<< 前へ次へ >>  更新
11/107

第11話「倉庫と収納空間を完成させる(アイテム管理機能つき)」

 ──魔王ルキエ視点──





 魔王ルキエは、トールが作業を始めるのを、呆然とながめていた。

 確かに、簡易倉庫の作成は許可した。

 けれど、いきなりこの場で作り始めるとは思わなかったのだ。


「……本気で今すぐ作るつもりなのか!? トール・リーガスよ」

「魔王さま、しーっ、です」

「メイベル?」

「こうなってしまったらトールさまは止まりません。それに、この方は悪いものを作られたりはしませんよ」

「ずいぶんと信頼しているのだな、メイベル」

「それはもう」


 メイベルは微笑んだ。


「トールさまはわたくしが冷え性なのに気づいて、突然『温水水流桶(フットバス)』なんてものを作ってしまうお方ですから」

「そんな理由じゃったのか!?」

「はい。そうなんです」

「体内魔力の循環改善(じゅんかんかいぜん)のためではなかったのか……」


 魔王ルキエは、思わず耳をうたがってしまった。

 トール・リーガスが作った『温水水流桶(フットバス)』は、レア中のレアアイテムだ。

 体内の魔力循環を改善させる──そんなアイテムは、下手をすれば屋敷ひとつ分の価値と等しい。

 それを作った理由が「メイベルの冷え性が気になったから」──だなんて。


「あの錬金術師(れんきんじゅつし)は、一体なにを考えているのじゃ」

「トールさまは、お優しい方なんです」


 メイベルは目を閉じて、ないしょ話をするかのように、つぶやいた。


「なので、私はトールさまを信じております。帝国から来たこの方は、私たちにとって良き使者であると」

「う、うむ。メイベルの言う通りじゃろう」


 魔王ルキエはうなずいた。


「それに、トール・リーガスはアイテム作りにしか興味がないようじゃ。作業を始めてからは、余やメイベルの声も聞こえておらぬ。すごい集中力じゃ。」

「そうですね。トールさまのマジックアイテムにかける情熱はすごいです」

「まったくじゃ。子どものように夢中になっておる」

「はい。アイテム製作に集中しているトールさまって、凜々(りり)しくてかっこいいですね」

「そういう話ではないんじゃよ? メイベル?」


 魔王ルキエとメイベルが見守る中、トールの作業は続いていた。

 そして──







 ──トール視点──





 俺は『通販カタログ』に()っていた『簡易倉庫』の図を思い浮かべる。

 正面図と側面図、空からの図。斜めから見た図。

 それを組み合わせて、頭の中で立体にしていく。


 ただし、本に書かれている寸法よりも、サイズは小さめに。

 手持ちの素材で作れるように。

 そして、できるだけ、シンプルに──


「正面図──作成(イメージング)。側面図──作成。三面図──作成。立体図を展開」


 宣言すると、空中に半透明の『簡易倉庫』が浮かび上がった。

 情報は写真だけ。それで勇者世界の『簡易倉庫』を、どこまで正確にコピーできるか……。


 俺は写真を思い浮かべながら、実際の倉庫をイメージしていく。


 壁の手触り。堅さ。色。

 重さ。温度。色。

 よし、イメージが固まってきた。次は大きさだ。


形状把握(けいじょうはあく)──完了。大きさを設定」


 本に載っているのは縦横数メートルの倉庫だ。

 けど、そんなに大きなものは必要ない。

 部屋に置くと邪魔だし、素材も多く必要になる。

 どうせ中に収納空間を作るんだ。外側の大きさは、あんまり意味がないからな。


「サイズを規定。高さ、幅、奥行き……すべて1.2メートルで」


 空中に浮かんでいる『簡易倉庫』のイメージ図が変わる。

 目の前にあるのは、人がかがんで入れるくらいの小さな倉庫だ。


「素材を決定──作成開始」


 俺は空中に浮かべた『簡易倉庫』のイメージ図を、素材のところまで移動させる。

 準備しておいた金属の(かたまり)と、半透明のイメージ図が重なる。


金属塊(きんぞくかい)を素材に簡易倉庫を生成。内部に闇の魔力を注入して、収納空間を作成。『地』の魔力で素材を安定化。壁面、床面、屋根を強化」


 金属の塊が、イメージ図に合わせて、形を変えていく。

 それはゆっくりと、倉庫の姿になっていって──


「実行『創造錬金術(オーバー・アルケミー)』! 『簡易倉庫』を作成!」




 ごっとん。




 目の前に、金属製の『簡易倉庫』が出現した。


「……できた」




──────────────────



『簡易倉庫 (異世界風)』(属性:地・風・闇闇闇) (レア度:★★★★★☆)


 強力な闇の魔力により、内部に別空間を作り出す。

 風の魔力によって、別空間内に空気を生み出す。

 地の魔力によって、別空間を固定し、封じ込める。



『簡易倉庫』は、内部にアイテム収納のための別空間を宿した倉庫である。

 収納した食物・水などを、劣化させずに保管しておける。

 重要なアイテムなどは、自動的に収納・分類してくれる。


 魔王領に置いておけば自動的に闇の魔力を吸収するため、魔石は不要。

 物理破壊耐性:★★★★★ (高レベル魔法でないと破壊できない。ただし、高レベル魔法であっても、内部空間に収納された場合は効果がない)。

 耐用年数:100年。



──────────────────



「これが、勇者の世界の簡易倉庫か」


 できあがったのは、幅1.2メートルの箱だった。

 正面には大きな扉がついていて、中に入れるようになっている。

 でも、完成はしたけど……まだまだ、勇者の世界のアイテムにはほど遠い。


『通販カタログ』に載っている倉庫には、雨水を流すための(みぞ)があるし、鍵をかけるための穴がある。

 けれど、俺が作ったものにはそれがない。

 そこまで細かい部分は、コピーできなかった。

 素材も足りないし、俺の技術も足りない。

 細部を削ってシンプルにするしかなかったんだ。


「やっぱりすごいな。勇者の世界のアイテムは」


 でも、やりがいはある。

 目指すは異世界のアイテムの完全コピー。

 帝国が土下座して欲しがるものを作ることなんだから。



「トール・リーガスよ。おぬしは……なんとすごい」

「すごいです。トールさま!」



「あ」


 忘れてた。

 部屋には魔王ルキエとメイベルがいたんだった。

 錬金術に夢中で、ふたりのことがすっぽりと頭から抜け落ちていた。


「許可をいただいたので、作業場として『簡易倉庫』を作らせていただきました。魔王陛下」


 俺は言った。


「異国から来た身である自分に、新たな部屋を作ることに許可をいただきましたこと、感謝いたします。ありがとうございました。魔王陛下」

「いや、普通の人間は部屋など作れぬじゃろ。それに……」


 魔王ルキエは、高さ1.2メートルの倉庫を見つめて、


「こんなに小さくては、工房になどできぬのではないか?」

「そこは考えてあります」

「というと?」

「魔王陛下は、異世界の勇者が『収納ボックス』や『アイテムボックス』というものを使っていたことはご存じですか」

「知っておる。容量無限の収納空間じゃろ?」

「これには、それと同じ能力を付加してあります。ぶっつけ本番で作ったので、うまくいったかどうかはわかりませんが」

「……冗談じゃろ?」


 魔王ルキエはひきつった顔で言った。


「帝国には、空間を操ることができる錬金術師が普通におるのか……」

「……同じことができる人がいるかどうかは、わからないですけど」


 たぶん、いないと思う。

 帝国は闇の魔力が弱いからな。

 俺だって、自分の魔力だけじゃ、これを作ることはできなかったんだ。


「帝国のことはともかく、まずは中を確認してもいいですか?」


 話はあとだ。

 収納空間がちゃんとできてるか確認しよう。

 せっかく作ったんだ。早いとこ中を見てみたい。


「陛下の御前で失礼かとは思いますが、いいでしょうか?」

「う、うむ。許す」

「ありがとうございます」

「私もご一緒していいですか? トールさま」


 メイベルが、前に出た。


「トールさまのお部屋の掃除は、私の役目ですから。この──えっと」

「『簡易倉庫』です」

「えっと、私がこの『簡易倉庫』の掃除をすることになると思いますので」

「いいですよ。どうぞ」


 倉庫の入り口のサイズは、1.2メートル。

 かがんで中に入ることになる。

 さすがに魔王にお尻を向けるわけにはいかないから、倉庫の向きを変えて、と。


 ドアは──よし。スムーズに開け閉めできるな。


「それじゃ、行ってきます」

「行ってまいりますね。魔王さま」


 俺とメイベルは魔王ルキエに一礼してから、『簡易倉庫』の中に入った。






 ──異世界風『簡易倉庫』の中では──





「むちゃくちゃ広いな!」

「あの小さな箱の中に、こんな空間が!?」


 隣ではメイベルが目を見開いてる。

 倉庫の中は、巨大な空間になっていた。

 広さは、公爵家の屋敷の敷地(しきち)くらいはあるだろう。

 俺もびっくりだ。まさか、ここまで広々としてるとは思わなかった。これならアイテムも入れ放題……というか、普通に住めるんじゃないか、ここ。


「すごいすごーい! 端までダッシュできますよ! トールさま!」


 メイベルがスカートをひるがえして、倉庫の中を走り回っている。

 くるくる回って、壁まで走って、はしゃぎながら戻ってくる。


「すごいです! こんなアイテム、魔王城の宝物庫にもないです!」

「勇者の世界のアイテムのコピーですからね。すごいのは、あっちの世界の人たちですよ」


 まったく桁外(けたはず)れだよな。あの世界は。

 まぁ、勇者の世界だからしょうがないんだけど。


「さきほどトールさまはおっしゃってましたね。ご自分の目的は、勇者を超えることだと」


 メイベルは不思議そうな顔で、俺を見ていた。


「でも、トールさまがいらっしゃったドルガリア帝国の(いしずえ)を作ったのは、異世界から来た勇者たちですよね?」

「まぁ、そうなんですけどね」

「トールさまがおっしゃるのは、帝国を超えること……つまり『帝国最高の錬金術師になりたい』ということですか?」

「……そんな感じです」


 するどいな、メイベル。

 彼女の言うとおり、帝国の(いしずえ)を作ったのは、異世界から召喚された勇者たちだ。

 だから、俺は勇者の世界を超えたいと思ったんだ。

 そうすれば、俺は自分を追放した帝国を超えたことになるから。

 だけど、それも結局は──


「ただの自己満足みたいなものですけどね」



「……おーい」



「勇者召喚が行われなくなってから、もう100年以上経ってます。もしもあのまま勇者がいて、この世界に技術をもたらし続けていたら、世界はどんなふうになってたか、俺は興味があるんです」

「勇者の技術があのままずっと、この世界に……ですか」

「はい。もしかしたらこの世界も、勇者の世界みたいに便利なところになっていたかもしれません」

「でも……勇者召喚が続いていたら、魔王領は滅ぼされていたかもしれませんね」

「そういう意味じゃなくて──」

「わかってます。トールさまは、お優しいですから」



「…………どうなっておるのだ。メイベル、大丈夫なのか……?」



「トールさまは私のアイテムを直してくださいました。私の冷え性を()やすためのアイテムまで作ってくださいました。トールさまがいい方なのは、わかります」

「……メイベルさん」

「トールさまへの感謝の気持ちを忘れることはありません。ペンダントも『温水水流桶(フットバス)』も、ちゃんと箱に入れてリボンをかけて、大事にしまってありますもの」

「いやいや、使ってください!」


 ペンダントはともかく、『温水水流桶(フットバス)』は実用品なんだから。

 使って感想を聞かせてもらって、ブラッシュアップしたいんだってば。


「さきほどは『恩返しをしたい』と申し上げたのですけど……本当は、ちょっと違うんです」


 不意に、メイベルが俺の手を握った。

 大きな目で、じっと、俺の顔を見つめて、


「私はトールさまがこの魔王領で快適に暮らせるように、お手伝いをさせていただきたいんです。トールさまの作るものは、人を幸せにするものような気がするんです。だから、錬金術師であるトールさまのお手伝いをさせてください」

「ありがとうございます。じゃあ、俺がなにを作るのか、メイベルさんが見届けてください」

「はい!」

「で、次に作るアイテムなんですけど」

「早すぎます! そんな急いで作る必要はありませんよ!?」

「いえ、こういうのは気分が乗ってるうちに作った方が──」




「どうなっておるのだ!! メイベル! トール! 返事をせよ!!」




「魔王陛下!?」

「す、すいません。ふたりとも、無事です!!」


 俺とメイベルはあわてて返事をした。

 魔王ルキエが呼んでるのに、気づかなかった。


 倉庫内は別空間だから、外の声が聞こえにくいんだよな。


「無事ならよい。さっきから倉庫を(たた)いても()すっても反応がないので、心配していたのだ」

「叩いたり揺すったりしたんですか?」

「まったく感じませんでしたね……」



「──倉庫の中は、余が入っても大丈夫なのかー?」



「魔王陛下も中に入られるのですか?」

「当たり前であろう? 客人が城内に別空間を作ったのだ。城の主として、安全かどうか確認せぬわけにはいくまい」

「でも、俺が作った倉庫に魔王陛下を招くのは失礼かと……」

「トールよ。お主は危険なものを作ったのか?」

「いえ、そのつもりはないです」

「ならば、余が入っても問題はあるまい?」


 魔王に引く気はないようだ。

 俺は倉庫の中を見回した。

 危険物はない。というより、物はなにも置いていない。

 魔王を招いても大丈夫かな。


「わかりました。どうぞ、魔王陛下」

「うむ」


 魔王が倉庫に入ってくる。

 中を見た魔王は、おどろいたように、


「なんと、あんな小さな倉庫の中に、これほどの空間を作り出すとは……すごいな。錬金術師トール・リーガスよ」

「おほめにあずかり光栄です。陛下」

「なるほど、中はぼんやりと明るいのだな。広さは……魔王領域の闘技場くらいはあるな。使い魔を戦わせることくらいはできそうだ」


 仮面をかぶった魔王は、興味深そうに周囲を見回している。

 その時──




『レア度SSの重要アイテムを感知しました。空間内に自動収納します』




 不意に、簡易倉庫の中で声がした。




『「認識阻害(にんしきそがい)のローブ (全属性防御)」を収納しました』

『「認識阻害(にんしきそがい)の仮面 (全属性強化)」を収納しました』



 俺の足元に、黒いローブと銀色の仮面が現れた。

 魔王ルキエが身につけていたものだった。


「…………な!?」


 目の前に、金髪の美少女がいた。

 身につけているのは、漆黒のワンピース。胸元には宝石とリボンがついている。

 彼女は大きな目を見開いて、じっとこっちを見ている。

 瞳の色は黒みがかった赤だ。見ていると吸い込まれそうな気がする。深い闇をたたえていて、それでいて美しい。まさにその姿は、神が作り出した芸術品のようだった。

 少女の身体は細い。背も、俺より低いだろう。

 それでも弱々しさは感じない。むしろ、あふれ出すような生命力さえ感じる。

 これが、魔王ルキエの正体。なんてきれいなんだろう……。


 俺は、思わず自分の力不足を理解する。

 なんてことだ。

 創造錬金術(オーバー・アルケミー)なんて力を持っていても、自然が作り出した美にはまったく敵わない。


 勇者世界のアイテムに、美の極致である魔王ルキエ。


「この世界にはまだまだ知らないことがいっぱいだ。もっと修業しないと……」


 俺がそんなことを考えていると──




「な、なにが起こったのじゃ──────っ!?」




 倉庫内に、魔王ルキエの絶叫が響き渡ったのだった。


第12話は、明日の午後6時ごろに更新する予定です。


このお話を気に入った方、「続きが読みたい」と思った方は、ブックマークや、広告の下にある評価をよろしくお願いします。更新のはげみになります!

<< 前へ次へ >>目次  更新