第11話「倉庫と収納空間を完成させる(アイテム管理機能つき)」
──魔王ルキエ視点──
魔王ルキエは、トールが作業を始めるのを、呆然とながめていた。
確かに、簡易倉庫の作成は許可した。
けれど、いきなりこの場で作り始めるとは思わなかったのだ。
「……本気で今すぐ作るつもりなのか!? トール・リーガスよ」
「魔王さま、しーっ、です」
「メイベル?」
「こうなってしまったらトールさまは止まりません。それに、この方は悪いものを作られたりはしませんよ」
「ずいぶんと信頼しているのだな、メイベル」
「それはもう」
メイベルは微笑んだ。
「トールさまはわたくしが冷え性なのに気づいて、突然『
「そんな理由じゃったのか!?」
「はい。そうなんです」
「体内魔力の
魔王ルキエは、思わず耳をうたがってしまった。
トール・リーガスが作った『
体内の魔力循環を改善させる──そんなアイテムは、下手をすれば屋敷ひとつ分の価値と等しい。
それを作った理由が「メイベルの冷え性が気になったから」──だなんて。
「あの
「トールさまは、お優しい方なんです」
メイベルは目を閉じて、ないしょ話をするかのように、つぶやいた。
「なので、私はトールさまを信じております。帝国から来たこの方は、私たちにとって良き使者であると」
「う、うむ。メイベルの言う通りじゃろう」
魔王ルキエはうなずいた。
「それに、トール・リーガスはアイテム作りにしか興味がないようじゃ。作業を始めてからは、余やメイベルの声も聞こえておらぬ。すごい集中力じゃ。」
「そうですね。トールさまのマジックアイテムにかける情熱はすごいです」
「まったくじゃ。子どものように夢中になっておる」
「はい。アイテム製作に集中しているトールさまって、
「そういう話ではないんじゃよ? メイベル?」
魔王ルキエとメイベルが見守る中、トールの作業は続いていた。
そして──
──トール視点──
俺は『通販カタログ』に
正面図と側面図、空からの図。斜めから見た図。
それを組み合わせて、頭の中で立体にしていく。
ただし、本に書かれている寸法よりも、サイズは小さめに。
手持ちの素材で作れるように。
そして、できるだけ、シンプルに──
「正面図──
宣言すると、空中に半透明の『簡易倉庫』が浮かび上がった。
情報は写真だけ。それで勇者世界の『簡易倉庫』を、どこまで正確にコピーできるか……。
俺は写真を思い浮かべながら、実際の倉庫をイメージしていく。
壁の手触り。堅さ。色。
重さ。温度。色。
よし、イメージが固まってきた。次は大きさだ。
「
本に載っているのは縦横数メートルの倉庫だ。
けど、そんなに大きなものは必要ない。
部屋に置くと邪魔だし、素材も多く必要になる。
どうせ中に収納空間を作るんだ。外側の大きさは、あんまり意味がないからな。
「サイズを規定。高さ、幅、奥行き……すべて1.2メートルで」
空中に浮かんでいる『簡易倉庫』のイメージ図が変わる。
目の前にあるのは、人がかがんで入れるくらいの小さな倉庫だ。
「素材を決定──作成開始」
俺は空中に浮かべた『簡易倉庫』のイメージ図を、素材のところまで移動させる。
準備しておいた金属の
「
金属の塊が、イメージ図に合わせて、形を変えていく。
それはゆっくりと、倉庫の姿になっていって──
「実行『
ごっとん。
目の前に、金属製の『簡易倉庫』が出現した。
「……できた」
──────────────────
『簡易倉庫 (異世界風)』(属性:地・風・闇闇闇) (レア度:★★★★★☆)
強力な闇の魔力により、内部に別空間を作り出す。
風の魔力によって、別空間内に空気を生み出す。
地の魔力によって、別空間を固定し、封じ込める。
『簡易倉庫』は、内部にアイテム収納のための別空間を宿した倉庫である。
収納した食物・水などを、劣化させずに保管しておける。
重要なアイテムなどは、自動的に収納・分類してくれる。
魔王領に置いておけば自動的に闇の魔力を吸収するため、魔石は不要。
物理破壊耐性:★★★★★ (高レベル魔法でないと破壊できない。ただし、高レベル魔法であっても、内部空間に収納された場合は効果がない)。
耐用年数:100年。
──────────────────
「これが、勇者の世界の簡易倉庫か」
できあがったのは、幅1.2メートルの箱だった。
正面には大きな扉がついていて、中に入れるようになっている。
でも、完成はしたけど……まだまだ、勇者の世界のアイテムにはほど遠い。
『通販カタログ』に載っている倉庫には、雨水を流すための
けれど、俺が作ったものにはそれがない。
そこまで細かい部分は、コピーできなかった。
素材も足りないし、俺の技術も足りない。
細部を削ってシンプルにするしかなかったんだ。
「やっぱりすごいな。勇者の世界のアイテムは」
でも、やりがいはある。
目指すは異世界のアイテムの完全コピー。
帝国が土下座して欲しがるものを作ることなんだから。
「トール・リーガスよ。おぬしは……なんとすごい」
「すごいです。トールさま!」
「あ」
忘れてた。
部屋には魔王ルキエとメイベルがいたんだった。
錬金術に夢中で、ふたりのことがすっぽりと頭から抜け落ちていた。
「許可をいただいたので、作業場として『簡易倉庫』を作らせていただきました。魔王陛下」
俺は言った。
「異国から来た身である自分に、新たな部屋を作ることに許可をいただきましたこと、感謝いたします。ありがとうございました。魔王陛下」
「いや、普通の人間は部屋など作れぬじゃろ。それに……」
魔王ルキエは、高さ1.2メートルの倉庫を見つめて、
「こんなに小さくては、工房になどできぬのではないか?」
「そこは考えてあります」
「というと?」
「魔王陛下は、異世界の勇者が『収納ボックス』や『アイテムボックス』というものを使っていたことはご存じですか」
「知っておる。容量無限の収納空間じゃろ?」
「これには、それと同じ能力を付加してあります。ぶっつけ本番で作ったので、うまくいったかどうかはわかりませんが」
「……冗談じゃろ?」
魔王ルキエはひきつった顔で言った。
「帝国には、空間を操ることができる錬金術師が普通におるのか……」
「……同じことができる人がいるかどうかは、わからないですけど」
たぶん、いないと思う。
帝国は闇の魔力が弱いからな。
俺だって、自分の魔力だけじゃ、これを作ることはできなかったんだ。
「帝国のことはともかく、まずは中を確認してもいいですか?」
話はあとだ。
収納空間がちゃんとできてるか確認しよう。
せっかく作ったんだ。早いとこ中を見てみたい。
「陛下の御前で失礼かとは思いますが、いいでしょうか?」
「う、うむ。許す」
「ありがとうございます」
「私もご一緒していいですか? トールさま」
メイベルが、前に出た。
「トールさまのお部屋の掃除は、私の役目ですから。この──えっと」
「『簡易倉庫』です」
「えっと、私がこの『簡易倉庫』の掃除をすることになると思いますので」
「いいですよ。どうぞ」
倉庫の入り口のサイズは、1.2メートル。
かがんで中に入ることになる。
さすがに魔王にお尻を向けるわけにはいかないから、倉庫の向きを変えて、と。
ドアは──よし。スムーズに開け閉めできるな。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってまいりますね。魔王さま」
俺とメイベルは魔王ルキエに一礼してから、『簡易倉庫』の中に入った。
──異世界風『簡易倉庫』の中では──
「むちゃくちゃ広いな!」
「あの小さな箱の中に、こんな空間が!?」
隣ではメイベルが目を見開いてる。
倉庫の中は、巨大な空間になっていた。
広さは、公爵家の屋敷の
俺もびっくりだ。まさか、ここまで広々としてるとは思わなかった。これならアイテムも入れ放題……というか、普通に住めるんじゃないか、ここ。
「すごいすごーい! 端までダッシュできますよ! トールさま!」
メイベルがスカートをひるがえして、倉庫の中を走り回っている。
くるくる回って、壁まで走って、はしゃぎながら戻ってくる。
「すごいです! こんなアイテム、魔王城の宝物庫にもないです!」
「勇者の世界のアイテムのコピーですからね。すごいのは、あっちの世界の人たちですよ」
まったく
まぁ、勇者の世界だからしょうがないんだけど。
「さきほどトールさまはおっしゃってましたね。ご自分の目的は、勇者を超えることだと」
メイベルは不思議そうな顔で、俺を見ていた。
「でも、トールさまがいらっしゃったドルガリア帝国の
「まぁ、そうなんですけどね」
「トールさまがおっしゃるのは、帝国を超えること……つまり『帝国最高の錬金術師になりたい』ということですか?」
「……そんな感じです」
するどいな、メイベル。
彼女の言うとおり、帝国の
だから、俺は勇者の世界を超えたいと思ったんだ。
そうすれば、俺は自分を追放した帝国を超えたことになるから。
だけど、それも結局は──
「ただの自己満足みたいなものですけどね」
「……おーい」
「勇者召喚が行われなくなってから、もう100年以上経ってます。もしもあのまま勇者がいて、この世界に技術をもたらし続けていたら、世界はどんなふうになってたか、俺は興味があるんです」
「勇者の技術があのままずっと、この世界に……ですか」
「はい。もしかしたらこの世界も、勇者の世界みたいに便利なところになっていたかもしれません」
「でも……勇者召喚が続いていたら、魔王領は滅ぼされていたかもしれませんね」
「そういう意味じゃなくて──」
「わかってます。トールさまは、お優しいですから」
「…………どうなっておるのだ。メイベル、大丈夫なのか……?」
「トールさまは私のアイテムを直してくださいました。私の冷え性を
「……メイベルさん」
「トールさまへの感謝の気持ちを忘れることはありません。ペンダントも『
「いやいや、使ってください!」
ペンダントはともかく、『
使って感想を聞かせてもらって、ブラッシュアップしたいんだってば。
「さきほどは『恩返しをしたい』と申し上げたのですけど……本当は、ちょっと違うんです」
不意に、メイベルが俺の手を握った。
大きな目で、じっと、俺の顔を見つめて、
「私はトールさまがこの魔王領で快適に暮らせるように、お手伝いをさせていただきたいんです。トールさまの作るものは、人を幸せにするものような気がするんです。だから、錬金術師であるトールさまのお手伝いをさせてください」
「ありがとうございます。じゃあ、俺がなにを作るのか、メイベルさんが見届けてください」
「はい!」
「で、次に作るアイテムなんですけど」
「早すぎます! そんな急いで作る必要はありませんよ!?」
「いえ、こういうのは気分が乗ってるうちに作った方が──」
「どうなっておるのだ!! メイベル! トール! 返事をせよ!!」
「魔王陛下!?」
「す、すいません。ふたりとも、無事です!!」
俺とメイベルはあわてて返事をした。
魔王ルキエが呼んでるのに、気づかなかった。
倉庫内は別空間だから、外の声が聞こえにくいんだよな。
「無事ならよい。さっきから倉庫を
「叩いたり揺すったりしたんですか?」
「まったく感じませんでしたね……」
「──倉庫の中は、余が入っても大丈夫なのかー?」
「魔王陛下も中に入られるのですか?」
「当たり前であろう? 客人が城内に別空間を作ったのだ。城の主として、安全かどうか確認せぬわけにはいくまい」
「でも、俺が作った倉庫に魔王陛下を招くのは失礼かと……」
「トールよ。お主は危険なものを作ったのか?」
「いえ、そのつもりはないです」
「ならば、余が入っても問題はあるまい?」
魔王に引く気はないようだ。
俺は倉庫の中を見回した。
危険物はない。というより、物はなにも置いていない。
魔王を招いても大丈夫かな。
「わかりました。どうぞ、魔王陛下」
「うむ」
魔王が倉庫に入ってくる。
中を見た魔王は、おどろいたように、
「なんと、あんな小さな倉庫の中に、これほどの空間を作り出すとは……すごいな。錬金術師トール・リーガスよ」
「おほめにあずかり光栄です。陛下」
「なるほど、中はぼんやりと明るいのだな。広さは……魔王領域の闘技場くらいはあるな。使い魔を戦わせることくらいはできそうだ」
仮面をかぶった魔王は、興味深そうに周囲を見回している。
その時──
『レア度SSの重要アイテムを感知しました。空間内に自動収納します』
不意に、簡易倉庫の中で声がした。
『「
『「
俺の足元に、黒いローブと銀色の仮面が現れた。
魔王ルキエが身につけていたものだった。
「…………な!?」
目の前に、金髪の美少女がいた。
身につけているのは、漆黒のワンピース。胸元には宝石とリボンがついている。
彼女は大きな目を見開いて、じっとこっちを見ている。
瞳の色は黒みがかった赤だ。見ていると吸い込まれそうな気がする。深い闇をたたえていて、それでいて美しい。まさにその姿は、神が作り出した芸術品のようだった。
少女の身体は細い。背も、俺より低いだろう。
それでも弱々しさは感じない。むしろ、あふれ出すような生命力さえ感じる。
これが、魔王ルキエの正体。なんてきれいなんだろう……。
俺は、思わず自分の力不足を理解する。
なんてことだ。
勇者世界のアイテムに、美の極致である魔王ルキエ。
「この世界にはまだまだ知らないことがいっぱいだ。もっと修業しないと……」
俺がそんなことを考えていると──
「な、なにが起こったのじゃ──────っ!?」
倉庫内に、魔王ルキエの絶叫が響き渡ったのだった。
第12話は、明日の午後6時ごろに更新する予定です。
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