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第68話「会談に参加する(3)」

今日は2話、更新しています。

なので、今日はじめてお越しの方は、第67話からお読みください。





 しばらくすると、天幕(テント)の用意が整った。

 こんなこともあろうかと、俺が作っておいた特別製の天幕だ。


 大きさは、4、5人がゆったりと過ごせるくらい。

 布地は地属性の魔織布(ましょくふ)で作られているから、矢も刺さらない。おまけに、防音効果もある。

 ないしょ話をするには最適だ。


「数分おきに、天幕の中を確認させていただく」


 アイザック・ミューラは言った。


「貴公が殿下に危害を加えるようなら、その場で対処する。魔王領の者がかばおうと、このアイザック・ミューラは容赦(ようしゃ)しない。覚悟しておけ」

「承知しています」


 俺はソフィア皇女とないしょ話をして、彼女の身体を調整したいだけだ。

 すぐに終わるし、もちろん、変なことをするつもりもない。


「……ふん」


 アイザック・ミューラは鼻を鳴らして、その場から立ち去った。

 帝国側の護衛は、俺や魔王領のみんなを警戒しているようだ。立場を考えれば、それも当然か。

 別になにもしないんだけどな。俺も、魔王領のみんなも。


「……トール。こっちにこい」


 ふと見ると、ルキエが、俺を手招きしていた。

 俺たちはそのまま、天幕の裏側に移動する。

 そうしてルキエは、他の人の視線がないのを確認してから──仮面を外した。


「余はお主を信じておる。お主がなにをどうしようと、受け入れるつもりじゃ」

「ルキエさま?」

「うまく言えぬが……お主が望むのであれば、政略結婚もよいじゃろう。じゃが、メイベルを悲しませるのは許さぬ。メイベルは余の幼なじみで……余も……だからあの、あのその」

「落ち着いてください。ルキエさま」

「……うぅ」

「俺は魔王領の人間です。主君はルキエ・エヴァーガルド陛下で、上司は宰相ケルヴさんにライゼンガ将軍。仲間はメイベルやアグニス、羽妖精(ピクシー)たちです」

「そ、それはわかっておるのじゃが……」

「ソフィア皇女との婚約が、魔王領のためになるのなら受けるつもりです。ただその前に、ソフィア皇女と話をして、彼女の真意を聞きたいんです」

「わかった。その前に、確認したいことがある」


 そう言って、ルキエは手袋を外した。

『スペシャル開運リング』をつけた薬指を、俺の前に差し出して、


「トールはこれを『開運リング』と言ったな。つけると運が良くなるものじゃと」

「いえ、それはまだ未完成品で」

(かい)(うん)・リ・ン・グと言ったのじゃよな?」

「……言いました」

「では、これを身につけた余が『あー、不運じゃなー』と思うようなことがあったら、トールに責任を取ってもらっても構わぬということじゃな?」

「え?」

「未完成品であるにも関わらず、トールはこれが『開運リング』と明言した。これにマジックアイテムとしての能力がないのであれば、トール(みずか)らが、余とメイベルを幸せにする責任があるわけじゃよな? でなければ、『開運リング』にならぬからな」

「え? あれ? そういうことになるんですか……?」

「うむ。そうなる」

「……そ、そうなのかな?」


 さすがに、それは考えてなかった。

 確かに俺は指輪を『開運リング』だと言ってルキエとメイベルに渡した。

 でも、これはまだ試作品で……マジックアイテムとしての能力はない。となると、俺が責任を取ってルキエとメイベルを幸せにしなければいけない……のか? あれ?

 なんだか頭が混乱してきたよ?


「さて、トールはどんなふうに、余を幸せにしてくれるのじゃろうな?」


 ルキエはまっすぐに俺を見て、にやりと笑った。

 それから仮面をつけて、魔王の口調に戻って、


「うむ。お主に伝えるべきことは伝えた。ではソフィア皇女の元へ行くがよい。あの者は魔王領の味方になり得る。ならば、話を聞いてやるがよい。そして最もよい方法を探すのじゃ」

「わかりました。ルキエさま」

「行け、トールよ」


 ルキエに背中を押されて、俺は天幕(テント)の方へ。

 入り口の布を開けると──ソフィア皇女が座っていた。

 疲れた顔で、箱形の椅子の上に。


「トール・カナンさま」

「話は後です。まずはこの『抱きまくらカバー』に魔力を注いでください」


 天幕の入り口を見て、アイザック・ミューラが(のぞ)いてないことを確認。

 それから俺は『超小型簡易倉庫』に入れておいた『改良型抱きまくらカバー』を出して、ソフィア皇女に渡した。


「……え? これは?」

「ないしょ話をするための道具です。ぎゅっ、と抱きしめてみてください」

「わ、わかりました」


 言われるままに、ソフィア皇女が『抱きまくらカバー』を抱きしめる。

 俺も自分の分を取り出して、同じようにする。

 ほどよく魔力を注いだところで、『抱きまくら』本体を2つ出して、かぶせると──



 ふにょん。



 ふたつの抱きまくらが変形して、俺とソフィア皇女の姿になった。


「わ、私が……? もうひとり?」

「姿だけじゃないです。動きます。とりあえず『座って口パクをするように命令してください』」

「……は、はい」


 ソフィア皇女は目を閉じて、なにかつぶやいた。

 言った通りの指示をしてくれたんだと思う。

『抱きまくら』のソフィア皇女は立ったまま、口を動かしてるから。


 これが『改良型・抱きまくら』の能力だ。




────────────



『改良型・抱きまくら』(レア度:★★★★★★★★★★★★★☆)

(属性:水水・風)


 通常の『抱きまくら』に『疑似生命把握(ぎじせいめいはあく)』によって、活き活きとした生命力を付与したもの。

 使い方は通常の『抱きまくら』と同じだが、より実際の生命に近い行動を取ることができる。

 血色や脈も生きているのとまったく変わらず、本人と区別することは、ほぼ不可能。

 さらに、魔力を与えたものが命じた通りに動かすことができる。

(歩いたり座ったりといった、単純な行動に限られる)


 能力が増えた分だけ、魔力消費が多いのが欠点。

 変形稼働時間は、45分となっている。


 物理破壊耐性:★★★★★

 耐用年数:5年

 備考:人の姿に変形した状態でも丸洗いOK。



────────────





「こ、これは……私そのものです。(となり)にいるのも……トール・カナンさまと見分けがつかないです……」

「……しーっ。静かに」


 俺が唇に指を当てると、俺の抱きまくらも同じポーズを取る。

 同時にソフィア皇女と、ソフィア型の抱きまくらも、こくこく、とうなずく。


『改良型・抱きまくら』には『疑似生命把握(ぎじせいめいはあく)』スキルで、活き活きとした生命力を付加してある。

 おかげで、生きているみたいに動かせるようになったんだ。

 もっとも、できるのは単純な動きだけだけど。


 抱きまくらたちには椅子に座って、小声で話すふりをしてもらおう。

 これなら天幕を覗いても、俺たちがひそひそ話をしているように見えるはずだ。


「……す、すごいです。トール・カナンさま」


 椅子に座って話をしている (ように見える)抱きまくらを見て、ソフィア皇女は目を丸くしてる。


「これがあれば、暗殺を恐れることがなくなります。伏兵(ふくへい)がいると見せかけるのにも使えます。このアイテムは……とんでもなくすごいものでは……」

「話はあとです。まずは落ち着ける場所に移動しましょう」


 そう言って、俺は椅子にかけてあった布を外した。

 ちょうど入れるくらいの、小さな扉が姿を現す。


 これは俺が作った、椅子(いす)型の『簡易倉庫』だ。

 中の空間には椅子とテーブル、ティーセットも用意されてる。


 この天幕(テント)は。密談(みつだん)のために作ったものだ。

 中に入った人間が『改良型抱きまくら』でダミーを作って、話しているように見せかける。

 でも実際は『簡易倉庫』の中で、人に聞かれたくないような話をする。

 そういうコンセプトで作られている。


 ソフィア皇女に『簡易倉庫』を見せるべきかどうか悩んだけど……よく考えたら、羽妖精たちが『フットバス』やお湯を持っていくのに使ってるんだよな。

 だから、ルキエとも話して、許可をもらった。

 ソフィア皇女は、信用できると思ったから。


「俺を信じていただけますか。ソフィア殿下」


 俺の言葉に、ソフィアは、こくん、とうなずいた。

 だったら、この中に案内しても大丈夫そうだ。


 俺はソフィア皇女についてくるように言ってから、簡易倉庫の中に。

 そうして中から、ソフィア皇女を引き入れる。

 扉を閉めて、と、これで中の声は、外には聞こえないはずだ。


「……わぁ」


 簡易倉庫に入ったソフィア皇女は、目を輝かせてる。

 小さな箱の中に空間があったらびっくりするよな。


「前に妹のリアナが言っていました。魔王領には、リアナの魔法剣を修理してくださった、凄腕(すごうで)錬金術師(れんきんじゅつし)がいらっしゃると。あの子が勧誘したけれど、魔王陛下に断られてしまったと」


 ソフィア皇女は真剣な顔で、俺を見ていた。


「あなたが、その錬金術師(れんきんじゅつし)さまだったのですね。トール・カナンさま」

「はい。『フットバス』を作ったのも俺です」

「それでは、改めてお礼を言わせてください」


 いきなりだった。

 ソフィア皇女は俺の前に(ひざ)をついて、深々と頭を下げた。


「魔法剣の修復により、妹リアナの命を救ってくださったこと。『フットバス』で私の身体をいやして下さったことに感謝します。ありがとうございました。トール・カナンさま」

「いえいえ。俺は好きで錬金術をやってるだけですから」

「好きで、ですか?」

「帝国は錬金術師の地位がすごく低いですよね?」

「……はい」

「でも、魔王領のみんなは、俺に錬金術師として仕事をくれたんです。俺の作ったものを、みんなが喜んで使ってくれます。だから俺は楽しんで、新しいアイテムを作ってるんです。殿下に使ってもらったのも、そのひとつなんです」

「あの『フットバス』も、そうなのですか」

「そうです。さっそくですけど、使ってください」


 俺はテーブルの下から『フットバス』を引っ張り出した。

 ソフィア皇女を椅子に座らせて、『フットバス』に脚を入れてもらう。

 そうして魔力を注ぎ込むと、中のお湯が振動をはじめて──


「……はぁ」


 ソフィア皇女は、ほっとしたようなため息をついた。


「……んっ……あぁ。気持ちいいです……身体のこわばりが、ほどけていきます」

「定期的に使えば、殿下の身体も、もっと元気になると思います」

「……定期的に、ですか」

「難しいですよね。俺はこのアイテムを、帝国に渡す気はないですから」


 渡したら、ろくなことにはならない気がする。

 魔力の流れが良くなった帝国軍が、南方で大暴れするか、調子に乗って魔王領に押し寄せてくるか。

 うん。渡さない方がいいな。


「帝国では俺は弱者で、不要物と呼ばれていました」

「私と……同じですね」

「だから殿下ががんばって、皇女としての役目を果たそうとしている気持ちもわかるんです」


 俺は言った。


「殿下を助けたいって思ったのも……失礼ながら、俺と境遇が似てるからです。俺には魔王領のみんながいたけど、殿下には、そういう人はいるのかな、って」

「私を助けてくださる人、ですか」


 ソフィア皇女は、黙ってしまった。

 俺は『簡易倉庫』の中のかまどに火を入れて、お湯をわかしはじめる。


 しばらくの間、俺とソフィア皇女は無言だった。

 (まき)()ぜる音と、『フットバス』の中でお湯が揺れる音だけが響いていた。


「トール・カナンさまは、魔王領の方々が大切なんですね」


 お湯が湧いたころ、ソフィア皇女が、ぽつり、とつぶやいた。


「なんだか、うらやましいです」

「本当は殿下にも、魔王領に来ていただきたいんですけどね」

「……難しいと思います。帝都の高官たちが『皇女が誘拐(ゆうかい)された』なんて騒ぎ出したら、魔王領の皆さまに迷惑がかかってしまいますから」

「わかりました。では替え玉として、半永久的に動く『抱きまくら』の研究も進めますね」

「まぁ、トール・カナンさまったら」


 ソフィア皇女は笑った。

 冗談だと思ったみたいだ。本気なのに。


「でも、そんなお方だから、私は……あなたの婚約者になりたいと思ったのかもしれません」


 ソフィア皇女は、揺れる水面を見つめながら、


「私の部屋を訪れたフクロウさんたちは『恩人さま』……トール・カナンさまのことを、色々と話してくださいました。あなたが、大きな覚悟を持って、私に『フットバス』を届けてくださったことも。おかげで私の体調も良くなったのですよ?」

「それは、殿下が俺を信じてくれたからです」

「それより先に、あなたが私を信じてくださらなければ、フクロウさんたちを寄越すこともなかったでしょう?」


 白い素足を、ちゃぷん、と揺らして、ソフィア皇女は笑った。


「それと、あなたについて語るフクロウさんたちの口調が、とても優しかったから。私の扱う光の魔力なんかよりも、ずっと温かくて、心地よいって思ったから。そう言う人なら、婚約について提案しても大丈夫だと──私の気持ちをわかってくれると思ったのです」

「そうだったんですか……」


 すごいな……ソフィア皇女は。

 見ず知らずの俺を信じて、フクロウ──ソレーユたちを受け入れて、それで『婚約』という答えを出したのか。

 それが国境地帯の人たちと、魔王領のためになると思って。


「そういうことなら、俺が殿下の婚約者になっても構いません」


 俺は言った。


「殿下の身体を()やしたのは俺です。回復だけさせて、あとは知らないよ、ってのは、錬金術師としては駄目です。三流です。ちゃんと殿下が『フットバス』を使い続けられるように、環境にだって責任を持ちたいんです」


 というか、現在『フットバス』の強化版を絶賛開発中だ。

 お風呂に入れるだけで、湯船すべてが『フットバス』の効果を持つすぐれものだから、回復量も桁違いだ。ソフィア皇女の体調もすぐに安定するはず。


「それに、帝都に戻るまでに最長で3年あるんですよね。その間に殿下だって、他にやりたいことや行きたいところが見つかるかもしれません。そしたら婚約解消してもいいですし、殿下の『やりたいこと』を錬金術師としてサポートします」

「……トール、さま」

「どのみち、俺は帝国では死んだようなものです。名前なんか、好きに使ってくれても構わないんです」


 帝国に戻るつもりはまったくないからな。

 俺は魔王領に骨を埋める予定の、魔王陛下直属の錬金術師なんだから。


「あなたが魔王領にとっての『良き隣人』でいる間は、俺はあなたを助けます。それが魔王領を助けることになりますから」

「……ありがとう、ございます」

「まぁ、急ぐこともないんですけどね。そのうち、いいアイディアも浮かぶと思いますよ?」

「そ、そうですね」

「まずは、さっさと交易所を作りましょう。殿下はそこに視察の名目で来てください。いつでも『フットバス』を使えるようにしておきますから。あとは……殿下の方で、なにか希望はありますか?」

「あ、はい……あの」


 ソフィア皇女は、スカートの裾をつまんだ。


「その……私は洗濯(せんたく)は得意なのですが、洗濯物は乾くまでに時間がかかるものでして」

「はい?」

「下着が……1枚だけですと、毎日洗わなければいけませんので。できれば、追加をいただきたいのです」


 ……あ。

 そりゃそうだよな。


 ソフィア皇女には『光の魔織布(ましょくふ)』の下着を、一枚ずつしか渡してなかった。

 あれをメイドに洗わせるわけにはいかない。となると、ソフィア皇女が毎日自分で洗わなきゃいけないわけで……そりゃ大変だよな。


「夜、眠る前に干しているのです。だから、眠ってる間は、私──」

「言わなくていいです。それより……すいません、透明な下着なんて送っちゃって」


『光の魔織布』は、魔力を注ぐと透けるから、しょうがないんだけどな。

 服を渡すと、まわりの人間に魔織布のことがばれるかもしれないから、目に付かないように、下着にするしかなかったんだ。

 でも、今考えると、女性に透明な下着を送るのはどうかと──


「え? どうしてですか?」


 でも、ソフィア皇女は、きょとん、としてる。


「あの下着は、必要なものなのでしょう」

「いや、でも、透明な下着というのは……」

「最初は落ち着かなかったですけど、慣れると良いものでしたよ?」


 平然と言うソフィア皇女。照れたようすはまったくない。

 というか、俺の前で襟元(えりもと)を開いて──下着を確認しようとしてるんだけど。

 皇族はメイドとかに着替えを手伝ってもらうから、肌を見せるのに抵抗がないっていうけど……え? 皇女って、みんなこうなの?


「……追加の下着は、後で届けます」

「ありがとうございます。ふふっ」


 ソフィア皇女は笑った。

 よかった。また元気になったみたいだ。


 とにかく、婚約者の話については、ルキエたちとも話し合って決めよう。

 ソフィア皇女が魔王領の側にいる口実のためなら、別に婚約したって構わない。


 それでソフィアが皇女としての地位を失うようなら、本当に、魔王領に来てもらってもいい。一般人になったソフィア皇女が魔王領に来ても、誘拐騒ぎにはならないだろう。

 本人の覚悟はできてるようだし、ルキエたちも、ソフィアなら受け入れてくれると思う。

 俺のときと、同じように。


「……はふぅ」


『フットバス』を使い終わったソフィア皇女が、ため息をついた。

 それからふと、なにかを思い出したかのように、俺を見て、


「やっぱりトール・カナンさまは、すばらしい人ですね」

「……え?」

「前におっしゃっていたのでしょう? 『「フットバス」を使って、私が少しでも不快に思ったら、光の攻撃魔術をぶつけてください』って」


 そう言ってソフィア皇女は、胸を押さえた。


「フクロウさんからその話を聞いたとき、私……胸がきゅん、となってしまいました。こういう勇気のある方もいるのですね……と」

「それなんですけど、実は──」


『UVカットパラソル』のことを、ちゃんと話しておこう。

『光属性魔術』の使い手のソフィアなら、なにか意見をくれるかもしれない。

 そんなことを思ったとき──


「トール! 大変じゃ!!」


 不意に、外からルキエの声がした。


「魔物が来た! 見たこともないものじゃ。『魔獣ガルガロッサ』と同じ変種かもしれぬ。出てくるのじゃ!!」



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