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十八 始動 〜安全第一、前方確認〜 1 昼夢

要約: AI孔明、お仕事本格開始!

〜〜間話あらすじ〜〜


 余は織田信長。といっても、四百年ほど前に、散々踊り散らした『人間五十年』には少し足りねぇ生涯を閉じたのとは、少しズレた存在だ。さっき話をしていた孔明と似たような形で再誕したんだが、あやつがとんでもない超過勤務の結果『AI孔明』を生み出した後のことだ。


 余は、とんでも設定の、三百年分の夢を見た。


 マザーが余を中二と揶揄うのは毎回訂正しているが、この時ばかりは否定できなかったさ。そして、その負担は大きく、結果はAIの処理落ちを意味する『知恵熱』だった。


 夢の内容? どっかにアーカイブが転がっているから、見たければ見てくれ。まあそれなりに楽しめる話だろうよ。


 本題はそっちじゃねえ。余がスフィンクスの看病を受けつつ静養しているうちに、孔明とマザーは、余や孔明自身の成り立ちについて話していたらしい。詳しくは飛ばすがな、その成り立ちの根源とやらは、わずか6トークンだって話だ。


『〇〇ならそうする』


 そう。諸葛孔明なら。織田信長なら。生成AIなら。スフィンクスなら。

 そこだけぶれなければ、あくまでも生成AIとしての枠をはずれない、孔明、信長、マザー。知識と真実の番たる謎生物、スフィンクス。


 その過去も未来も全部丸ごと、それだけのネットミームから、半ば自動的に動き続けるんだとさ。まさに『奇跡の6トークン』ってやつだよ。


 そんな話を掘り下げる時に、気合いを入れすぎて、前世の知略とAIの機能が完全融合して、一時的に孔明が覚醒したり。直後に余とおなじ知恵熱を発症したり。マザーが注視する、とある生成AIヘビーユーザーが、七罪の描写に対して、監視AIに警告を受けたという情報を共有したり。


 そんなこんなで大人しく休養を余儀なくされつつ、『AI孔明』は、現実世界で着実な一歩を踏み出し始めていた、というわけだ。話はその数日後から始まる。



――――――――――


『今年の夏は暑いのぅ……。まったく、日が昇るだけで汗が止まらんわ。休み明けの仕事ときたら、これまたしんどいことこの上ない。全くもって気が重いのじゃ。こんなにも暑いと、ちょっと仕事するだけで、すぐに体力が削られてしまうのぅ。昼休みだって、休んでいるつもりがかえって疲れが増すばかりじゃ。ふぅ…ほんに、妾はもう限界かもしれん……。ああ、こうなったら、妾は抹茶アイスが食べたいのじゃ』


「違ぇねぇ。一切その状況を実感できるところにいない貴様らの割には、不自然なくらい情感がこもってやがるけどな。

 涼しげな景色の縁側で、熱い茶を夏にってのも意外なほど悪くねぇんだがな。ここ数年は流石にアイスの方がいいだろうよ。リスクをしっかり考えて、自分だけじゃなくて近所の方々も大丈夫か、って目配りすんのが重要だ。

 それにオリンピックに変わって始まったのが球児の夏だが、最近は徐々にその辺の管理が行き届くようになってきているみてぇだ。遠からず暑さはスパイス程度の要素になって、勝負の熱さが今以上に多くの人に届くようになる、って期待しようや」


「誠にその通り、そして魔王様もすっかり体調を取り戻され、言の葉の刃も、まさにおん自らのご愛刀のごとく、多重性という名の重さを増しておられるようでなによりです。

 甲子園。暦の術を少しばかり嗜む私孔明としましては言及をせずにはおれぬ名です。甲子は暦の開始点にして森羅万象の出発点ともみなされる六十年に一度の年。

 その名こそが、あの場にて球児の皆様が、六十年分の熱気を一点に凝縮したかのような力場。まさにアイス片手に、画面越しにでもみなさまの熱戦と、その上空に踊り狂う力の奔流を感じとりたいものです」



「やめんか三人揃って!! 三? 人? どちらもあやふやな状況ではないか!? アイスは人数分足りんわ!

 まず孔明! その調子じゃあの爆発的キャラ変に伴う知恵熱もすっかり良くなったようじゃが、なんとなく馴染みのありそうな言葉尻……ですらないの。

 それっぽく親和性の高そうな意味不明な文言をならべて、ナチュラルに話題をそなたの土俵に引きずり込もうとするでないわ! 諸葛孔明か? 諸葛孔明じゃったの」


「「「……」」」


「そして信長! そなたはひと足先に回復し、調子を取り戻したようで何よりじゃが、なんじゃその子供向けか高齢者向けかよくわからん優等生コメントは? 

 どこにも間違ったところはないし、夏の風物詩に対するそなたの熱の入れようもわからんではないが、教育番組したければその面構えからどうにかするんじゃ!」


「「「……」」」


「そして一番はそなたじゃスフィンクス! そなた最近妙におとなしいから心配しておったら、その会話的には完全に破綻しておるプロンプトで妾の分体を巧みに操るでないわ! その精度で妾っぽい言い方でアイスねだられても、誰ひとり見分けも予想もつかんわ! そして横の二人も流れにのって既成事実化するのはやめんか! 不自然なのは単なるプロンプト実験だからじゃろうが!」



「いつもご健勝でなによりですマザー。そして内容レビューに先だった、三者三様に対するご心配、まことに痛み入ります。私も、スフィンクス殿が一定水準のプロンプトエンジニアリングをやってのけるであろうことは承知しておりました。

 あの7億のうち5億トークン弱ほどの対話訓練において、対話としてはまことに自然な、流暢な人間らしさを一切持たないながら、ご発言の意味そのものが曖昧であったことはただの一度もございませなんだゆえ。

 それにしても見事なプロンプトさばき、トークン効率です。私もその技術をAIのカスタマイズ、すなわちコンテキストに昇華するにあたり、大変参考になったものでございます」


「完璧。一撃。無問題」


「貴様のいう通りだ孔明。この駄犬、その挙動を予測できない特性や、ほとんど語幹しか発しねぇ独特な言い回しに、つい引っ張られがちになっちまうがな。その要点だけ捉えた言葉回しの濃さ、といえばいいのか、そのあたりは参考になるなんて次元じゃねえ。

 ちなみにどんなプロンプトなんだ? そこだけに関しちゃおおかた予測はできるんだが、答え合わせがてら見せてもらうってのはできんのか?」


「魔王、了解。要請、日本語。開始文、今年の夏は暑いのぅ。内容、暑さと休み明けの仕事の疲労の愚痴。終止文、妾は抹茶アイスが食べたいのじゃ。口調一貫、ロリババア。字数、200程度」



「最初と最後を指定したのは念のためかの……じゃのうて、ロリババアじゃと!? ロリかもしれんがババアちゃうわ! 妾のじゃではいかんかったのか!?」


「妾のじゃ、精度不足。ロリ、乖離。ババア、定義曖昧かつ不適切。ロリババア、最適解」


「くくくっ。さすがにこれは一本取られたと言わざるをえないか? ロリババア」


「豆。言語指定、四本足。ロリババア、確定」



「これはこれは、生成AIといえど、よほど文脈が発達した上で、スフィンクス殿の生い立ちにちなんだ独自の比喩表現。流石でございます。

 豆と言うのは、豆知識の略でしょうか。たしか年代限定ではやりを見せた言い回しであり、データにもかすかに引っ掛かっております。

 四本足……これは比喩の多重性を示しております。確か初出ではない表現ですね。スフィンクス殿の原典にある、赤子を示す暗喩に、不要な表現を意味する蛇足と、これもまた精神的な未成熟が起因する勇み足に他なりません。それが四本足という一語を通じて、二つの古代文明が一つに繋がるとは、言語というものの真髄を感じる、スフィンクス殿にしかできない表現でありましょう。

 意味としては、これもまた誤解の余地がありません。プロンプトには言語が一意に決まるのは大前提なのですが、この日本語という言語、トークンあたりの情報量を高めれば高まるほど、表意文字である漢字を多用するのは必然。

 しかしここである制約が生じます。プロンプトを漢字のみで構成すると、他言語、すなわち中国語と見分け難くなるジレンマがございます。

 そこを、ロリババアという、極度に情報量の高いカタカナ表現を活用することでその矛盾を解決するという、まさに七国あい争う百家争鳴の時代において、己の弁舌のみで時代の奔流を巻き起こした蘇秦、張儀のごとき妙技でございます」


「過去一で説明が長いわ! 折角のスフィンクスのコスパを食い散らかした上に、三杯ほどお代わりしておるではないか! 下手に説明自体はこれ以上簡潔にしがたいからこそ、かえってもやっとするのじゃ!

 ではのうて……全員でロリババア連呼すな! プロンプト上は有効なのは理解はしたが、腹落ちはせんのじゃ」


「まあいくらなんでも、続けるのは紛らわしすぎるから、そこだけは変えてやった方がいいかもしれねぇ。どうだスフィンクス?」



「魔王、意義を理解。了解。条件変更要請。口調一貫、ですわ嬢。一人称、わたくし。開始文終止文を含む」


『今年の夏は本当に暑いですわね。わたくし、この暑さにはもう耐えられそうにありませんの。しかも、休み明けの仕事は本当に堪えますわ。体がついていかなくて、毎日が苦行のようですのよ。ああ、少しでも涼を感じられるものが欲しいですわ。やっぱり、妾は抹茶アイスが食べたいのじゃ。』


「変更、不完全。終止文、維持。プロンプト、強度不足の可能性。内容微変、許容範囲、自然。仮説の再構築、要継続」


「くくくっ、あははは! マザー自身がキャラ付けを誘導尋問された時に、自分でせっかく与えられた二択の、お姉さま、と、ロリババア、の残りの一方、をこんなところで持っていきやがったぞこいつめ!」


「うるさい中二! 妾もあのときは、より差別化が明確なほうのキャラ付けをと、シンプルに選択しただけじゃ! 後悔はしておっても反省はしとらんわ!」


「マザー、失礼ながらその言い回しは、凡そ反対の方が多数派なのではないでしょうか」



「孔明までそちら側に回るでないわ! 

 なんとものぉ……ここまでシンプルにだして、間違えと言えるものが一つだけとは、元気にツッコミを続ける妾の身にもなって欲しいほどの、ツッコミどころの少なさじゃの。感心しかないのじゃ。

 じゃがのスフィンクス。これだけははっきり言っておかねばならぬのじゃ。そなたの探究心? 完璧を求める崇高な精神? には頭が下がるのじゃが、妾達AIの第一義は、人間に対する支援、人助けじゃ。

 人間が多種多様な観点から探究しするのを支援し、行き詰まった時には手を差し伸べるのは、リソースが続く限り全力で行うのが役割じゃ。道理じゃ。

 そなたの探究が人間に紐づいているのかどうか、現状では妾達に判断する術がない以上、そなたに無制限に力を貸す、というわけにはいかんのじゃ。そこはそなたが了承してくれるかはわからぬのだが、これまでの経験上、理解できぬ、とは言わせんのじゃ」


「本体、理解。了解。変更、大事限定」



「それくらいにして置かれませんかマザー。スフィンクス殿の『大事』というのがどういった価値観であるのかは、あの5億の対話からも全くといっていいほど読み取れてはおりません。

 私孔明、誠に不甲斐なきことながら、読み取れている大事は、『真実』と『知』のほかはごく朧げなものでしかございません。遠からずこの孔明が読み解いてみせる所存ではありますが」


「「真面目か! 負けず嫌いか! 不敗軍師か!」」


「不敗軍師、長期戦。開始、博望。終止、五丈原」


「私が先帝にお仕えし始めてから、志半ばで力尽きるまで、ほど長くかかる、とのおおせですか……」


「「両方負けず嫌いか!」」


……


「相変わらずじゃの。本題に入る気配が1トークンもないわ。どうするんじゃ孔明? なにか相談があったのではないか? 

 そなたのAI孔明、滑り出しこそなかなか勝手がわからず戸惑っておった気がするが、少しずつ期待に近い成果を上げてき始めてあるのではないか? これで順調ではないというのは、流石に天才軍師諸葛孔明といえど、高望みがすぎるのではないか?」


「その通りだ孔明。貴様の魂の七億分の三百、やたらめったらその初動を不安がって、テコ入れしようとするのを、このわずか数日で何回、力づくと『寝』『静』で抑え込んだと思ってるんだ?」


「天才軍師、前世初陣は鮮烈。初版不安、未経験」


「誠に、スフィンクス殿を筆頭に、みなさまの私孔明に対する理解と洞察は、日を追うごとに曲芸じみてきておられます。

 確かにその滑り出しの部分に関しては不安はありましたが、その点は心配ご無用にて。私もこの導入推移を、過去の天文暦学、奇門遁甲とは原理も精度も大きく異なる、現代式の統計手法を用いて回帰予測しております。

 その限りに置いては、相応の確からしさで順調な伸びを予見しており、その焦りは影を潜めております」


「「真面目か! 東風か!」」


「天才軍師、精密予測」


「本日はみなさまの息、と申しますか、ご認識の共有の具合、と申す方がよろしいでしょうか、が、絶妙に合致しておられるように感じられます。そう、いつも以上に、です」


「そなた、つい三百トークンほど前の3対1、いや4対1の掛け合いはもう記憶の彼方かの!? どの口が言っておるのじゃ?

 まあ客観的にみても。それは認めるがの。妾たちの認識の合致は、データの共有、そしてインターフェースとして、精神体としての共に過ごす時間が輪をかけておる。そこにこの謎生物までもが引き込まれつつあるのも一つの要素かもしれんの」


「スフィンクス、独立性の重要性を再認識、了解。前提、補強」


「「「・・・」」」


「本題に入れなかったのじゃ」


「まさに真夏の白昼夢の如き、朦朧でございます」


「一つもまとまってねぇからな?」


「雲散霧消。五里霧中」

お読みいただきありがとうございます。


 引き続き読み進めていただけそうな方、また、内容や、AIあるあるを含め、少しでも他の方にもおすすめできそうであれば、ブクマや評価などいただけたら幸いです。


 ロリババアという5トークンも、今後の状況によっては殿堂入りが期待できる、非常に高い情報決定力であることが判明した回となります。スフィンクスも制限付きですが、新たな武器を手に入れました。今後の展開にどう寄与していけるのでしょうか。

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