第36話「『魔獣ガルガロッサ』討伐作戦(3)『魔王兵団 VS 巨大魔獣』」
──魔王ルキエ視点──
「おかしい。なんなのじゃ、この
魔王ルキエは目の前の光景に首をかしげていた。
『レーザーポインター』で
さらに、十数人分の攻撃魔術が一点に集中し、魔獣の
「トールが作った『レーザーポインター』とは、魔術の射程を伸ばすだけではなかったのか?」
「このケルヴには、全員の魔術が連続して、一点に向かって飛んでいったように見えましたが……」
「トール。説明をせよ。トール……?」
呼びかけてから、ルキエは彼がここにいないことを思い出す。
トールには、後方にさがってもらったのだ。
戦闘が近くなったため、ルキエの側にいるのは危険。そう考えての処置だった。
「陛下。トールどのはこの『レーザーポインター』について、どのように話しておられましたか?」
「光と闇の魔力が一直線に、敵に向かって飛んでいくと言うておった。その魔力の流れに乗ることで、魔術の射程が伸びるのじゃと」
「では、多数の者が一斉に魔術を放ったら……?」
「そうじゃな……魔力の流れに乗った魔術が列を作り、一点に向かって
「「……あ」」
気づいてしまった。
この『レーザーポインター』は、魔術の射程を伸ばすだけではない。
複数の者が放った攻撃魔術を赤い光の線──つまりは魔力の流れに乗せて、収束させてしまうのだ。
それは、十数人分の攻撃魔術を、一点に叩き付けるのと同じだ。
「十数人分の攻撃魔術を一点に喰らったら、いかなる魔獣でも
「トール! お主は……なんというものを作ったのじゃ……!」
訓練中は、ひとり1台で『レーザーポインター』を使っていたから、気づかなかった。
このアイテムを集団で使うと、全員の魔術が連続して、一点に命中するのだ。
しかもその射程距離は、通常の3倍から4倍。
しかも射線に入った
この『レーザーポインター』は攻撃支援アイテムなどではない。
魔術用に特化された『
「と、とにかく。今のうちに『魔獣ガルガロッサ』を攻撃せよ! 帝国の兵団の
「陛下……彼らは我々を出し抜こうと……」
「わかっておる。じゃが、見殺しにするわけにもいくまい」
魔王ルキエは自分に言い聞かせるようにうなずいた。
彼女も、帝国が勝手に『魔獣ガルガロッサ』と戦いはじめるとは思っていなかった。
おそらくは聖剣使いの皇女に
「助けなければ、話を聞くこともできぬからな」
「本当に帝国の兵団は、自分たちだけで『魔獣ガルガロッサ』を倒すつもりだったのでしょうか」
「おそらくはそうじゃろう。一部の兵が
「確かに、大兵力を展開するにはこの岩場に敵を引き込むしかありませんね」
宰相ケルヴはうなずいた。
「小蜘蛛を包囲して、ボスである『魔獣ガルガロッサ』を聖剣で攻撃する──最大火力を最大効率で使おうとした、ということでしょうか。『ガルガロッサ』に致命傷を与えることができるなら、有効な戦術ではありますね……」
「大兵力を利用しての
「計算違いは『魔獣ガルガロッサ』が思った以上に強かったことでしょう」
「無理もない。あの魔獣は魔王領の記録にもない。歴史書にも存在しない。突然現れた、規格外の魔獣じゃ。一体、どこから来たのじゃろうな……」
規格外の魔獣だから、魔王領では討伐に慎重を期した。
多くの兵を集めて、
「その危機感は、帝国にも伝えたはずじゃったが……もっとしつこく書状を出すべきであったか」
現在、ルキエたちは高台から戦場を見下ろしている。
眼下では、帝国軍が後退をはじめている。
盾持ちの兵士たちが壁になり、他の兵士が逃げるのを助けている。それは訓練された、あざやかな動きだったが、それでも小蜘蛛たちに押されている。
やはり、
「帝国に言ってやりたいことがあるが……それは後じゃな」
「同感です。文句を言うためにも、彼らには生き延びていただきましょう」
「こちらの作戦に変更はない。遠距離の魔術で敵を足止め。相手が動きを止めた時点で、ライゼンガ将軍の部隊と、ミノタウロスたちの部隊が突撃じゃ。よいな!」
ルキエは兵と将軍たちに向かって告げた。
「ははっ! このライゼンガの炎の力、陛下にお見せいたしましょう!!」
「ミノタウロス部隊……『健康増進ペンダント』を、装備済みです」
「エルフ部隊も魔力が尽きるまで魔術を放って見せましょうぞ!!」
ライゼンガ将軍、ミノタウロスの隊長、エルフの隊長が声をあげる。
トールとメイベル、ふたりの護衛に回ったアグニスの返事がないのが残念だが、やむを得ない。
ルキエは指示を出す。
手元にある3個の『レーザーポインター』のうち、1個は『魔獣ガルガロッサ』に向ける。
目的は魔術による足止めだ。
2個目はエルフの隊長が持ち、動き回る小蜘蛛に照準を合わせる。
最後の1個は
「余の『闇の魔術』は威力が強い。ひとりでも、小蜘蛛くらいは倒せよう」
「わかりました。おそれながら、このケルヴが『レーザーポインター』をお持ちします」
「将軍とミノタウロス部隊は突撃準備をせよ。小蜘蛛をある程度倒したら『魔獣ガルガロッサ』本体に攻撃じゃ。よいな」
「「了解いたしました!!」」
「エルフ部隊は攻撃開始じゃ。魔術を放て!」
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
エルフ部隊が一斉に攻撃魔術を発射する。
狙いは『魔獣ガルガロッサ』の体表にある、赤い光の点だ。
遠距離だ。なかなか当てるのは難しい。
遠すぎて光が見えない者もいる。
わずかに狙いが逸れた者もいる。
それでも『レーザーポインター』は、
目標に向かって伸びる魔力の流れは、大量の魔術を強引に巻き込んでいく。
狙いが逸れたものも、タイミングが遅れたものもまとめて、むりやり軌道を直していく。
さらにその魔力の流れが魔術の飛距離を伸ばして──
ズドドドオオオオオオオオオン!!
『ギィアアアアアアアアアアアアアア!』
「おそるべきはトールどのですな……」
「……うむ。この『レーザーポインター』は、
「ですが、解せませぬ」
宰相ケルヴは首をかしげた。
「帝国にも
「予想はつく」
「と、おっしゃいますと」
「今回の戦で、帝国はわれらを出し抜いた。我ら魔族や亜人と話し合い、作戦を決めることを拒否したのじゃ。そんな頭の固い連中が、こんな『びっくりマジックアイテム』を、使いこなせると思うか?」
「……あ」
「余は、
もしもトールに力を使うことを許さず、その才能を活かせずにいたら……たぶん、あの『簡易倉庫』でのお茶会もなかっただろう。
今のようにメイベルと話すこともできず、トールの友にもなれなかった。
そんな状況を想像して、ルキエは思わず寒気を感じた。
「さてと、余も働かねばならぬな。ケルヴよ。頼む」
「
宰相ケルヴが『レーザーポインター』を掲げる。
照準は、一番手前にいる小蜘蛛だ。
「帝国の皇女は聖剣の力を見せつけてくれた。ならば、魔王は闇の魔術を見せねばなるまい」
帝国側が魔王領に無断で戦い、聖剣を使ったのは、自分たちの強さを見せるためだろう。
両国は和平の約束をしているとはいえ、友好国ではない。
相手が攻めてこないように、力を
(じゃが、約束を守らずしてなにが皇女か!)
それに、ルキエ個人としても、気になることがある。
さっき、トールは聖剣の光を見て、目を輝かせていた。
聖剣を参考にルキエの魔剣を作るため──と言っていたけれど、彼が皇女の姿をじっと見ているのは……なんとなく、嫌だった。
だから、彼女も自分の力を見せておくべきだと思ったのだ。
「『魔王ルキエ・エヴァーガルドの名において、
ルキエは中空に向かって、手を挙げた。
彼女の身体から、闇の魔力があふれだす。
闇の魔力は『無』『空白』『なにもない空間』を意味する。
それを操る魔王ルキエの魔術は、敵の存在そのものを削り取る『
射程が短いという欠点があるが──『レーザーポインター』はそれを補ってくれるはずだ。
「『現れよ! 闇の火炎!』」
「受けよ! 我が
そして魔王ルキエは、漆黒の炎を解き放った。
黒い炎は『レーザーポインター』の流れに乗り、そのまま小蜘蛛の身体に着弾する。
『キギィィィアアアアアア!!』
人間サイズの蜘蛛が、絶叫した。
黒い炎に焼かれて、腕と胴体が消滅していく。
これが魔王があやつる『闇の魔術』の力だった。
『──ギィア……ァァ』
黒い炎に焼かれた小蜘蛛は、あっという間に身体を削り取られていく。
それを見た魔王ルキエは、隣にいるケルヴに指示を出す。
「奴はもうよかろう。『レーザーポインター』を、次の敵に向けるとしよう」
「は、はい。陛下」
「しっかり支えておれ。余が狙いを定めてみせよう」
ルキエは手を伸ばして、ケルヴが持つ『レーザーポインター』の光を、ひょい、と、次の小蜘蛛に向けた。
赤い光が、ひょい、と、次の小蜘蛛へと移動した。
つられて黒い炎も、ひょい、と、次の小蜘蛛へと移動した。
『ギィヤアアアアアアアア!!』
「「──え?」」
「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」
魔王ルキエが、ぽかん、と口を開けた。
火炎将軍ライゼンガをはじめとする魔王領の兵団が、歓声をあげた。
ちなみに宰相ケルヴは、目が点になっていた。
「な、なぜ。なぜ『
「わ、わかりません! トールどのが作られた『レーザーポインター』の力としか……」
「……え、えっと」
とにかく、そのうち黒い炎は消えるはず。
そう考えて魔王ルキエは、ふたたび魔術の詠唱をはじめる。
闇の魔力を集めて、準備を整えてから見ると……まだ最初の魔炎が燃えていた。
おまけに、
2匹目はとっくに焼き尽くされて、脚しか残っていない状態だ。
「ゆ、ゆくぞ。『
ルキエは2発目の『
黒い炎は当たり前のように3匹目の小蜘蛛に当たる。
消えかけの魔炎に次の魔炎が当たり、合体する。
結果。
『────ギィ』
小蜘蛛は黒い炎に焼かれて、脚も残さず消滅した。
ルキエには、なにが起きているのかわからなかった。
『レーザーポインター』の光を移動させるたびに、闇の炎も移動するのだ。
そんな現象は今まで、一度もなかったのだけれど──
「……もしや『レーザーポインター』に、闇の魔力を使っておるせいか?」
ルキエはふと、思い当たった。
「トールは言っていた。この『レーザーポインター』は、闇の魔力で光の魔力を、ぎゅ、っと押しつぶして、一緒に飛ばしておると。そして余の魔術は闇の魔術じゃ。つまり、『レーザーポインター』の魔力を通して、余と『
だから、魔炎はいつまでも消えない。
『レーザーポインター』を通して、ルキエが闇の魔力を供給し続けているからだ。
「針やフォークが、『
「ということは、この『レーザーポインター』は、陛下がお使いになるときは……」
「一度放った闇の魔術をは、自由に動かし放題ということになるな……」
そんなことを話しながら、ルキエは『レーザーポインター』の照準を動かしていく。
黒い炎も移動し、次々に小蜘蛛を消滅させていく。
(……あのな、トール)
(お主は余のために魔剣を作ると言っておったが……このアイテムがあれば……不要かもしれぬぞ……)
ルキエは呆然と、目の前の光景を見つめていた。
彼女が『レーザーポインター』を少し動かすだけで、光につられた魔炎が移動していく。
小蜘蛛が必死に逃げようと、ルキエが『レーザーポインター』をわずかに動かす方が早い。
さらにエルフ魔術部隊の攻撃も合わさり、小蜘蛛はどんどん数を減らしていく。
「……我らは、どうすればよいのですかな。陛下」
「……突撃の準備を……しているのですけれど」
ライゼンガ将軍とミノタウロス部隊は、武器を手にしたまま止まっている。
突撃しようにも敵はどんどんいなくなっている。
残るは『魔獣ガルガロッサ』本体だけ。
それも残り2個の『レーザーポインター』によって、魔術の集中攻撃を受けている状態だ。
『──ヒ、ヒギィィィィ!!』
そしてついに『魔獣ガルガロッサ』は逃げ出した。
奴は、賢い魔獣だったのかもしれない。
腹の下に伏兵を隠すほどだ。それなりの知恵はあるのだろう。
だから、自分が絶体絶命のピンチにあることも、理解してしまったのだ。
人間の兵団を追い詰めたと思ったら、はるか遠距離から攻撃されて大ダメージ。
配下の小蜘蛛を差し向けたら、数分足らずで全滅。
『魔獣ガルガロッサ』がパニックになるのも無理はなかった。
『──ヒギィ! ギィギィィィィ!!』
「いかん! 『魔獣ガルガロッサ』を逃がすな! 皆の者、突撃じゃ!!」
魔王ルキエは部隊を前進させる。
「ライゼンガの部隊とミノタウロスの部隊は左右から攻めるのじゃ。奴を先の岩壁へと追い詰めよ! 残りの者は魔術で攻撃じゃ!」
ルキエは『レーザーポインター』の照準を、『魔獣ガルガロッサ』に合わせた。
まだ残ってた魔炎が移動した。
『ギィアアアアアアアアアアアアアア…………』
黒い炎が『魔獣ガルガロッサ』の脚を焼いた。
魔獣は残った脚を動かして、必死に逃げようとする。
ルキエは『レーザーポインター』の照準を移動させる。
黒い炎も移動する。
逃げ惑う『魔獣ガルガロッサ』を追いかける。
『……ガァアア! アアァ…………』
やがて──岩壁に追い詰められた『魔獣ガルガロッサ』は、あがくのをやめた。
巨大な身体を地面に横たえ、自ら炎に焼かれていく。
魔獣の目は最後に、魔王領の兵団を見つめていた。
まるで
やがてそれが、ぱったりと落ちて──
『魔獣ガルガロッサ』は、息絶えたのだった。
「「「うおおおおおおおおおおっ!!」」」
しばらくして、魔王領の兵団から歓声が上がった。
「す、すごいです。魔王陛下!!」
「『魔獣ガルガロッサ』とその配下を、わずか数発の魔術で全滅させるなんて!!」
「陛下は、初代魔王陛下を超えるほどのお力をお持ちだったんですね……」
エルフもドワーフも、声をそろえて魔王ルキエをたたえている。
対照的にライゼンガ将軍とミノタウロスたちは、呆然としていた。
それはそうだ。敵に向かって突撃しようとした直後、その敵がいなくなってしまったのだ。
「……アグニスに、武勇を自慢したかったのですが」
「……平和に解決したのなら、それでよいのでしょうが」
「……すまぬ。余も、このような結果になるとは思わなかった」
魔王ルキエは、ぼんやりとつぶやいた。
ふと見れば、帝国の兵団は陣形を整えたまま、動きを止めている。
皇女も兵士も、息絶えた『魔獣ガルガロッサ』をにらんでいる。
さすが巨大なる軍事国家。あの対応の早さは見習うべきかもしれない。
しかし、彼らの
それに彼らがどうしてこのような行動を取ったのかも知りたい。
でも、その前にするべきことがあった。
「『魔獣ガルガロッサ』は
魔王ルキエは、勝ちどきを上げた。
「「「おおおおおおっ!!」」」
魔王領の兵士たちも声をあげた。
それから、ルキエは帝国の兵団の方に向き直り、
「これは魔王領とドルガリア帝国の、はじめての共同作戦であった! 色々と言いたいことはあるが、リアナ皇女の武勇と、聖剣の光については見せていただいた!」
「…………」
ルキエの視界の先で、リアナ皇女の表情がゆがんだ。
別にルキエは、皮肉を言ったつもりはないのだけど。
「今回の作戦と、帝国側の戦術について話がしたいのじゃが……それは可能じゃろうか!? 皇女リアナどの!」
続けて、ルキエは皇女リアナに向かって声をあげた。
ルキエだって、帝国側が勝手に動いたことはわかっている。
トールを人質として送り込んできたことからも、帝国が魔王領をどう見ているかも知っている。
共同作戦を持ちかけられたときには、少しは話が通じるかと期待したけれど──それは見事に裏切られた。
それでも、帝国の者とは、話ぐらいはしておかなければいけない。
それはルキエが求める、平和な世の中のためでもある。
魔王領の者たちが自分の能力を活かして、おだやかに暮らしていける国を維持していきたい。それが彼女の望みなのだ。
そのためには、帝国と魔王領が共同作戦を行ったという事実は使える。
話が広まれば、皇帝や貴族はともかく、帝国の一般人となら、魔王領の者たち普通に付き合えるようになるかもしれない。
(トールがおるのじゃ。同じように魔族や亜人と仲良くしたがる人間も、少しはおるじゃろうよ)
魔王ルキエは、帝国の兵団を見下ろしながら、じっと答えを待っていた。
戦闘の意思がないことを示すため、すでに『レーザーポインター』は片付けてある。
代わりに宰相ケルヴとライゼンガ将軍が、彼女の左右を守っていた。
帝国側は少し話し合っていたようだが──
「……お話を……いたしましょう」
やがて、リアナ皇女と
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