第1話「追放された日」
新作、はじめました。
「我が息子トール・リーガスよ。偉大なるドルガリア帝国は、お前を他国への
2年ぶりに話しかけてきた父親の第一声がこれだった。
父は唇をゆがめて、
俺には、まったく意味がわからなかったけれど。
「父上、意味がわかりません。どうして俺が人質として他国に……?」
「お前が、死んでもいい人間だからだ」
俺の父、リーガス公爵は吐き捨てた。
その横では、公爵家の執事と衛兵隊長が笑いをかみころしている。
ふたりとも、こっちを見ようともしない。
ここは帝国の帝都にある、リーガス公爵家。
つまり、俺の実家だ。
当主バルガ・リーガス公爵の執務室で、俺は父親の話を聞いている。
といっても、俺は公爵家とはとっくに縁を切っている。
13歳のときになんとか仕事を見つけて、家を出た。
それから4年の間、平民として暮らしてきた。
二度と公爵家に来るつもりはなかった。
なのに今日、仕事をしていたら公爵家の兵士が来て、問答無用で俺をここまで連れてきたんだ。
その場にいた
相手が悪すぎた。
公爵家は最上位の貴族だ。平民が逆らえるわけがない。
そうして俺は馬車に乗せられて、公爵家の屋敷までやってきた。
引きずられるように父親の執務室に連れ込まれ、こうして父親と話をしてる。
「俺が死んでもいい人間……って、どういうことですか?」
返事はなかった。
「俺はすでに公爵家を出た身です。リーガスの姓も使ってません。今は帝国の文官として仕事をしています。仕事内容は書類仕事に在庫管理、アイテムの修理など。地味な仕事ですけど、特に失敗もしていないですし──」
「うるさい黙れ!! 公爵家の恥さらしめ!!」
父親が、テーブルを叩いた。
「役立たずなら黙って死ねばよいものを。どうしてワシに反論する!?」
「……話の意味がわからないからですよ。父上」
「どうしてわからない!?」
わかるわけがない。
「人質として送り出す」「死んでもいい」以外、ほとんど説明されてないんだから。
「以前にも言ったであろうが? 我が公爵家に戦闘スキルを持たぬ者は必要ないと!!」
部屋すべてに響き渡るような声で、公爵は叫んだ。
でも……どうして理不尽なことを言われたような顔をしてるんだろう。
無理矢理連れてこられて、怒鳴られてるのは俺の方なのに。
「我が祖先は、代々の国王陛下とともに剣を取り、このドルガリア帝国を作り上げてきた。初代の皇帝陛下は、かつて勇者と共に戦った英雄でもある! 偉大なる皇家は、帝国民すべての誇りなのだ!」
「知っていますよ。父上」
「ゆえに、すべての帝国民は強さを至上としている。貴族ならばなおさらだ。我が公爵家は、他の貴族や、すべての国民の見本とならねばならぬ! だが、お前は!」
父親の表情を見ただけで、次に来るセリフがわかった。
「お前は戦うためのスキルをなにも持っておらぬ! 攻撃系の魔術も使えぬ! 『剣聖』と呼ばれた祖父を持つ公爵家の長男がこれだ! その事実を知ったときの絶望が、お前にわかるか!?」
子どもの頃から、聞き慣れたセリフだった。
どう答えればいいかも、とっくに身にしみている。
『わかる』と答えれば、『わかるものか!』と
『わからない』と答えれば『どうしてわからない!?』と木剣で打たれる。
だから、黙るしか選択肢がないんだ。
「──言葉も無いようだな。では衛兵隊長! 執事よ! トール・リーガスの罪について語るがいい!」
「「はっ!!」」
「──10歳のときに神殿にて、トール=リーガスのスキル
「──12歳のときに二度目のスキル
話は終わり、とばかりに、ふたりはトールから視線を逸らした。
これが、戦闘スキルを持たない者の扱いだ。
このドルガリア帝国は武力によって領土を拡大してきた。
だから、貴族も平民も、戦闘能力を重視してる。
特に、戦闘用のスキルを持たない貴族は見下されることになる。まわりの貴族はみんな、優れた戦闘スキルを持つ者ばかりだからだ。
だから、俺は公爵家を出た。
試験を受けて文官になり、書類仕事やアイテム修理の仕事をしてきたんだ。
仕事は、ちゃんとこなしてきた。書類仕事は向いていた。
それに、俺のスキルが活かせる仕事も、時々はあったから。
「確かに、俺に戦闘向きのスキルはありません」
俺は公爵を見返して、言った。
「でも、俺には『
父親の顔がゆがむのが、わかった。
10歳と12歳のときに、スキル鑑定の結果を聞いたときと同じ顔だ。
俺は続ける。
「俺の『錬金術』スキルは、アイテムの修理や補修に役立ってます。現に役所でもアイテム管理の仕事を任せられてます。スキルを
「そんなものに価値などない!!」
「父上!」
「帝国の民は、全員が最強を目指して競っている! 他のやり方など必要ないのだ! それに、帝国には勇者が使っていた聖剣や聖盾がある。最強のものがすでにあるのに……新しいアイテムだと? それは帝国のやり方を否定するということか!?」
「そうではありません! 俺は……」
「帝国のやり方を否定するのは、皇帝陛下への反逆にも等しい!!」
公爵がテーブルを蹴る。
重いテーブルが簡単に転がる。
公爵は格闘のスキル持ちだ。それはまだ、衰えてないらしい。
「──まったく。貴族の風上にも置けませんな」
「──公爵家を出ても最低限の誇りは残っていると思ったのですが、これでは……」
衛兵隊長と執事が、声を抑えて笑っている。
それを見ながら公爵がわめき散らす。
「お前を人質として送り出すことは、すでに決定済みなのだ。ぐだぐだ言うな!」
「決定済みなのはわかりました……」
……やっぱり駄目か。
父親とその仲間には、俺の言葉は通じない。
もういい──。
話が通じないなら、せめて情報だけでも引き出そう。
「だけど、その命を使い果たすがいい、というのは?」
「お前が行くのが危険な場所だからだ」
「危険な場所?」
「数十年前にも帝国から人質を出しているが、行方不明になっている。あの場所に行って、戻ってきた者はいない」
「俺はどこに送り出されるのですか?」
俺が聞くと、父親は薄笑いを浮かべた。
それだけで答えがわかった。
「まさか、魔王領ですか!?」
「察しがいいのだけは評価する」
言いかけて、父親は首を横に振った。
「──いや、本当に察しがいいのなら、わしの思いをくみとって、幼いうちに自害してくれていたはずだ。まだ生きているということは、お前は本当に無能なのだな──」
そんなこと、どうでもいい。
まさか、公爵がここまでするとは思わなかった。
こいつは俺を、敵国に送り込むつもりだ。
数百年前、魔王と人間の国は、大陸で領土を争っていた。
魔王は強大な魔族を従え、南に向かって侵攻してきていたのだ。
魔王と魔族たちは強力だったが、人間の勇者も強かった。
激戦の末、結局、勇者たちは武器と魔術を駆使して、魔王たちを追い返した。
その後、人間の世界と魔王領には境界線が敷かれた。
帝国の北にある森の向こうが、魔族と亜人のエリア──
そこから南が、人間の世界だ。
境界線が敷かれてからは、大きな争いは起きていない。
人間も魔王たちも、互いの領土を侵すことなく暮らしている。
だが、魔王領はいまだに謎の国だった。
それどころか、北の地に追いやられた魔王と魔族は、人間を憎んでいるとされている。
だから魔王領と人間の世界は、ほとんど交流がないはずだった。
「……帝国と魔王領に交流があったとは……知りませんでした」
「お前に政治はわかるまい。我らドルガリア帝国は、魔王領に最も近い位置にある。魔王どもとは不干渉とはいえ、対策はしなければならぬのだ」
公爵は吐き捨てた。
「だから帝国には数十年に一度、魔王領に人質を差し出すことにしている。やつらは血に飢えた者たちだからな、人質──いや、いけにえを差し出してなだめるのだ」
「──魔王や魔族などは、獣のようなものですからな」
「──人間を殺して、自分たちが強いことを確認すれば満足なのでしょう」
「──ああ、だから魔王どもは、大人しくしているんのだろう」
父公爵と、その配下2人は笑い合っている。
寒気を感じた。
こいつらは本気で、俺が死ぬことを望んでいる。だから話が通じないんだ。
死すべき相手と、話す必要がないから。
「用事は済んだ。とっとと消えろ。迎えの馬車はもう来ていると言っただろう?」
公爵が手を振る。
それを合図に、部屋の外に控えていた兵士たちがやってくる。4人がかりで、トールを拘束する。
思わず身をよじるけれど──ふりほどけない。
「衛兵の
「──おいたわしや、公爵さま」
「──お気持ち、お察しいたします」
「だが、その苦難の日々も今日で終わる」
公爵は、執事と衛兵隊長が差し出しハンカチで目をぬぐい、晴れやかな笑顔を浮かべている。
吐き気がした。
部屋に入る前の身体検査を、拒否すればよかった。
そうすれば──錬金術の素材として持ち歩いていた石を、あの顔に投げつけてやったのに。
「──俺は、あんたが大嫌いだ。バルガ・リーガス公爵」
「死体が口を開くな」
「魔王領に人を送りたいなら、あんた自身が行けばいい。見て来たもの、聞いて来たものを、皇帝にその口で話せばいいだろうが!」
「帝国は魔王領に勝利しているのだ。敗者の国の情報など必要あるものか」
「……油断しすぎだ。終わってるな。あんた──」
ごすっ。
腹に
公爵の拳がめりこんだのが、わかった。
思わず呼吸が止まる。声が出なくなる。
公爵が引いた拳を、執事がハンカチで拭いている。
一撃でやめたのは、魔王領に着く前に、俺が死んだら困るからか。
「…………最悪だな。くそ親父」
「連れて行け」
公爵は手を振った。
「間違って生まれてきた子はいなくなり、我が公爵家に新たなる日々がはじまる。皇帝陛下もわが公爵家を評価してくださることだろうよ」
──そうして俺は、生まれ育った帝国から追放されたのだった。
第2話は、今日の夜8時ごろに更新する予定です。