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第33話「新素材のプレゼンテーションをする」

 数日後。

 俺は新素材のプレゼンテーションをするため、玉座の間に来ていた。


 この前『創造錬金術(オーバー・アルケミー)』でアイテムを作ったとき、新しい素材を錬成(れんせい)できた。

 それが意外と使えそうだったので、今回、魔王城の人たちに見てもらうことになったんだ。


「よくぞ参った。トール・リーガスよ。皆、そなたの来るのを待っておった」


 正面には、仮面の魔王ルキエ・エヴァーガルドが座っている。

 側で控えているのは、宰相のケルヴさんだ。


 俺は赤い絨毯(じゅうたん)の上に膝をつき、発言の許可が出るのを待っている。

 斜め後ろにはメイベルがいる。彼女には助手として一緒に来てもらった。


 俺とメイベルの左右には、数名の文官と武官が立っている。

 エルフやミノタウロス、ドワーフもいる。

 みんな、興味深そうに俺を見てる。正確には、俺がここに持って来た荷物を。


「他の者も、集まってくれたことに感謝する」


 仮面をかぶったルキエは、皆を見回して言った。


錬金術師(れんきんじゅつし)トールが、皆に見てもらいたいものがあるというのでな。それが仕事の助けになればと思い。集まってもらったのじゃ。では、トール・カナ──いや、トール・リーガスよ、説明を始めるがよい」

「ありがとうございます。陛下」


 俺は魔王ルキエに頭を下げた。


魔獣討伐(まじゅうとうばつ)に向かう前の貴重なお時間をいただいたこと、感謝しています。陛下、宰相閣下、お集まりの皆さま」

「うむ。今回はなにを見せてくれるのか、楽しみにしておる」


 仮面を被ったルキエが、俺の方に顔を向けた。


「お主の作った『レーザーポインター』は、すでに今回の魔獣討伐で使うことが決定しておるが、その他にも新しいアイテムを作ったのか?」

「いえ、今回お持ちしたのは『新素材』です」

「新素材、とな?」

「そうです。『抱きま──』いえ、先日アイテムを作る過程で、新しい素材ができあがったのです」

「なに? あの『抱きま──』いや、アイテム製作の過程で、新素材ができた、と?」

「はい。今日は、それが実用に足るものかどうか、皆さまに見ていただきたいと思いまして」


 俺は周囲を見回した。

 宰相(さいしょう)ケルヴさんは、真面目な顔でうなずいている。

 忙しい中、宰相さんはプレゼンの許可をくれた。いい人だ。

 他の文官・武官たちも、興味深そうにこっちを見てる。


 俺はメイベルに合図する。

 彼女は俺と一緒に立ち上がり、手にしていた包みを、玉座の前に置かれた台に載せた。

 それから、一礼して後ろに下がり、また、膝をつく。


 公式の場で魔王にアイテムを見てもらうときは、こういう手順になっているらしい。

 さすがにこの場で『超小型簡易倉庫』からアイテムを出すわけにはいかないからね。


「台の上にあるのは……布か? 4枚もあるのか」

「……4枚もあるのですか?」


 ルキエの声に続いて、宰相ケルヴのあきれたような声。

 そういえば素材の数を伝えてなかったね。


 この4枚の布が『抱きまくら』を作る過程で開発した新素材なんだ。


「これは魔石を溶け込ませた布で、名付けて『魔織布(ましょくふ)』と申します」

「魔石を溶け込ませた布……じゃと」


 ルキエがはっとした顔になる。

 気づいたみたいだ。

 これは『抱きまくら』を作るときに錬成(れんせい)した布と同じ種類のものだってことに。


「『魔織布』ですか。聞いたことのない名前ですね」


 宰相さんは、不思議そうな顔をしてる。

 文官さんや武官さんも、『魔織布』を興味深そうに見てる。


 この『魔織布』は『素材錬成(そざいれんせい)』で魔石と合成して、属性を付加したものだ。

 簡易版だから『抱きまくら』のように変形したりはしない。

 ただ、魔力に反応して、ちょっとした効果が出るようになってる。


「陛下の御前(ごぜん)にあるのは、4枚の『魔織布(ましょくふ)』です。それぞれ『地・水・火・風』の属性を加えてあります。わかりやすいように、茶・青・赤・緑の染料で(しるし)をつけてあります。ご確認ください」


 俺は言った。

 陛下と宰相ケルヴがうなずく。

 俺は続ける。


「『地・水・火・風』それぞれの『魔織布』は、わずかな魔力に反応して、効果を発揮するようになっています。主な効果は次の通りです」



──────────────────



魔織布(ましょくふ)』 (新素材)

 魔石と合成することで完成した布。

 生物が常に発している魔力に反応して、効果を現す。




・魔織布 (地属性)

『地属性』の効果で強度アップ。

 どんなに引っ張ってもちぎれない。

 耐火効果もあり、たき火にかぶせると消火もできる。



・魔織布 (水属性)

『水属性』の効果で柔軟性(じゅうなんせい)アップ。自由にかたちを変える。

 身体に沿って形を変えるため、動きをまったくさまたげない。

 服を作るのに適している。水着にもぴったり。



・魔織布 (火属性)

『火属性』の効果で、保温効果アップ。

 どんなに寒い場所でも体温が逃げずに、温かく過ごせる。

 カーテンに使えば、寒い冬でも快適。



・魔織布 (風属性)

『風属性』の効果で、通気性アップ。

 暑い場所でも涼しくすごせる。汗もすぐに蒸発する。

 洗濯して生乾きのものでも、着ているうちに乾いてしまう。



──────────────────



「──以上です」


 4枚とも、効果は確認してある。

 魔石を溶け込ませて属性を付加しただけだけど、意外と使えそうだ。


 錬金術師(れんきんじゅつし)の仕事は、アイテムを作るだけじゃない。

 こうやって新素材をみつけて、使ってもらうのも仕事のうちだ。

 気に入ってくれるといいんだけど……さぁ、どうかな。


 ──俺はしばらく視線を落としたまま、反応を待った。


 玉座の間には、しばらく、沈黙が落ちた。

 最初にルキエがそれぞれの布に触れて、それから、宰相ケルヴに渡す。

 さらに布は文官、武官たちの手に渡っていく。

 そうして、全員の手に渡った後で──



「「「「おおおおおおおおおおおっ!?」」」」



 玉座の間に、歓声が満ちた。


「な、なんと……われらミノタウロスの力で引っ張っても……ちぎれない。この『地属性』の布は、なんと丈夫なのですか……これなら、矢も通らないのでは……」

「ご覧なさい、この『水属性』の布のなめらかさを。われらエルフの柔肌(やわはだ)にはぴったりだ。川に済む人魚たちも、泳ぐのに邪魔にならない布を求めていた。これならば満足するだろう!」

「保温性の『火属性』と通気性の『風属性』……なるほど。『風属性』は、暑い中で料理するのによさそうです。『火属性』の保温効果があれば、冬の作業も快適ですな。これで服を作りましょう! 我らドワーフも、腕のふるいがいがある。ありがとうございます。トールどの!!」


 みんな『魔織布(ましょくふ)』に触れながら、うれしそうな声をあげてる。

 よかった。

 気に入ってくれたみたいだ。


 やっぱり、いいな。自分が作った素材をよろこんでもらうのって。

 自分が作った素材が普及して、人の暮らしが変わっていく。

 これが錬金術の醍醐味(だいごみ)なんだ。


「皆の者。静まるがいい」


 不意に、ルキエの声が響いた。

 騒いでいた文官、武官たちが、ぴたりと動きを止める。

 みんな宰相さんに布を渡して、それぞれの位置へと戻っていく。


「トール・リーガスの作りし『魔織布(ましょくふ)』は、確かにすばらしいものじゃ。じゃが、一気に皆が使い始めるというのも無理がある。新しいものを、すべての者が受け入れるのは難しいからな」


 仮面を着けたまま、ルキエが言った。


「まずは少数の者が使ってみて、使い心地を確かめるのがよいと思うのじゃが。どうか」

「同感でございます。陛下」


 ルキエの言葉を、宰相ケルヴが引き継いだ。


「まずは試用の機会を設けるべきかと思います」

「とのことじゃ。錬金術師トールよ。なにか意見はあるか?」

「でしたら、魔獣討伐の際に使っていただけないでしょうか」


 俺は膝をついたまま、言った。


「近いうちに鉱山地帯で、魔獣討伐が行われると聞いています。そこは近くに火山もある、暑い場所だとか。風の『魔織布(ましょくふ)』で服や下着を仕立てていただければ、兵の皆さんも、多少は涼しく過ごすことができるかと思います」

「……なるほど」

「良案だと考えます」


 ルキエと宰相ケルヴがうなずく。

 横を見ると、武官のミノタウロスさんが目を輝かせて、首を縦に振ってる。

 現場の人も同感みたいだ。


「よかろう。ならば、こちらで素材となる布を用意する。出発までに風の『魔織布(ましょくふ)』を用意せよ。できるか──いや、できそうじゃな。うれしそうな顔をしているものな。あんまり無理はするなよ……ちゃんと休むのじゃよ?」

陛下(へいか)陛下」


 宰相ケルヴが慌ててたしなめる。

 ルキエ、地が出ちゃってるからね。


「そ、それと……これは個人的な興味で聞くのじゃが」


 ごまかすようにルキエは咳払(せきばら)いして、


「『地・水・火・風』の『魔織布(ましょくふ)』があるのはわかった。じゃが、基本属性の『光』『闇』の『魔織布』はないのか?」

「陛下。トールどのといえども、そこまでは……」

「そうじゃな。『地・水・火・風』の4属性を備えた布を作っただけですごいのじゃ。まさかそれ以上のものを……ん?」


 気づいたようだ。

 俺とメイベルが、今日はマントを着けていることに。


 もちろん『光』と『闇』の『魔織布』も作ってある。

 念のため、マントの形にして着けてきてるんだけど──


 ただ……これは、あんまりすごい効果じゃないんだよな。

 だから、聞かれなかったら、そのまま黙っていようと思ってたんだ。


 でも、しょうがないよなー。魔王陛下、気づいちゃったんだもんなー。

 直属の錬金術師として、作ったものを秘密にしておくわけにはいかないよなー。

 魔王陛下の錬金術師として、そんな失礼なことはできないよなー。

 しょうがないなー。不本意だけど、公開しよう。


「メイベル。お願い」

「はい。トールさま」


 メイベルがマントを外して、手に捧げ持つ。


「陛下。こちらが『闇属性(やみぞくせい)』の『魔織布(ましょくふ)』です」


 彼女の肌の色にそっくりな、真っ白なマント。

 それが一瞬で、黒に染まっていく。


「おお! これは……」

「これが、闇属性の『魔織布』ですか……」

「これは魔力に反応して、『光を吸収する効果』を発揮する『魔織布』です」


 俺はルキエと宰相さんに説明した。


 闇属性の『魔織布』は、文字通りに闇色に染まる布だ。

 魔力を注ぐと、光を吸収するようになる。

 だから、真っ黒に見えるんだ。

 さすがに吸収率100パーセントまでとはいかないから、微妙に布地が見えるんだけどね。


「完全に光を吸収するようになれば、この布で闇に姿を隠すことができるんですけど……残念ながら、今はこれが精一杯です」


 俺は言った。


「現在のところ、使い道は暗幕(あんまく)……つまり光を(さえ)るカーテンくらいですね。これを窓辺につるしておけば、真っ昼間でも部屋が暗くなるので、のんびり昼寝ができると思います」

「昼寝用か……」

「あるいは、夜行性の種族の方には、ちょうどいいかと」

「なるほど。では『光属性』の布は、どうなるのじゃ……?」

「これは失敗作でした……」


 俺は自分のマントを外した。

 魔力を込めると──


「「「「透明になった!?」」」」

「そうなんです。光をほとんど通すようになっちゃうんです」


 俺は光属性の『魔織布(ましょくふ)』を、ルキエに向かって差し出した。

 光の『魔織布』は、半ば透明になってる。

 こっちも、完全に光を通すわけじゃない。せいぜい80パーセントくらいだ。

 手元に布があるのはちゃんとわかる。わかるんだけど……。


「ただ、使い道はないですね……」


 俺が言うと、ルキエは光の『魔織布』を見ながら、首を横に振り、


「いや、透明になれるのであろう? ならば、使い道はあるのでは……?」

「透明になるのは布だけなんです、陛下。中の人はそのままです」

「では、これで服を作ったら?」

「着てないのと変わらない状態になりますね。それはまずいので、別の『魔織布』も作ってみました」

「他にもあるのか!?」

「はい。これは趣味(しゅみ)で作ったものなので、皆さまにお見せするのは恥ずかしいのですが……」


 俺は光の『魔織布』の下につけていた、もう一枚の布を取り外した。


「これは布に『光』と『闇』の両方の属性を付加したものです」


 手の中にあるのは、真っ白な『魔織布』だ。

 失敗作だからね。あまり、人に見せたくはないんだけど……。


「光と闇の両属性とはめずらしいですな、トールどの」


 宰相さんは興味深そうに、『光・闇』の『魔織布』を見てる。

 さっきからの様子を見ていると、宰相さんは、意外とこういうマジックアイテムが好きみたいだ。『魔織布』も、何度も手にとって確認してくれてるし。

 額に汗がにじんでるのが、妙に気になるけど。


「この『両属性(りょうぞくせい)魔織布(ましょくふ)』には、どんな効果があるのですかな?」

「なんだかよくわからない確率で、真っ黒か透明になります」


 俺は布に魔力を注いだ。

 光・闇の『魔織布』が透明になった。


 布を空中に投げ上げて、魔力をカット。

 落ちてくるのを受け止めると、今度は真っ黒になった。

 透明、真っ黒、真っ黒、真っ黒、透明透明黒透明黒黒透明。


 光・闇の『魔織布』は、魔力に触れるたびに変わっていく。

 その変化は完全に不規則(ランダム)だ。

 作ったとき、メイベルと一緒に計測してみたけど、法則性は一切なかった。


「と、いうわけです」


 俺は落ちてきた光・闇の『魔織布』を受け止めた。


「残念ながら、ふたつの属性を加えたものは能力が安定しないのです。また、属性ひとつを付加したものに加えて、作るのに時間がかかります。今のところ、実用性は低いかと思います」

「そうですね……面白い素材ではありますが」


 目を丸くしているルキエの代わりに、宰相さんが言った。


「私などでは使い道は思いつきません。トールどのは、なにかありますか?」

「そうですね。これで作った服を『魔力で黒くなる貴重な服』だと(いつわ)って、嫌いな人に送りつけるくらいですね」

「妙なトラップを考えないでください」


 怒られた。


 その時俺が向いていたのは、帝国のある南の方角だったけど。

 父親の──バルガ・リーガスの名を(かた)って、光・闇属性『魔織布の服』を帝国の大臣にでも送りつけてやろうかと思ったんだけどなー。

 さすがに無理か。


「そ、そうじゃな。光と闇の『魔織布(ましょくふ)』には、今のところ使い道がなさそうじゃな」


 玉座の上で、ルキエがつぶやいた。


「じゃが、地・水・火・風の4属性のものには、有用な効果があるようじゃ。やはり、お主は魔王領にすばらしいものをもたらしてくれるのじゃな。本当に、この魔王領も……余も、良い方に変わっていくような気がしておる……」


 ルキエが言うと、まわりのミノタウロスさん、エルフさん、ドワーフさんたちから同意の声があがる。

 みんな喜んでくれたみたいだ。

 ……プレゼンテーションは成功だ。よかった。


「では、トール・リーガスよ、お主の希望を叶えよう。風の『魔織布』で服を作り、それを魔獣討伐に使用することとする」

「ありがとうございます。陛下」

報酬(ほうしゅう)はのちほど、宰相ケルヴの方から届けさせよう。それと……各部隊で『魔織布』の下着と服を使用した者は、のちほどトール・リーガスにレポートを提出するように」


 そう言って、ルキエは少し考えたあと、


「それと、トールには『魔織布(ましょくふ)』を作ったあとで休暇(きゅうか)を与える。お主は、ここに来てから続けざまに色々作っておるからな。息抜きに、ライゼンガの領地へ遊びに行くがよい。あそこは温泉もある。のんびりできるじゃろう」

「私も同感です。トールどの」


 宰相ケルヴが続ける。


「将軍の領地に、あなたの工房を作ることになっていますからね。場所の下見に行かれるとよいでしょう。我々が魔物の討伐に向かう際に同行されるのをおすすめします。そうすれば宿や荷物の心配もないですからね。マジックアイテムのことは忘れて、のんびりと旅をしてください……」

「わかりました」


 俺はルキエと宰相さんに向かって一礼。


「陛下と宰相閣下のご厚意に感謝いたします。また、これらの素材が、皆さまのお役に立てば幸いです」


 こうして『魔織布(ましょくふ)』のプレゼンテーションは、無事に終了した。

 魔王領では風の『魔織布(ましょくふ)』を、魔獣討伐に使ってくれることになり──


 俺はしばらくの間、素材の錬成(れんせい)を続けることになったのだった。


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