第99話「魔王領部隊と帝国部隊、休憩する」
「お疲れさまでした。トールさま」
「お茶の用意ができてますので」
陣地に戻ると、兵士さんたちは火をおこして
その一角で、メイベルとアグニスが手を振ってる。
そろそろ一休みしたかったから、ちょうどいいよね。
「大公カロンと、事件についての話ができたよ」
俺は焚き火の近くに腰を下ろした。
「やっぱり、魔獣召喚の裏には帝都の高官が絡んでるみたいだ。あとは魔王陛下と大公国、帝国との間での話だね。俺の仕事はここまでだよ」
「お疲れさまでした。トールさま」
「帰ったら、のんびりして欲しいので」
「ありがとう。できれば『魔獣ノーゼリアス』の調査もしたいけど……素材がもらえるまでは時間がかかりそうだからね。帰ったらお休みにするよ」
帝国の兵士たちは『魔獣ノーゼリアス』の解体を始めている。
『メテオモドキ』で倒したものはハサミしか残らなかったけれど、こっちは頭と胴体が真っ二つになっただけだから、かなり素材が採れそうだ。
こっちにも、分けてもらえるといいんだけど。
「大公カロンは普通の魔法剣で、あの魔獣の脚を切ったんだよな……」
あの人にとっては左腕が不自由でも、魔獣討伐に不自由はないらしい。
そんなに強いのに、まだあの人は剣の道を究めるつもりでいる。自分がまだ未熟だって思ってるから、
もっと話をしてみたかったな。
あの人が、高位の帝国貴族じゃなかったらよかったのに。
「俺も負けないように、錬金術を
「いえ、トールさまは十分がんばってらっしゃると思います」
「そうかな?」
「『お掃除ロボット』を作られた時も、夜遅くまで作業をしてらっしゃいました。魔王陛下から『徹夜は許さぬ』と言われていなければ、朝まで作業を続けるおつもりだったのでしょう?」
「メイベルが黙っててくれればね」
「それは無理です」
「無理かー」
「私は、魔王陛下には嘘をつかないことにしておりますから」
「うそじゃないよー。だまっててほしいだけだよー」
「魔王陛下に『トールは、ちゃんと睡眠を取っておるのか?』と聞かれたらどうすればよいのですか?」
「『取っています (個人の感想です)』でいいんじゃないかな。勇者世界の本に、そんなことが書いてあったから」
「そういえばおっしゃっていましたね。勇者の世界では『個人の感想です』という言葉が多用されていると」
「『通販カタログ』では1ページごとに出てくるからね」
「不思議な世界ですね……」
「勇者ひとりひとりが、規格外に強い世界だからね。そういう意味で『偉大な勇者個人の感想です。説得力があります』ということじゃないかな」
「すごく説得力がありますね……」
「というわけだから、魔王陛下への報告は──」
「『睡眠を取っていらっしゃいます (トールさま個人の感想です)』としますね」
「魔王陛下が確認に来るからやめてね?」
そんなことを話していると、アグニスがお茶を淹れてくれる。
火にかけた熱いポットに直接触れて、熱々をカップに注いでくれる。『健康増進ペンダント』を使っている状態でも、アグニスには火炎耐性があるからね。
こういうのも、いつの間にか見慣れた光景になっちゃったな。
「やっぱりメイベルやアグニスと一緒にいるのが、一番落ち着くな」
お茶のカップを受け取りながら、俺は言った。
「いくら好条件を出されたって、みんなを残して大公国になんて行くわけが──」
がたんっ!
「トールさま。今、なんとおっしゃったのですか!?」
「帝国の……大公国に呼ばれたので!?」
「うん。もちろん、断ったけど」
立ち上がったメイベルとアグニスに向けて、俺は言った。
「大公カロンに言われたんだ。『年に10日くらい、大公国に行って錬金術を教えて欲しい』って。もちろん、その場で断ったよ。自治領とはいえ大公国は帝国の一部だからね。俺は、あの国に帰るつもりはないから」
お茶がおいしい。
最近はアグニスもお茶を淹れてくれるようになった。工房に来て、家事の手伝いもしてくれてる。普段はメイド服を着てることが多いくらいだ。
ふたりが側にいると、すごく安心する。
俺が仕事をしすぎたら止めてくれるし、作業中は片手で食べられるものを作ってくれる。
メイベルとアグニスには、すごく感謝してるんだ。
そのふたりを心配させてまで、大公国に行く気はない。
俺もまだまだ、魔王領でやりたいことがあるからね。
「「……はぅ」」
メイベルとアグニスは、お茶のカップを手にため息をついた。
「びっくりさせないでください。トールさま」
「心臓が止まってしまうかと思ったので」
「とりあえず『俺は魔王領で作りたいものがあるから、それが終わるまでは国を出ません』って、言っておいた」
「作りたいもの、ですか?」
「だって『通販カタログ』のアイテムを、まだコンプリートしてないし」
「全部作られるおつもりなのですか!?」
「俺の目標は勇者世界を超えることだからね。勇者世界にあるアイテムは、とりあえずできるだけ作ってみたいんだ」
「……すごいです。トールさま」
「……壮大な目標なので」
「それを作り終えても、まだ第一段階だよ。第二段階が残ってる」
「第二段階、ですか?」
「うん。『
勇者世界のアイテムは『機能美』を追及したものだ。
もちろん、それはそれで魅力だけど、それだけじゃ足りないって思ってる。
「本当は『機能美』で十分だと思ったんだけどね。魔王領に来て考えが変わったんだ。メイベルや魔王陛下、アグニスのように、神の造形美を感じる人たちと出会ったから」
「「……え」」
「もちろん、メイベルや陛下や、アグニスに匹敵するほど美しいものが作れるとは思えないけど……でも、挑戦する価値はあると思うんだ。異種族の俺がメイベルとアグニスをきれいだって思えるということは、この世界には誰でも共通した美しさというものがあるということだから、錬金術師としてはそれを追及──って、あれ?」
「……もーっ! トールさま!?」
「……ま、真顔でそういうこと言わないで欲しいので!」
怒られた。
おかしいな。本心から言ってるんだけどな。
「で、機能美と造形美を追及して……メイベルとアグニス、それに陛下への感謝も込めて、みんなを幸せにするようなものを作りたいんだ。そのアイテムが機能しても幸せだけど、見てるだけでも幸せになる。そんなものを」
勇者の世界に学んで、魔王領の者からも学んで、最終的には、みんなを幸せにするすごいマジックアイテムを作る。
それが、今の俺の目標だ。
そのためには魔王領と……少なくとも帝国との国境付近は、平和でなきゃいけない。だから今回、魔獣調査に全力で協力したわけだけど。
「……トールさま」
ふと見ると、メイベルが頬を赤らめて──じーっと、俺の方を見てた。
「工房に帰ったら、お話があります」
「お話?」
「はい。羽妖精のソレーユさんたちも交えて、トールさまには、色々とわかっていただきたいことがあるんです」
「……う、うん」
メイベルの表情は真剣そのものだ。
アグニスは……うん。後ろを向いちゃってるな。
「わかったよ。帰ったらゆっくりと話をしよう」
と、その前に、書き留めておきたいことがある。
『お掃除ロボット』が砦から持ち帰った金属板──それに書かれていた呪文がある。あれを清書しておかないと。
アイザックさんに金属板を渡す前に、ささっとメモは取ったけど、記憶が新しいうちに、きちんと書き留めておきたいんだ。
あれは新アイテムのヒントになる。
帰って休んだら、試作品を作って、エルテさんに見てもらわないと。
最近は戦闘用アイテムを作ってばっかりだったからね。
今は、日用品を作りたくてうずうずしてるんだ。
メモを取る間くらい、メイベルも待ってくれるだろう。
「それじゃ帰ろう。俺たちの工房へ」
「はい。トールさま!」
「アグニスも、トール・カナンさまとお話したいことがあるので!」
こうして、とりあえず魔獣調査は終わりとなり──
俺たちは、魔王領へと戻ることにしたのだった。
──そのころ、帝国側では──
「リアナ殿下は『ノーザの町』に行かれるといいだろう」
会談が終わったあと、大公カロンは言った。
皆が火をおこして、移動前の食事を取っている時だった。
「副官のノナに送らせよう。休憩時間が終わったら姉君のところに行き、相談をされるとよい」
「相談を?」
「あの錬金術師の心を、どうやって手に入れるかについて」
「──がほげほがほっ!?」
飲みかけのお茶が、変なところに入った。
リアナ皇女は思わず、口を押さえて咳き込む。
「ど、どうしてそのような話になるのですか!? 大公さま」
「先ほど、あの錬金術師と話したときに感じたのだ。あやつは放置してはおけぬ」
「……そうなのですか?」
「うむ。彼は錬金術の研究にしか興味がないようだ。となれば、リアナ殿下があやつに想いを寄せているならば、それとわかるような行動に出た方がよいだろう」
そんなことを言われても困る。
リアナだって、さっき自分の想いに気づいたばかりだ。
この気持ちが恋なのか、彼を尊敬していることによるものなのか、自分でもわからない。
どちらかというと、後者のような気がするのだけど。
トール・カナンは彼女を助けてくれた。
彼女のことを、理解してくれた。
その力と共感力に、リアナは尊敬している。それだけなのかもしれない。
というよりも、自分の想いに自信がない。
リアナにとってそういう気持ちは──ずっと、縁がないものだったから。
だから、さっきの会談には参加することができなかった。
間近でトール・カナンの顔を見たら、自分がどうなるかわからなかったからだ。
ドキドキしているのに気づかれたらどうしよう。
動揺のあまり、変なことを口走ってしまうかも。
戦闘の後だから、髪が乱れているかも。魔獣の返り血を浴びているかも。服が乱れて、みっともないかも……。
そんなことが気になって、どうしようもなかったのだ。
「なのに……具体的な行動なんておっしゃられても……」
「まぁ、それも姉君に相談するとよい。馬車と護衛の兵をおつけする。殿下は町に着くまで、姉上となにを話すが、考えていればよかろう」
「私のために……どうして、そこまでしてくださるのですか、大公さま」
「若い者を助けるのは、老人の務めだよ」
大公カロンはうなずいた。
「私には子どもがおらぬ。もちろん、大公国の後継ぎとして養子に取った者も、私にとっては大切な子どもだ。だが、リアナ殿下のことも、血族として大切に思っているのだよ」
「ありがとうございます。大公さま」
「それに、行動に出るのは早い方がいいのだ。あの錬金術師のためにも」
「トール・カナンさまためにも、ですか?」
「うむ。世の中にはな、道を究めようとするあまり、他人の好意に気づかぬ者もおるのだ。そういう者はいつまでたっても独り身で、まわりをやきもきさせたりするものなのだよ」
「あら? 大公さま。どうしてリアナ殿下に自己紹介を?」
「──がほがほげほんがほんっ!」
「わぁっ。大公さま!」
お茶のおかわりを持ってきた副官ノナの言葉に、大公カロンも咳き込む。
副官ノナは呆れたような顔で、大公の背中をなでながら、
「し、失礼しました。つい……」
「ノナよ。お前という奴は」
「けれど大公さま。わたくしたち配下の者は、常に大公さまのご親族から注意され続けてきたのですよ? 大公さまが独り身なのは、お前たちがしっかりしないからだ、と。わたくしはお仕えしてまだ8年ですが、以前にお仕えした母からも、同じ話を聞いております」
「お前たちには申し訳ないと思っている」
「でしたら、早くお相手を見つけてくださらないと」
「今さら気にしても仕方あるまい」
やっと落ち着いた大公カロンは、困ったような顔で、
「それにな。私のような剣術馬鹿を受け入れるような変わり者がいるわけがないだろう? 私は自分の器がわかっている。今さら妻をめとって、苦労をさせるわけにはいかぬよ」
「……はぁ」
副官ノナは長いため息をついた。
なにかを諦めたような……それでいて優しい目で、大公の背中を見つめている。
それを見たリアナはノナの気持ちが、わかったような気がした。
『急いだ方がいい』という、大公の忠告の意味も。
「大公さまのご忠告は、理解しました」
「そうか」
「急いだ方がいいのですね? 大公さま」
「そうだな」
「急いだ方がいいのですね? ノナさま」
「いや、どうしてノナに聞くのだ? ノナも、どうして勢い込んでうなずいているのだ?」
「わかりました。それでは、大公さまにお願いがあります」
リアナは決意を込めて、告げる。
「『賭け』のことです。魔獣に大ダメージを与えた
「……ふむ」
「大公さまは、事件の詳細について魔王領にも伝えるとおっしゃいました。けれど、帝国の過去のことについては別です。それを魔王領の者に話すのは抵抗がありましょう。ですが──」
「帝国貴族であった者なら、それほど抵抗はない、と?」
「他国の方に、帝国の情報を話すのは良いことではないかもしれませんが……」
「いや、構わぬよ。あの者自身にも関わりのあることだからな」
奇妙な感じがした。
なぜだか、背筋がザワザワする。
「魔獣と戦う前に話したであろう。私がまだ幼いころ、帝国は失ってはならぬものを失ったと」
「は、はい」
「それには当時の、強き者が関わっていたのだ。高位の貴族。戦士、魔術師──そして、剣聖だった方もな」
「大公さまの前の──剣聖」
その者の名前を──正確には姓を思い出し、リアナは思わず目を見開く。
歴代の剣聖の名前は覚えている。
その中で、トール・カナンに関係する者といえば、一人しかいない。
剣聖ヴォイド・リーガス。
リアナの曾祖父の時代に剣聖だった、リーガス公爵だ。
トール・カナンの祖父でもある。
「まぁ、さほど長い話でも、面白い話でもないがね」
剣聖カロンは肩をすくめた。
「良かろう。後ほど『ノーザの町』で私とリアナ殿下、ソフィア殿下、そしてトール・カナンが話し合いの場を持てるように、書状を出すとしよう。ノナ、手配を」
「はい。大公さま」
「その前に、砦の指揮官ゲラルト・ツェンガーとやらを締め上げなければな。面倒だが」
そう言って、大公カロンは立ち上がる。
休憩は終わり。
これからリアナと大公の部隊は、砦に向かう。そうして魔獣召喚の実行犯を尋問し、事件についての情報をすべて聞き出すことになる。その後は『ノーザの町』に入り、姉のソフィアと再会することになるだろう。
(姉さまには、話したいことがたくさんあります。でも、話せないこともできてしまいました……)
リアナは
まずはちゃんと、仕事をしなければ。
姉と会うのはそれからだ。
まずは、魔獣召喚の事件を終わらせる。そうしたら姉と会い──トール・カナンを、姉と会わせる。大公から、帝国の裏の事情を聞く。それから──
(──それから私は、どうするのでしょう)
まだ、なにも決まっていない。
これまでのように、兄の命令で剣を振るう『聖剣の姫君』でいられるのか。
それとも──
「参りましょう。大公さま」
──迷いを抱えながら、リアナは馬車に向かって歩き出す。
そうしてリアナ皇女と大公カロンは、それぞれの目的地へと進み始めたのだった。