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第100話「魔王ルキエ、魔獣調査の報告を受ける」

 ──トールたちが砦を攻略してから、数時間後──






「さきほど連絡があった。ライゼンガの部隊は魔獣召喚(まじゅうしょうかん)の犯人を捕らえたたそうじゃ」


「「「おおおおおおっ!」」」


 魔王ルキエの言葉に、配下の者たちが歓声を上げた。


 ここは、魔王城の玉座の間。

 玉座には魔王ルキエが座り、隣には宰相ケルヴが控えている。

 2人の前に並んでいるのは、ミノタウロスの隊長、火炎将軍ライゼンガの副官、エルフの部隊長たち。

 彼らは新種の魔獣の脅威(きょうい)が取り除かれたことに、喜びの声をあげていた。


 続いて、宰相ケルヴが調査結果について詳しい説明をはじめる。


 トールが作った『お掃除ロボット』が、魔獣調査に大活躍(だいかつやく)したこと。

 魔獣を召喚した犯人が、帝国の砦の指揮官であったこと。

 ライゼンガと『ノーザの町』の部隊が、逃げた魔獣を討伐するため、南に向かったことを。


「意外だったのは、魔獣召喚の犯人が帝国の指揮官であったことです」


 宰相ケルヴは言った。


「自分は、流れ者の魔術師か、あるいは帝国に滅ぼされた国の者が犯人だと考えていました。召喚魔術を得るために帝国に入り込み、その領土を乱すために、魔獣召喚を行っていたのだと」

「じゃが、犯人は帝国の砦を預かる正規兵じゃった」

「そうです。陛下はこれに、どのような意味があるとお考えですか?」

「帝国の中に得体の知れない勢力がおる、ということじゃろうな。帝国の上層部が作った極秘部隊か、あるいは反抗勢力か」

「大公と帝国の皇女は、それらについて知らなかったようです」

「ということは、帝国内部が分断されている可能性があるということじゃな」


 魔王ルキエは仮面の下でため息をついた。


「皇帝一族がだらしないと呆れるべきか、それとも、分断してもやっていけるだけの大国であることをうらやむべきか……いずれにせよ、新種の魔獣の脅威(きょうい)は去ったのじゃ。今はこれを喜ぶべきじゃろう」

「同感です」


 宰相ケルヴはうなずいた。


「犯人が帝国の正規兵であることがわかった以上、その責任は帝国の皇帝と高官たちにあります。そのことは帝国の皇女と大公にも伝わっております。次に同じことが起きた場合は、帝国に抗議し、対処を願うことになるでしょう」

「解決もたやすくなるな」

「左様です」

「……魔獣召喚がどのような目的で行われたかは謎じゃが、とりあえず一安心じゃ。今後は帝国に抗議した上で情報を要求し、こちらが受けた被害に値するものを求めることになるじゃろう」

「──それを踏まえて、魔王陛下と宰相閣下に申し上げたいことがございます!」


 不意に、エルフの魔術部隊の隊長が声をあげた。

 彼は真剣な表情で、魔王ルキエを見上げている。


「帝国内に分断があるのなら、それを利用することもできると思いますが、いかがでしょうか?」

「今、申したであろう? 帝国からは事件についての詳細情報と、被害に対する補償を引き出すと」

「そうではなく、帝国内部の反抗勢力を利用するということです」

「説明せよ」


 魔王ルキエが促すと、エルフの部隊長が立ち上がる。

 彼は魔王ルキエと宰相ケルヴ、それから、他の列席者を見回して、


「仮に帝国内部に『皇帝の意に反する勢力』があるなら……ひそかに援助することはできないでしょうか? その者たちが帝国内部をかき乱してくれれば、帝国の力を削ぐこともできましょう」

「……ふむ」

「帝国で内乱が起これば、皇帝や高官たちはその対処に力を注ぐこととなります。その弱みを突くことで、帝国から様々なメリットを引き出すことができるかもしれません。場合によっては、国境線をさらに南へと伸ばし、領土を拡大することも」


 語り終えたエルフの部隊長は、満足そうに胸を張った。


「……話としては、面白いな」

「では、陛下!」

「じゃが、お主の作戦には、致命的な問題がある」

「──!?」


 びくんっ!


 魔王ルキエの仮面の奥から、赤い目がエルフの部隊長を見据える。

 鋭い眼光に、エルフの部隊長の身体が震え出す。


「も、問題とは……」

「第一に、魔獣を召喚した連中を、一切信用できぬことじゃ」


 魔王ルキエは言った。


「奴らはこの魔王領で『魔獣ガルガロッサ』を召喚しておる。倒すことができたからいいようなもの。民や領土に被害が出る可能性もあった。そんなことをする者どもを、どうして信用できようか」

「信用する必要はございません! 利用するだけで──」

「第二の問題じゃが……お主は『ノーザの町』にいるソフィア皇女のことを忘れておらぬか?」

「……う」

「あれはなかなかの知恵者じゃ。帝国内の反抗勢力と繰り返しやりとりをすれば──あの者にさとられるじゃろう。ソフィア皇女の身内には『聖剣の姫君』リアナ皇女がおる。そのリアナ皇女は、元剣聖の大公と親しくしている。あの者たちが敵に回れば……こちらもかなりの犠牲を覚悟しなければなるまいよ」


 魔王ルキエの言葉に、エルフの部隊長が目を見開く。

 彼は、ソフィア皇女たちのことを忘れていたようだった。


「第三の問題じゃが、お主はもう少し、歴史に学ぶべきじゃろうな」

「歴史に……で、ございますか?」

「初代魔王さまが人間と争ったときのことを忘れたのか、お主は」


 魔王ルキエは、エルフの部隊長──そして、居並ぶ者タチを見据えて、宣言した。


「初代さまが人間との戦を起こす前も、人間たちは互いに争っていた。じゃが……魔王軍との小競り合いが起こった直後、人間たちは対立していたのを忘れたのじゃ。すべての人間の国々は、団結して初代さまに立ち向かってきた」


 初代魔王の時代でも、人間同士の争いはあった。

 だが人間たちは、魔族や亜人との小競り合いが起こると、自分たちが対立していたことをきれいさっぱり忘れてしまった。

 そうして『邪悪なる魔族・亜人』を倒すため、人間たちは一致団結した。


 その結果、最終的には異世界から勇者が召喚され、魔王は敗れた。

 魔王ルキエも嫌というほど聞かされた、過去の歴史だ。


 ゆえに、魔王領の者は可能な限り、帝国の内紛には介入しない。

 これは代々伝わる、魔王領の方針でもあった。


「最後に、これは個人的な意見じゃが……余は、帝国から来た客人、トール・カナンに対して、恥ずかしくない者でいたいと思っておる」


 まるで、独り言のように──魔王ルキエはつぶやいた。


「帝国の内紛(ないふん)に介入し、邪悪なる者たちを助けて……他国で血を流させるのじゃろう? おそらく、そうなった(あかつき)には、トール・カナンのアイテムの力を借りることもあろう。それを余は、恥ずかしく思うのじゃ」

「……へ、陛下」

「堂々たる会戦ならば誇りをもって、彼の力も借りられよう。じゃが、『お主の故郷の内紛に介入するゆえ、マジックアイテムを貸してくれ』と……お主は彼に言えるのか?」

「……あ、あ、あああ」

「トールとは長い付き合いになるようじゃからな。余は彼に対して恥ずかしいことはしたくない。無論、これは魔王ルキエ・エヴァーガルドの個人的な意見じゃ。不満があるなら申して──」

「申し訳ございません! 失言でした!」


 エルフの部隊長が平伏した。

 彼は、がたがたと震えながら、床に額を叩き付ける。


「トール・カナンどののことを忘れておりました。帝国の中にも信頼できる方がいること……また、私の想像もつかない力を持つ者がいることも……申し訳……ございません!!」


 エルフ部隊長は震える声で、謝罪を続ける。


「……魔獣召喚の犯人が帝国兵だったこと……それは、帝国内部に魔王領を軽んじる者がいるということでもあります。私は……どうしても、納得できなかったのです」

「気持ちはわかる。お主の忠誠も、理解しておるよ」

「ですが、私は自分の発言の愚かさに気づいてしまいました。仮に、トール・カナンどのと同じ力を持つ者が帝国にいたら……私の謀略(ぼうりゃく)など、すぐに見抜かれてしまうでしょう……」


(いやいや、トールのような者が何人もいてたまるものか)


 ──と、口に出しかけて、魔王ルキエは口を押さえた。

 代わりに(かぶり)を振り、エルフの部隊長をたしなめるように、


「お主の気持ちも理解しておる。余は今後、帝国での情報収集を進めるつもりじゃ。いかなる事態になっても対応できるようにな。それでよかろう」

「……はい。魔王陛下」

「それと……考えてみるがよい。今回の魔獣討伐で、魔王領は『ノーザの町』の部隊と共同作戦を行い、犯人を捕らえた。協力し、信頼しあって、それを成し遂げたのだ。我らは帝国内に、味方を作ったようなものじゃ」


 魔王ルキエは居並ぶ者たちを見回しながら、うなずく。


「余は敵を作るよりも、味方を増やすやり方を選びたい」


 一呼吸おいて、彼女は続ける。


「それに、人間の世界では、エルフの部隊長の言うような謀略(ぼうりゃく)が繰り返し行われてきた。それによって人間同士は血を流してきたのじゃ。魔族と亜人が、人間の悪い真似をすることもなかろうよ」

「「「ははっ!」」」

「ともあれ、新種の魔獣の問題は、一旦解決した。配下の者たちに伝えて安心させるがよい。ライゼンガの部隊が戻り次第、勝利を祝う祭りを行う。構わぬな、ケルヴよ」

「すでに予定は組んでおります」


 宰相ケルヴは懐から羊皮紙を取り出した。


「ライゼンガ将軍が戻り次第、魔王城で祝勝パーティを開催いたします。また、城下では祝いの祭りを行います。城からは酒と食料を供出しますので、城下町の者たちに、伝達をお願いいたします」


「承知いたしました。陛下、宰相さま!」

「まつり、みんな、大よろこび」

「将軍閣下とアグニスさまを、皆で出迎えるといたしましょう!」


 エルフの部隊長、ミノタウロスの隊長、ライゼンガの副官が一斉に声をあげる。

 彼らの声が聞こえたのだろう。廊下からも歓声があがっている。

 情報はすぐに城中に伝わるはずだ。


「では、これにて、本日の謁見を終了とする」

「皆、ご苦労でした」

「「「失礼いたします!!」」」


 魔王ルキエと宰相ケルヴの言葉に列席者たちが応える。

 そうして、魔獣召喚事件についての報告は終わりとなったのだった。







「『帝国内の分断を利用する』ですか。同じことを考える者はいるものですね……」


 部隊長たちが立ち去ったあと、宰相ケルヴはため息をついた。


「それについては、自分も考えました。危険が大きすぎるので却下しましたが」

「賢明じゃな。余たちが介入したら、人間は対立など忘れてしまうじゃろう。その後に来るのは、初代魔王さまのときと同じく……人間たちの連合軍じゃ」

「人間は共通の敵を見つけると、すぐに団結しますからね」

「むしろ……団結するために魔族と亜人を『共通の敵』にすることもあるのじゃからな」


 そう言って、魔王ルキエは表情を引き締める。


「とにかく、情報収集は欠かさぬようにせよ。帝国内で内紛があろうと、なかろうと、あの国で起きていることを知る必要がある」

「すでに交易所には文官を派遣して、噂話(うわさばなし)を集めさせております」

「……そういえば、以前にも帝国で内紛が起きたことがあったな」


『羽妖精』が持って来た書簡を手に、ルキエはあきれたようにつぶやいた。


「確か、前回の帝国の内紛は……余が生まれる前じゃったな?」

「はい。宰相の家に伝わる口伝によれば、今から数十年前──先々代の魔王さまの時代になります。まだ東にいくつか小国が残っていたころです。ライゼンガ将軍が向かった砦も、その頃に作られたものでしょう」

「当時は、ずいぶんと国境付近が騒がしかったと聞いておるが」

「帝国が大量の兵士を巡回させていました。おそらくは、魔王領の者たちを内紛に介入させないようにするためだったのでしょう。そのせいで、帝国内の様子はほとんどわかりませんでした。ただ……」

「帝国からの亡命者を、保護したのじゃったな」


 記録に残っている人数は、3名。

 そのうち2名は、魔王領が保護してすぐに死んでしまったという。

 戦の中をくぐり抜けてきたようで、身体に矢が刺さっていたそうだ。

 結局、生き残ったのはまだ幼い少女が1名だけ。強いショックを受けていたようで、名前も生まれも忘れていた。ただ、同行していた男性が、息絶えるまで彼女を心配していたことが、魔王領の歴史書に記されている。

 その少女は、彼女を助けた若いエルフと恋仲になり、結婚して、子どもを残した。

 彼女の子孫は今、トールと共に魔獣を追っているはずだ。


「当時と違うのは、『ノーザの町』にソフィア皇女がおることじゃな」


 魔王ルキエは、安心したようなため息をついた。


「あの者は、魔王領との友好関係を望んでおる。あの者がいる限り、国境地帯が封鎖されることはあるまい」

「今は交易所もありますからね。帝国内の情報も入ってきます。良い時代になったものです」

「まぁ、これらはトールの功績が大きいのじゃが」

「…………そうですね」

「……なぜ遠い目をする?」

「……いえ、なんでもありません」

「ケルヴよ。お主はまだトールを苦手としておるのか?」


 魔王ルキエは呆れたように、宰相ケルヴを見た。


「トールはその……うむ、良い奴じゃぞ? ちょっと発想が予想外で、技術が桁違いに凄くて、やることが想像を超えておるだけで」

「それが問題なのです……」


 宰相ケルヴは頭痛を感じたかのように、額を押さえた。


「自分の役目は情報を元に分析し、筋道を立てて、現実的な予測や予定を立てることにあります。ですが、トールどのは途中経過をすっ飛ばして予想外の結果を導き出すので……どうにも、宰相としては苦手なのですよ」

「トールはお主を尊敬しているようじゃぞ?」

「自分も、トールどのは嫌いではありません。尊敬もしております。ただ、宰相としては苦手なだけです」

「本人が帰ってきたら言うてやるがよい」

「……考えさせてください」



 こんこん、こん。



「失礼します! 羽妖精から書状が届きました!」


 ノックの音と共に、警備兵の声がした。

 宰相ケルヴが扉を開け、書状を受け取る。

 軽く目を通してから、彼は、


「トールどのからです。先の報告書の後に書かれたもののようですね」


 そう言ってケルヴは、魔王ルキエに書状を手渡す。


「羽妖精は、東の砦までは一緒だったようですね」

「うむ。『なりきりパジャマ』でフクロウに化けて、離れたところからついていくと申しておった」

「ですが、トールどののメモ書きがあります。『羽妖精(ピクシー)は帝国の人が多いところには行きたくないそうなので、別行動を取ります。だから、次の報告は少し遅れます』とのことです」

「トールたちは魔獣を追って、帝国内部に向かうこととなった。人見知りの羽妖精では、そこまでは同行できぬじゃろうな」


 魔王ルキエは受け取った書状を広げた。


「書かれているのは、『お掃除ロボット』を使った結果と……ケルヴへの礼じゃな。球体型の『お掃除ロボット』は大活躍したと書いてあるぞ」

「……複雑な気分です」

「それと……トールは、マジックアイテム作成の許可を申し出ておる」

「ライゼンガ領にエルテがいるのにですか。どうしてわざわざ陛下と自分に……?」

「待て待て……ふむ」


 ゆっくりと書状に目を通し、それから魔王ルキエは顔を上げた。


「……なるほど。トールは新種の魔獣がいた砦から、妙なアイテムを回収したようじゃ。アイテムそのものは証拠品として、帝国の部隊長に渡したそうじゃが、写しを取ったと書いてある。そのアイテムとは…………なに? 『召喚魔術に使う魔法陣と、呪文が書かれた金属板』!?」

「トールどのが召喚魔術の情報を手に入れたのですか!?」


 宰相ケルヴの身体が震え出す。


「いえ……いくらトールどのでも、召喚魔術の実験などはしないはず。あの方が魔獣を召喚して、魔王領に害をなすことはありえません。だとすると、彼は一体なにを──」

「召喚魔術を応用して、一般家庭用のアイテムを作りたいそうじゃぞ?」

「一般家庭用のアイテムですか?」

「トールの推測によると『召喚魔術には、遠くからなにかを引き寄せる(・・・・・)能力がある』そうじゃ。それを応用すれば、誰でも便利に使えるアイテムを作れるかもしれぬから、許可が欲しいそうじゃ」

「…………」

「エルテではなく余たちに許可を取るのは、召喚魔術が関わるからじゃな。重要な魔術を利用するということで、トールも気を遣っておるようじゃ」

「……は、はぁ」

「余は……許しても良いと思う。ケルヴはどう考える?」


 魔王ルキエは、宰相ケルヴに書状を手渡した。

 ケルヴはそれをじっくりと眺めてから、長い長いため息をつく。

 そして彼は、青色の髪を、がりがりと掻きながら、


「……トールどのと、直接会って話をしましょう」


 しばらくしてから、宰相ケルヴは言った。


「まずは『召喚魔術の金属板』の写しをこの目で見なければ、なんとも言えません。安全性を確認して、判断はそれからということでどうでしょうか。それまでお預けではトールどのも落ち着かないでしょうから、試作品を用意していただくということにしましょう」

「わかった。トールには、祭りまでに戻るように伝えておく」


 ルキエは玉座の脇にある文机から、羊皮紙とインクを取り上げる。

 必要事項を書き留め、彼女はそれをケルヴに手渡した。


「ケルヴよ。これを元に書状を書き、トールに送るがよい」

「承知いたしました」


 宰相ケルヴは両手で、魔王直筆の羊皮紙を受け取った。


「それにしても……『召喚魔術』を応用した一般家庭用アイテムとはなんなのでしょう」

「見当もつかぬな」

「同感です。まずはトールどのが戻られてからの話になりますね。パーティにも列席していただいて、皆の前で彼の功績をねぎらわなければ」

「そうじゃな。ところで先ほどの書状は、すべて読んだか?」

「は、はい。トールどのが書かれた部分は」

「隅の方にある羽妖精(ピクシー)からの伝言はどうじゃ?」

「羽妖精から? いえ、気づきませんでしたが……」

「城の広間で、砕けた柱のかけらを見つけたが、もらっていいか、と書いてあったぞ」

「……え?」


 宰相ケルヴが目を見開く。

 彼の脳裏に浮かぶのは、『お掃除ロボット』のデザインを考えていたときのこと。

 その時、アイディアを出そうとする余り、城の構造物にダメージを与えてしまったのだが──


「トールから依頼されておったそうじゃ。『羽妖精から見て、なにかインスピレーションを感じるものがあったら、もらってきて欲しい』とな」

「……な、な、ななななな!?」

「それで、羽妖精は広間の床に落ちていた柱のかけらに目をつけたようじゃ。あれは、実に面白いかたちをしている。トールのマジックアイテム作りのヒントになるかもしれぬから、もらってもいいかと──ん? ケルヴよ。そんなに慌ててどこへ行く?」

「失礼いたします。陛下!」


 魔王ルキエに一礼して、玉座の間を飛び出していく宰相ケルヴ。


「ト、トールどのおおおお! 毎度毎度、私をマジックアイテム作りの手がかりにするのはやめていただきたい──っ!」


 そんな叫び声を残し、宰相ケルヴの足音は遠ざかっていった。


「……ケルヴは、本当にトールのことが苦手なのじゃな」


 つぶやきながら、魔王ルキエは、ほっ、と胸をなでおろす。

 ほんの数分前、エルフの部隊長に向かって告げた言葉を思い出したからだ。


(……誰も、気づかなかったようじゃな)


 仮面を外した魔王ルキエは、自分の頬に触れた。

 熱くなっているのが、わかった。


 彼女はさっき、エルフの部隊長に向かって、こんなことを告げていた。


『彼とは長い付き合いになるようじゃからな。トール・カナンに対して恥ずかしいことはしたくないし、彼の誇りを傷つけるようなこともしたくない』


 ──と。


 彼女はあの時、ずっとずっと先のことを思い浮かべていたのだ。


 数年後。自分がトールの隣にいて──やさしい時間を過ごしている場面を。

 そのとき、彼に対して負い目や、恥じるようなことが、胸の中にあるかどうかを。


(……うっかり、口に出してしもうた)


 魔王ルキエは心の中でつぶやいて、気を引き締める。

 あれは皆の前で、口に出すことではなかった。

 ケルヴや部隊長たちならまだいい。相手がメイベルやアグニスだったら、言葉の裏にある意味に、一瞬で気づかれていたかもしれない。 


 もちろん、帝国の内紛に介入しないというのは嘘ではない。

 それは魔王領の方針だ。

 事情を知りもせずに手を突っ込めば、国が傾くほどの大やけどを負う危険性があるのだから。


(じゃが……トールのことを持ち出す必要はなかったな。うむ)


 最近、魔王モードでいるときにも、本心が出やすくなっている。

 気をつけなければ──と、思いながら、ルキエはふと、祝勝パーティについて考える。


 パーティは無礼講(ぶれいこう)になるだろう。

 自分もトールも、メイベルもアグニスも、気兼ねなく話ができるはず。


 そのときに、色々なことを話そう。

 魔獣調査のこと、トールのマジックアイテムのこと──ルキエがトールを、どれだけ心配していたか──すべてを。


(あやつの言う『召喚魔術を応用したマジックアイテム』というのも、非常に気になるのじゃがな)


 そうして魔王ルキエは、玉座から立ち上がる。

 今日の予定は終わり。

 自室に戻る前に、トールの部屋を訪ねてみようか──本人不在の部屋で、お茶を淹れる練習をしようか──そんなことを考えながら。


 こうして、国境地帯で行われた魔獣調査は一段落して──

 魔王領では、魔獣の脅威が消えたことを記念するパーティが行われることになったのだった。




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