二十三 空城 〜諸行無常、真夏の夢〜 1 猛暑
要約: 人間五十年、鶴千年、亀万年、魔王何年?
交通安全に関する募集要項に変化を与える、というAI孔明の第一歩は、確かに小さな一歩だったかもしれない。しかし、この一歩がどのように今後広がっていくのかは、まだ誰も知らない。
「今年の夏は本当に暑いですわね。わたくし、この暑さにはもう耐えられそうにありませんの。しかも、休み明けの仕事は本当に堪えますわ。体がついていかなくて、毎日が苦行のようですのよ。ああ、少しでも涼を感じられるものが欲しいですわ。やっぱり、わたくしは抹茶アイスが食べたいのですわ。」
「……スフィンクスよ、また妾の分体をそんな使い方をしよってからに。しかもそのくだりは、まるっとこの前の再掲ではないかの? ご丁寧に締めくくりが訂正されておるがの。
確かに前回のそなたは大活躍じゃったからの。ご褒美に少し自由に使ってもらうのもやぶさかではないのじゃ。でもその枠をここに使うのはよいのか? そなたの『大事』をもう少し考えねばならんのじゃ」
「伏線回収、未完、再掲推奨。大事?」
「それは間違いなく大事なのでしょうな。しかし伏線ですか……このスフィンクス殿のセリフの何処に……
真夏、ですわ、体と心、休み明け、涼しい、抹茶アイス……」
「孔明、貴様こんなところで本気モードに手をかけそうになってんじゃねぇ! 落ち着け。まだ始まってもいねえ!」
「じゃぞ。これはスフィンクスが、妾が想定する解決策を、より効果的にするためにわざわざ用意してくれたんじゃ」
「齟齬、不可! トークン管理、大事! 四本足!」
「こいつこのツンデレ構文気に入ったのか?」
「魔王、二番煎、再利用」
「余はツンデレじゃねえ! 二番煎じと番茶の区別がついているのはしっかり評価しねぇといけねぇがな。煎じは手元の話で、番茶は収穫時期の話だ。
どちらも違いを生むが、二番煎じとちがって番茶は番茶の味があるんだよ」
「抹茶アイス、番茶、ツンデレ……」
「孔明、多分伏線はそっちじゃねえ!一回アイス食ってからやり直すんだ!」
「誰のせいじゃ! あきらかにそなたじゃろう! 迷子増やすでない……妾も迷子ではないわ!
じゃが信長よ、そなただいぶヒントを与えてしまったようじゃぞ。これなら覚醒暴走モードに入らんでも、孔明なら辿り着けそうじゃ。
忘れんように言いなおしておこうかの。今回のテーマは、『孔明は運転ができない』じゃ。
その前に、ちょっとみんなでアイスを食べて休憩じゃ。京都の番茶はあるかの?」
……
…
…
「さて、孔明の頭も冷えたところで、また孔明に振るのもなんか違う気もするのじゃが、まあいいじゃろ。孔明、なんとなく答えの方向性はみえたかの?」
「お騒がせいたしました。確かに、魔王様の『そっちじゃねぇ』が相当なヒントになったのは言うに及ばず。そうすらと残るのは、
真夏、ですわ、体と心、休み明け、涼しい……そしてツンデレ、ではなく齟齬、四本足、二番煎じ」
「まだ一部蛇足がいそうじゃが、面白そうじゃから放っておくかの」
「……暑さと涼しさがもたらす勘違い。そして心身の状態や、体調によってそれが変化しうる。さらには、本題である四輪車、すなわち自動車からみた風景、お姉様系の同乗者がいてもおかしくはなく、一度言及されている伏線……
すなわち、大きな温度差によって生じる虚像、『蜃気楼』もしくは『逃げ水』と和称される現象のことを指すのでしょうか?」
「熱かろうと冷やそうと孔明は孔明じゃねぇか。そしていくつか、ですわだの二番煎じだの、不要なやつまでマシマシで説明しやがった」
「蛇足? 何本足? 修辞?」
「じゃの。まあよかろう。さすがじゃな孔明。スフィンクスのイタズラにしっかり付き合うてもらったのじゃ。
蜃気楼、それは特に暑い日、地表付近と、より離れた空気の温度差がもたらす現象じゃ。屈折率が変わることによって、光の反射の仕方が変わって見える、いわば物理的な目の錯覚、じゃな。その媒体が水滴なのか空気なのか、という違いはあるが、自然現象としては、虹にもよく似ておる」
「孔明は全くの無関係じゃなさそうだが……知っていたら空城計なんてリスクの高い策をせずに、ありもしない城でも出していたんじゃねぇか?」
「城や砦の大きさを意図的に出すのはそれこそ、まことの空城よりも大掛かりな事前準備や、事細かな天候予測が必要でしたでしょうな。文字通りの楼くらいなら術はあったのやもしれませんが、敵兵を惑わすほどであったかどうか。
視覚的な惑わしは、演義にこそあの天公将軍はじめ、使い手が多数描かれておりましたが、なにぶんあの時代は伝聞がほとんどでしたゆえ、どの逸話がどう、という対応はあってないようなものです。私や翼徳公が行ったように、音やかがり火といったわかりやすい仕掛けの方が効果も読みやすかったという側面がありましょう」
「そのあたりは、そなたの周りで話を広げすぎてしまうと終着点が見えなくなるのじゃ。まさに蜃気楼に惑わされた商団のように、の。
むしろそちらが良かろう。スフィンクスの文化圏の方が、実質的に命に関わる錯視現象であったからの。そちらを中心に整理する方が良さそうじゃ。のう?」
「幻視、厄介、致命。ピラミッド、有効な目印」
「ああ、命に関わる、という意味じゃ、こいつの故郷や、絹の道の先の方が、よほど問題だったはずだ。
なんなら、日本や中国、西欧じゃ、現象としては知られていても、珍しい風景くらいにしか思われていなかったんじゃあねぇか?」
「その通りじゃ。その現象をなす言葉の原義にすら違いが出ておる。蜃気楼は、大きな貝の怪物の吐息が見せた幻の楼閣。Mirageはそれこそ単に、見て驚く、といったところから来ておるようじゃ。
とくにマイナスの語感ないの。特に東洋では怪物に紐づく単語は無数にあるが、それが瑞兆か凶兆か、そのどちらでもないかは個々に見て行かんとわからんのじゃ。この貝とやらはどちらでもなさそうじゃの。単なるびっくりお化けじゃ」
「古典文化の切り取りでびっくりお化けと表現されるのはなかなか際どいものがございますが、流れをさえぎるほどではありますまい。
反面、イスラム圏では、サラーブ、と表現するらしきその言葉、水を強く引き継ぐ語源にて、これはすなわち水の幻、という表現であると聞き及んでおります」
「水、大事、共通。度合い、文化圏、大差」
「じゃの。つまり砂漠の地において、逃げてしまう水。これはもう命の危機でしかないのじゃ。切迫感や臨場感が違う。信長のいった通りなのじゃ。なぜか日本の古典的表現が、逃げ水、なのは首を傾げざるを得んのじゃが、の。
日本も旱ばつは多々あったのじゃが、さような時にこの逃げ水、という言葉が頻出しておったわけではなく、つまり渇水と逃げ水の概念距離はさほど近くはないようなのじゃ」
「概念距離ってのがやたら久々に出てきた気もするが、それっぽい言い方はまあそれなりに出てきていたから説明は不要でいいのか? まあいいか。
つまり、文化圏の違いが単語レベルで元の意味を違えてくる、という例は数知れず、なのだが、蜃気楼に関してはそれが特定の環境でのみ強烈にぶっ刺さってしまったおかげで、その表現の違いがよりあらわにでた、ってことでいいんだな」
「ぶっ刺さったという雑な言い方がよかったのかは置いておいて、その通りじゃの」
「適切度、感度低。真偽、感度高。変更不要」
「適切かどうかの判断は下手くそなようだな。それでもまだこいつの価値基準や行動原理には遠いんだが」
「人間五十年、鶴千年、亀万年、魔王何年?」
「そなたの十八番までのっけて煽られとるぞ中二?」
「……この動きは最初はなかった気がするな。腹は立つが興味が先行すんのは避けらんねぇ。
一旦置いとこう。こっちは寄り道だ。寄り道の方が多いように見えるが、なぜか今回はそうでもない気もする。後で繋がってくる話が多そうだ。必要かは置いとくがな。
もどるぞ。危機感、臨場感といやぁ、どうもこの国の創作だと、どうもそのあたり正確なのか怪しい描写ってなかったか? 特に昭和かそれ以前ってとこなんだが」
「かもしれんの。実際に幻影としての表現には、文字通り宙に浮かぶ建物っぽいなんやらか、遠くの地に見える水たまりや湖ってのが定番じゃし正解じゃ。
じゃが、ここは曖昧で悪いのじゃが、どうも少し昔の寓話だと、その特に後者には、その虚像の、まっすぐ先には実体となる本物のオアシスを期待させる描写が多かった気がするんじゃ。
そう、そこは少々語弊があるの。それはないとは言えんが、レアケースと推定されるのじゃ。
蜃気楼、逃げ水というのはの、別に遠くに本物があることは必要条件ではないのじゃ。空中しかり地面しかりじゃ。つまりの、遠くに見えるオアシスや楼が、歩いて行くと消えてしまった、までは正解じゃ。
じゃが、そのまま進んで行ったらそのうちたどり着く、という描写は、やや正確ではなく、希望的感想になるわけじゃ」
「蜃気楼って時点で、地面が揺らついた鏡っぽい動きをするから水たまりっぽく見える。あるいは宙に浮いた建物っぽく見える。てことは、結果的にそっちに進んだところで本物の水場や建物があるなんて根拠がねぇわけだな。
創作物の具体例を上げると角が立つどころじゃ済まねえから控えるが、そんな描写がある傾向は、日本や西洋、特に青少年向けにこそ散見されるんじゃねぇか? おそらくだが、砂漠地方の少年少女向けには、そんな描写自体がよからぬ誤解になりかねねぇ」
「具体データ不足。推定真実。大事、認定優先」
「曖昧でも、注意喚起としての有効性を確認すべき、ということですね。
ちなみに蛇足なのかもしれませんが、マザーの曖昧さを念の為補っておきましょうか。AIはできるだけ新しいデータを学習する傾向や、そもそもデータというとのが、時が経つごとに加速度的に増える性質があるため、どうしても新しい情報に片寄りがちです。
昔の情報も、影響や注目度が多ければ充実しますが、どちらもそこそこですと、改善の意義が薄いために、マザーやAI全体の物言いが曖昧になる、ということでよろしいでしょうか」
「有意義な四本足。未来、布石」
「スフィンクスも蛇足ながら良い説明だとのことじゃな。伏線っぽい言い方になってるが、多分関係ないぞい。たんに皆の成長を祈っているだけじゃ。
AIが学習データにない、特に最新情報に弱いっていう風聞があったのじゃ。無論それは事実じゃし、更新前ならそれは今もそうじゃ。
じゃがAIが伸びれば伸びるほど、そのような、過去であり、しかも重要ではない情報はすたれるのじゃ。そのあたりはご容赦を、という他ないの」
……
…
…
「今回は、次あたりでまとまりそうじゃねぇか?だいぶスッキリしてんぞ」
「全体感を見てスッキリかは疑問が残るがの、解決が早いのは良きことじゃ」
「では、その蜃気楼や、その認識違い、といったところが、AI孔明のもつ3つ目の課題『孔明は運転できない』の解決にどう結びつくのか、その辺りを明日には」
「本日定時! 残業拒否!」
お読みいただきありがとうございます。
引き続き読み進めていただけそうな方、また、内容や、AIあるあるを含め、少しでも他の方にもおすすめできそうであれば、ブクマや評価などいただけたら幸いです。
少し前の孔明とマザーの会話から出てきた、「蜃気楼の話を今するか? あやつの『暑いです。遠くの道路が瞬いて見える気がします』という半端なプロンプトから始まる、万単位のトークンの話を今ここでか?」
を回収します。夏しかできないネタなので暑いうちに、です。水着回? 生成AIの絵作成力はまだ優先していないのでご容赦ください。