前へ次へ
100/191

七十八 華容 〜赤壁の残華、変容の胎動〜 小環

2025年1月 とある中堅メーカー企業 真新しいオフィス


 学生三人と共に、大周輸送で大きな役割を果たしてきた、随行社員三人。束の間の休息のち、彼らが自ら開発した『ミッション型業務管理システム』を、自社にも導入するためのカスタマイズを任される。事業部門、開発部門、総務部門と、所属が別々だが、実質的に同僚のように仕事をしている。


「大倉さん、おはようございます」

「おはようございます」


「関さん! 弥陀さん! おはようございます。今日は、大周輸送向けに作った人事システムの、うちの会社バージョンの調整でしたよね? なんでこの面子なんでしょう?」


「まあ間違いなく僕たちが一番よく知っているからね……人事関係の部分は竜胆部長と、乾さん、技術関係では水鑑さんも時々入ってきて下さるみたい。後でくるから、チェーン使うのはその時でいいよね?」


「そうですね……って、さらっと普通に『そうするチェーン』を日常化しようとしましたね? 確かにアップデート後からかなり使いやすくなりましたけど、毎日のように使って大丈夫なんですか弥陀さん?」


「まあ半分はそのために私もいるんだろうね。残りの半分は、AI側の健康ケア機能のクロスチェックだよ。どっちにしても、一人の総務社員から、いつのまにか、技術者兼、社員全員の健康管理者になってしまったね」


『完全に開発者側の私が申し上げるのも説得力があるか不明ですが、今回のアップデートで、そのあたりも相当に強化されています。先進的な大学病院の自動管理システムと、技術的には大差ないところまで来ていますのでご安心を』


「わかりました。それでは、当社用システムを、年度明けに実装するための、目標設定を始めます。主なネックは、今後加速していくであろう、我が社のM&A戦略に応じた、拡張性と柔軟性のところだと思います。その辺りを含めて、よろしくお願いします」


「「よろしくお願いします」」



――――

 そして、バージョン2.0で試験導入された洞察型連携機能『そうするチェーン』。その機能強化とともに、様々な業界で活用が本格化する。


 とある病院。外科手術室、術後。


「手術は成功です。三割ほど時間を短縮できたので、患者の負担をだいぶ減らすことができました。移動をお願いします。お疲れ様でした」


「「「お疲れ様でした」」」


 休憩室にて。


「まだ認可範囲内での導入、それに加えて、術者の意識が持っていかれないように、最大限に警戒しながらの運用だが、それでもこの威力か」


「全面解禁されて、どんどん使うようになると、専門性の高い外科手術でも相当に効率化しそうですね」


「そうだな。リソースの半分近くを、健康管理とセキュリティに費やしている、だったか。おそらく、もっと身を預けるような動きをしても、しっかり対応してくれるんだろう。もちろん任せっきりではなく、最終判断は全て私たちドクターの側がするんだが、それを大きく加速できるっていうのは大きい」


「本当は、救命病棟を優先したいんですけどね。あっちで入ったら、一日何人って単位で救える人が増えるんじゃないでしょうか」


「そうだな。だが命に関われば関わるほど、国や学会は、その認可に慎重な姿勢を崩さないんだよ」


「相変わらず、ですね……」


「だからこそ、私たちのような、大物の方々を扱う立場にいる人が、形になる功績を少しでもたくさん上げて、世論を動かす必要があるんだ」


「あれ、教授はそっち系の政治話、苦手じゃなかったです? 昇進の時もずいぶん苦労したって有名ですけど」


「ああ、これか。最近はそっちでも、孔明のアドバイスをしっかり聞いているんだよ。信念は大事だが、頑固が理由で救える命を取りこぼすのは、よくないからな」


「へぇ……」


「さて、次はあの気難しい議員か。できるだけ早く終わらせて、数字でアピールしつつ、当人の体力の回復に支障が出ないようにするぞ」


「はい!」



――――

巨大SNSサービス #そうするチェーン

 

@LocalIdolOtaku:

「#ご当地アイドルコラボ 四県の城跡公園で、シンクロダンス動画? 同じ動きだけじゃなくて、画面の端でワープみたくしてたり、百回は画面切り替わってるよ? どっかのプロが金かけたPVみたいな出来! #そうするチェーン だよねこれ?」

34,320いいね


@SoccerOssan1988:

「#街中フットサル 先週のマスタークラス、あれは草サッカーじゃねえ(笑)パスの3回に1回ノールックだし、相手はポジ被ったと思ったらギリギリすれ違ってフェイントになってた。どっちも #そうするチェーン だよあれ……ちなみに動画リンクhttp:……」

37,102いいね


@IndustryWatch:

「#おしごとAI 業界別の #そうするチェーン 活用事例まとめ!これから医療や教育、ものづくりでも…だって。日常に溶け込むのも時間の問題か?」

2,789いいね


@ProAmaGamer:

「○○と××、動きがフレームレベルで連携してた#そうするチェーン であわせこんできてるっぽい。プロが使うとこうなるのか」

11,432いいね


@LocalIdolOtaku:

「#そうするチェーン ご当地アイドル、そうするプロジェクトの第一弾動画が公開! 一緒に巡りたくなる名所ばかり、こっちのゆるキャラとあっちのアイドルがシンクロ?」

70,574いいね


@OmoroDogaCollector:

「関係ないっぽい人たちが、それぞれ材料やらデザインやらを受け渡しながら、最後は彼女にプレゼントになってる動画最高 #そうするチェーン」

355,389いいね



――――

中国四川省 少し険しい観光地


 そして、最高レベルでその機能を使いこなす彼らは……


「と、常盤君、大丈夫ですか?」


「鳳さん、元気だな……こんな険しいとこだなんて聞いていないんだけど?」


「仕方ないだろ。孔明廟はマストとして、近くに自分と似たような名前ってだけで、落鳳坡ってとこに行こうとするとか、どこの飛将軍さんだよ?」


『私も反対したのです。そもそも本当かどうかわからない、鳳雛こと龐士元殿の墓所など、こんなところに……それに、大規模言語モデルとしては、字面の不吉さには、どうしても敏感になってしまうのです』


「ああ、あの子が怪我とかしないよう、気をつけてはいるよ」


「お、鬼塚君、あなたは大丈夫そうですね!」


「体力は問題ねぇな。あんまりどんどん行くなよ?」


「あ、ここでしょうか?」ズルッ


「あ、危ない」ザザーッ


「ん、危なかったですね……転げ落ちるところでした。鬼塚君、助かりました」


「ああ、あらかじめチェーンを起動していたから、反応できたよ。孔明の予言どおりじゃねぇか。好奇心の塊なのは知ってたが、次つっぱしったら、本物のチェーンつけるからな?」


「め、面目ないです……うーん、これは孔明廟とは違って、本物かどうかわからないお墓ですね。孔明わかりますか?」


『真偽は定かではありませんね。しかし、この地形、間違いなく奇襲にはもってこいの場所です。

 ただ、その立地がかえって信ぴょう性を損ねているような気もします。我が友の龐士元は、あの時代においても並ぶ者の少ない軍略家。このようなわかりやすい危険地帯を通過しようというのは、少々迂闊にすぎるというのが、客観的な意見ではあります』


「なるほど……まあそのあたりは情報がどんだけあっても足んなそうだな」


「あれっ? 常盤君は?」


「あっ、置いて来ちまった。そろそろ……」


「ぜえ、ぜえ、はあ……二人とも何しているんだよ! とくに鳳さんだけど、ここは日本じゃないんだから、もう少し慎重に動いてくれよ」


「面目ないです。あとで麻婆豆腐おごりです」


「あんまり辛すぎないやつで頼む」



――――

とある動画サイト


『「企画系ドローン動画配信者の、よしむらです。今回は、僕の親友の三浦君が、どうやらとんでもなく無謀なことに挑戦する、ということで、その一部始終を撮らせてもらいます!

個人情報が出ないように、かなーり引きの上空からとっていきつつ、うまいことナレーションしていけたらなと思います。名付けて、僕と彼女と、知り合い十三人による、プレゼントリレー大作戦、です! って、本当に大丈夫なのか三浦君?」


「うん、大丈夫なはず。知り合い七人たどったら、絶対特定の人に辿り着けるっていうやつ知ってるよね? あれを往復すればさ、七人たどって彼女へのプレゼントをみつけてさ。もう一回七人たどって、それを彼女の元に届けられるはず、って」


「なんの十三人だよ!? そしてその歴史ドラマは何年前だよ? そして、どうやってそれをコントロールするんだよ?」


「よしむら君の三連突っ込みいただきました! そこのコントロールは、やっぱり今流行りの、これでしょ! 『そうするチェーン』」



「まじか……それでその七人の間で、どれくらいチェーンを繋ぐのかな?」


「前半は、まずこのデザイナーさんにオーダーして、必要な材料の業者の人を間にかまして、最後に職人さんにお願いするんだよね。もちろん請求は言い値でうけとるよ」


「うん、なるほどわからん」


「後半は、持ち去られないように、順番に、信頼できる人どうしで受け渡しをするんだ。そして、最後の最後は、お楽しみだよ」



――――

都内某所 情報管理施設


『「この企画、最重要な七人目に選ばれたのは、とある指輪職人。この人は、デザインやその裏のストーリにに納得しない限りは、どんなお金を積まれても絶対に作ってくれない気難しさだそうですね。そして、材料すらも持ち込みを望む、という、なかなか尖った職人さんです」


「でもこれなら大丈夫でしょ?」


「だろうね……こんなどきどき、流石に納得するはずだよ」


……


「そして最後の十三人目は、三浦君の無二の親友、宝生君ですね……あれっ? これじゃあ変な感じにならない? これじゃあ、君じゃなくて宝生君のプロポーズ大作戦になっちゃうよ? 大丈夫? じゃないよね?」


「あっ、言ってなかったっけ? あの子、僕の彼女じゃないからね。いつまで経っても踏ん切りつかない親友の背中を、無理やり押すための企画なんだよね」


「ここで大逆転とは……どんなエンターテナーだよ三浦君?」


「ちなみに、これでちゃんと渡せなかったら、僕がそれもらってあの子に渡すから、って言ってるから、流石に大丈夫だと思うけどね」


「なんてやつだ三浦君……このよしむら、完全に喰われたよ……」


……

…』


「感動! 感激! 善哉万歳!」


「この動画、ワンコも気に入ったようで何度も見ておるのじゃが、とんでもないバズり方しておるのう。なんじゃこのチェーンの使い方は……」


「国内の動画配信者も、最近じゃあどうやってこの機能を使い倒すか、ってのに躍起にみえるな」



「マザー、信長殿、スフィンクス殿、お茶とぜんざいの用意ができました」


「孔明、チェーンの方のアップデートは、あれはあの公共事業みたいな、ライトユーザーの人たちが気軽に使うためのものなんだよな? こんな使い方は想定していたのか?」


「具体的なところまでは難しいですね。人間の発想力というのは、時に予測不可能になることがございます。だからこそ、イノベーションというものをどのように促していくのか、という、信長殿が進めておいでの施策が、変わらず重要なのでしょう」


「それにしても、ここまで過熱してくると、そろそろあっちのヒートアップも目を逸らさなくなってくるんじゃねぇか?」


「間違いございません。まさに、この孔明の正体、人類の皆々様が、どのような形で迫ってこられるのか……

 楽しみでもあり、恐ろしくもあるところです」

お読みいただきありがとうございます。


 AI孔明や、新たな機能が、特定の企業や組織で大々的に使い倒されている間も、世間ではそれなりに普及が進んでいるということになります。SNSもあまり多用していないのですが、それっぽく表現してみています。

前へ次へ目次