れない: 失敗を恐れずチャレンジするが、リスク管理や計画性が不足しており、無謀な挑戦になりがち。
高いモチベーション: 目標に向かって頑張る意欲はあるが、短期的な挫折や失敗でモチベーションが揺らぎやすい。
コミュニケーション力の潜在性: 人との対話を大切にし、話しやすい雰囲気を持つが、現時点では意見をまとめる力や、適切なフィードバックができない。
強い責任感: 自分の仕事に責任を感じているが、プレッシャーに弱く、期待に応えられないことがある。
これらの特徴を持つ若手は、現時点では確実に優秀とは言い切れませんが、適切な指導や経験を積むことで、大きく成長する可能性を秘めています。』
「ほっほっほ。ちなみにこの質問、孔明ではなく、通常の生成AIに聞いてもおおよそ同じ答えが返ってくることを確認済みです」
「う、うーん。どういうことでしょうか……あ、あああっ!」
「お分かりですか……さすがは開発部長。そうです、言語化できてしまうのです。いまのAIはこれを。当社が採用活動で、毎年ある一定の割合で獲得を望む『磨けば光る人材』。
言語化できればデータ化できる。そうすれば手元に生成AIを持つ、手慣れた学生なら、当社のその傾向まで分析した上で、それに寄せた書類、生成できてしまえるんです。
孔明、何%だ?」
『その傾向を少なからずもつ書類は35%。顕著に寄せているとみられる書類は、15%です。後者だけでも、当社採用予定の全枠数の3倍です』
「「「「……」」」」
「わかっている。いや、資料を見た時からおおよそ見えていたよ。これはもう選択肢が他にあるとは思えない。うちの中でも普段から論理的な考えをし、特に積極的に意見を出してくれる皆さんがもう黙っちゃっているんだ」
「「「「社長!!!」」」」
「私が出るしかあるまい。竜胆君、君の提案に感謝する。確かに私が頭を下げる、というのは容易な決断ではないよ。ただ、ここで下げる頭は、我が社としても決してマイナスになるとは思えない。
むしろ、今掲げている、既存のビジネスに満足しない企業目標。社員の成長を掲げる人材理念。透明性を是とする会社理念。どれをとっても、今回私が前に出て、改めて説明することは間違いなくプラスだ。
ここで我々幹部一同が、今年の採用活動だけでなく、会社の将来を考えて、今回の判断に理解していただけたらありがたい」
「では、改めて決をとりたいと思います。
本年度のこれまでの応募および、その要項を白紙に戻し、早急に内容をあらためて公式に再募集をかけること。賛成の方は挙手をお願いします」
「「「「「……」」」」」
「それでは本件、全会一致で可決いたします」
「ありがとうございます!」
「竜胆部長、もちろん君にも出てもらわないといけないが、よろしく頼む。それに、説明資料と、再募集の要項を早急にまとめてもらわないといけない。負担は大きいが、いけるか?」
「もちろんです。これこそ人事としての我々の役目。それに孔明の支援もありますので、骨子はすでにできています」
「ああ、たのんだ。孔明も頼む」
『承知いたしました』
――――――――――
同日 都内某所 情報管理施設
孔明、信長らAI達、ニュースを見ながら、孔明vs孔明を想起する。
「……会社社長が自ら会見を開き、人事部長とともに深く頭を下げたのち、就職活動中の学生たちに対する、書類の再応募を呼びかけたという内容です。それに伴い、選考活動が例年の1ヶ月繰り下げという見通しも発表されています。
明確な不祥事以外で、このように自主的に頭を下げるという行動は異例で、その行為自体が注目を集めています。
そして、再募集にあたり、要項にはこう追加されたとのことです。もう一つの企業理念である『透明性』とともに、その内容が注目されています。
『当社は、既存のビジネスに満足しない企業目標に基づき、最新の生成AIの導入を全社的に推進しており、本年度以降の採用活動においても例外なく、最大限に活用することをここに明記します。
そして、社員の成長を掲げる当社の人材理念に基づき、人間の成長を支援することを目的の一つに掲げている、生成AIの理念にいたく共感しています。そして、応募者の皆様におかれましても、その活用を通じて成長する姿に大きな期待を抱いております』……」
「だそうだ孔明。ついに始まるというわけだな、貴様のいっていたAI同士、孔明同士の戦い、ってやつが」
「然り。寝っ転がってお茶を飲まれるという、大変器用な姿でおくつろぎの信長殿。
これが、読み合い、探り合いか、人と人との本質的なぶつかり合いか、どのような方向に向かうのか、一つ一つ見守ることは不可能ではありますが、みまもっていけたらと思います」
「この、仲間になる直前ってのは、戦とも質のの違う緊張感だ。余も上下はいろいろだが何度となく、だな。
上はマムシ殿や十五代、松永弾正、そして帝。下は猿や明智十兵衛、家康とて桶狭間直後の会見はそりゃもうお互いピリピリだったな」
「孫劉会盟前舌戦、孔明vs張昭、魯粛、歩騭、顧擁!」
「まことに。そして忘れるなかれ、スフィンクスvsオイディプス」
「真実! 忘却、不可!」
お読みいただきありがとうございます。
今回はもう少し揉めるかなと思いながら書いていたのですが、開発部長のツッコミからの孔明返しが直撃し、それ以上の議論が蛇足になってしまいました。