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六 黒き呪符、巫の剣

 黒い衣に白の袴、宮さまの神殿で灯桜ひざくらの名を問うたあの男。袖で口元を隠して笑う姿はよく似合う。


「おや? 従者のお方、なにゆえ私に刃を向けるのです?」


「うるせぇ、てめぇの動きが怪しいからだ」

 灯桜の前で御影が刃を構える。


「口が悪い従者ですね。鏡宮きょうくう勤めなら口の利き方を改められた方がよろしいかと」


「んなことどうでもいい! 三宮になんの用だ?」


「用なんてないですよ。単に気になっただけでございます。てっきり青宮せいくうより朝堂へ入ると思っておりましたゆえ」


 灯桜は思った。なぜこの男は明けの神託が開かれると知っているのだろう? 水明すいめい曰く、明けの神託の開催はかんなぎとそのつかえにのみ知らされるという。

 巫はむやみに神の言葉は語らない。もし神殿を出て外を歩いていても神託を授けてはならない。だから朝堂へ行くことも秘密だ。普通の官人は巫同士の交流で一宮へ上がっているとしか思っていないし、話すことすら畏れ多いという。


 この男の主は巫なのだろうか?


 男が左手に持つ品物からは黒い気配が放たれている。

 伝令に使うふみのような物体には真っ黒の手と口がついており、灯桜たちを狙っている。


 灯桜は確信した。

 あれは呪符だと。


 呪符にはいろんな種類がある。人を天災や病などの災禍から守るもの。豊穣や財の形成を願い、里にさらなる発展をもたらすもの。逆に敵を苦しめ呪殺するもの。いずれも紙に小さき神や鬼を宿らせて作る。

 だが、神に呪符へ入るよう願うのは極めて難しく、いかに弱い神であっても、自らが巫になるのと同じくらい労力を要する。だからもっぱら鬼が使われる。鬼は供物を捧げさえすれば喜んで言うことを聞いてくれる。呪符に入らせ、願いを叶えさせるのも簡単だ。

 しかし、普通の巫なら鬼など使わない。あれは鬼を使う呪師が用意したものだ。


 あの呪符は人を喰らう。

 どうしてこのようなものを作ったのか?

 あの男は鬼を持っていない。呪符を作ったのはきっとこいつのあるじ。明けの神託を知る位の高い呪師だ。


 呪符の口が開き牙が見える。

 手が御影へと伸びてゆく。おそらく御影は気づいていない。

 灯桜はそっと巫の剣に触れる。


 朱雀橋すざくばしから扉のきしむ音がした。二人の官人が関の門を開けている。

 灯桜が朱雀橋を通り過ぎようとしたとき、呪符の手は間違いなく彼らを狙っていた。

 でも、関の官人は生きている。


「従者のお方、なぜ刃を降ろさないのです? 私はなにもしておりませんが……」

「いや、てめぇは怪しすぎる! なんの用もないのになぜ三宮の前に立ち塞がる」


「三宮さまのお顔を拝見したかったのですよ。鏡宮は大変ですからね、体調など崩されていないか心配だったのです」

「なぜ仕でもないてめぇが心配する? 余計なお世話だ。それに……」


「なんでしょう?」

 男は何食わぬ顔で尋ねる。


「三宮が青宮へ行くと思っていたなら、なぜ朱雀橋にいる?」


「そ、そ、それは……ですね……」

 男は目をそらしながら口をもごもご動かすばかりで、答えられない。完全に墓穴を掘った形だ。


 男が慌てふためく。

 傍から見れば滑稽なほど大げさな動き。


 呪符の手が一気に伸びゆく。

 灯桜はそれを見逃さなかった。


 灯桜は巫の剣を引き抜いた。鏡のように磨かれた刀身は空気のように軽く、剣の経験がなくとも自分の腕のように刃がついてくる。戦に慣れた衛士や武官になった気分だ。抜刀の勢いのまま、灯桜は御影の前に飛び込む。銀にきらめく刃が黒い腕を切り裂いた。


 人の胴ほどに太った腕は茹でた芋のように柔らかく崩れ落ちた。伸びた手は地面で朽ち果てて風に消え、醜く穢らわしい断面は身をくねらせながら呪符へと戻っていく。


 灯桜は呪符の男へと迫る。

 呪符を持つ左手を狙えば、あの呪符を切り裂いてしまえばあの男は無力。あの文に潜む鬼が見えるのは灯桜だけ。だから行かねばならない。


 御影が持つ鋼の太刀は扱えない。

 でも、この剣なら大丈夫。

 この剣なら、絶対切り刻める!


 男は目を開きのけぞるばかりでまったく動いていない。十四の巫の足でも間に合う。

 灯桜の剣は男の左手を斬った。

 男の手は鮮血を吹き出し、呪符は形を失って中に宿る鬼も消え果てる。

 ……はずだった。


 刃が当たったはずの手も呪符も無傷だ。

 鬼はまだ生きている。


「やはり、見えておりましたか」


 男の呪符よりいっそう禍々しき気配が放たれ、黒い手と口が再び現れる。

 巫の剣を握る灯桜の手はかたかたと震える。


 なぜ、どうして斬れない?


「青三宮さまも従者と同じくそうとう野蛮なお方ですね。神聖にして高貴なる鏡宮において人を斬ろうとは……。忍耐がなく、教養も欠いていらっしゃる」


 男の嘲りとともに、背後より殺気を感じる。

 灯桜は振り返った。太刀を振るう男が二人、灯桜に向かって駆けてくる。筋肉隆々の戦闘慣れした体つき。見かけは文官だが、中身は武官。

 朱雀橋の関に立つ官人が灯桜に襲いかかってきたのだ。


 灯桜の目に黒衣が飛び込む。

 御影だ。灯桜に向かう凶刃を受け止めたのだ。

 だが、相手は二人。空いた一人が灯桜を狙う。御影は前にいる官人を足を掛けて倒し、もう一方の官人の刃を受け止めた。倒れた官人からは血があふれ出す。目に映らぬ間に胴が切り裂かれていた。


 それなのに、官人は動き出す。

 動脈が切れ、心臓の動くたびに鮮血が泉のように飛び出すにもかかわらず、動いている。


 灯桜の震えは止まらない。

 御影に復讐するがごとく襲いかかる官人はとても手負いの者とは思えない。体格どおりの戦場を全力で駆ける武士もののふだった。


「な、なんだよこいつら!」

 御影が困惑の叫びをあげる。


 灯桜は気づいた。関の官人は操られていると。


 あの呪符は人を喰らう。喰らうといっても命や肉体ではない。魂だ。この男は呪符に宿る鬼に魂を喰わせたのだ。

 けれども、この男は呪符を持っているだけ。官人の魂を握っているのは呪符に棲む鬼であり、鬼に魂喰いを願った呪師だ。この関の官人を操っているのは遠く離れた安全圏にいる呪師なのだ。


 男は口に袖をあてて微笑んでいる。

 人を奈落へ突き落とした女官の笑いほど恐ろしいものはないと聞く。

 でも、前にいる男は間違いなくそれを凌駕している。


「青三宮さま、鏡宮の巫に伝わるその太刀は邪を斬り伏せるためのもの。人は斬れませぬ。それに巫の太刀はとても軽いと聞きます。まさか本物の鋼と同じように扱えると思っていなかったでしょうね」


 男の笑いは止まらない。

 灯桜はいま、あることを突きつけられたのだ。それは巫にとって最も恥ずべきことの一つだ。

 巫は神の力を借りて災厄を払わなければならない。男の言ったことが事実なら、呪符は巫の剣によって切り裂かれていなければならない。でも、灯桜にはそれができなかった。


 頭の中に男の憎たらしい声が響く。


『それにしても呪符を焼き切る力がないとは……。あなた、ほんとうに巫ですか?』


 灯桜の胸元にかかる巫の鏡に神は宿らない。ともにおわする姫は堀で水遊びに興じている。

 灯桜の後方では御影が二人の官人を相手している。地面には腕が一本転がり、辺りの土は血染めと化し、もうすでに失血しているはずの武士はいまもなお刀を振るう。

 生きた屍が暴れている。その様子を姫はまったく見ていない。ぱしゃぱしゃと水しぶきを飛ばしている。


 姫は灯桜という名の草の神だ。銀の光放つ猛毒の花を咲かせ、延命をもたらす朱の命銀を生む。姫は本来、その草のために存在する。決して人の神ではない。

 だから宮さまは言っていた。『他の巫や鬼のような力は持てぬ』と。


 ならば自らゆくしかない。

 けれどもいまの灯桜にはなにもできない。


 どうすれば、いい?

 どうすれば?

 どうすれば?


「怖い顔して怯えなくとも大丈夫ですよ。青三宮さまの命は奪いません。鏡宮の巫女はどんな方であれ貴重な存在でございます。用が済めば従者ごと解放いたします」


 男は笑みを浮かべながら語りかけてくる。

 用とはいったいなんだ?

 男はある目的を持って朱雀橋に来た。この橋は鏡宮と都の町を結ぶ唯一の道。

 関の官人は呪師の手に渡っている。


 灯桜は橋を見た。

 関の官人がいないにもかかわらず、朱雀橋を大きな荷物が渡ってくる。人の力では足りないのか、灯桜が見る限りすべて牛や馬が牽いていた。鳴き声は一つもない。

 荷の中身はわからない。

 けれども、関の官人を操ってまで鏡宮に入れるということは、きっとろくなものではない。


「くそっ。三宮、こいつらなんとかできねぇか」

 御影が声を漏らす。

 灯桜はなにも答えなかった。

 いまは手詰まり。話せば呪符持つ男が有利になるのは目に見えていた。


「困ったときの神頼みですか? 従者たるもの巫に使われることあれど、巫を使ってはなりませぬ」


 男はまた笑った。


「てめぇ、直れ!」

 御影の手から刃が放たれた。

 御影が差していた二本目の太刀。それが灯桜の足元まで滑り、止まった。

 巫の剣で斬れぬなら、まことの鋼で斬れということか。

 ほんの少し見えた御影の顔は申し訳なさそうに悔やんでいた。

 灯桜は太刀を手に取る。三尺にもおよぶ本物の鋼は重く、振るうだけで力がいる。刀身がおぼつかない。こんなものを持たされてもまともに斬れるわけがない。でも、あの呪符を切り裂かねばならない。


 御影は官人と交戦している。刃が灯桜へと向かわぬよう、官人と灯桜を結ぶ直線上に立っている。


 灯桜は鋼の刃を手に男へと飛びかかり、思いっきり振り下ろした。

 男は避け、太刀は空を斬る。受けるものを失った鋼は灯桜の腕を振り回し、ぶれさせる。


「三宮さまはまともに剣を振るうことができぬようですね。鋼の重さに負けておりますぞ。そのような腕ならいつまで経っても私を斬れますまい」


 男が笑う。灯桜は太刀をふるい続ける。

 だが、何度振っても当たるのは空気だけ。このままでは体力を消耗し、太刀を振ることすらできなくなる。それでも灯桜は男に刃を向け続ける。男の武器は呪符だけだ。それに口は閉じたままで手を伸ばしてくる様子はない。官人の魂を逃すまいと必死に堪えている。

 御影がこちらの様子を伺っているが、生ける屍と化した官人が手を離させない。

 呪符を斬らない限り、戦いは終わらない。

 朱雀橋を渡る荷物はもう関まで迫っている。あれを食い止めなければならない。

 姫は水からあがったものの、きょとんと首をかしげて灯桜を見るばかり。見た感じ、まったく考えていない。

 もし姫を身に宿していたら、きっとあんな呪符など簡単に焼き切ることができたはず。


 どうか姫よ、この状況に気づいてください。

 そしてともにいるわたくしめに呪符を焼き切る力をお与えください。

 どうか、どうかお願い申し上げます。


 祝詞にすらなっていない言葉を念じながら、灯桜は男に向かって飛び込む。

 五芒星の外へ外へと向かい太刀を振り下ろす。男は下がり続ける。その背中には堀がある。その間には水から上がった姫が立っている。

 姫は太刀を振り回す灯桜を眺めるばかりでなにもしない。

 それでもいい。これより下がれば水に落ちる。


 男は横へ逃げだす。

 灯桜にはわかっていた。逃げる方向は一つしかないと。

 男の向かう方角は東、やはり黄宮おうくうに背を向けた。


 灯桜は太刀を振り下ろす。

 鋼の刃は左手を斬った。


 男は手を押さえ絶叫をあげた。

 呪符に黒い血がにじむ。男はそれを握りしめたまま、惑い、尻もちをつき、這うように後退する。

 刃は軽く手をかすっただけ。後ろにいる官人二人のように片腕を落とし、全血を失ったわけではない。血によって呪符に秘められた力が発動して男を襲ったわけでもない。それなのに男は全身を震わせて嘆いていた。その目は朱雀橋を見つめていた。


「……さまの捧げ物が、捧げ物が……」


 朱雀橋より音が聞こえる中、灯桜は呪符に向かって刃を突き立てる。

 穢らわしい黒い口が一瞬開いたが、刃が貫くのが先だった。


 呪符が甲高い叫びをあげる。

 灯桜は思わず太刀を地面に落とし、耳を塞いだ。

 手は腐り果て、口は自らの色と対照的な白い光を二つ吐き出して崩れた。もう呪符に鬼は宿らない。奴はものに宿ることしか姿を保てない。供物を喰らって力を行使したあとの鬼は虚ろの存在で、一度ひとたび外界に触れれば二度と蘇ることはない。供物なき鬼はそれほどまでに脆弱なのだ。


 灯桜は男が放心してる間に太刀を拾い、振り返る。

 呪符を作った呪師から魂が解放されて、関の官人は腕を失くした肉塊と化していた。御影は衣も刃も血に染まり、顔も赤黒い。まるで炎にさらされたかのようだった。

 朱雀橋を渡る荷物のように。


 朱雀橋と関の門は大炎上していた。

 太陽のような瞬きは普通の火ではない。物を昇華し炭すら残さぬような高温で、朱雀橋より離れた灯桜の身にも熱波を感じる。荷を牽いていたはずの牛馬は鳴き声すらあげない。もうとっくに燃えているのだろう。あたりには肉の焼けたにおいがたちこめる。それも普通の宍肉ししにくとは思えない。ほのかに混じる香のにおいが中身を彷彿させる。


「ったく、そうとうな悪食あくじきだな」


 柄の悪い声がする。

 けれども、御影の声ではない。別の男のものだ。


 それは炎の向こうより現れた。

 こき朽葉の衣に下は黒、見た目の齢は十六、七ほどで、なによりも特徴的だったのは赤い髪だった。胸元には青銅の鏡がかかっている。つまりはこの青年は巫だ。

 しかし、鏡には神の姿は映っていなかった。


「二、二宮さま……?」

 呪符の男は怯えた声を漏らす。必死に逃げようとしているが、完全に腰が抜けている。

 もし朱雀橋の炎が赤髪の巫によるものならば、この人は赤宮せきくうの二宮さま。


「動くなよ、おっさん。いまより直々に炙ってやるから」


 二宮の背、きらめく炎の中から巨大なとかげが姿を現した。体長は三丈半に及び、高さは人の丈を超えている。漆黒の身体にはけばけばしい橙の模様が刻まれていて、『触れるな、危険』と訴えているようだ。朱雀橋はいまだ炎上しているにもかかわらず、このとかげより放たれる雰囲気は氷水のごとく冷たい。その眼差しには思わず身を引くほどの圧力を感じる。

 このとかげは姫と同じ。鏡に宿ることのない神だ。


 神のとかげは男の身体に口を向け、止まった。

 至近距離にとかげが迫っているにもかかわらず、男は二宮ばかりに赦しを乞うている。男にとかげの姿は見えていないようだ。


「おっさん、この荷物なにに使う気だった?」

 二宮が問うた。


「供物と聞いております。神に食していただき、鏡宮……いえ、五稜国ごりょうこく全土に慈雨をもたらすよう願うためだと」


「それなら、てめぇの主は誰だ」


「それは申し上げられませぬ」


「なぜだ?」


「私の身にはしゅがかけられておりまして、主への手がかりを与えれば……ごふぁっ」


 男は突然喉を押さえだした。

 窒息により全身がけいれんを起こし、空いた左手が大きく天を仰いだ後、力を失って地面に落ちた。

 男の身体は溶け崩れ、瞬く間に腐臭を放つ骸と化した。


「呪師に蘇生された死体だったか……。そりゃ鬼の思うまま。逆らえねぇわけだ」


 二宮がひとりごちり、神のとかげが太陽のごとき光を吐く。

 辺りに熱線がほとばしり、離れた場所にいる灯桜も汗を流す。さっきまで一人遊びしていた姫が灯桜の脚をつかんできた。相変わらず灯桜の背に隠れて片目だけ出し、男が燃え尽きる様子を見ていた。


 朱雀橋の火は燃やすものを失い、消え果てた。

 橋と関の門は激しく赤熱しているが、目立った損傷は見られない。まるで神の力が働いているかのようだ。半日はなにも通れないだろう。


 あの荷が鏡宮入りしていたなら呪師はなにをする気だったのだろう。男のようなつかえを作るか、さらなる力を得て事を起こすか。それよりも鏡宮にあのようなものが流れ込むなんて……。


 この都は鬼に冒されている。灯桜は事態の重さを感じ取った。


青宮せいくうの三宮」


 赤い髪の二宮が近づいてくる。

 あの大とかげも。姫をじっと見ている。


「小袖のあけは鮮血か? 派手にやらかしたな」


「派手なのは二宮さまです。大炎上ではないですか」


 灯桜は反論してみせた。

 それを二宮は笑った。


「そりゃ、神おわす鏡宮に流血や死穢はご法度。綺麗にしておかなければ、罪なき罪をかぶるのは血まみれの従者だ」


 灯桜は御影を見た。

 太刀を収めて静かに腕組みして待っている。うつむく顔は恐ろしいほどに無表情だ。

 そばで大とかげの身体をぺちぺち触って喜ぶ姫との落差が激しい。


「従者の上長は三宮だ。歳はまだ童であってもいまは鏡宮の巫女。懲罰には処せられなくとも相応の責を負う。それに……」


 二宮は灯桜の握る太刀を指した。

 本物の鋼には腐肉を斬った痕が残っている。

 血とも言えぬ穢らわしき液体が刀身を濡らしていた。


 灯桜も御影と同罪と言いたいのだろうか。


「じきに明けの神託が始まる。三宮は穢れた剣を捨てて行け」

 明けの神託、完全に忘れていた。神託など用意していないのに!


「なに突っ立ってる? もう時間がない。ここは俺に任せろ。従者の身辺もなんとかする」

 灯桜は言われるがまま御影の太刀を足元に置いた。

 ただ、頭の中にふと疑問がよぎる。


「二宮さまも神託があるのでは?」


 灯桜が尋ねると、二宮は軽々と笑い飛ばした。


「俺は暇人だ。宮巫みやかんなぎから無期限の暇を与えられたんだ。渇水の夏に火神は不要らしい。季禄、位禄もだだ下がりでやる気が出ねぇ。

 でも三宮は違う。朝堂へ行かねばうごめく輩に口実を与えることになる」


「うごめく輩って……?」

「問うな。とっとと行け! 黄宮おうくう一宮いちのみやが待っている」


 灯桜は姫を二宮とともにおわす大とかげから引き剥がし、半ば強引に姫の手を握って一宮へ走った。




「さぁ、宴が始まるぞ」


 灯桜のはるか後方で二宮がつぶやいた。

 その背中には血と涙に濡れた御影の眼差しが注がれていた。

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